Phase29: 災厄燃ゆ -最終戦・壱-
四人の走者が互いに牽制しあい駆けている。肘と肘がぶつかり合うばかりではなく、拳と拳、拳と顔すら衝突する。
ストレートから縺れ合う様にコーナへ。
体に掛かっているであろう遠心力など忘れたと言わんばかりに、走者全員が全員全力疾走を続行。其々の腕は振り切れる限界まで――実際振り切れるというよりも、目標に向かって振り抜いているのだが――稼働している。
その光景をぼぅっと眺める男達がいる。コース上に引かれた白線に並んだ四人の男達。
「赤が先頭だべか?」
「あんな団子状態じゃわかんねーよ。りゅうは分かる?」
「否」
「だべなぁ。って事はアンカの俺らもコレ使わないんかねぇ。折角あるのに勿体無いべなぁ」
そう言う黒の長である『田舎っぽ大将』――明らかに可笑しな二つ名であり、又「ぺ」では無く「ぽ」である辺りに胡散臭さを感じる――は手をにぎにぎとさせる。その手にある物はこの場に居る私達全員に配られている。
剣ではない。
棒でもない。
況してや、バールの様な物でもない。
小さな、されど重量が確かに感じられる布袋二つとそれらを繋ぐ太く頑丈な紐。振り回して用いれば、鈍器として役に立つだろう。紐の部分を首に巻けば、立派な絞殺道具と変身するとも言える。
だが、狩猟時の主な、そして本競技での用途はより穏健で、狩られる側にして見ればより厄介な物である。
「……ボーラか」
ボーラ。ケラウイタウティン。またはソマイ。
遠距離から投擲し、逃げる相手の足や首に絡み付かせ、文字通り足を止めさせる。原始的な武器であり、シンプルな武器である。だが逃げる者にとっては、それでも脅威だ。
「使わなければそれはそれで良しじゃないか? 俺、りゅうや古森から投げられたコレが頭に当たったら一発KOの自信が大有りだ」
「だべなぁ」
当たった時の事を心配する悟史、悟史の言葉に首肯する黒の『大将』と、話題に上がっているにも関わらず微塵も興味を示さない我が委員会の後輩である古森。彼ら三人と私がこの競技のアンカを務める。それもただのアンカではない。体育祭最後の競技のアンカである。私達の働きで今年の体育祭の結果が決まると言っても過言ではない。
絶対に負けられない勝負がここにある、とでも言えようか。
喋っている間に、現在の走者達はコーナを抜け、バックストレートを爆走している。勿論、拳の応酬、飛び蹴りの遣り取りも継続どころか、過熱している。誰もそれを止めようとはしない。ただただ自軍の代表選手に熱い声援を送り続ける。
走者達はそのままコーナへと入り込むが、どうやらここで『私の色』の選手が出遅れた様である。私は自分の立ち位置を外レーンに変更。悟史らも微妙に立ち位置を調整している。
「しかしよぉ、若し稲川が怪我したら、俺らハーレムに殺されるんじゃねえべか?」
「……然り」
流石に日に二度もあの金色夜叉には出遭いたくは無い。切実にそう思う。
「ハーレム言うなよ。彼女達とは別にさぁ……それに、彼女達が怖いから手加減して負けましたってのは無しだぜ? 序でに言うと、どちらにしてもりゅうは麗華ちゃん達に怒られると思うよ。覚悟しといた方が良いんじゃない?」
「……神は死んだ」
その可能性は否定出来ない。寧ろ、高確率でそういう事態になるだろうと予測はしている。そして予測はしているのだが、その予測を受け入れたくないと言うのが本音である。
何時だって現実はそんなものだ。青臭い愚痴が容易に頭に浮かぶ。
コーナを抜けた走者達が我らアンカに向けて殺到する。数秒後には悟史達と殴り合っている事だろう。
「先輩。今度は負けませんよ」
