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Phase31: 災厄燃ゆ -帳落ちて-

 自陣に戻れば、情け容赦の無い仕置きが待ち受けている。特にあの金色夜叉と化した北条寺辺りからのソレは想像も付かない、描写の仕様のないものになるかもしれない。万が一の事もあるだろう、今から遺書を認めておくのは賢明かもしれない。

 仕置きの壮絶さを概算し、その桁外れに被るだろうダメージに思いを馳せ、戦慄していた私である。自陣へと向ける一歩一歩が絞首台へと続く階段を想起させていた。俯き加減で歩を進めていた為、夕日に引き伸ばされた自身の影が見える。心無し影の肩も下がっていた。

 だがしかし、絞首台への階段は昇りきって初めて、そこに縄が無い事に気付かされる。

 待ち受けていたのは男達の熱烈な歓迎だった。


「お勤め、御疲れ様っしたっ!」


「団長ー、良かったよー」


「ナイスラン! りゅう!」


 びしっと親指を立てこちらに爽やかな笑顔を向ける男、拍手で出迎える男、私の肩を遠慮無く力強く叩く男、アメリカンスタイルで肩を竦める男、男、男、男、男、男、男、男、男、男、男……不快な臭気はないが視覚的に汗臭い気がする。

 彼らの歓迎を喜んでいない訳ではない。敵方に力を貸してしまった私に対して、これだけの歓声を挙げてくれているのだ。何も不快に思う事無く、ただ純粋に彼らと優勝を喜べばいいのだ。

 しかし、しかしだ。

 私とて一応男の端くれだ。多少は女性からの良い評価を頂きたいという気持ちもある。ただ間違っても、ちやほやされたい訳ではない。普通に――何を基準として『普通』とするのがいいのかは各自の尺度で異なるとは言え――否、極々些細でもいいから労いの言葉くらいは掛けて欲しい。

 又同時に、私の周囲に群がる男どもにも不満が在る。確かに彼らは私の事を歓迎する為に今か今かと私を待ちわびていたのだろう。それは素直に嬉しい。団長冥利に尽きるというものだ。だが、今真っ先に歓声を浴びせるべき相手に声を掛けず、目を逸らし、背を向けるのは如何なものだろうか。

 そして、その両性への不満の原因にあるのが


「かっこいーーーー」


「ちょっとーっ! 何先輩に抱きついてるのよっ! あんた、早く退きなさいよっ」


「お、押さないで、きゃっ!」


「おっと、大丈夫? って、ちょっと後から抱き着かないでっ! そんなに上着をきつく引っ張るなっ! ちょ、それはズボンだろ? お、おい、脱がすなこらっ! って、麗華ちゃんも何やってんのっ! おいおいおいおい! あ、りゅーー! ちょっと助けてくれ! お願いだー」


青の女性陣に何重にも囲まれて、その中心でもがき苦しんでいる悟史である。

 アイツが何か言っている様で、私の鼓膜も何かしらの音波を捕らえているのだが、生憎と私の言語野がそれを理解出来ないらしい。きっと置かれている環境が正反対の私に対して、自分の環境が如何に素晴らしいのかを力説しているのだろう。

 聞こえているのに返事をしないのは礼儀に反する。こういう時にはどういう言葉を掛ければいいのだろうか。嗚呼、そう言えば、かの『田舎っぽ大将』がこのシチュエーションで最適な言葉はこれだと言った覚えがある。今こそ使用する時か。


「……悟史っ!」


「おーっ! りゅう! 助けてくれっ! 色々とセクハラっぽいんだよっ! ちょっと三人ともマジで勘弁だって、おいっ!」


「……女に抱かれて溺死しろ」


「りゅーーーー! 裏切ったなっ! って、うわーー!」


 文章に起こせば大量のエクスクラメーションマークを吐き出しながら、悟史は女性の大海原の藻屑となった。あの海の荒波には矮小な私達男達では太刀打ち出来ない。私は彼の冥福を祈り、海に向かって敬礼をする。同様に私の姿を見て、男達は其々に其々の敬礼の仕方で――何故か、第三指を立てたり、第一指を下に突き出したり、第一指を首に突き立てて横に引いたり、唾を吐いたりと過激ではあったが――悟史に別れを告げていた。

