Phase22: 災厄燃ゆ -災厄への助走-
陣営へと帰還すれば、熱烈な歓迎が私達騎馬隊の面々を待ち受けていた。
拍手歓声だけでは彼女らの興奮度合いを表現するには至らず、手を握り抱き付いて来る娘も居る様だ。あくまでも客観的立場でこの喧騒を見守れるのは、私が女子生徒に怖れられている為である。私に労いの言葉を掛けようという努力は感じるのだが、如何せん私を目の前にすると怯えた様子で、お疲れ様でした、と口にするのが精一杯。私は猛獣か何かの類に分類されているのだろうか。
とは言え、声を掛けてくれる努力をしてくれるだけ幸せだ。
そう、女子生徒達の大群にもみくちゃにされている悟史を見て心底感じる。幾ら畏怖の対象では無く人気の的だと言われても、あの様に積極的に絡みつかれても対処に困ろう。
戦場を共にしていた戦友達と互いの健闘を称え合い、二、三言葉を交わしていた後藤が私の傍へと来る。視線の先の惨状を何時もの様に呆れた目で、何時もの様に少し嫌悪を交えて後藤は言う。
「なんつーか、なんて言うか……駄目っす、言葉にならねぇ」
「態々言葉にしなくても良い。口にしない方が賢明と言えよう?」
魚の骨が喉につかえたとでも言うように、喉を押さえて顰め面を見せる。嫉妬とも愚痴ともつかない後藤の非難もとうに聞き飽きていたので、自主的に口を噤んでくれたのは僥倖だ。
「……それもそうっすね」
と前向きな意見を述べる後藤。少しは私の考えが通じたと見てもいいのだろうか。
未だ固まっている悟史と愉快な女子生徒達から目線を外し、話題もアレから離す事にする。精神的にも健全だろう。
「しかし、後藤。先程の突きは見事だったな。あれ程鮮やかに決まるとは私も想像していなかったよ」
「師匠にそう言われると嬉しいねぇ。もうあと少し左右どちらかにずれるかなぁとは思ってましたけど、全然動かなかったっすね。何というか、師匠を倒して脱力した感がありありと」
「では、剣士の目からすると」
私の言葉に後から割って入る声。
「リーダ、後藤お疲れっ!」
「りゅう、ナイス暴れっぷり。昭、ごっつぁんオツ」
「ごっつぁん言うな! あれも綿密な打ち合わせの末のだなぁ」
「両人とも指示通りの行動で助かった。礼を言う。午後もこの調子で頑張ろう」
応、と親指を立てて去っていく戦友二人。微妙に話を遮られた後藤から、陰湿な視線を送られている気がするが意識の外に置いておこう。話を遮らなければ延々と反論をしていたに違いない。それを回避する為に必要だった処置だ。私に非は無い。
「さて、先程の続きだが。後藤の眼から見て後輩の動きは如何であった?」
後藤の機嫌を直す為にも話を性急に元に戻そう。
少々わざとらしかったかも知れないが、後藤は特に指摘する事も無く私の問に答えてくれた。人間素直が一番だ、とは断言しないが、今回ばかりはこの言葉に賛成の意を示したい。
「武道やってる人間なら一番……とは言わないまでも、十分に気を付けないといけない残心が抜けてましたねぇ。師匠を打ち倒すって事に集中し過ぎて、体も思考も止まってしまいましたし」
「……相手への打突に全身全霊を掛けるのは決して間違いでは無いと思うが」
「え」
「否、何でも無い」
残心。或いは残身。
精神鍛錬も兼ねる武道に於いて、打突、払い又は射の後に次への動きへと備える心構え、或いは身構えの事を指し示す。
率直に言えば、私は武道を嗜んでいるとは言い難い者であり、武道の根本にあろう精神論の機微を理解している訳では無い。武道を己の基盤に据えてはおらず、ただその技術を、表層に見得る上澄だけを掠め取っている不届き者である。
そういう部類の者ではあるが、『残心』『残身』の教えの重要性は身に染みて理解している。そして、その重要性を知っているからこそ、その前の攻めに全身全霊を籠めなければならない。『残心』に気を取られ、攻めの行動に曇りがあれば、それは本末転倒と言える。無意識の流水の如き『残心』が理想なのかもしれない。
