Phase20: 災厄燃ゆ -午前熱狂へ-
短距離、短距離障害、中距離、中距離障害、長距離という一般的陸上個人戦競技が終わり、祭は漸く学年別団体戦へと舞台を移す事になる。個人戦は一つ一つの勝利に対する得点が低い為、私達人材派遣委員会の出番は無く、比較的平和な時を過ごしている。このまま、徒に前線へと引っ張り出される事無く、平穏無事に体育祭が終了へと至る事を切に祈るが, 夢想にしか過ぎないだろう。
陣営の雰囲気がそう語っている。
また先程から, 我が色の陣営に草が紛れ込み、私が出場する競技を然り気無く聞き出そうとしているのも懸念事項だ。先刻、各陣営に配布された新規律の正式版によれば、『人材派遣委員が所属する陣営の代表選手としてエントリしている競技に関しては、得点の上乗せ量に関わらず、所属陣営の選手として出場する。但し、該当委員がその競技に参加しているか否かの情報は事前に他の陣営に伝達される事は無い。また、一度提出された点数は、選手交替の成功失敗に関わらず、返却される事は無い』と銘記されている。つまり、祭開始時に危惧された委員所属陣営のアドヴァンテージの喪失は撤回され、他の陣営は私達がどの競技に参加するのかという情報をいち早く取得する必要に迫られている。水面下での情報戦は水面上で観測出来る程度に激しさを増している。
一言口を挟むのなら、無駄にこういう事に力を割くのでは無く、自分達が持ち得る戦力で以ってして最高の戦果を齎すべきだと思うのだが。また、そうして得られた結果の方が得難い物なのではないだろうか。
「それはね、強者の意見よ」
肩に掛かった金色の尻尾を手で後に流し、こちらを見遣る北条寺。歳不相応の色気と艶を感じさせ、数多くの生徒が彼女に信奉しているのも無理は無いかと再認識させられた。
しかし、私が口に出していない事に突っ込みを入れるとは。
「それは君の能力か私の能力か?」
「どちらかというと、貴方の落ち度よ、執事さん? 私はESPなんて持ってないし、貴方もそんな漫画チックな露悪趣味も無い筈よ。只、貴方の表情から感じ取っただけ」
「冗談だ」
「へぇ。貴方も冗談言うのね」
冗談のつもりだったのだが、比較的まともな反論を返されてしまった。どうやら、私は相当固い人間で、冗談を言わない様な人物だというテンプレートでも出来ているのか。そんな物は早々に破壊して貰いたい。
「貴方の事ですから、貴方みたいな反則手を使用しないで勝利を目指した方が良いとか思ってるのでしょうけど」
「反則手なのか、私は」
「勝負ってのは勝たないと面白くないのよ? あのクールなお嬢様が勝利しか意味が無いと言ってるのも最もな話だわ」
「無視か」
「そうそう。どんな手段を使ってでも勝利を目指したくなるもんっす」
「玉城、お前も無視か」
脇から言葉を掛けてきた玉城は私の言葉に笑顔のみで答える。言葉は無い。この笑顔の意味する所が理解出来るのだが、出来れば理解したくなかった。私は確かに一般の高校生よりも体力面では優れている部類に属するだろうが、反則と呼ばれる程に卓越した能力を有している訳ではない。巨大化した昆虫と格闘する自分を意識する事すら出来やしない。
身に余る過大評価は単なる枷でしかない事を理解して欲しい。
そんな私の懊悩等微塵も気付かない我が陣営の参謀チームは話を進める。
「体育祭は確かに参加するだけでも楽しいですし、負けたら負けたでそれは青春の一段落として心に刻まれる事でしょう。若しくは正面から強敵に挑んだ場合も、『正攻法で戦ったけど、矢張り力及ばなかった。でも私達精一杯頑張ったよね、汚い技を使わなかったし』と自分達の負けに意義を見付ける事も出来るかもしれませんわ。
でも結局の所、それは負けに対する言い訳を作っただけ。折角勝利を握る鍵を発見したのにも関わらず、使用しなかっただけの臆病者の話ですわ。やるからには全力で。そうは思いません?」
「……否、反論する気は無い。価値観の相異だろう」
