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Phase38: 災厄と休日 -2-

 四条家は東西に長く延びた構造をしている。俯瞰すれば巨大なIの字が望めるだろう。また、館の周囲には当然の様にそれなりに広大な庭が存在している為、四条家の敷地だけ見れば草の海に浮かぶ箱舟と見紛う事も出来なくは無い。

 その箱舟の中をりゅうは躊躇う事無く、惑う事無く突き進む。勝手知ったる他人の家、という言葉を体現する彼ではあるが、前述の通りそれ程多くこの館を訪れたわけではない。彼の卓越した空間把握能力と記憶力、そして物怖じしない胆力の賜物と言える。

 突き進む廊下には柔らかな陽光が差し込み、廊下の端々に見受けられる些細ながら繊細な装飾を益々映えさせている。その光景は一枚の美しい絵画に等しい。りゅうはそれらの様に目を遣り、微かに笑む。恐らくはこれから訪れる精神的心労ストレスを中和する為だろう。滅多に見せない微笑の裏には諦観が伺えた。


「遅いわ。ハリーハリーハリー」


 突如、その美しい絵画がばっさりと叩き壊される。叩き壊した主は廊下の先のドアからひょっこり顔を突き出して、りゅうを急かす様に声を掛けていた。四条家三女、四条美代である。

 恐らくは無表情を装ってりゅうへ圧力をかけていたかったのだろう。何せ、修学旅行終了から今迄まともに面をつき合わせて話す機会は殆ど無かった上に、修学旅行でのりゅうの態度――任務で怪我を負った事を水臭くも自分みよに話さなかった件――に未だ怒りが燻り続けているのだ。りゅうからの謝罪もまだ聞いていない。

 しかし、矢張りりゅうと永らく――彼女の基準ではあるが――触れ合えなかったのは美代にしてみれば苦痛でしかなく。装った仏頂面は口元のにやけで台無しであった。ただ、口元のにやけがドアの陰に隠れていた為、りゅうに知られる事無く済んだのは幸いだったに違いない。

 廊下の優美な光景に名残惜しくも、急かされる様にりゅうは四条の下へと歩を進め、部屋の中へといざなわれる。這入った其処は十畳ほどもある、女性らしい部屋。暖色系で家具が揃えられており、『氷の女』の称号を持つやり手の生徒会長の隠蔽色パーソナルカラーとは程遠い柔らかな雰囲気が部屋をまとう。そして何よりも


「……まだ増え続けていたのか」


「当然よっ!」


彼女の部屋を占領していると言って良い、犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬犬のヌイグルミ。無論、四足リアル型から二足歩行スーパー型、果ては幻想夢想なんでもござれ型まで、『犬』と分類されるヌイグルミが所狭しとひしめいている。そう、聖上学院生徒会長の知られざる秘密の一つがこの犬のヌイグルミ収集癖なのだ。

 りゅうはその犬グルミ軍団の一匹、大柄な二足歩行のジャンボ犬の頭を撫でつつ、以前にこの部屋を訪れた時には居なかった犬グルミ達に目をやる。どうやら最近の好みはスーパー系の様だ。

 りゅうがその犬グルミ達をいささかの呆れを持って眺めている一方で、四条は廊下の左右をきょろきょろと見渡し、耳聡みみざと目敏めざとい『家政婦』が忍んでいない事を確認。ドアをそっと閉め、慎重を期して施錠も行う。これで準備は万端と、今だジャンボ犬を撫でているりゅうの背後に迫る。

 当然、りゅうはその気配に気付く。毛並みの深い絨毯じゅうたんが敷き詰められている為足音はしないが、『気配』で分からないりゅうではない。ちなみに蛇足であるが洋館とはいえ、四条家は土足厳禁であり玄関にて靴は脱がれている。

 りゅうが振り向いた先には、当然美代が居てりゅうをきっと睨んでいた。


「ねぇ、やなぎ君。どうして私が怒っているのか、解りまして?」


 硬質化した声音と仰々しい口調。生徒会長然とした態度で、『氷の女』に相応しい仕草でりゅうへと問う。微妙に握った拳が震え、呼吸も若干荒いのは気にしてはいけないのだろう。


