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Phase37: 災厄と休日 -1-

 何処にでもありそうな学校。

 何処にでもありそうな教室。

 誰にでも思い描けそうな夕暮れ時。

 『主人公』とヒロインは二人きり。赤茶けた教室で、其処には強敵も五月蝿いクラスメートもむっつりな教師も存在せず、唯二人だけがその閉ざされた空間で互いを見合っていた。


「どうしたの? ――君?」


と彼女は彼に問い掛ける。意識しては居ないのだろう、小首を傾げて問う仕草は彼の恋心を大いに揺さぶり、心拍数が上がるのを押さえる事が出来ない。このまま彼の心拍数を上げていけば、恐らく彼の心臓は引き付けを起こす事請け負いである。

 『主人公』ははっと息を一つ吐き、邪念を振り払おうと頭を猛烈に振り、昨夜遅くまで考えに考え抜いた言葉を言おうと口を形作る。だがしかし、声が出ない。後少し、ほんの少しだけ空気がそこを通り抜ければ、振動する空気は声となって彼女に伝わるだろう。

 されでも、出ないものは出ないのだ。

 何とかなれ、と心の中で念じても事態は一向に良くならず。今迄生きてきた中で最も真剣に急速に現在の事態の解決策を考えても答は出ない。ただ、固まるだけしか出来なかった。

 一方で、奇妙な口の形を象ったまま固まってしまった『主人公』を、さらに首を傾げる角度を急にして興味深そうに見る彼女。何を思ったのか、ぽんとひとつ手を打ち、


「もしかして、パントマイムの練習かな? じゃなかったら、福笑いの練習とか?」


彼の思惑とはかけ離れたことを言い出す始末。『主人公』は必死に、そうじゃない、ついでにそれを言うならば福笑いではなく、腹話術だろと伝えようと腹に力をいれ、身振り手振りも交える。だが、伝わらない。

 彼の様子に益々彼女の疑問符は増加して行き、悲しいかな彼が必死になればなるほど、彼女の理解は真実から程遠くなっていく。


「もうっ! 分からないよっ! ――だってそんなに頭良くないけど、――君が何か言ってくれないと分かるものも分かんない! ――もう家で遣る事あるから行くね?」


「……ま、まった!」


 漸く掛けるべき言葉が口から出てくれた。

 この些細な偉業に歓喜したい自分を無理矢理押さえ込み、本当に伝えたかった事、態々(わざわざ)このシチュエーションを選んでまで彼女に知らせたかった自身の想いを伝える。


「お、俺は――の事が好きなんだ! その、なんというか、お前の笑顔が俺好きだんだよっ」


 つかえながらも、かみながらも、彼は必死になってストレートに自身の感情を吐露する。青春小説のテンプレートと言える青臭い台詞を硬軟織り交ぜるのではなく、ただただ愚直に相手にぶつける。

 その台詞を送られた相手は間違えなく赤面ものであり、そのストレートな気持ちに如何対応していいか分からず慌てふためいて、赤面した顔を見られない様にと俯き加減で彼の告白に答える――と言うのであれば、その夕暮れ時の教室と言う舞台設定もあいまって青春ストーリの一幕で終始しただろう。

 だがそうはならなかった。

 彼女はきょとんとした表情で、彼を見据えるのみ。バベルの塔に神の鉄槌が落っこちた直後の労働者達の如く、彼の言葉が通じていないかの様な表情だった。


「だからっ……何か返事しろよ、――」


「……あー、ゴメンね。ちょっとびっくりしちゃって。――、そういうのされた事無くって……」


「や、こっちも急でわりぃけどよ」


 やおら、訪れる沈黙。


「で、――。へ、返事は」


「えっと……ゴメン。――、――君の事好きだけど、でもね。その、こ、恋人って関係では見れないかなって」


 嗚呼、駄目だったのか。

 膝を地面に着き、項垂うなだれたい欲求に抗い、彼は健気にも自分を振った彼女の目を見据え、そうして決して諦めないという姿勢を見せる。ただ、この意気が彼女に伝わっているかどうかは甚だ疑問ではあるが。


「じゃ、じゃあよ。如何したら――に認められるんだ? ――はどういう奴なら恋人にしたいってんだ? つーか、若しかして、好きな奴居るのか?」


「そ、そんな一辺に聞かないで欲しいかな! えっと、認められる認められないってのじゃなくてぇ。う、うーん。難しいなぁ。その、――君は確かにカッコいいし、運動出来るし、勉強も出来るし、凄いと思うよ。すっごく尊敬してる。でもね、えっと」


「な、なんだよ?」


「――は……そう、優しい人かな。優しい人がタイプなんだ。これみよがしな優しさよりも、誰も見ていない所でも変わらない優しさ。それに、ただ優しいだけじゃなくて、間違っている時には間違ってるって言ってくれる、叱ってくれる優しさ」