畢竟、その一言に集約される。何処に己が信念を据えるのか。この類の話は間違い無く時間大泥棒となり、また討論後の疲労は絶大なものとなる事も明白だ。敢えて、肉体的に疲労する今日この日に精神的にも疲労を負う必要等かけらも無い。
私個人の意見としては、『青春の一段落』の所にツッコミをいれたかった。お前の青春はそんなに濃厚なのかと。若しくは文庫版サイズではなくて、新書版サイズなのかと。だがしかし、話の腰をさば折りしてしまうので泣く泣く無視するに至った。
北条寺は、貴方はそういう人ですものね、と何処か諦めた風に言葉を漏らし、私にちょっかいをかけようとする玉城を引き摺って、立ち去っていった。『そういう』人というのはどういう意味だろうか。少なくとも彼女とは相容れない者なのだろう、と脳の片隅で考えていた。
学年男女別の競技も着実にこなされ、プログラムは坦々と進行していく。未だどの陣営も動かず、睨み合い鍔迫り合いの状態が続いていると見て取れる。私の予想では、午前一杯はこの調子で進行していくのだろう。一発逆転を狙うのであれば、プログラム最後に仕掛けられた大型競技であろうが、当然ながら我が陣営は私を起用予定だと言う事。他陣営も容易にこの事態を考慮している筈であり、以上の事から仕掛けるタイミングは午後の部開始後の学年競技だろうか。
「後藤、他陣営は本当に新ルールを行使すると思うか」
隣で一年生女子の競技を凝視している後藤に尋ねる。視線は一向にこちらを向く気配は無いが、私の声はしかと聞き入れているようであり、淡々とした声が返って来た。
「するんじゃないっすかね。使い所が難しいでしょうが、師匠を召喚すれば戦力増強ですし……お、あの子の胸でっかいなぁ」
「……程々にしておけよ」
邪な視線を後輩達に注ぐ事に専念している後藤を捨て置き、午前最後の出番に備え、出場者集合場所へと向かう。背を向け去る私に後藤が返事を寄越した。
「師匠。次の競技は派手に蹴散らしましょうね」
「当然だ」
片手を挙げて、それに応えた。
騎馬戦。
三人を騎馬に見立て、その上に騎乗する者を騎士とする模擬戦である。その安全面から巷では廃止される傾向にあるようだが、我が学園は当然の如くこの競技をプログラムに組み込んでいる。――驚愕すべきは更に危険な競技が午後一番にあると言う事。これは特定の人間にしか関係の無い競技ではあるが――男子限定の競技であり四人一組であるが故、一学年から三組ずつ、学年混合で一組の合わせて十組のみの参加である。
また、我が高校独自の騎馬戦として、騎馬から落下後も騎士だけは攻撃可能である点、騎士失格条件が頭上の紙風船――結構頑丈である――を破られる事である点、武器として何重にもウレタンで覆われた棍棒を使用する点や四色同時に戦闘が始められる点が挙げられる。実際に参加すれば理解出来るが、この追加事項の為に思い通りに動けない事が多い。
そして、何より個性的なのは、其々の陣営の団長が戦闘開始時に決戦開始の声を上げなければならない点。マイクによりこの声は増幅され、観客その他全員に伝播されてしまう。非常に恥ずかしいのではあるが、これも役割であるが故逃避は許されない。
自身の陣営の騎馬が横一列に並び、騎士を受け入れる準備をしているのを横目に、我が陣営の盛り上がり振りを観察する。ここから察するに、あの参謀二人組が先頭に立って声を出させているようだ。他の陣営も鳴り物を用いるなりメガホンで地面を叩くなりで、声援を送っているようである。場の雰囲気は上々と言えよう。
「りゅう。開始の口上は決まってるのか」
左隣の騎士である悟史が得物の調子を確かめるように振りつつ、私に問い掛ける。得物を振る度に頭上の紙風船が揺れるのが不釣合いなチャーミングさを放っているのだが、他人から見れば私もそうなのだろう。演説の際は外しておこう、と脳に刻む。
「当然だ。その点は抜かりは無い」
「まっ、師匠なら何言っても問題無いっす。無言じゃ困るけど」
右隣から後藤が声を出してくる。頭上の風船の間抜けさが非常にマッチしているのは印象的だ。
