Phase33: 災厄燃ゆ -宴の始まり-
りゅうが乾杯の音頭を取り、玉城に携帯付属のカメラで激写された丁度その頃、小山駅至近にある全国チェーン展開をしているファミリレストラン『ジョン・ドゥ』の一画に男子高校生の集団が陣取っていた。無論、彼らも体育祭の打ち上げ目的でこのレストランに足を運び、一時の歓喜を味わっていたのである。
だが、彼らは単なる打ち上げ集団ではなかった。一時の喜びも何処へやら、今は各々が厳しい表情で何かを語り合っている。その異様な光景にレストランのスタッフも客も恐れ戦き、彼らとの距離をある程度置こうとしている為、レストラン内部には奇妙な空白地帯が生まれているのだった。
高校生でありながら、異様なオーラを身に纏い、鷹の様に鋭い視線を持ち、圧倒的な威圧感を齎すこの集団。彼らは学園の内外で恐怖と共にこう呼ばれている。
至高と究極の呪術集団。
不条理さに喘いだ男達の汗の結晶。
ソレが天命だというならば、我らは神をも呪い殺すと豪語した秘密結社。
彼らの名は『ハーレム被害者の会』。
「皆、この辺りで一つ原点に戻ろうじゃないか」
周りの男達に『会長』と呼ばれている男が周囲の雑談を止めさせる。彼のその一言でぴたりと雑談が止まる辺りに、この集団の統制が取れている事が伺える。
『会長』は静まった一同を見渡し、重々しく口を開く。これから紡ぐ言葉の重要性を自身の姿勢で解らせる様に。『会員』達もそれを理解しているのだろう。各々が鋭い視線で会長を見据え、彼の言葉を固唾を呑んで待っているのだ。
「我々が今迄嘗めていた苦汁。時、年にして二年強、日にして八百日余り。来る日も来る日も暑き日も寒き日も晴れの日も雨の日も、容赦無く我々を苦しめ続けていた怨敵。今一度脳裏に思い浮かべて欲しい」
自身の吐く言葉一つ一つが剣となり身に突き刺さる思いがする。『会長』はその痛みに言葉を失し、歯を食い縛る。だが苦しんでいるのは『会長』だけではない。『会員』の誰もが目を瞑り、或いは此処ではない遠くを見据え、彼の言葉に想起された記憶に呻き声をあげる。
彼らの呻きはうねりとなり、不思議な事に騒がしい筈の店内にも響き渡っていた。その怨嗟の声は店内に居た客や店員達の動きを止めてしまう程のモノ。『至高と究極の呪術集団』の面目躍如たる呪力と言えよう。
一頻り歯軋りをし終えた『会長』は、だが、と言葉を続ける。
「その苦渋を嘗めるだけの、遠巻きに怨敵を見るだけの、ただただ効きもしない呪詛を撒き散らすだけの存在だったのだろうか、我々は。取るに足らない、十把一絡げのカスミソウだったのか。いいや、違う。我々はそのようなモノではない。仮令我々がカスミソウであったのだとしても、その身は天にも伸び、月を穿つカスミソウだ!」
『会長』の言葉は加速度的に熱を帯びてゆく。それに当てられる会員も然り。
「我々の師である準竜師はこう仰られた。怨敵を妬み、嫉む暇があるのであれば、自己研鑽に励めと。また、彼の有名な至言はこう言っている。敵を知り、己を知れば、百戦危うからずと。彼の名将は言った。ID野球だと。ならばこそ、我々は! 敵が何故、斯様に女子にモテ、そしてその要因を追求しなければならないのではないか!」
『会長』の熱き演説に、ある者は酔いしれ、ある者は涙する。
だが誰一人として気付いてはいない。店内からは客も店員も全員居なくなってしまっている事を。また、彼の話している内容が至極当たり前のことである事を。
彼らの宴は一つの店の売り上げを犠牲にして、粛々と進められていくのである。
一方、矢張り小山駅至近のファミリレストラン『メアリ・スー』でも数組の高校生団体客が打ち上げを行っていた。その中の一つに朝霧映子を筆頭とする、三年一組女子の運動会系メンバ数人の姿があった。
本日の体育祭の感想やら何やらが一通り話し終えられ、注文した料理も粗方消化し終え、デザートを突付き出す頃合。奇しくも『ジョン・ドゥ』でクラスメイトの男達が話し合っている内容と同じ様な話が繰り広げられていた。
「でさぁあ。ふと思ったのは稲川君って如何してあんなにもてるんだろって?」
「さーねぇ? んー、このアイス美味しいなぁ」
「ほんと? ちょっと食べさせてよ、これも少し齧っていいからさ。……んー、ほんとだ。えっと、それで何だっけ。ああ、稲川君か。イケメンだし、運動出来るし、勉強も出来るし、優しいし、気が利くしって非の打ち所の無い男の子だよねー。朴念仁って訳でも無さそうだし、完璧過ぎる気もするっちゃするかな。でもまぁ、こういった事って身近な人にしかわからないことってあるし、自分的には幼馴染と評判なエーコの意見を聞きたいんだけどお?」
話はデザートに若干引き寄せられつつも、稲川に関する事が続いている。いきなり話を振られた朝霧はモンブランから視線もフォークも外し、質問した相手に向き直る。