「……四条生徒会長。その件に関しては、私は謝罪するつもりは無い。ああする事が最良とは言えないが、最適だったと判断している」


「そう……なら出て「だが」」


「だが、四条。私の怪我で君に余計な心配を掛けてしまった事は謝罪しなければならない」


「……」


「心配を掛けてすまなかった」


 きっかり六十度に腰を折り、深々とお辞儀する。

 言葉少ないが、誠意を込めたりゅうの謝罪に、四条は内心満足していた。元々、それ程怒りに染まっていた訳ではない。ただ、自身を犠牲にして黙々と任務を実行していたりゅうに、弱みを微塵も見せてくれなかったりゅうに、少し腹が立っただけなのだ。それ以降は只単に元の鞘に戻るきっかけを失っていた事と若干の意地があっただけの事。

 だが、と四条は考える。これで許してしまうのはどうだろう、もう少し粘ってみるのはどうだろうか。若しかしたら、とてつもない譲歩が得られるかも知れない。若しかしたら、デートとかデートとかデートとかデートとかのチャンスが巡ってくるかも知れない。若しかしたら、その後『若しかしたら』な出来事が待っているかも知れない。ぐるぐるぐるぐると思いは巡る。巡れば巡るほど、手の震えと呼吸の荒さは激しくなる。

 一方で一向に四条から反応が返ってこない事をいぶかしみ、りゅうは下げていた頭を元に戻す。目の前に居る四条は顔を俯かせてしまっている為、表情を見る事は出来ない。


「……四条?」


「……ふ、うふふふふ」


 声を掛けるが反応は薄い。何やら、目に見えない怪しげな雰囲気が、所謂邪気が溜まっていく様に感じる。一瞬、四条の身体を持ち上げて『邪気ジャッキアップ!』というギャグをやってみたくはなるが、りゅうは自制し一二歩四条から距離を取る。

 目前の彼女の手の震えは身体の震えとなり、呼吸は更に荒くなる。邪気もどんどんと右肩上がりに上昇しているのだろう。ぷるぷるぷると震えが最大瞬間振れ幅を記録し、俯いていた顔が上を向いた瞬間


「りゅ、りゅうちゃあああああああん!!」


と銃弾もかくやと、四条がりゅうへと飛び掛っていく。恐らくは何かが四条内で極まってしまったのか、りゅうと触れ合ってなかったことによる禁断症状か。どちらにせよ、りゅうへとぶっ飛んで行き


「犬バリアッ!」


「ぬがぁぁ!」


え無く、ジャンボ犬の決死の防御により墜落した。南無三。





 修羅場のベットから無事抜け出した稲川は、三人を起こさぬ様にこっそりと部屋を這い出る。自分の部屋から出る為に盗人同然の抜き足差し足、そのこそこそとした自身の振舞が内心情けなくて思わず目頭が熱くなる。もっと堂々とした態度は取れないものかと頭を抱え、その場にうずくまってしまうも、してしまった行いはどうしようもないと踏ん切り朝食を作る為に階下のキッチンへと向かった。

 キッチンにはひとつとして洗い物が無かった。

 シンクは舌で嘗め回せるほどに綺麗とまではいかないものの、目立つ汚れも無く三角コーナには新しいシートが被せてあった。

 脇に置かれた水切り用トレイにはうずたかく皿やコップ等の食器類が積まれている。

 考えるまでも無く、これら全てがりゅうの行いである事は稲川にも分かっていた。深夜にまで及んだ四人での宴会は少し食べて大量に飲んではしゃいで、そのまま自覚無く終わってしまったのだ。自分の近くに居た三人が途中で起き出して片付け始めたとも思えない。りゅうが稲川達の寝静まった後に黙々と後片付けしている姿が容易に想像出来る。今まで寝ていた自分の部屋にもゴミが見当たらなかった事から、自分達の痴態が見られていたのかと思うと稲川はまた蹲りたくなった。


『――優しい人かな。優しい人がタイプなんだ。これみよがしな優しさよりも、誰も見ていない所でも変わらない優しさ』


 夕日に照らされた少女の幻影が稲川を責める。

 ずきりと自身の体が傷付いた気がした。


「あー、ったく。折角の休みだってのに稲川さんは憂鬱ですよー」


 がしがしと頭を掻き、戸棚に入れてあったシリアルを取り出し、冷蔵庫から牛乳を引っこ抜き、食器類の山からボールとスプーンをほじくり出す。それらをひょいひょいと食卓に並べて、いただきますと一言、朝食を開始する。偶然にも机の下に転がり込んでいたサッカーボールを足でまさぐりながら、稲川は今日一日を如何過ごすかをぼぅっと考えるのであった。





