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Phase18: 災厄燃ゆ -開幕-

太陽は燦々(さんさん)と大地を照らしている。

六月とは思えないこの陽気と乾燥した空気。運動に適した天候と言うには少々気温が高い様に感じられるが、この程度は許容範囲だろう。湿度が高いよりは幾分過ごし易く、纏わり付く大気と戯れる事が無い分、マシである。

この炎天下に手が届きそうな陽気の中、私は数百の瞳から向けられる視線に晒され、しかも無表情を貫く事を強要されている。しかも普段着慣れない格好、それもコート、幅広の帽子及び手袋着用でである。更には服装が全身漆黒に包まれているのもいただけない。心頭滅却により、見っとも無く汗を垂れ流す事は無いが、これでは生徒達の前に現われるまでに脱水症状を起こしかねない。適度に補給物資として手渡されている水で喉を潤し、体調管理に努めておく。

私の他、数人は校庭に設置された小さなテントの中にひしめき合い、生徒、観覧者達の視線から逃れている。しかし、テントの中からでも感じる事が出来る視線の重圧。恐らく、学園内に居る人間の多くがこのテントから出場する人間を観察しようと凝視しているに違いない。何故ならば、


「では、各色の団長の入場です」


団長リーダは一際目立つ格好で出場しなければならないというふざけた慣習があるからだ。





我が学園は各学年に四つのクラスを持ち、さらに一クラス三十人という構造になっている。この人数を多いと見るか少ないと見るかは、評価者の基準により区々(まちまち)だとは思うが、割合少数の部類に入るのではなかろうか。

学園の一大イベントである体育祭では、生徒数が四分割され、四つのグループを形成し、覇を争う事になる。分割方法は至って簡単なもので、学年ごとにクラス単位で分割し、これを学年別に同じクラスナンバで統合するだけである。便宜的に纏めた集団を数字ではなく、色で呼び分けているのは、近隣の男子校の影響だろう。色は一組に青、二組に赤、三組に黒、四組に白を割り当てている。

体育祭を運営するのは勿論生徒会であり、体育祭実行委員会ではあるが、体育祭の成功を握るのは運営側だけではなく、競技等を行う生徒全員であり、その為には学年を超えて結成された纏まりの無い集団を、意思疎通の取れた集団に統制しなければならない。

それを積極的に行う役割を担うのが最高学年である三年生である。

そして、集団を統制する為に必要とされるのが、全員の意志を勝利へと向けさせる外部からの後押しであり、そして集団の象徴であり旗印たる人物である。前者は体育祭の成績により、秋に開催される文化祭での様々なアドバンテージが受けられる事で解消されるが、問題は後者だ。毎年、この『団長』の選別に四苦八苦していたようだ。生徒会長等の有名人が居れば、それを掲げるだけで良いという安易な話ではない。しかし、全く無名であっても宜しくない。また、オルレアンの少女の如く、皆に掲げられ、愛される偶像アイドル型なのか、それとも黙して語らず、背中で語る英雄ヒーロー型なのか、はたまた圧制を敷き、捻じ伏せる暴君タイラント型なのか。難解な問題と言えよう。

だがしかし。我がクラスは一瞬にして決議と相成った。相成ってしまった。

全員が全員、指を私に向け、私の名前を宣言した。担任教師も素知らぬ顔して、私を指差していた事は一生忘れないだろう。

団長が私と決まった後もクラス会議の進行はスムーズに行われ、その後の下級生への指導も滞りなく行われていた。私が出る幕も殆ど無く、ただ下級生の前では寡黙を貫き通すだけで良いと助言された。どうやら、私の団長としてのタイプは暴君型と判断される。

こうして、周囲の喧騒に巻き込まれるままに、体育祭当日へと相成ったのだが。





「ありゃあ、えらく気合入ってるな。十中八九、アーチャーだべ?」


黒の団長の視線の先には、赤の団長が最近の流行歌だろう曲に乗って、颯爽と躍り出ていた。両手には色違いの短剣もどきを持ち、剣舞を以ってアピールしている。観覧者達からの大喝采がテントの布越しにも伝わって来る。流石、拳法部の主将だと、隣にいる神父の格好をした黒の団長が呟いているが、拳法部とあの剣舞に相関はあるのかと若干の疑問も生まれる。同時に、『アーチャー』の呼称とあの剣舞に齟齬があるのではないかとも感じたが、疑問は胸の内に仕舞っておいた。

一変して校庭には重苦しい曲が放送される。聞いている者の精神を掻き乱す様な、禍々しさを伴った曲と言っても過言ではない。


「じゃ、お先に居くべ」


そう言って、黒の団長は聖書を片手に粛々と、それでいて堂々と歩を進めていく。正に尊大不遜。現実にああいう態度をした神父には遇った事が無いが、彼は何をモデルにして、あの格好をしているのだろうか。