「……そういう奴であればいいんだな?」


「え、あ、うん」


「で、具体的には誰だよ」


 彼と彼女の問答。その最後の問い掛け。

 彼はこの問い掛けをした事を以後悔やむ事になる。何故ならば。その時の彼女はあたかも、相手のストレートな告白に如何対応していいか分からず慌てふためいて、赤面した顔を見られない様にと俯き加減で彼の告白にYESと答える、その寸前の女の子の様で。


「――君」


 照れながら、彼に見せた笑顔は間違い無く、彼が知る限り最も綺麗に、可憐に見えた笑顔だったのだから。





「……なんちゅー嫌な夢だ」


 夢見の悪さで綺麗さっぱりと覚醒する。目を開ければそこにはお馴染みの天井が当然存在しており、カーテンからこぼれる光が朝の到来を知らせてくれる。何時もと変わらない朝一番の風景。

 だがしかし、爽やかな朝の筈が、夢の所為で薄ぼんやりとしたものに変わってしまっていた。知らず、溜息が出る。

 折角目が覚めたのに、このまま無為にベットの上で過ごすのも味気無いと身を起こし、そこで漸く気付く。

 そう。自分の周りにへばり付く三つの人型に。

 一人は彼の太ももに。

 一人は彼のわき腹に。

 一人は彼の胸板に。

 三人が三人ともきつく締まるまで体に腕を回している。恐らくは軽く力を入れただけでは到底引き剥がせない程度のへばり付き様。蛸の吸着というより、蜘蛛の糸に引っ掛かった哀れな昆虫の末路だ。どちらが蜘蛛でどちらが昆虫であるかは議論の分かれる所だろうが。


「おーシット……なんてこってー」


 それら三体を起こさない様、こっそりと小声で呻く。視線は天井に。自身の行いであるにしろ、こうなってしまった経緯に対して神に愚痴を吐く。一通りぐちぐちと愚痴と呪詛を撒き散らした所で、この状況に至ったまでを正確に思い出そうと冷静に思考する。

 俺は何もしていない、俺は何もしていないと小声で自分に言い聞かせながら。

 彼、稲川悟史の休日はこうして始まったのである。





 悟史の自業自得な悲鳴が細々と部屋に響き渡っていた丁度同時刻、りゅうは一軒の大邸宅――悟史家、つまり比較的一般家庭の一軒家の数倍はあろうかという程の物件――に訪問していた。周囲の住宅街に違和感無く溶け込む瀟洒しょうしゃな洋館の姿から、設計した建築士とその委託者のセンスの良さが解るというものだ。

 その控え目ながらも優雅さが溢れ出る洋館を前に、一般人ならばインターフォンを押すのを躊躇ためらってしまうものだが、りゅうは微塵も躊躇ちゅうちょせず自身の訪問を伝える。直後、インターフォンから聞こえる声――当然の様に目前の洋館に勤務している家政婦である――に従い、りゅうは洋館への潜入に無事成功した。


「お久し振りね、竜次たつつぐ君。益々男前になってるわぁ」


「お久し振りです。皐月さんも益々お美しくなられて」


「あら、やだ!」


 出迎えてくれたのは先程のインターフォンの声の主。『家政婦は見た!』を地で行くにこやかな笑顔の持ち主。大邸宅を一人で切り盛りする女傑である。交わされる挨拶に見られる様に、彼らは既知の間柄だ。以前にも幾度か、りゅうはこの屋敷に訪れているのである。


「それで、今日は美代お嬢様に逢いに来たのかしら? それとも亜実つぐみお嬢様? 若しかして、初音お嬢様なんて事も? そうねぇ、最近ツンドラだか天テレだかサンテレビだか、そういう強気な女の子が人気なのでしょう? 私としては、初音お嬢様がお薦めよ。お嬢様ったら意地っ張りなのか天邪鬼あまのじゃくなのか、昔から好きな子には散々付きまとって苛めてたもの。貴方も散々な目にあってたでしょう? きっと、お嬢様のお気に入りだったのね」


「いえ、初音さんは随分と私の親友にご執心だったかと記憶しております。亜実さんもそうだったかと」


 家政婦の波状攻撃をきっちりと受け止める。

 ばっさりと切って捨てられた家政婦は、あらそうなのと残念そうに相槌を打つ。残念と思っているのは果たして、滑らかに回る舌を止められた事に対してなのか、それとも仕える家のお嬢様方の恋路を見逃したからなのか。それは本人にしか分からない。

 家政婦の饒舌が途絶えた隙に、りゅうは訪問理由を伝え、美代の在宅を確認する。

 美代の名前が出た時に家政婦の目が妖しく光ったのは偶然だろう。


「それではまた」


「ええ。後で御茶を届けに、ね。そうそう。美代お嬢様ったら、最近どうも機嫌がよろしくないので、宜しく頼みますよ」


「……微力ながら努めさせて頂きます」


 そう言って、りゅうは美代の部屋へと屋敷の中を進んでいった。




お久し振りです、瀬戸です。

最近自分の時間が中々取れない事が多い日々です。


今回の話から数話は体育祭明けの休日話がメインです。

楽しんで頂ければ幸いです。



追伸。

今年も夏ホラーに参加致します。

皆様も是非夏ホラーに参加していただければ、と思います。


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