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Phase26: 災厄燃ゆ -総力戦・弐-

赤の壁を食い千切った『一騎当千』が近衛、姫役に襲い掛かる。十中八九近衛は叩き伏せられ、姫は抵抗空しく連行されてしまうだろう。りゅうの強靭さを身に染みて理解している生徒は勿論の事、観客も午前の競技での彼の姿から、疑い様も無くそうなるだろうと確信していた。

しかし、考えてみて欲しい。

放置しては明らかに危険な人物をそう簡単にフリーにするだろうか。

自分達の手に負えないからと、猛獣を放置するだろうか。

答は否。

赤き尖兵達が己の身を犠牲にしながらも、唯一人の為に仕掛けた作戦が発動する。




赤の壁と接触する直前に体を沈み込ませ、そして接触する刹那自身の体のばねを解放し激突する。狙った通りの衝突点インパクトポイント。私のショルダタックルは尖兵役二人を巻き込み、壁に穴が開く。そのまま慣性に従い、決壊した部分から姫役へと特攻を掛ける。そう行動する予定だった。

行動予定に異常が起こったのは衝突する瞬間。目前に開けた隊列の間隙を高速で潜り抜け、速度と質量を相乗した一撃を見舞わせる。相手の重心に近い腰辺りへの正確無比な一撃は容易く壁を吹き飛ばしたが、私は違和感を感じる。衝撃が相手に伝わりきれていない。自身に還る手応え、反作用が予想よりも小さい。思わず足を止めてしまう。

また違和感はそれだけではない。吹き飛ばしたと思えた相手が私の服の掴み、倒れながらも私の行動を阻害している。とは言え、この程度であれば加速すれば振り切れるだろうと判断。

多少の違和感を感じていたが、自軍の壁が決壊しているのを一瞬見遣り、早々に決着を付ける必要ありと考える。ならば、迅速に相手の本丸へ往かんと止まっていた足に力を込めた瞬間。

背後から強烈な一発を浴びた。浴びてしまった。




正に地を這う超低空タックル。

一瞬にして相手の動きを止めるラグビー部部長『ミスタータックル』の十八番。それが完璧に、しかも背後からりゅうへと咬み付いた。

きつくバインドされる両脚。膝裏に掛かる衝撃。そして、死に体でありながら掴み取り、りゅうの動きを制限していた服にかかる拘束。それら全ての要素が噛み合い、青の要であるりゅうは為す術も無く、宙へ舞う。

そして――ずどん――と音が響く。

一瞬、観客の声が途切れる。目の前の事態に舌が動かなくなる。

受身を取る事も出来ず、左腕から地へ叩き付けられるりゅう。彼の背に土が付く。


「よっしゃあああああ」


値千金の一撃を見舞った『戦士ヘンタイ』が咆哮と共に拳を振り上げた。事此処に至って始めて、観客は喚声を挙げる。青の陣営は悲鳴を挙げ、赤の陣営は奇声を撒き散らす。被害はほぼ同程度にも関わらず、対照的な両陣営。それは倒れ伏せた彼らに対する期待度の差か。

自分達に掛けられる声援に押される様に更に加熱する総力戦コンバット

戦士ヘンタイ』は青の姫へ向け疾走する。

会長ゴトウ』は鍔迫り合いの状態から抜け出そうと四苦八苦。

武芸百般キヨウビンボウ』は隙あらば前線へ向かわんと目を光らせ、『ハーレム野郎』は真の騎士の如く姫に襲い掛かる敵に対して身構えていた。

だが、唯一人、りゅうだけが沈黙していた。




これは致命的だな、と脚を持たれた瞬間他人事の様に思った。

絡み付いていた服への拘束もジャストタイミングで外され、脚に加えられたモーメントで私は後方へと宙で回転する。間も無く体を貫くだろう衝撃に耐える余裕も無く、只頭部への衝撃を避ける様に体を丸めるのが関の山であった。

刹那、左体側から衝撃が体を貫く。堪らず、肺の空気を外へと吐き出す。

嗚呼、矢張り致命的だった、と胸の内に零す。

只の衝撃であれば、否、如何なる類の衝撃でもよいが、これが左腕以外に加わる力であれば、今この瞬間にもバネ人形の如く飛び起きれる。己の背に土を付ける等という愚は起こさないだろう。だがしかし、不運にも左腕から落下してしまった。アノ傷が開いてしまった。


