Phase32: 災厄燃ゆ -後の祭り-
小山駅は聖上学園から徒歩十分程に位置する駅である。この駅を最寄り駅とした学校は聖上学園の他にも数校存在しており、朝や夕方の登下校時間には駅は様々な制服の学生達で溢れかえっている。
そうした駅の周辺には、当然の事ながら学生を主ターゲットにした飲食店や装飾品店が犇き合い、活気に満ちた様相を見て取れる。中高生の若いエネルギを吸収する様に――実際、金銭を彼らから得ている訳だが――小山駅周辺の商店街の規模は益々大きくなっているのである。
さて、学園から体育祭の打ち上げへと繰り出した生徒達は常日頃と変わらず、まるでそれが当たり前だと言わんばかりに、この商店街の飲食店のいずれかに散っては集まっている。無論、カラオケ店に突入するのも居れば、カップルで何処かへとしけこむ輩も居るが、その数は決して多くは無かった。
日が沈み、夜の帳が下りてきてはいるが、一向に繁華街の喧騒が止む事は無い。寧ろ、これからの時間こそが勝負だと、賑やかさは右肩上がりで上昇中だ。
その忙しない商店街の道を独り、りゅうが携帯電話片手に歩いている。彼にしては珍しく、携帯電話の液晶に目をやりながら、である。思案顔で携帯を注視し、然れどもするすると人の間を縫う様に移動出来るのは彼だからと言えよう。
彼が凝視している液晶には、着信履歴が表示されていた。そこにずらりと並ぶクラスメイト、同級生の名前。後藤、鵜飼、悟史、悟史、悟史、悟史、後藤、朝霧、源、岩田、平、後藤、悟史、悟史、玉城、朝霧、玉城……似た様な履歴はメールの方でも見られた。特に何度も連続してコールしていた悟史の必死さが液晶越しにも伝わってくる。さぞや、窮地に追い込まれているのだろう。
とは言え、彼の所に急行するのも如何なものか、とりゅうは考える。彼女達と何かの拍子に『お楽しみ』方面に行ってしまうかも知れない。そんな親友の『お楽しみ』最中に踏み込んでしまう事程惨めな、或いは居た堪れない気分になる事もあるまい。
だからこそ、りゅうは熟考するのである。
送信されてきたメールの内容や留守番電話に残っていたメッセージから、今現在何処の誰が何処の飲食店やカラオケ店で打ち上げをしているかは推測可能だ。そうして、推測出来たグループの内、自分自身が行っても差し支えの無い所は何処だろうか。
「……ふむ」
例えば、後藤辺りは如何だろうか。開催場所はごく一般的なファミリレストランであり、面子はクラスメイトの男の大部分である。確かに青の優勝打ち上げとしては最も相応しい環境であろう。本来ならばこの面子と共に勝利の美酒を味わうのが妥当なのだ。だが、多少危惧すべき事もある。それは参加している面子全員が全員、学園史上最強の呪術集団とも噂される『ハーレム被害者の会』のメンバだという点だ。打ち上げがそのまま、悟史を呪うサバトと化してしまう可能性も無いとは言い切れない。
以上の考察から、精神の安寧を望むのならば、後藤という選択肢は選んではならないだろう。
では、朝霧に誘われた打ち上げはどうだろう。開催場所は矢張り近くのファミレスであり、面子もクラスメイトの女子達との事。後藤同様、青の優勝打ち上げとしては相応しいのだろうが、流石に男一人というのは避けるべきだろう。
では、と選択肢を並べ一つ一つを吟味し優先順位を付けていた所、後から袖を引っ張られている事に気付く。
熟考の余り、何か落としてしまったのだろうか。それを親切にも教えて下さったのだろうか、それならば十分に御礼を申し上げねばならないと思い、後へ振り返れば
「ども、りゅう君。ここで遇えるなんてラッキー!」
「玉城……か?」
「む。なんで疑問形なんすかねぇ?」
私服姿の玉城であった。
どうやら私はこれから玉城の打ち上げへと行かなければならない運命らしい。何と言うことでしょう。
地下にある小洒落たパブスタイルの飲食店。照明は適度に薄暗く、BGMとして洋楽が常に流れ続け、其処彼処で聞こえる若者達の談笑が店の雰囲気をより良くしている。
店の客層は恐らく大学生から社会人という所であろう、若くはあるが落ち着いた雰囲気が見て取れる。そのような客の中で一際若い年齢層で構成されていると思われる団体があった。
勿論、りゅうや玉城を含む打ち上げ面子である。
「……しかし」
りゅうが自分の正面に座っているスーツ姿の男に話し掛ける。
「規律を厳守し管理する側の筆頭が斯様な場所、斯様な姿で打ち上げを行うとは夢にも思わなかった、源よ」
「偶にはいいじゃないですか、りゅう委員長、いえ、りゅうさんと言った方が今は適切ですか。私は結構この姿が気に入っていますよ。スーツってのは気が締まりますから。それにですね、貴方も気合が入ってるじゃないですか、その格好。偶には髪型だけでもそのままにして学校に行かれたら如何です? 女性の人気が高まりますよ」
