Phase17: 災厄の逆襲? 後
榊の発した言葉に喰いつきを見せる面々。このままスムーズに話が繋がるかと思いきや、そうは問屋が卸さなかった。ツッコミの比重が少ない所為だろうか。
「チャンピオンって言うと、あれか。某人外格闘漫画とか某人外店員格闘漫画とか某人外野球漫画とかが掲載されてた雑誌の事か」
「それは週刊少年チャンピオンだ。それにそういう言い方をすると、あの雑誌には人外モノとか戦闘モノしか掲載されてない様に聞こえるな」
「……Championは闘士って意味だから問題無い」
「じゃあ、あれか。ビールと日本酒とかを交互に飲む」
「それはチャンポン」
「鶏がらスープに、野菜等々の具を炒めて加えて、それに中華麺と一緒に煮た料理」
「……分からない」
「それもチャンポンだろ? 後藤?」
「そうそう。んじゃ、フーコーが振子の実験した霊廟は?」
「……無念」
「わからねぇ……くそっ、後藤に負けるなんてっ! 誰かこの中に解答を知っている方は居ませんかっ!」
「わ、分からないです」
「うーむ。分からないなぁ。後藤ちゃん、腕を上げたね?」
「はっはっは。どーもどーも」
「えーとえーっと……パンテオン!」
「おっ、正解! 流石」
「ってややこしい問題をこんな時に言わないでよっ! そして誰か突っ込もうよっ!」
「だから、映子は突っ込まれるほ、あたっ!」
「下品な事言わないのっ! 昭君っ! りゅう君にも言われてたでしょ! あーもう、ボクだけじゃなくて、皆も少しは突っ込む努力をしてよ! そうじゃなきゃ、何時まで経っても話が先に進まないじゃない!」
為すがままに流れる話を食い止める役が、此処には朝霧しか居ない事がこの状態の決定的な要因である。何時もであれば、それと無く、さり気無く、りゅうが話の流れをコントロールするのだが、生憎現在は観察対象であって会話の中には居ない。こんな些細な事でりゅうの重要性を目の当たりにしてしまった朝霧である。
何とか軌道修正を行おうと、柄にも無く積極的にこちらから話を振る事を、彼女はそっと心に誓った。
「で、何のチャンピオンなのかな? 榊さん」
「剣道。私も一度対戦した事あるけど、あの人の迅さは驚異的。疾風迅雷」
「あー、もしかして『疾風の夏木』か?」
合槌を入れる後藤。苗字と榊が話した特徴で自身もその名を思い出した様である。
「あれ? 昭君も知ってるのか、って剣道部だもんね」
「そうでした。確かに後藤は剣道部だったなぁ、忘れてたけど」
「おいおい……何だか俺の扱いが酷い様に思うんだけど」
「……その程度」
言葉数少ない榊の一言が後藤の胸に深々と刺さる。
「さーかーきー。そんな言い方するなよっ、仮にも同じ部活の仲間だろうが! それと皆も少しぐらい否定してくれても良いんじゃねぇの?」
「って言ってもなぁ」
「ねぇ?」
「鬼だな、お前ら!」
自身の扱いの酷さに耐え切れず、叫ぶ。住宅と塀で敷き詰められた閑静な住宅地に、男の嘆きが木霊した。その声に反応したのか、何処からか犬の遠吠えが聞こえて来て、その声が無性に自分を慰めている様で、余計に後藤の胸を締め付ける。
そんな後藤の胸中を無視して、朝霧は話を続ける。
「で、その夏木さんとりゅう君って何か関係があるのかな?」
「知らない。只、接点があるとして、私達が知る限りでは剣道の大会ぐらいしか無い」
「あれ? 何で執事さんが剣道の大会と関係あるの?」
多村は小首を傾けて横槍を入れる。りゅうに興味の無い彼女が質問をするのも無理は無い。彼は決して剣道部員ではないのだから。
その横槍には、沈んでいた後藤が復活がてらに答える。
「助っ人だよ、助っ人。元々俺らが一年の時は男子の部員が少なくてな、団体戦に出場出来そうに無かったんだ。そこで、師匠に引分でいいから出場して貰える様に頼み込んだんだよ。それが切欠で今迄の大会も全て出場してもらってる訳だ」
「へぇ。でも、今は剣道部員多い筈じゃなかったっけ?」
彼女の『正しい』疑問に、後藤は苦笑を隠せない。
門を眼力で透視して中の状況を見ようと、門を睨み付けている朝霧を横目でちらと見、多村の疑問に応じる。