「……笑止」


日常では中々味あわない痛烈な痛みに気を取られてしまった。只それだけの事で味方を危機に追い遣ってしまっている。また、何処かで油断していたらしい。否、若しかしたら油断だけではなく、自分の運動能力を過信してもいたのだろう。忌々しい己の精神の拙さ。

それにしても、上手く嵌められたものだと苦笑せざるを得ない。

彼らは自己犠牲の精神を以って私を潰そうと構えていた。玉砕を覚悟の上で私の前に立ち塞がり、私のおもりになる事だけに専念していた。そしてそれは、味方を信頼した上での作戦。必ずやあのタックルのスペシャリストが止めを刺しに来るだろうという確信。ジェネラリストスペシャリストの十八番には太刀打ち出来ないという矜持。

敗北気分が胸に蓄積している。


「……嗚呼」


傷は全開で敗北気分も全開である。此の儘痛覚に身を委ねて、地に這いつくばっているのも一興かも知れない。私一人とは言え、戦力が減る事はこの競技の敗北に繋がるであろうが、現在の青陣営の得点を鑑みるに、この競技を落としても充分に巻き返しは可能である。従って、此処でこうしていても差し支えないだろうが。


「りゅうううううくぅぅぅぅぅぅん」


「りゅううううううう」


「せんぱぁぁぁぁい」


「……やかましい」


こうして喧しくさえずる連中が、私に期待している声援が居る。こうして見っとも無く身を投げ出している自分に戦況を任せようとする阿呆共が居る。

ならば、可能な限り叶えよう。私は請負人アンダーテイカでもあるのだから。


「……土は土に、灰は灰に、塵は塵に」


既に『死者』である己に祈祷の文句を。葬儀屋アンダーテイカが自身を埋葬するとは皮肉も良い所だろう。

では、この身を復活させに行くとしよう。




「あ、りゅう君復活した」


「うーん。旦那にしては随分時間掛かったっすね」


慣れない絶叫の所為で微妙に痛い喉を手で押さえている朝霧と玉城。最も正しいかろう陣営の応援とはかけ離れて、この二人はりゅうの様子だけを見守っている。実際にはこの数十倍の女子生徒が――色の差異すら超越して――悟史の一挙一動を凝視している訳で、咎められる事も無い。

通常であれば、タックル程度の攻撃ではビクともしないりゅうが、十秒近くも身動ぎしなかったという異常。一般生徒でも気付くこの異常性に、りゅうの事を気に掛けていた二人が気付かない訳も無く、口にこそしなかったが内心心配で仕方が無かった二人である。


「うわっ速っ! 何すかあの加速力! 見たっすか今の動き! 一歩でトップスピードに乗せたっすよっ! 信じられないっす! 流石旦那! あーもー格好良いなっ! もーほんとっ惚れるっす!」


「ちょっと玉城ちゃん、落ち着こうよ。というか如何してポッキーを口に咥えたまま、そんなに早口で喋れるのかボクには理解出来ないんだけどっ! ねぇ、ほら落ち着いてよ」


「そうですっ! 速さです、速さなんですよ、映子さんっ! この世の理は何よりも速さ。SO! 如何にして行う時間を縮めるのかという事だけに価値があるのですっ! 連載小説なんて時間をかければ誰にでも書ける。数十万のアクセスなんて時間を惜しみなくかければ誰にでも達成出来る。だからっ! だからこそっ! 如何に時間をかけずに其処に至れるのかがっ! 唯一の評価なんですっ!」


「ねぇっ! 落ち着いてっ! ……ってりゅう君本当に速いっ! ボクの見てない内にもうチェックを終えてるぅぅぅぅ!」


「あぁぁぁもぅぅぅぅいっけぇぇぇぇ! りゅうぅぅぅ君!」


「ボ、ボクも負けずにっ。いっけぇぇぇぇぇ!」


「……馬鹿ばっか」


先程の心配は何処吹く風とばかりに、りゅうの姿に混乱し発狂する二人とそれを後方から見つめる榊。

この青陣営で繰り広げられた小コント劇場は絶叫する生徒達に見届けられる事は無く、ひっそりと幕を閉じるのである。




赤組の作戦は、りゅうを地に倒すという点までは確実に上手く機能していた。更にりゅうが暫く動かないという嬉しい誤算もあった。ならば後はハーレム野郎を倒すのみ、この勝負は頂いたと、赤の選手も参謀もそう思っていた。