「戦乙女が存在するなら悟史に役を譲るべきだが、生憎彼女達は不在なのでな」
「それは確かにそうっすね」
「りゅうも後藤もいい加減にしてくれよ……俺ってそんなにたらしか?」
「肯定だ」
「ですよね」
「……あー畜生! この鬱憤はここで晴らそう!」
凹んだ悟史が一瞬にして元に戻る。これが体育祭効果か。アドレナリンが過剰分泌でもされているのか。兎も角、原因なぞ問わないが、その溢れんばかりの闘志は好都合である。
騎馬の受け入れ準備が整った為、体育祭実行委員会本部から騎乗の合図が鳴る。其々の騎馬に向かう二人を引き止め、騎馬戦の最終的な確認を行った。
「で、まぁそれでいいけどよ。りゅう本気でやるつもりか?」
「当然」
「師匠なら何とかって思いたいですけど、流石に厳しいんじゃ」
「少なくとも我々の陣営で最初に袋叩きにされる可能性が高いのは私だ。ならば、こうした方が良いだろう」
「とは言え……」
「なぁ?」
「安心しろ」
口角を上げて二人に応える。私の言葉を聴いた二人は意味が分からなかったのか、頭を捻っていたが。
「私は騎馬戦をするつもりは微塵も無い」
棍棒を両手に持ち――初期状態からの武器複数所持は禁止されている為、単なるパフォーマンスである――自騎を数歩前に歩かせ、決して後を振り返らず、敵を己が前面に捉え、背後の味方へと語り掛ける。
「陣を構えるのは良いが……別に独りでやってしまっても構わんのだろう?」
瞬間、赤の陣営から湧き上がる喚声と赤の騎馬隊の咆哮。
体育祭開始時の陰鬱とした雰囲気は消え去り、此度はフルフェイスの仮面を被り、自陣営に対峙する一人の男。右手を振り上げ、左手を払い、陣営を指揮するように声を張り上げる。
「我らこそが正義! 我らこそが精髄!
だが、見よ! 我らが前に蔓延る、力に溺れた悪しき者達を! 奴らを裁くのは誰だ! 奴らに正義を見せるのは誰だ!」
刹那の静寂。
「……そう。我々、黒の騎士隊だ! 今こそ、奴らに正義の鉄槌を!」
黒の陣営は正義のコールに酔いしれる。自分達が正義であると叫び続ける。
眼光は鋭く、他の陣営を貫き通す。
その眼に捕らえられた者は無意識に身を竦ませる。今迄興奮状態にあった者も一瞬にして冷や水を掛けられた感覚に陥る。心臓が鷲掴みされる錯覚を覚える。彼女の両目は既に『魔眼』に昇華されているのか。
眼光はなおも鋭く、自身の陣営にも向けられる。
だが、誰一人として、身の危険を感じる者は居ない。それは攻撃される視線ではなく、直接脳髄へと伝達される視線だ。それを古代の人間は『魅了』と称していた。
彼女はそっと空気を振動させる。マイクによる増幅等必要無い。若干の空気の振動だけで良い。
ただ一言
「勝ちなさい」
と呟いた。
彼女の声は白の騎士隊の応答に掻き消えた。
滔々と声が響く。それは重さを伴った真の騎士の声。
「If you find yourself alone, riding in green fields with the sun on your face, do not be troubled for you are in heaven, and you're already dead」
魂に語り掛ける様に
「Brothers, what we do in life echoes in eternity……」
静かに同胞へと響き渡る。
意識せずともその意は脳へと染み渡り、男の同胞達の胸に沸々と沸き起こる戦いへの歓喜。
突如、男は得物を振り上げ、切っ先を天へと向け、咆哮する。
それは静から動への、静寂から動乱への合図であった。
「Hold the line!」
くるりと得物を手首で一回転させ、切っ先は敵の元へ
「Stay with me!!」
独りの咆哮は青陣営全員の絶叫を導き出す。
絶叫が止まないまま、銅鑼の音が響き渡る。
終に騎馬戦の火蓋が切って落とされたのだ。
……遅くなって申し訳御座いませんでした。
次回こそはもっと短期間で掲載したいと思いまっす。