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Phase34: 災厄燃ゆ -宴の始まり・裏-

 それを飲めば、あまりに強い酒精に意識が立ち行かなくなる。前後不覚、強度の酩酊状態に陥り、自身の踏みしめている大地が揺れている様に感じるという。それ故、そのカクテルは地震アースクエイクという名で親しまれている。『252』等と共に度数の高いカクテルとしても有名であろう。

 久し振りにこのカクテルを飲んだ気がする。

 元々、私はジン、特にドライ・ジンをベースにしたカクテルが好きだ。この嗜好は今は亡き祖父の影響だろう。祖父は無類のカクテル好きであり、また同時に推理小説フリークでもあった。この二つの趣味を持っている人間なら誰しもが好んで口にするモノがある。それはかの名探偵フィリップ・マーロウが愛したドライ・マティーニだ。英国の大政治家チャーチルの考案した『ドライ・マティーニ』――ベルモット抜きのマティーニを飲む傍ら、執事にフレンチ・ベルモットを口に含ませ、『ベルモット』と囁かせるというおよそ信じられない愉しみ方である――程ではないが、極度にベルモットを減らしたドライ風が祖父の飲み方であった。無論、マティーニだけではなく、ベルモットやヘミングウェイが愛したジン・トニックも好んで口にし、しばしば私にも作っては飲み方を教えてくれた。

 その祖父が常々口にしていた事があった。曰く、アースクエイクを飲む時は現実逃避したい時に限る、と。

 そう、今正に私は現実逃避したいのであった。


「……玉城は何時起きるのだろうか」


 慣れぬ酒に悪酔いしたのか、私の膝の上に乗っかり筆舌に尽くしがたい振舞を散々行った挙句、眠りこけている玉城。かれこれ十分ほどこの状態なのであるが、何時になったら覚醒して私の上から立ち退いてくれるのだろうか。

 何度目か数えるのも面倒臭くなった溜息を吐き、アースクエイクを喉に流す。それなりに高い度数のアルコールが喉を、胸を焼いていく。その感覚が今の自分にとっては優しいものなのだ。

 己の内に埋没していた私に、こちらも静かに飲んでいた源が話しかけてきた。


「今更な事だとは思いますが、別にりゅうさんと玉城は付き合っている訳ではないんですよね?」


 源の口から他人の恋模様の話題が出るとは珍しいと、私はグラスから視線を源の顔に向ける。何故かは解らないが、苦笑を浮かべている。果たして、今の現状に対しての苦笑なのか、答がわかっている問を質した事に対しての苦笑なのか。今一、判然としない。


「……これは異な事を。源は私と玉城が蜜月を送っている事を存じてないと?」


「あー、その言い方で良く解りました。いえ、別段聞かなくとも分かってた事なのですが、白黒はっきり付けておいた方が何かと良いのですよ。何しろ、玉城も結構委員会の間では人気な奴でしてね、幾度か告白されているそうなんですよ」


「ほう。ならば、この状況は拙いかな?」


 私の胸に頬を押し付けて、警戒する事も無く眠りこけている玉城を見る。強いて言えば、美少女の部類に入るだろう彼女ではあるが、この姿を見れば百年の恋も冷めてしまうのではなかろうか。若しくはこの姿を見て、私の方にとばっちりが来るかもしれないが、それは本当に勘弁して貰いたい。そういう修羅場は害の無い所で眺めているのが一番であり、決して近付きたいものではない。

 しかし、この女一向に起きる気配が無い。大丈夫だろうか。


「まぁ、大丈夫じゃないですか? 別段、特定の彼が居る様でもないですし。告白も何度も断っているそうですので、りゅうさんが心配するような事はないでしょう」


 ですが、と源は続ける。

 源の話を聞きつつ、玉城の生存確認の為、机の上に設置されていたナフキンを紙縒こよりにして、玉城の鼻孔にインサートする。ふなぁという奇声とむずがるような動作をしたので、これにて生存確認を終了。むずがる動作の後、一層強くしがみ付いてきたのは頭痛の種ではある。


「りゅうさんの方で何かしらアクションがあるかもしれませんが、ね」


「……私の方とは?」


「例えば、後藤を筆頭とした『被害者の会』辺りとか、ですかね。ああ、或いは」


 源はにぃっと口の端を上げる。それは私の得意技なのだが、独占したいものでも出来るものでもないので言及せず。ニヤニヤとした源も珍しいとふと頭の何処かで思った。


「りゅうさんの彼女に、とか。一度お聞きしたかったのですよね、りゅうさんの彼女の事とか、好みとかそういった事を。今日は無礼講、酒の席と言う事で一つ暴露して頂けると嬉しいのですがね」