沈黙を守っていた古森がこちらを向きもせず、そう宣言した。
宣言された以上、私も何かを言わなければならない。幾つか脳裡に浮かんだ言葉から最も挑戦的な物を意図的に選択して、彼の挑戦に熨斗を付けてお返しする事にする。
「……その意気や良しっ」
口端が微妙に上がってしまったが、致し方なかろう。
それは青の参謀二人にとって、否青の組員全員にとって最悪なシナリオだった。
りゅうが腕の怪我の為戦力外となった、と言うのは実際には真実ではない。確かに負傷はしているのだが、既に傷口は塞がれており余程の外力が加わらない限り再び開く事は無い。それ故、保健委員もGoサインを出しており、彼は戦力として数に数えられる筈であった。
だがしかし、青の参謀達は彼を再び戦場に送る事を躊躇った。
使える手は使い勝利をもぎ取るとりゅうに宣言していた参謀達ではあったが、彼の怪我のそもそもの原因が自分達にある事を知っているが為に、どうしても彼を使う気にはなれなかった。如何にシビアに物事を捉えられるとは言え、彼女達は一般の高校生に過ぎない。首尾一貫して突抜けられる程、覚悟が定まっていないのである。更に言えば、体育祭という高校の一イベントにその様な覚悟は本来必要無いものであろう。
そうして、りゅうは遊兵となっていた。
内心、何故自分を使わないのか、切り札たる自分を使わずに勝ちを得られる程楽な勝負なのか、と憤慨やるかたない状態だった……訳ではない。寧ろ、逆方向にベクトルは向いており、傍観者でいられる事にほくそえんでいたのである。
その相貌、雰囲気や言動で要らぬ誤解を生んでいるのだが、りゅうは文武両道の真面目一徹、聖人君子な優等生等では決して無い。確かに文武共に優れてはいるが、基本的に面倒を嫌う日和見主義をスタンスとしている。度々そういう態度を取ってはいるのだが、誰一人として気付いていないのが現状だ。
とは言え、りゅうを放置しているだけでは軍団の中に紛れ込んでいる他色の草に勘付かれる恐れがある。むざむざと切り札を渡すのでは本末転倒だった。
そこで青の参謀二人はりゅうの腕を包帯でぐるぐる巻きにし、さらに首から吊り下げる格好で彼の『無力化』を大々的にアピールしたのである。これを見た、りゅうの動きに注目していた草達も彼の『使用』は無理であると判断。次々と所属する色へと帰還して行った。
だが、しつこい様だが、物事には例外がある。
今回の例外は赤の草の一人。愛らしい姿で一部の男子に熱狂的な支持を得ている女子生徒。頭の回転の速さと腹黒い性格により、りゅうが最も苦手としている彼女。稲川ハーレムの一員にして、赤の参謀を務める彼女こと千川牡丹である。
「これは怪しいにゃあ」
と青の動きを睨み、保健委員会の所へと直行。御得意の手練手管で情報を引き摺りだし、りゅうが実際には『使用』可能である事を確認する。それからの彼女の動きは速かった。赤の陣営へと駆け戻り、予想される最終競技までの得点の開きを概算。りゅうが最後の闘いに投入される危険性と自身の陣営で『使用』出来た場合の利点を天秤に掛け熟考。そうして、最終競技のメンバ提出書にメンバを記入していくのであった。
「それでは、最終種目『疾走戦』のメンバを発表致します」
淡々と読み上げられていくメンバ達。メンバ構成に各色から喚声や歓声が沸くが、誰しもが最終走者の名に注意を示していた。徐々に高まる興奮と期待。今年は誰が有終の美を飾るのだろうか。誰もが脳裡に予想されるメンバを浮かべていく。
疾走戦。
その名が示す通り、最終競技であり又走る事で決着を付ける競技である。