源はりゅうの言葉をにこやかに受け流し、逆にりゅうの容姿について言葉を返す。源に指摘されている通り、現在のりゅうの格好は黒のワイシャツにスラックスのシンプルなスタイルではあるが、いつもは適当にしている短髪をワックスによってきちりと立たせている。また、ワイシャツの襟周りのボタンを開けており、常日頃のりゅうよりも幾分もスタイリッシュになっている。
「……戯言を。それに高々この程度で評価が変わる筈も無い」
苦笑いを見せるりゅうに、少々驚いた様子で源は返す。
「本当にそう思われているんですか? 女性の評価というのは案外容易く、外見に左右されると思うのですが」
「否、それは否定しない。男の女性に対する評価でも同様だろう。だがな、私のこの程度の変化で……」
「隣見て下さいね」
「ぬ?」
りゅうの隣に座っているのは、玉城である。何時もはポニーテールに縛っている髪を下ろし化粧をしている為、彼女も矢張り常日頃とは変わっている。
りゅうが先程彼女の様子を伺った時には、料理として出されていた野菜スティックをぽりぽりと齧っていた。姿を幾ら変えても、そういう仕草は何時もと変わらないものだとりゅうは密かに思ったものである。
だが今は。
「……何故固まっている?」
「りゅうさんが遅れて入ってきて、そこに座った時からその状態ですよ。かれこれ3分ぐらい。それに玉城だけではありませんよ? 今はまた飲み喰いに集中してますが、さっき貴方がそこに座った時の全員のぎょっとした姿を見ませんでしたか? それぐらい印象が違うということでしょう」
「なるほど。先程の話の断絶は左様か。私がこの打ち上げに来たのが場違いだったのかと思っていたが。何せ、防衛・風紀委員会の極秘打ち上げだからな」
「元々は私と平の二人でやるつもりだったんですよ。それが委員会の連中にばれてたらしくてですね。学園の近くに自宅のある連中がこぞって私服に着替えて参加しているんです。こいつらも物好きですよね」
にやりと源は笑い、飲み食いしている連中を見遣る。源の珍しい快心の笑みにりゅうは思う。物好きだなんだと言ってはいるが、こうして自身の組の打ち上げに出ずに、委員会の――しかも長二人の――極秘打ち上げにきてくれた事は大層嬉しい事なんだろう、と。
源とりゅうの話が一段落した丁度この時に、店員がりゅうの頼んだジントニックを運んでくる。置かれたそれに早速口を付けようとしたりゅうを源が声を掛け制止させる。そして、飲み食いに集中している連中に対して言うのである。
「皆、ちょっと手を止めてくれないか。……ああ、ありがとう。これまで勝手に飲み食いしていたが、りゅうさんという素敵なゲストも来てくれたんだ。ここらで一つ乾杯しよう」
「おうよ! で、誰が音頭とんねん?」
源の隣に陣取りながら今迄一言も話さず、目の前の料理を凄まじい勢いで消化していた平が源の言葉に反応する。
「それは」
「そりゃあ」
「そりゃもう」
「だわな」
「ですよねぇ」
視線が一斉にりゅうの方へと向く。
りゅうとしては源か平が音頭を取るべきものだと考えていたが、自分に集中する7つの視線を無視する事も出来ず、反論する事もせずグラスを持ち上げる。それに呼応する様に、全員が自分のグラスを持ち上げる。
「……先ずは体育祭の其々の健闘に労いを。そして、こうして何事も無く体育祭を開催し閉会出来た事。これは裏方の尽力があってこそ。貴方達の御蔭だ」
一呼吸を置く。同時に先程まで食べ続けていた平にりゅうは視線を向ける。
「……長々と話すと平に齧られかねない」
「いやいや、んな事せんわっ! 何言ってま」
「乾杯!」
「「「「「乾杯っ!」」」」」
「おまえらーーーー!」
こうして、打ち上げの夜は始まったのである。
だがしかし、この時点ではまだこの後に起こる狂乱を予想出来る筈も無く、誰もが一時の平穏を味わっていた。
「ちょっとりゅう君、こっち向いてほしいっす」
「……どうした?」
グラスに口を付けたまま、りゅうは玉城の方へと視線を向ける。
刹那、耳に入る電子音。そして、目に入る玉城の手にある電子機器。
「ツンツンりゅう君、ゲットっす! レアっす! 超レアっす!」
「……源、平。如何すべきだろうか、この阿呆」
「さぁ?」
「好きにさせればいいんじゃないでしょうかねぇ?」
どうも。瀬戸です。
多少文章量少な目で投稿しております。
前回投稿直後より皆様から異例の反応を頂きまして
急遽『打ち上げ話』を投稿する事に致しました。
多分、2・3話で終了する小噺ですのであしからず。
ところで、皆様はもしりゅうに彼女が出来るとしたら
誰だと思いますか?