「ボク? うー、でもあんまり悟史君の事、そういう対象として見てないし。昔から優しかったのは印象にあるけど」
「あらあら、エーコさん。じゃあ、誰ならそういう対象として見てるのかしら?」
「え? や、うん、えっと、まぁ、いーじゃない! ねっ!」
「ほっほう? 若しかして、若しかしなくてもりゅう君ですかなぁ?」
「そんな事一言も言ってないでしょー!」
顔を赤く染めながら反論する朝霧ではあるが、誰一人としてその反論を聞き入れる様子は無い。朝霧が反論のしようが無くなり、唸るだけのモノに成り下がった辺りで、話は若干シフトする事になる。
「でも不思議だよねぇ」
「何、突然?」
「エーコが御執心のりゅう君の事。稲川君並にスポーツも勉強も出来る訳じゃない? なのに、女子にはモテナイよね?」
空になったパフェグラスの隅を弄くりながら言う女生徒。彼女の言葉に、確かにと頷く友人達。ちなみに朝霧はまだ再起動を果たしていない。
「うーん、何だろう。そりゃまぁ、稲川君みたいにイケメンじゃないからってのもあるだろうけど」
「でも、不細工じゃないじゃん? 男子達が言うみたいに『男前』って感じ? ま、確かに甘いマスクのイケメンじゃないけどさ」
「ああ、解る解る。でもなぁ、それだけじゃなくてさ、無愛想なのも良くないんじゃない? や、無愛想って言うかー」
「クール? 孤高? って言うより、近寄りがたいオーラがあるような」
「オーラ? あんた、霊感商法にでもはまってんの? 最近、その手のものが流行ってるしさー。そんなに今迄亡くなった人の魂がそこらに居たら、息苦しいっての。そもそもオーラって何だよ、科学的根拠をぷりーず」
「体育会系のおバカな君にそんな頭よさげな台詞は似合わんよ。ま、オーラはどうでもいいけど、近寄りがたいってのはあるね。なんか、近寄らば斬る! みたいな」
「おお、侍か。確かに侍っぽい! うん、これから侍君と呼ぶ事にしよう」
「そうだ、そうと決まれば、エーコに彼に電話してもらってその事を。ちょっと、エーコ。そろそろ現世にカムバック! おお! エーコよ、死んでしまうとは情けない」
「あんた、牧師かよ!」
「え、何? ボク、死? ボクが何かした? え、電話? 誰に? りゅう君? え? 何で? 侍君? は?」
朝霧が疑問符のオンパレードから抜け出し、周囲の頼みでりゅうに電話しようとした丁度その時、彼女の携帯電話に一通のメールが飛び込んでくる。
反射的にそれを開く朝霧。
「侍君って似合ってるよね、ははは。……あれ、エーコ、どしたの?」
「ごめん、ちょっと先に出るね。ちょーーーと、済まさないといけない用事がボク出来ちゃったから」
「あ、うん。いってらっしゃい」
友人達は後に語る。
あの時の朝霧の目は人を殺しにいく目だと。
同時刻、別々の場所で打ち上げを行っていた或る二人に、朝霧から連絡が入る。
その二人も朝霧同様、或る場所を目指し急進する事になる。
こうして、狂乱の宴が本格的に幕を開けたのだ。
その頃のイングリッシュスタイルPUB『ペンドラゴン』での一幕。
「ほら、ほら」
「……源。斯様に玉城の酒癖が悪い事を承知してたのか」
「……誠に申し訳ありません。流石に此処まで張り切るとは私も思いも寄りませんでした。どうやら先程の写真も何処かに送信してしまったようですし」
「……真か」
「えらくマジです。というか私には信じられないのですが、膝の上に年頃の女性に座られて良くそんなにも平然としていられるものですね」
「あんさん、そないな状況を常日頃から味わってらっしゃ……うぐっ」
「飯でも口に詰めておけ、平」
開いていた口に皿に載っていた食べ物を詰め込まれ、目を白黒させている平。その鬼の様な所業を行った本人は、何時の間にかに膝の上に玉城を載せているのだが、それを微塵も気にせず平然とした様子。否、よくよく表情を見ると諦観の念が窺えるのだが。
「……源。玉城が寝てしまったのだが」
「……ですね。しかもりゅうさんにしがみ付いてますし」
「……私に如何しろと言うのだ」
短く嘆息し、既に何杯目になるか解らないジン系のカクテルを飲み干す。グラスを机に戻した時に聞こえる氷のカラリという音が何故か空しく感じられた。
「……アースクウェイク一つ」
「りゅうさんって蟒蛇だったんですか」
「否。それ程でもない」
また期間が開いてしまい申し訳無いです。瀬戸です。
先週は後輩の指導と出張?とで時間が取れず、
週刊に出来ませんでした……無念。
さて、前回の後書で皆様に要らぬ誤解を
与えてしまった感がありますが、
別に『りゅう』に彼女が出来る事は確定ではないです。
ネタばれになるのでこれ以上は申しませんが、
それだけ解って頂ければと。
この話はあくまで『学園』ジャンルで御座います。
嗚呼、誰か絵でも描いてくれんもんか……