 一頻り場が落ち着いたのを見計らって、傍に寄ってきた後藤が言う。


「それじゃ、改めてまして、師匠。勝ちどきをひとつ、お願いします」


 確かに最後の締めを未だ行っていなかった。もう間も無く、閉会式も執り行われる事になろう。その前に全員で――恐らく一人を除いた、男のみ全員で、だろうが――雄叫びを上げるのもいいだろう。

 私は囲んでいる男達をぐるっと見回して、言葉を紡ぐ。其々の顔にはやり遂げた充実感が溢れ出ていた。


「……諸君。本日は実に素晴らしい出来だったと思う。一人一人が偽る事無く全力を出した結果だ。最後にその事を誇って勝ち鬨を挙げようではないか」


 深呼吸をし、肺一杯に空気を溜め込む。空を見上げれば、そこには雲ひとつ無く、空は紅一色に美しく染まっている。我々の勝利に相応しい晴れ渡った空だ。その空を突き出す様に拳を振るい、私は久々に吼えた。


「我々の勝利だっ!」


「うおおおおおおおおおお」


 そうした後、私は二度三度と宙を舞う事になった。





 無事に閉会式を終え、生徒達は今日の勝利を祝う為、互いの健闘を称え合う為、はたまた愚痴を零す為、打ち上げへと校外に散っていく。りゅうのクラスも例外ではなく、幾つかのグループに分けて打ち上げを行う事になっている。

 打ち上げに誰それが行く、アイツを連れて来い等々の誘いの言葉が飛び交う中、是非とも来て欲しい人物ナンバーワンのりゅうを探して玉城はウロウロとしていた。

 校庭には既に彼の姿は無く、クラスにも姿が無かった。無論、彼が催して花を摘みに行った可能性もあると、男子便所にまで潜入してみたが姿を確認する事は出来なかった。

 おかしいなぁと首を傾げながら、自分のクラスに帰還し、偶々目が合った後藤に尋ねてみる。一番りゅうの傍に居る機会が多い彼ならば、行方を知っているかもしれないと。


「というわけなんすけど?」


「悪いが知らないな。知っていたら、うちの打ち上げに引っ張っていくしよう。まぁ、大方師匠の事だから、何処かで校庭でも眺めて、今日の余韻を楽しんでんじゃないかね」


「それは……渋いっすね」


「ああ、渋いよな」


 さもありなんと互いに頷く二人。後藤が知らない以上、りゅうの行方は今しばらく分からないだろうなと思い、気になっていたもう一つの事を尋ねてみる。


「りゅう君の怪我ってどうなったか知ってる? 青陣うちに還ってきた時に怪我の事聞いても、問題無いっていうだけっすし。遠目で見た感じでは出血があった様に思えるんすけど」


「あー、まぁ俺も人伝に聞いただけだけどよ。聞いた相手ってのは『ヘンタイ』な?」


「『ヘンタイ』? うーんと、おお! 男子の悪の親玉の鵜飼君っすか」


「悪の親玉って酷い言い草だな。別にアイツはそんな評価を貰うような事してないだろ。ただちょっと思考と嗜好がほんの少しだけ……否、それなりにずれているだけで、さ。まぁ、昔はリコーダを口に含んだとか、全裸で校内を駆け抜けたとかいった武勇伝があるらしいが」


「……それを聞いて益々風紀委員としては警戒を強めるっすよ。でも今回は見逃すっす。ささ、話を先に」


「おう。聞く所によるとな、確かに出血してたし、傷が開いたらしいんだわ。で、本来なら聖ちゃんに治療してもらう予定だったらしいんだけどよ、師匠が説教始めたらしくてさ」


