Phase1: 災厄は未だ来ず
春休みは地獄であった。
特に春休み中に吸血鬼に襲われ吸血鬼になってしまったという
地獄の様に恥ずかしい幻想の類に悩まされた訳ではなく、
只単に春休み中毎日の様に巻き込まれたハーレム連中とのイベントが地獄然としていただけだが。
正直な所、ハーレムの主である稲川悟史が私を誘ってくれるのは有難いが、
ハーレム連中とは関係の無いイベントに誘って欲しかったのが本音だ。
事ある毎に悟史に引っ付きもっつきするのは近くで見ていても気分の良いものではない。
まぁ、その対策として、毎回馴染みの奴にも同行してもらってはいるのだが。
その煉獄さながらな春休みも終了し、今日から新学期と相成る。
高校最後の学年とあって、色々と忙しくなる事は目に見えている。
それ故に今年一年一日一日を十全に充実して過ごさねばならない。
等と適度にテンションを上げつつ、高校へと出発する。
願わくば、ハーレム男とは去年同様、違うクラスにならん事を。
少しでもハーレムの余波が来ない、そんな立ち位置を我に与え給え。
「神は死んだ」
「元気出して、りゅう君」
「ふふふふ。これはあれか。神は死に絶え、代わりに箱に残った絶望が我が身に降りかかり
人であるこの精神と肉体では耐えられるはずも無いが、だがしかしその窮地にこそ
我々は超人となりえる又とない機会であり、これにより我らは更なる高みへと」
「おーい、戻って来ーい」
壊れたテレビ対策の斜めチョップを頭部に喰らう事で現世に復帰した。
どうやらあまりの衝撃に脳が現実を拒否していたらしい。
まだまだ精神修行が足りないらしい。喝。
「礼を言う、朝霧」
「イエイエ、どう致しまして」
チョップの格好のまま、律儀に応答する少女。
黒髪ボブカットで、中肉中背をスレンダ側に軌道修正した彼女。
悟史同様、中学時代からの馴染みであるこの女子、名を朝霧映子という。
春休みの地獄絵図な戦場を共に駆け抜けた勇士でもある。
「まぁ、りゅう君がそうなるのも無理は無いとは思うけどさぁ。
ボクが一緒に居るんだから、何とか乗り切れると思うよ?」
「む。その言い方から察するに、もしかして朝霧も同じクラスか」
「もしかしなくてもそうだよ!
折角、クラス分けのプリント配られてるんだから自分と悟史君の名前だけ確認するんじゃなくて
せめてボクの名前確認するくらいしても罰は当たらないと思うよ!」
びしっと人差し指を私に向けて主張する朝霧。
誰にでも公平に、それこそあの悟史に対しても、びしりと主張する朝霧は
男女問わず人気が高く、こういう彼女だからこそ私も安心して戦場に連れて行けるのである。
とは言え、彼女をハーレムの戦場に連行するのには、他にも重要な理由があるのだが。
「……確かに。朝霧と、それに後藤の名前も列挙されているな」
「本当だぁ」
「馴染みの名前ぐらい確認しろと言った奴の台詞とは思えんな」
「あはは。まぁそれはそれ、あれはあれ、だよ。
それに『馴染みの名前を確認しろ』とはボクは言ってないよ。あくまでも『ボクの』を確認しろって言ったんだ」
どうだ、参ったか、と得意げにのたまった朝霧は得意げに胸を張るが、
その胸はあまり胸を張れるものではないよな、と方向性が違う事を考えていた。
スレンダという言葉は何とも都合の良い褒め言葉である。
「何その目。侮辱されてるような気がする」
「滅相も無い。さて今年一年世話になる教室へと参ろうか」
女性は時に鋭すぎる。
3年1組の教室。
噂によれば、この教室には昔自殺しようとしてカッタで腕の動脈を切断しようとしたものの、
刃が反対になっている事に気付かず敢え無く失敗し、次に首吊りを決行したがロープが長すぎて
失敗したという女子生徒の無念さが集合体になって今も浮遊しているという。
人生は思い通りに行かないという典型的な一例だ。
しかし、その女子生徒。その後の話を知らないのだが、今も元気にドジをしているのだろうか。
そんな詮無い事に思いを馳せていると、肉食の小型動物のような仕草でこちらにやってくる人影発見。
「師匠!お早う御座います。今朝も映子と夫婦同伴でもう何だか俺としましてはこいつら早く籍でも入れてしまってとっとと子供の一人や二人作ってしまってその内の一人の名前を俺に付けさせてくれたらなぁなんて妄想してしまいましてそうそう名前はケインなんてどうです?」
「欧米か!」
「……朝霧。突っ込む所はそこではない」
「そうそう。映子は突っ込まれるほ痛い痛い痛いいいいいいいいやぁぁぁ」
下ネタを公然と撒き散らす猥褻物陳列罪な男をとりあえず潰しておく。
純正な男子校ならいざ知らず、共学のしかも新学期初日の朝一番にこういう事をする奴は後にも先にもこいつだけだろうと思う。
名を後藤昭一郎。
やはりこいつも中学時代からの馴染みであり、何時からか私の事を師匠と呼ぶ様になった阿呆だ。
私と朝霧がペアでいる時に何かと夫婦にしたがる彼ではあるが、
私が思うにこれは多分嫉妬の類ではないかと思う。
小学生が好きな子に悪戯する事でしかアピール出来ない様に、こいつはこいつで色々と
葛藤した上での態度なんだろう。もっとストレートに感情を表現してもらいたい所である。
「後藤。まだ悟史は来てないな?」
「え? ああ。まだっすよ。どうせ今日もハーレミングで忙しいでしょうに」
ハーレミングとは何ぞや。
何処と無く憎憎しげに返答する後藤だったが、私達に挨拶するというミッションを完遂した所で
次なるミッションへと教室を飛び出していった。
高校三年になっても俄然保ち続けているあのバイタリティを少し分けて欲しい。
未だ、災厄は登場していないのにどうしてこうも疲労しているのだろうか。
朝霧と下らない話をしながら、私は災厄の到着に際して準備を整えていた。
可能ならば感想を下さいませ。
また、何か不備が御座いましたらご一報を。