「それはそうなんだけどな。師匠よりも確実な選手が居ないのが事実。本気で勝ちたい試合には出場してもらってる。情けない話だってのは承知の上だけどよ」
「ふーん。執事さん強いんだ」
「強いと言うか、確実なんだよ」
「違いが分からないんだけどなぁ、まぁいいや」
ところでさ、と話を繋げる。横槍を入れたにも関わらず、淡白な反応を示した多村に、後藤は内心苛立ちを覚えたが、これ以上話を複雑にする事も無いだろうと口を噤んでおく。
「これからどうする? 家に入った以上、短時間で出てくるとも考え難いし?」
「じゃ、ここらで解散だ。俺は先に失礼する。映子はどうする?」
「えーと、じゃボクも一緒に帰る」
「と言う訳で、お疲れさん」
「またね、皆」
「おう、お疲れ」
各々が別れの挨拶を済ます。後藤朝霧二人組の迅速な撤収に多少驚きがあった。
去っていく二人を目で追う稲川。ハーレム住人達は二人に既に興味は無く、これからの予定の話題に華を咲かせていた。
「昭君。どしたのさ? 苛々してるの?」
後藤の顔を下から覗き込む朝霧。無表情を装っている後藤だが、中学時代からの長い付き合いには、その程度の装いは意味を成さないようだ。
「多少。多村の奴の身勝手さてーか、話を聞かない態度が気に食わないだけだ。後、そんな些細な事に苛々してる自分の器の小ささとか、その他もろもろに情けなくなっているだけだわ。ホント師匠みたいになりてーよ」
「多村さんはああいう娘だから、気にしない方が良いと思うよ。
後さ、ボクが思うに、昭君は昭君、りゅう君はりゅう君であって、比較出来るモノじゃないんじゃないかな? 憧れたり、目標にしたりするのも良いけど、それよりも自分の良い所をアピールすべきじゃない? あくまでもボクの意見だけどさ」
「何か似た事を師匠にも言われた気がする」
「あ、そうなんだ」
りゅうと同意見だという事に嬉しそうな表情を見せる朝霧。
そんな彼女から目を離し、空に鎮座する、傾きかけた太陽を眩しそうに見ながら、ボソッと呟く。
「ホント、二人はお似合いだよ」
翌日の事。
教室に足を踏み入れた途端に、ハーレム住人他数人の女性とに質問攻めにされた。彼女らの目は、肉食動物が乾季に久々の獲物を発見したが如き血走った眼であり、正直な所、函館での一件よりも恐怖を感じていた。
彼女らの質問を要約すると、昨日一緒に居た女性は誰なのか、その女性と私の関係は何なのか、そして昨日は何をしていたのかの三点。不覚にも、睦美と一緒に居る所を噂好きの誰かに目撃されたようだ。馬鹿正直に答える事も無いだろうと、誤魔化して答えていたが、どうやら彼女達は睦美の事を知っていて、更に私が彼女の家に入った事も周知の事実らしい。これで、尾行されていた事と剣道部関係の人間が絡んでいる事が知れた。とは言え、誰に見られた所で差し障りのある話ではないので、それ以上の追求は徒労だろう。
質問を誤魔化す事も面倒だと思い、ある程度の情報を渡しておいた。少量の情報でも彼らにとっては格好の餌であろう。渋々ながら、とは言え情報を得られた事に嬉々として、私の許から離れていってくれた。
「悟史。見ていたなら少しは助け舟を出してくれても良かろう?」
傍でニヤケ顔で私が囲まれている姿を眺めていた悟史に、一言文句を言っておく。
「うん? だってよ、何時もお前だって俺の事見捨ててるじゃないか」
「成程、復讐という訳か。だがな、悟史。君の場合はハーレム間のじゃれ合いだ。傍観者が手出しを許されるモノではない」
「五月蝿ぇ」
「見当違いな報復は止めて欲しいな」
私の言葉に喧しく反論する悟史は放って置き、窓の外に目を向ける。
間も無く、体育祭で校庭も騒がしくなるだろう。こうして静かな校庭の風景を見られるのも暫しの間お預けとなる。出来る事なら、あまり目立たずに体育祭をやり過したいものだが、果たしてそれは叶うのだろうか。
「おい、聞いてるのか!」
「聞こえてはいる」
「うがーーー!」
逆襲編終了です。
夏木邸で何があったのかは皆様の想像にお任せ致します。その内、正解?でも出てくるかもしれません。
さて、次回からは体育祭編をお送り致します。
GWとは関係の無い身分ですが、近い内に脱稿する予定です。
感想等々宜しくお願い致します。