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Phase23: 災厄燃ゆ -狭間に災厄-

関節という関節の潤滑油が抜け落ち、錆付いたそれは動かそうという意思にすら反応する。その度に奇怪な産声をキィキィと上げる廃棄物同然の自律型発条(ぜんまい)式絡繰り人形。キィキィと五月蝿い自身の体を残された力を使用して動かし、自身でその動力となる発条を巻き又再び動き出す事は出来るが、今は動く意志すら持ち得ていない。

そんな人形がぽんと、魅せるはなは華やかで優雅で、だけどその下には猛毒の棘をびっしりと纏った花畑に投げ込まれた。

等と自身が置かれている現状を比喩し描写してみる。勿論、私は理解している。今己がしている事は単なる現実逃避で、少しの影響もこの状況に与える物では無い。しかし、せずにはいられない、そんな修羅場。


「ねぇ、悟史君。私のお弁当美味しい?」


「うん」


「先輩。私のは?」


「うんと、美味しいよ。特にこのハンバーグ」


「……私のは?」


「うん、こっちも……」


悟史に群がるハーレム員美女五人。この学校の綺麗所を厳選して抽出した様な一団が我先にと、悟史の口へ自身の弁当の中身を押し込もうとしている。対する悟史はそれに多少引き攣った笑みを浮かべながらも、決して拒む事無く彼女達を受け入れている。そして、私はと言うと、この華やかな一団の近傍にぽつんと座らされている。客観的に見ても主観的に見ても、侘しいという感が拭えないこの状況。何も好き好んで隅の位置に陣取っている訳ではないが、かといってあの修羅場に身を据える気もさらさらなく、私はこの位置が最適だと判断し今に至る。

真上に聳える太陽は燦燦と照らし付けてはいるものの、吹き抜ける風は何処かひんやりとしていて、屋上で食事を摂っている生徒達――大規模なハーレム空間が展開された為、屋上には我らの他に生徒の姿は見えないが――には大変有り難い気候と言える。屋上から校庭を望めば、そこには多数の観戦客がひしめいていた。あの群衆の中はさぞ蒸し暑い事だろう。

持参していた握り飯を頬張りながら、密集で窮屈ながら精神的に開放感溢れる昼食と開放的な場での精神的な窮屈さを感じるそれとでは、果たしてどちらが支持されるだろうか、と再び思考に浸る。

このまま、私に干渉もせずハーレムの昼食会が終わって欲しいと切に願う。


「……もう、俺お腹一杯だからさ、有難う皆」


フォアドア育成中の駝鳥さながらに弁当の中身を詰め込まれていた悟史にも、どうやら限界というものが訪れたらしい。悟史はハーレム構成員一人一人に弁当の感想を述べ、頭を撫でるなりして感謝の意を示していた。なんともマメな男である。あの混沌とした餌付け状態に陥りながら、今口の中に取り込まれたのが誰の弁当で、そしてその味付けが如何であるかを評価し記憶していたというのだから恐れ入る。

悟史の行動に各々が様々な反応を見せていたが、如何やらこれで私が此処に居る理由も無くなったという事だ。そもそもがハーレムの中で自分だけが男だという状況が嫌だったらしい悟史が、私を道連れにする事を条件にこの食事会を承諾したという経緯があった。食事会が終了した今、私が好き好んでこの居心地の悪いハーレム空間に腰を落ち着けている必要も無い。