何も難しいことは無い。各色から選ばれた六人で定められた距離を走り抜け、一番早いタイムを叩き出した色が勝利するという巷のリレーと殆ど変わりが無い競技である。
だがしかし、それはこの高校。ただのリレーではない。
変更点は三つ。一つはバトンで次の走者に交替するのではなく、タッチで交替する点。一つは走者同士のどつき合いを認めている点。そしてもう一つは、全員に捕獲道具であるボーラが渡されている点である。
「……以上、第五走者でした。それではお待たせ致しました。各色のアンカの紹介をさせて頂きます」
一際大きく上がる喚声。
意識しているのかいないのか、アナウンスしている放送委員の声にも力が入っている。
「青アンカ。『全自動フラグゲッタ』『ハーレム野郎』『全男子の敵』サッカー部部長、稲川悟史」
湧く喚声。黄色い声が大多数を占めているのと低い怨嗟の声が混じっているのが悟史の学内での評価を表しているのだろう。
「白アンカ。『貴公子』『破壊者』人材派遣委員会所属、古森勇気」
悟史に負けず劣らずの声援。そして彼同様に黄色い声が多かったりもする。
「黒アンカ。『田舎っぽ大将』『ノリは良いけど付き合うにはちょっと……』陸上部部長、瀧口純平」
「それ絶対お前の感想だべ、小原ぁー! 後でおしおきだべぇ!」
「事実です。黙れ、純平」
放送委員――小原法子と言い、瀧口の彼女と言われている――と瀧口の遣り取りに観客は沸く。
「おほん……失礼致しました。それでは最後に赤アンカ、ですがっ! ここで選手交代をお知らせ致します! 赤団長、石堂知樹に代わりまして……『規格外』『切札』『一騎当千』人材派遣委員会委員長、柳竜次! 以上、疾走戦全メンバの紹介でした」
そのアナウンスに場は混乱する。あの『切札』であるりゅうは総力戦で負傷退場したのではないか。その為に青は彼を欠いた陣営で戦っていたのではないか。だが、救護の教員、保健委員達からは何も言ってこないという事は有効なのだろうか。
観客、生徒達も含めて、この混乱は暫しの間続くのであった。
「やられたわね」
北条寺はそう言葉を吐き、赤の陣営を憎憎しげに見詰める。
自分達が招いてしまった事態ではあるが、そう言わざるを得ない。確かに他の色陣営からして見れば、GOサインが出ているのにも拘らず遊兵化していたりゅうを使わない手は無い。だからこそ、怪我をしている様に包帯で偽装していたのだが。
「そうっすね……赤陣営っていうと、若しかしたらあのロリっ子かっ! またあのロリっ子にしてやられたっすか!」
「ロリっ子って……ああ、牡丹さんね。彼女なら遣りかねないか」
千川の顔を思い浮かべる。何時も何時もチェシャ猫の様に、にまにまと何かを狙っている印象。恋敵ではあるが、何故か彼女には色々と勝てそうに無い感じがする。何故だろう、とは言え負けるつもりは無いが、と北条寺は思う。
「何はともあれ、ここは悟史君に頑張ってもらう他ないわ。もう奇策も何も使い様が無いのだし」
「うん。あとは旦那に加減してもらうぐらいっすかねぇ。うーん……しないっすよねぇ」
「しないわね」
そうっすよねぇ、と玉城は飴玉を口に入れる。この飴くらい旦那が甘ければいいんすけど、と口には出せず、溜息だけが外に出た。
……ご無沙汰しております。
実生活が修羅場の連続な瀬戸です。今迄根気良く待ち続けていてくれた読者の方々には大変申し訳無い気持ちで一杯です。
最終章までの道筋は出来ているのですが、如何せん文字にする時間が無い。推敲する暇が無い。
そんなこんなで2ヶ月も開いてしまいましたが……
次回はなるべく早く出したいと思います。(でも1月が一番の修羅場なんですけど)
今後とも宜しくお願い致します。