 りゅうが説教したと聞いて、玉城は頭を抱える。彼女は一度、聖教諭がりゅうに説教を加えられている場に居合わせたことがあった。逃げ道を潰して正論を叩きつけるりゅうの饒舌さと対する聖教諭の怯えっぷりに驚いた事を鮮明に憶えている。


「案の定、聖ちゃん泣きながら逃亡したらしくてよ。それじゃ、傷塞がんないからって、師匠が電話で呼び出したらしいんだわ」


「誰を?」


 ああ、と少々勿体ぶった調子で後藤は声を潜めて言う。

 ちなみに彼らは気付いていないが、傍から見れば密談している怪しい二人組みしか見えない。中には新カップル誕生かと、スケッチブックを片手に妄想している輩も居る。言うまでも無く、腐女子の一味であるが、誰もそれを止めようとしない事から色々と末期なのだろうと想像可能だ。


「師匠の兄貴」


「えっ? お兄さん居たのっ?」


「いやぁ、恥ずかしながら今日初めて知った。師匠もあんまり自分の事を話そうとしないしよ、聞かなくても別に関係がどうこうなるわけじゃないし」


「うーん、私だったら、なるべく相手の事を知りたいっすけど」


「まぁ、それは男女差ってのもあるし、人それぞれじゃねーか? まぁ、将来若しかして義兄さんと言う事になるってんなら話は違うかもな」


「お、義兄さんって……そんな」


「……本気マジで照れるな。とは言え、師匠は難攻不落だしねぇ。当分先だろうけど。まぁ、その兄貴が来てよ、どうやら医者やってるらしいから、ホッチキスで応急手当してもらってたそうな」


「ホ、ホッチキス……痛そうっす。その状態でよくもまぁ、あんな速さで走れるもんすねぇ。しかも、ボーラをピンポイントで落としてましたし」


「まぁ、流石師匠ってことで」


 ぽりぽりと後頭部を掻く。丁度、話に間隙が生じた所に外野から後藤を呼ぶ声がした。後藤は軽く玉城に手を上げ、これで話は終了と外野の方へ向かっていく。

 玉城自身もその後すぐにクラスの一つの集団に呼ばれ、打ち上げへと行く事になる。

 そうして、騒がしかった校内から次々と生徒は去っていき、夕日に照らされた校舎はひっそりと佇むのである。





「……兄貴。首尾は如何に?」


 後藤の予想通り、屋上の貯水槽の上に胡坐をかいてりゅうは居た。落ち着きを暫く振りに取り返した校庭を眼下に、携帯電話で会話していた。


「……そうか。了解した。流石に今回は警戒したと言う事か」


 電話越しの相手の返答が満足のいく物だったのだろう、何処か表情も満足そうであった。


「後は文化祭と……卒業式もある。まだまだ、と言う事か。……ふぅ。詳しい話は家に帰ってからにしよう。……ああ、確かに何処かの打ち上げに寄ってから帰宅する。日が変わる前には帰ると思う。……ああ、宜しく」


 パチッと携帯電話を閉じ、再びぼうっと校庭を眺める。その姿は何処か縁側に腰掛け日向ぼっこをする老人の様な老成さを感じさせる。

 それから暫く、太陽がさらに地平線へと傾いていった頃に、りゅうは自分の携帯が震えているのに気付く。着信は後藤。同時にメールも受信した模様で、其処には悟史、源、朝霧や玉城の名前が表示されていた。


「……さて、私は何処に行けば良いのだろうか」


 ふむ、と一瞬考える仕草をし、だが考えるよりも先ず動くのが先かとひらりと貯水槽から降りる。音も無く着地し、りゅうが扉から出て行くのを沈みいく太陽だけが見ていた。





週刊と言いつつ、風邪で寝込んでしまった瀬戸です。

遅れて申し訳御座いませんー


これにて体育祭編は終了です。

この後に繰り広げられる打ち上げの話を書くかどうかは皆様の反応を見てから……と言いたい所ですが

そんなに反応が来ないというのが事実だったりします。

うーん、どうなんだろう。

一応、ストックには貯めておきますが。

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