そう思い、腰を浮かして階下への出口に足を向ければ


「にゃにしてるのかにゃ、りゅう先輩?」


「そうです! 何勝手に抜け出そうとしているんですか?」


進行方向に回り込む者が二人。背丈の小さい二人組であった。言わずもがなハーレム構成員である。

余談だが、私の後方に榊が控えている気配もする。


「これは異な事を言う。私は悟史の食事が終了する迄は付き合うと言っただろう? 今し方、奴は自身が満腹であると宣言しただろう? 私がここに居る義理は無い」


「言い訳はそれだけかにゃ?」


「ぬ?」


ニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべるちびっ子。

私の前方に回りこんだ二人組の内背丈のより小さい方である彼女は名を千川せんかわ牡丹ぼたんと言う。同年男子と比較して上背の無い私の肩までも至らないその小ささと幼児体型、そして特徴的な話し方で一部の男子には熱狂的な人気がある。しかし、彼女の『特徴』の本質はその外見的な特徴では無く、権謀術数を巡らすその頭脳にあると私は思う。相手にしたくない人間の一人と言って良い。


「先程、先輩は悟史ちゃんに対してこう言ったのよ。食事が終わる迄は居てやろうって。その会話はこの」


すっと胸元から小型の機械を取り出す。


「ICレコーダにバッチリシッカリ録音してあるんだにゃ。言質はシッカリ取れているんだにゃ」


「私としてはそのICレコーダが何処に入れてあったのかが非常に気になる所なのだが」


「えっち」


「はっ! 貴様の様な幼児体型に欲情する程落ちぶれてもいない」


「にゃ、にゃにおー!」


思わず本音が口から飛び出てしまった。最近、精神が緩んできているような気がする。ここらで一つきちりと締めておかないと後々大事故に繋がる可能性もある。精進せねば。喝。


「ふしゃーっ!」


「落ち着いて、牡丹。冷静にならなきゃ意地悪な先輩には勝てないよっ!」


聞き捨てなら無い言葉で千川を励ますのは我が委員会の『後輩』である。

小柄ゆえの敏捷さで委員会の運営に大いに貢献している逸材である。ボーイッシュな外見の為、同性の先輩には玩具の様に可愛がられ、後輩には男性的な役割を求められているそうだ。彼女の愚痴から得られた情報であり、その真偽は定かではないが概ね間違い無いだろう。


「『後輩』。私が何時意地悪と称される様な態度を取った? 誇る事ではないが、私は常に紳士的な振舞で接していると思うのだが」


「そーやってですね、私の名前を一向に憶えてくれない所とかですよっ! 一年間も一緒に部活と言うか委員会をやって来て、如何して私の名前ぐらい憶えてくれないんですかっ」


「何、所詮名前等、名札程度の役割しか持ち得ていない。重要なのは名前等ではなく、その個人の本質を捉え、銘記し、他と区別する事にあると私は考えている。因みに君の事は確りと『後輩』という呼称で他と区別しているし、『後輩』と言えば君と私の中でカテゴライズされているのだが、それだけでは不満か?」


不満があれば後でゆっくり聞いてやるとうそぶき、回り込んでいた後輩二人組の間を通り抜ける。悟史の真似をして擦れ違う際に二人の肩を二回程軽く叩いて置く事も忘れない。私にはこの行為に如何なる意味があるのか理解出来ないが。

こうして、私は上手く屋上から避難する事が出来た、と思ったのだが。


「ちょっと待つ」


『**はにげだした。しかしまわりこまれた』という幼少時代に経験した某テレビゲームのモノローグが脳裏に浮かぶ。背後に控えていた榊の事を失念していた。またも残心を忘れていたと言うのか。日に二度も同じ間違いをするとは阿呆ではないか。

榊の言葉が届かなかったと装い、更に歩を進めると


「ちょっと待つと言ってる」


榊の指が私の左腕に食い込んで来る。刹那、既に消えかかっているきずが疼いたが顔に出すほどではない。

こうまでされては振り向かざるをえず、


「今度は何だ?」


と僅かに眉を寄せ榊に正対する。私の若干不機嫌そうな表情にも反応を示さない彼女。余程無表情を崩さない練習でもしているんではないか、と常々思うのは致し方なかろう。


「ひつじが話逸らせただけで、彼女達の話は終わってない。ひつじは逃げたいだろうけど、話は最後まで聞くべき。人として」


「……了解。手短に頼む」


限りある時間をつまらない折衝で潰すのは本望ではない。素直に聞く姿勢を見せ、話を進める様目の前のハーレム員に促す。

千川は私の急変した態度に多少戸惑いと疑いの目らしきものを投げ掛けていたが、取り敢えず巡って来た好機チャンスを見過ごす訳も無く。


「でにゃ。確かに悟史ちゃんは食べ終わったと言ってるけど、未だ私達は食事終了して無いんだにゃ。それにデザートだって多分由宇ちゃん辺りが作って来てる筈よ。だよねぇ、由宇ちゃん?」