だが、そう甘くは行かなかった。

仮にもりゅうが指揮を取り、短期間の鍛錬を重ねてきた猛者達。そして、参謀役の北条寺がタックルを武器に持つ赤の尖兵に対して、何の策も立てなかった程信頼を寄せている尖兵なのである。簡単に敵に道を開ける筈も無い。してや、急先鋒であり自分達が崇める大将がえげつない罠に嵌り、その背を地へと叩き付けられたのだ。益々闘争心に火が付き、いつも以上の力を発揮させている。

さらに、近衛役として悟史が完璧に機能していた事。猛攻を見せる『戦士ヘンタイ』に対し、常に背で姫を庇う様に、且つ重心を低くして構える事で攻撃を凌いでいる。幾ら『ハーレム野郎』と罵られ様が、彼が高校生として一流と評価されているFWである事は変わりない。そのシュートの正確性と体の安定感は超高校級と噂されるほどの逸材でもある。真っ向勝負であれば、肉体勝負で早々負ける事はない。


「くぅ、この男の大敵がぁぁ!」


「俺は悪くないだろぉぉぉ!」


「お前一人だけが良い思いしやがってぇぇぇ! うちの部にも可愛いマネージャを入れろぉぉぉ!」


「それが本音かぁ!」


魂の叫び声と肉のぶつかり合う音の応酬。この二人だけではなく、そこらで似たような応酬が繰り広げられており、事態は硬直し始める。

一気に勝負をかけるつもりであった赤陣営は思いも寄らぬ状況に焦り、近衛までもが突撃を開始する。尖兵の数的有利から後藤がアカサカへと攻撃を仕掛けていたが、『ミニ切札』赤坂の高機動性に翻弄され捉える事が出来ていなかった。その為、近衛の前線参加が可能なのである。

尖兵の壁の隙間をぬい、『武芸百般』が稲川へと迫る。それを確認し、別の方向から攻撃を仕掛けようとする『戦士ヘンタイ』。二対一の状況で悟史は惑う。この状況では防げるのはどちらか一方。どちらを優先的に防御すればいいのか。

二者択一。

どちらを通せば北条寺が生き残る可能性が高いのか。

惑う悟史に攻める二人。迷う彼に選択を熟考する時は無く。


「おりゃってぇぇえぇぇぇ!?」


選択する選択肢も無くなってしまう。突然の乱入者に弾き飛ばされる『戦士ヘンタイ』。彼のタックルよりもなお低い軌道から突き上げる当身。しかも彼の死角から急加速で迫り一撃を加えたその姿は。


「りゅう!」


「惹きつけ役御苦労。御蔭で綺麗に当身が決まった」


復活したりゅうその人である。

颯爽と登場したのは良いものの、左腕をぶらぶらとさせ、気だるそうに悟史を見遣り指示する。


「悪いがうちの後輩を捕まえに行ってくれ。後藤とお前なら挟撃で何とか捕まえられるだろう。最初の作戦通り、選手交替と行こうか」


「了解! りゅう、後は頼んだっ!」


「当然だ。……それでは、北条寺。申し訳無いが、私が護衛役を勤めさせてもらおう」


「分かってるわよ。任せましたわ、執事さん」


「……了解」




その後の展開は呆気無い物だった。

赤の猛攻はりゅうの復帰を以って終了し、赤の近衛はりゅうの守備を抜ける事は出来ず、敵の前線で足止めされたまま。赤坂はその高機動性を以ってグランドを逃げ回っていたが、悟史の執拗な追い込みと後藤の詰めの速さに追い詰められ、悟史に捕まる事になる。救出せんと『戦士ヘンタイ』が猛追を見せるが、後藤の度重なる邪魔にあい、結局追い着く事が出来なかった。

一回戦は青の勝利と相成った訳である。





現在、実生活で修羅場を迎えている瀬戸です……

連載更新が滞っていて申し訳御座いません。来月辺りにはこの忙しさも半減しているのでは? と。



※夏ホラー

私自身の小噺は不評ではありましたが、『ホラーコメディ賞』なるものを頂きました。有り難く頂戴しております。

この探偵事務所シリーズ。1作目が『幻話』で2作目が『ひまわり館』となっていますが、どうやら皆様後者を先に読まれているみたいで……

予告通り、好評とは行きませんでしたのでシリーズにはいたしません。シリーズを読みたいという奇特な方がいらしたら、メッセージでも下さいませ。

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