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Phase35: 災厄燃ゆ -宴-

「……悟史。何故私の居場所が解った?」


 私は苦心しながらも表情をコントロールし、背後に居る悟史へと振り返る。恐らくは直前の私の表情を見られる事はなかったであろう。日頃の精神鍛錬の成果が少しは発揮出来たと思う。

 振り返り見た悟史の顔は常には見られない表情であった。機嫌の良し悪しを表示するメータがあったとして、そのメータが悪の方へと振り切れ馬鹿になり、何故か良を示している。例えればそういった状態に今悟史はある。

 そう、笑顔の擬態とでも言うべきか。顔と目の『表情』が一致していない。


「りゅうの居場所が解ったのは偶々俺がこの場所を知ってたから、ってのが答え」


「……回答になっていない。私の居場所と悟史が此処を知っている事とには何の関連性も無い」


 私はかぶりを振り、悟史へと再度質問する。

 悟史がこの様に答をはぐらかすのは珍しい。中学時代には幾度かこうした物言いをしたことはあった。だがここ最近ははぐらかされた覚えは無い。最後に聞いたのは恐らく、悟史の告白が失敗し、断られた理由を聞こうとした時だろう。些細な事だが、私は今もって悟史が振られた理由を聞かされていない。

 私の問い掛けに対する答なのだろう、悟史は無言で――顔には作り笑顔を貼り付けて――彼の携帯電話の画面を私に見せる。そこには


「……微塵も残さず削除してくれないか?」


「すると思うか?」


果たして私と玉城が抱きついている画像が、より詳細に述べるのならば、玉城が私に抱きつき、口に咥えた野菜バーを私に食べさせようとしている画像があった。

 確かにこの画像から店を特定する事は可能だろう。特徴的なバースタイルが私達の背後に写り込んでいるのである。若しくは、玉城が同行していた連中が判れば、その伝を辿り行き先も自ずと知れる事になるだろう。此処に辿り着いた事も不可思議ではない。


「……悟史にその写真を送るとは、玉城の考えている事は私には理解出来ない」


 真に聞きたい事を後回しにしておき、悟史に牽制をかける。特に警戒すべき相手でも無いのだが、ちょっとしたコミュニケーションに付き合って頂こう。

 また、今口に出した言葉も本音ではある。一体全体、何の意図があって悟史にあのような醜態を曝した写真を送りつけたのか。想像に任せてしまえば、理由として幾通りにも考えられよう。例えば、噂にはなっていないが実は玉城はハーレムの一員――隠れハーレム員とでも言えようか――であり、他の男と睦まじく絡まっている写真を送りつける事で悟史の嫉妬心を煽ろうとした。この妄想が真実ならば、今後の自身の立ち位置を調整しなければならないだろう。あまりに近付きすぎれば、くだんのハーレムが発する瘴気に侵されてしまう。しかし、高い確率でこの妄想は間違いだと思われる。根拠は薄弱ではあるが、私は確信している。何せ、奴の思い人は――


「俺のとこにきたんじゃねーよ。この写真は転送されてきたもんだからな」


「……何?」


 悟史の返答に思考の渦から舞い戻る。

 玉城が無様な写真を送るような相手であり、且つその写真を悟史へと転送する人物は誰だ。該当しそうな人物をざっと思い浮かべる。否、そもそもその前提条件が妥当とは限らない。そう、何もその人物が直接悟史へと送らなくても良いのだ。チェインメールの如く、ネットワークの流れに載せてしまえば事足りてしまう。嗚呼、しかしそれだけは止めて欲しい。要らぬ誤解ほど蔓延はびこるモノは無い。後始末が非常に面倒になってしまう。


「これさ。アイツから来たんだよ。映子から」


「……そうか」


「ああ。メールだから何とも言えないけどさ、こりゃ相当キレてるぜ? 文面の所々からよ、何か殺気が漂ってる感じ。まだ高校生にも関わらず、こんなキャバクラみたいなことしているりゅうを更正させましょうって意味なんだろうが……何故か捕縛とか拷問とかいう字が入ってたりするんだぜ」


「……ふむ」


 なるほど、これはつたない。私の想像以上に拙い状況らしい。

 私は悟史から視線を外し、背後を見る為に捻っていた体を元に戻す。目の端に写ったグラスを手に取り、喉を潤す。甘い。只管に甘い。こんな甘い酒を飲んでよく舌をおかしくしないものだ。そうして、その甘い酒で酔い私にしがみ付いている玉城を引っぺがし、元々こいつが座っていた隣の椅子に座らせる。

 その時、ふわっと玉城から漂った匂いも、口に入れた酒同様、甘ったるい印象を受けた。日頃から甘味を大量に摂取して、甘い酒を飲んでいるから、体臭も甘ったるい感じがするのかと思い、そのような馬鹿げた考えをしている己も相当に酔っているのかと自覚する。


「まー、と言う訳で。りゅうにはちょっと付き合ってもらおうかと。りゅうだって映子にちくちくやられるよりか、俺の方に付き合ってくれた方がいいだろ? 俺の方に付き合ってくれたらよ、別に映子に居場所を教えねーし」