「えっ? うん。良く分かったね」


「へぇ。楽しみだなぁ」


悟史君、後で競技のドサクサに紛れて潰してあげよう。私は拳に銘記する。

悟史の発言を耳にして、先程よりももっとにやけた顔で私を見る千川。コイツの勝ち誇った顔と、それを嬉しそうに見ている『後輩』の笑顔が妙に私の神経を逆撫でする。

此のまま、場の流れに身を任せれば、確実に昼食時間の全てをこの甘ったるい空気の中過ごさねばならず、精神的にも体力的にも疲労を背負ったまま午後の競技に挑まねばならない。それだけは避けたいのだが、この場を切り抜けるだけの切札カードが無い。

そして、その私の苦悩を読み切っているコイツが一番の障害と言えよう。


「と言う訳で、食事が終わってにゃいのよ。りゅう先輩は約束を違えるなんて事はしないのよ?」


「……当然だ」


「なら、ここに居なきゃ駄目にゃのよ。それに外部からの協力は先輩自身が潰しちゃったし。にゃはははっ!」


この似非猫娘め。作為的な話し方が非常にかんに障る。人目が無ければ、ここで先輩に対する敬い方でも躾けてやる所なのだが、自重しなければならない。

悪足掻きとは分かっていても、私は悟史に言わざるを得ない。


「悟史。本当に私がここに居る必要があるのか?」


「えーと、居て欲しいかな、はは……」


悟史の目が口よりも雄弁に語っている。俺を一人にしないでくれと。

結局の所、悟史は修学旅行以前から何も進歩していないという事になる。確かに人間という者は即新たな環境に適応出来る生物ではないのだが。


「……さぁ来る」


「そうそう。大人しく私達と過ごすのにゃ」


「そうですよー」


三者三様に私の身体の一部を握り、悟史達の居る一角へと私を引き摺って行く。



抵抗するのも馬鹿らしく

半ば、諦めていた私に救いの手が舞い降りる。


『お昼時に失礼致します。緊急連絡です。午後競技の作戦会議を始めますので、青の幹部はすぐさま青陣営に集合して下さい。繰り返します。作戦会議を始めますので、青の幹部はすぐさま青陣営に集合して下さい。以上です』


正に起死回生の一発。否、既に死に体であったのだから、不死鳥の尾や大樹の葉といった表現の方が正しいかもしれない。どちらにしろ、私は生還の蜘蛛の糸を掴んだといって良い。

逆に千川は苦虫を奥歯で磨り潰してしまったかのように渋面を見せ、追撃に舌打をする。


「……諸君、非常に遺憾だが、私は作戦会議があるのでこれにて失礼する。悟史は幹部ではないからゆっくりして居て欲しい」


「や、ちょっと待てりゅう!」


「失礼するっ!」


緩んだ拘束を振り切る様に私は出口へと疾走する。

後から悟史の悲痛な叫びが聞こえた気がしたが、幻聴であろう。



こうして、私はハーレムの束縛から逃れる事が出来たのである。






……やっと執筆時間が取れました。

待たれていた方々は本当に申し訳御座いませんでした。

7月はあと3、4作くらい計画中です。(予定は未定ですが


多少、登場人物が飽和状態になってきています……

まぁ、主要キャラさえ憶えていただければと。モブキャラが多いだけですので。



※夏ホラー2007に参加しております。宜しくです。

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