「でもねぇ、りゅうちゃん。私はここはおかしいと思うのよ。だって、こんなチャンスなんだよ? おかしいでしょ、おかしいよね、おかしいに決まってる! あにおかしからずや!」


「げに美しき奥ゆかしく忍ぶ恋ではないか? 互いが互いを思うが故にかくも哀しき恋物語。かくありたいとは思えないが、しかし見習うべきは多々あるだろう」


「違う違う! ここは男がかっと女性をかきいだいて、包容力で女性を安心させるべき所だと思うんだよ。だって、出奔した男を追い掛けて追い掛けて、タライを引っ繰り返した様な豪雨の中で視界が遮られているにも拘らず、必死に駆け抜けていってさ。やっと居場所を突き止めたと思ったのに置手紙だけなんて。しかも、この内容! この短歌! 貴方を思ってーの下りなんて、女に気を持たせてるだけじゃない! 潔く身を引くなら男らしくすっぱりと切りなさいよね!」


「……昔語りにそう癇癪かんしゃくを起こすな。付け加えて言うならば、斯様かような男に対する期待はしておいても損するだけだと愚考するが」


「だって、だってさ、だってだってなんだもん」


「せめて解る様に反論してくれ」


 一通り謝罪と乱痴気騒ぎを終えた四条とりゅうは如何なる流れか、古文の勉強を始めていた。無論、彼らは受験生であるから、こうして自然と勉強をする習慣がついているのは優秀と言えよう。

 だが、休日の朝から部屋で二人きりの状況。何か進展があってもおかしくないのに、寧ろ何か起きてくれと受験生の鑑な彼らに変な期待をしている人が一人。ドアの隙間から、器用にハンカチの角を咥えながら、二人を観察している家政婦が居たが気にしてはいけないのだろう。現に、りゅうは気付きながらも放置していた。


「でもさぁ。実際問題、この昔語りみたいに、複数の女性から懸想されたらどうなるんだろうね?」


 古文をすらすらと読みながら、四条はりゅうに尋ねる。視線は文章を追いかけ、手で辞書を繰っている姿勢から、その質問は本腰を入れて聞いているものではないと分かる。

 りゅうも四条を一瞥するのみ。目を再び文章に向け、口を開いた。


「……如何にもならないだろう。畢竟ひっきょう、その男の器量に依る。幾ら思われていたとしても、男が真剣に愛せるのはその器の中だけだ。無理に通せば、歪みが出るというもの」


「でもさ、想いを懸けられたら返すくらいの度量があるから、複数人から想いを寄せられてるんじゃないかしら? 汝隣人を愛せよって言葉を体現出来る位に、ね」


「それは『鶏と卵』の問題ではないか? 後者については、愛するという言葉の拡大解釈と言えるかもしれない」


「『鶏と卵』ね。広い度量と複数人との交際が表裏一体ねぇ……まぁ、そうかもね。うーんでもなぁ」


 ぱらぱらと辞書をめくりながら、うんうんと四条は唸る。

 ぺらぺらと紙が擦れる音だけが暫し四条の部屋を独占していた。




本当に遅くなりました。御免なさい。

と謝罪しながら挨拶します、瀬戸です。今もって修羅場の真っ最中ですが――3連休はずっと職場?に居りました――前回の投稿(『蟲食い』)から一ヶ月過ぎてしまったので見切り発車な投稿です。


唐突ですが、私も多少は凹む事もあります。

このシリーズ結構ダラダラと続けている所為かとも思いますが……ちょっとした酷評を頂く事もあります。

その度に直そうと思っているのですが、中々直らない現状でして、指摘して頂いた方には申し訳無い気で一杯だったりします。

……で、何が言いたいかというと。

「中々格好良いハーレム野郎を書けなくて済みません」と言う事でして……精進します。


次回更新は修羅場にも拘らず、今週末を予定。死亡フラグが乱立している状態ですが、頑張ります。



追伸:時代劇小説とラノベの違いが解りません。かの高名な佐伯先生や鈴木英治先生ってラノベと大差無い様な気が。教えて下さい、偉い人。

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