テントには私と四条しか残っていなかった。

あの日以来、二人きりで話す機会も無く、否そもそも顔を合わす機会すら殆ど無かった。唯一、この体育祭に新しく仕掛けた、ある規律ルールに関しての事後通達が人材派遣委員会に伝達された時のみ、彼女と言葉を交わす事はあった。それ以外に、コミュニケーションらしいコミュニケーションをしていない。

彼女があの時した行為の意味する所を今更尋ねても、それこそ意味が無い事である。行為はその場その場に於いて、意味が変化すると私は考察している。古くなった情報に価値が無い様に、過去の行為を今探る事に重要性は無い。

唯、話は色々としておきたかったというのは事実。変化する物を止められはしないが、望まない流れに向わせない事は出来るかも知れない。


「四条」


「何か?」


こちらを見ない四条。話を聞く耳を持っているのであれば、問題は無い。


「色々と話したい事がある」


「そうですか。私はありません」


にべも無い。それでも、話を繋げておく。


「相応に大事な話だ。下らない話も多少あるとは思うが」


「そうですか」


「明後日の放課後」


「明日の昼、私の邸へいらして下さい。話はそこで」


「了解した」


それきり何も語らなかった。彼女の背中は確かに私を拒絶していた。

それでも、成果は得られた。状況は進展したのだ。





重々しい曲が終わり、今度は耳に馴染みのある校内放送が流れる。だが、流される内容が常軌を逸している。それは正しく、現生徒会長である四条の声であり、


『白を纏いし私の兵に命令します。勝ちなさい。勝たなければ意味はありません。差し出しなさい。私の為に貴方達の全てを差し出しなさい。私が貴方に命令します。私に優勝を齎しなさい。勝利を掴んだ者には祝福を。無残に負けた者には叱責を。裏切り者には死を。以上』


その声と共に、私の目の前に居た制服姿の四条が優雅に歩いていった。そこに待つのは静寂。

そして、定位置に着き、彼女が片手を挙げた時、白の生徒達が一斉にこう叫ぶ。Your Highnessと。一週間で随分と仕込んだものである。

これだけ、他の団長が魅せたのだ。私としても、乗り気ではないが、魅せない事には申し訳が立たない。精々、精一杯なものを見せるとしよう。





今迄燦々と差していた日が、ぽっかりと空に浮かぶ雲に隠れてしまい、校庭は何処か薄暗くなる。心無し、校庭に沈滞する大気の温度も下がり、生徒達観覧者達の間にも多少の動揺が見られた。

その心の間隙に滑り込む様に、鐘の音が大きく一度、二度と響き渡る。

三度。

四度。

それと共に流れ始める旋律は葬送行進曲。

何処からか、白煙が紛れ込み、突如吹き始めた突風による砂煙と共に辺りをもやに包む。

そして、入場するは漆黒に身を包みし男。

鳴り止まぬ鐘とその男が放つ圧迫感に誰も声を発する事が出来ない。太陽が雲に隠れる、突風が吹く、砂埃が舞う等、自然現象として別段不思議でもない事象が、この男の登場に際して不可思議に起きたのではないかと思わせる程の圧倒的な迫力。

目深に被った幅広の帽子と重厚感を漂わせるコートに身を包んだ男が一歩一歩生徒達へと近付いてくる。演出だと分かっている生徒達も、男が踏み出す度に鳴る砂の音に敏感に反応してしまう。

校庭に響く足音。

そして、足音が止み、鐘の音が止み、靄が消え去って初めて。観客達は一斉にその姿に声を上げる。それは青だけに留まらず、全校生徒の叫びと相成った。


「テイカーーー!」


「ああんだぁぁぁていかぁぁぁ!」


「りゅうーーーー! 抱いてくれーーー!」


「りゅう先輩ーーー! 俺の事好きにしてくれーーー!」


「渋いぞーーー! 青の団長ーーーー!」


声援に応える様に帽子に手を掛け、飛ばす様に脱ぎ捨てる。帽子の下から現われたのは、りゅうに間違えは無かったが、白目を剥き、威嚇する様に周囲を睨み回す。その演出に更に沸き上がる一同。

こうして、四人の団長が公の舞台に一堂に会する事になった。





私の演出もそこそこ上手く決まったのだろう、未だ興奮冷めやらぬ中、白の団長でもある四条がマイクを体育祭実行委員から受け取り、開会の宣言をする。


「ここに、聖上高校第三十八回体育祭の開催を宣言致します」


こうして、一日限りの熾烈な争いが幕を切って落とされた。





ネタが分かり難い、そんなPhase18投稿です。

感想、疑問、その他要望等ありましたら、お気軽に連絡下さいませ。宜しくお願い致します。

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