些末な考えが口に出てしまったのは失敗だったか。思考にも残心を忘れる事勿れ、か。
「えーと、師匠。これから昼飯解散っすけど、どうします?」
如何やら、雑談をしている内に解散指令が発動したらしく、陣営からは徐々に人が居なくなっていく。
特に当ても無く、予定も無い私はこの際、後藤と共に行動しようと決断。
「私は何処かで済ましてしまうが。後藤は如何する?」
「俺は一応弁当持ってますけど、師匠持って来てないでしょう? なら、食堂で食べましょうや」
却下する要素も無い。首肯し、私達は一旦教室へと戻る事にした。
「あれ? りゅう君知らない?」
朝霧は応援に来ていた家族と話し、他の生徒よりも多少遅く教室に帰還してみれば、探し人の姿を見つける事が出来なかった。しかし、その探し人の机で黄昏ている友人を発見、行方を尋ねてみる。
「……映子、師匠は星になった」
青褪めた顔を此方に向け、震える声で意味不明な事をのたまう友人こと後藤。
何時も何処かおかしいとは思っていたが、これは本格的に故障かと思い、周囲に眼を向けてみれば。
「そうだ、リーダは星になった」
「りゅうは空から俺達を見守ってくれているのさ」
「また一人、英雄が地上から消え去ったか……」
と、負けず劣らず不審な発言を繰り返すクラスメート。特に男子生徒達は血涙を流さんばかりの力の入れ様。中には、りゅうの事ばかりではなく、稲川に関する発言も――こちらは呪詛に近いが――聞こえてくる。
有用な情報を求め、壊れ気味の連中を放っておいて、冷静に事態を見極めているだろう相手、青陣営の参謀の片割れである玉城に近づく。何処か不満気に、頬を膨らましている様だが、壊れた連中よりかはずっとずっとマシだろうと朝霧はこの事態の元凶を尋ねる。
「稲川ハーレムに攫われたっす。稲川君が道連れにしたっす!」
「えー! それホント?」
「嘘じゃないっす! クソー、あの無表情娘とロリっ子さえ邪魔しなかったらっ」
地団駄を踏む玉城。
玉城の言葉にハーレム員の顔が浮かんだが、それよりもりゅうを救出する事が先決と朝霧は両の手の拳を握って、脳裏に浮かぶりゅうに誓う。
「待っててね、りゅう君」
「わ、私も協力するっす」
使命に燃える二人に、
「ちょっと待て。二人とも」
壊れかけの後藤が水を差した。途端に睨みつける二人。
二人の視線の圧力に心が挫けそうになりながらも、己に課せられた使命を真っ当するという強い意志が彼を支える。
「し、師匠から伝言があるから落つちけ」
「昭君が落ち着いたら?」
鋭いツッコミが彼の心を抉る。それでも猶、彼は耐える。これは師匠に頼まれた弟子の仕事だと自分を奮い立たせる。師匠、俺頑張ってるよ、とココには居ないりゅうに報告する。
「えーと」
「早く言わないかなっ! ポッキー鼻から突っ込むよ!」
「は、はいっ!」
玉城はポッキーの箱をちらつかせ、先を急がせる。後藤の精神は既にボロボロになっていた。
「ご、午後も競技は多数あり、君達の力が無ければ優勝出来ない。なので、私の事は気にせず英気を養って欲しいってよお」
「……りゅう君なら言いそうだね」
朝霧は納得する。何かと一人で重荷を抱え込む彼らしい言伝だと。
しかし、彼をこのまま見殺しにするのも心苦しい。如何したものだろうかと、朝霧玉城両名は考え込む。しかし、一向に良い考えが浮かばないのが現実である。
そうして昼休の時間は刻一刻と過ぎて行くのだった。
随分ご無沙汰な癖に短文で申し訳無いです。
区切りが良いので、今回は此処までです。
次回、昼食編で愈々ハーレム大集合かと。
ハーレム人員募集にコメントを下さった方々に感謝致します。
有難う御座いました。