「……場所は」


「俺んち」


 私は渋々という様に悟史に付き合う事を了解し、先に店を出ておけと伝えておく。まるで悟史の静かな怒りが私にそうさせたかの如く。その様に少しは機嫌が良くなったのか、悟史はあっさりと店の外へと出て行くのであった。


「りゅうさん。良いのですか」


 悟史の姿が完全に店から消えていったのと同時に、悟史の前では沈黙していた源が声を掛ける。彼の表情からは私への気遣いが感じ取れる気がした。


「……友人の連絡を敢えて無視していた報いだろう」


「しかし、大方彼の家には……」


「百も承知だ。だが、それでも付き合うのが男の友情ではないか」


「ええ」


「……だが、馬には蹴られたくないがな」


 そう言った私に源は苦笑を隠さない。馬には蹴られないが、猫には引っ掛かれそうですね等と余計な事も付け加える辺り、良い性格をしている。

 

「……ああ、源に頼みたい事があるのだが」


 持参していた鞄を持ち、席を立つ。私が席を立った事に、源以外の同席連中は気が付かない。気が付かないだけではなく、一人として微動だにしない。これは後始末が大変だろう。


「何でしょう?」


「……まずはこの酔っ払い連中の始末を。特に玉城にはきついお灸を据えておいて欲しい。そして、もうひとつは此処に乱入してくるだろうれ者供の始末を。悟史の言い方からして、朝霧と後藤が来るだろう。その阿呆に説明して欲しい。頼まれてくれるか?」


「了解しました。では、りゅうさん、お気をつけて」


「……ああ。また職場で会おう」


 そう言って店の出口へと向かう。本音を言えば、酒場で飽きるまで酒を飲んでいたい所ではあるが、友人の不手際の尻拭いをするのは親友の仕事だろう。日和見は私のスタンスだが、男の道義を反してまで守るものでもない。

 そして、ふと思い出す。まだ源に言わなければならない事があったのだ。






「……源。私の分はグラスの下にある」


「え? 何がです?」


 りゅうはその問に答えず片手を挙げ、店の外へと出て行ってしまった。

 源は首を傾げるも、りゅうの言葉にあったグラスを探す。確かに彼の席の前にあったグラス達のひとつが不自然に浮いていた。そのグラスをひょいと上げてその下を見れば


「おお。……いやいや、これは出しすぎですよ、りゅう委員長」


綺麗に畳まれた一万円札がそこにはあった。





 小山駅と二つ離れた駅より歩いて十分近くの位置にある閑静な住宅街。未だそれ程夜も更けていない為、家々からの灯りは十分に夜道を照らしている。その道を黙々と歩く男二人。勿論、りゅうと悟史である。酒場を出た時とは違い、住宅街に至る道すがら購入した酒類やつまみの類を手にぶら下げている。深夜の宴会準備は万端とでも言えよう。


「……さて、悟史。今、お前の家には何人の女性が居る?」


「え、えーっと……ってやっぱり分かってたのか、家に麗華ちゃん達が居る事」


「……当然だろう。言葉の端々から幾らでも想定出来る。事実、源も気が付いていたが」


「うわー、マジか」


 悟史はこれ以上無いと言うほど、しかめ面をする。ついでとばかりに、うへー、という奇声も発している。これに対するりゅうの反応は無い。ただ、黙々と悟史の家へと歩を進めるだけだ。

 りゅうの言葉に相当のショックを受けた悟史がぶつくさと独り言を洩らしている間に、ある一軒家の前へと辿り着く。周りの住宅とさほど変わらない、悪く言えば没個性な、普通に言えば極一般的な一軒家である。その表札には稲川と彫ってある。そう、言うまでも無く悟史の実家だ。


「……で、先程の答えは」


「っていうか、俺ってやっぱりそう見られて……って、何だっけ。あーえーっと、今家に居る人の数だっけか。四人だけど」


「……そうか。ついでに、もうひとつ良いか」


「ん、何だよ」


「ご両親は次に何時頃帰国なされるんだ?」


「えーっと、今月末に一回帰ってくるらしい」


「……そうか」


 そう玄関前で言葉を交わして家の中へと入っていく二人。

 玄関を開けた瞬間に北条寺が悟史へとフライングボディアタックをかますという、悟史家での宴会ゴングが鳴る前からの先制攻撃を筆頭に、悟史家での宴は時間を追う毎に激しいものになっていくのだった。勿論、それに比例するようにりゅうと悟史達との物理的距離も広がっていくのである。


「んっふー、ほらーさとーしーくーーん」


「た、助けてくれ、りゅうぅぅ……ってそんな部屋の隅っこにいるなって、ほら、今度こそ助けてくれぇ! ああ、抱きつかないでって! やめ、ってー」


 悟史のSOSを生暖かい目とともに無視し、りゅうは自らシェイクして作ったドライマティーニを啜る。りゅうの思考は目の前の光景から遠く離れ、自作のカクテルの反省点を洗い出し、それを解決する事に専念している。

 そのりゅうに近付く者が一人。榊である。


「……ひつじ」


「……何用だ、榊」


「ちょっと、話がある。付き合って欲しい」





瀬戸です。

連休等、私には無かった! 書類〆切と出張?でここ三週間潰れたんだっ……という事でお察し下さい。

いや、本当に申し訳御座いません。


何かご要望があれば気軽にどうぞ。それではまた。

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