「……どうやら、源の本質を読み違えていたようだ」


「いえ。私もほら、酒が入っていますし。酔っ払いついでということで」


 白々しい。

 そして、一つ思い出した事は、源があの四条の信者だと言う事。表向きでも、私と四条は良く会談・会合・呼出の類で顔を付き合わしている。接点が多いという事は即ち、関係が密だと読み取る事も出来よう。源はそれを気にしているのかも知れない。真相は奴が私を昔の飼い犬の代わりに見ていると言う事だが、それを語る必要は無い。

 答えるのは面倒ではあるが、誤解されては堪らない。法螺を吹く所と真実とをない交ぜにして語っておこう。


「……致し方無い。斯様な席に招待されたにも関わらず、私からは提供する事が無いというのも無礼だろう。少々の話題は提供しよう」


「ええ、是非に。まぁ、聴衆オーディエンスは私ぐらいですけどね。他は意識混濁状態ですし」


 源は目を横に遣る。そこに居るは委員会委員の死屍累々。

 先程から私と源との会話に誰も茶々を入れないのは、神妙に話に聞き耳を立てているからではなく、唯単に口が利ける状態に無いだけである。飲み慣れない酒をかなりのハイペースで飲み続けていた結果だろう。

 未成年は飲酒してはならないという法律は、この際眼を瞑ろうではないか。


「……後処理が面倒だが、今は意識の外に置こう。さて、先ずは何から語れば良いか」


「そうですね……かなり抽象的になりますが、りゅうさんの恋愛観なんてどうでしょう? 或いは、彼女に何を望むか、とかでも大歓迎です。もっと根源的な話でも良いですよ? ……女性には余り聞かれたくない事でも勿論。都合の良い事に私以外には聞いていませんから」


 真に珍しい話題を求めてくるものだ、と私は苦笑する。こうした個人個人の感覚や価値観というものは共感出来るものではない。

 個は別の個の状態を理解する事は出来ないというのが私の持論だ。

 それは個が持つ感覚器の個体差故であり、また感覚とはその瞬間の入力のみに依るのではなく、過去の蓄積による個の記憶・状態に依るものである故。遺伝子が同一である一卵性双生児――例えるならば、設計図が全く同じ二つの建築物が――が同様な生育環境にて成長したのにも拘らず――同様な立地条件、建築技術を用いたのにも拘らず――、異なる感性を持っている――同一な建築物にはならない――のはそれを示唆しているのではないか。とは言え、双生児の場合は外界にもう一人の『自分』――双生児の片割れ――が居る為に、互いに互いの環境に作用してしまい、全く同一の生育環境とは言えない事は注意するべきか。

 思考が反れたか。

 恋愛を語るのと恋愛観を語るのでは、ロマンスとロジック程に印象が違うと思うのだが、私はどちらを語れば良いのだろうか。語り易い方で良いだろうか。


「……然らば、私の論理ロジックに沿って恋愛というものを語ろうか」


 グラスに残ったアースクエイクを飲み干し、喉の通りを円滑にする。何に憚る事も無く、今日は今日だけはロジカルにラディカルにシニカルに私の馬鹿げた想いを語ろうか。


「さて――」






「いや、悪いけど」

 

 不意に私の肩に手を置く輩。

 只の不埒な輩であれば、すぐにでも手を捻り関節を外すのであるが、何せその声その雰囲気には馴染みがある。嗚呼、何という事か。今の今まですっかり気にせずこの場の雰囲気を楽しんでしまっていた。


「その話の続きは後にしてくれないかな」 


 決して忘却してはならない。

 忘却すれば報いが来ると自覚していたではないか。

 なんという体たらく。

 この雰囲気、この声は――


「よう、りゅう。親友の危機をあっさりと見逃してこんな所でいちゃついてるとはな! 見つけたからには付き合ってもらうぜ」


 我が学園が誇るハーレムの主。

 稲川悟史が私の背後に仁王立ちしていた。




どうも、瀬戸です。

体育祭・宴編もあと1or2話の予定ですが、恐らく連休中に出せるのではなかろうか、と思います。とは言え、これは予定でして……遵守しようとは思うのです。

もうちょっと恋愛観他の論理を全面に出したかったのですが、出したらあまりにも……な内容になりそうで控え目です。あのまま書いていたら、自称脳科学者○木氏の話よりも脳科学ぽい話になる所で……。


次回も宜しくお願い致します。それでは。

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