Phase16: 災厄の逆襲? 中
久し振りの再会。
何時もながら唐突な呼び出しはコイツの専売特許とも言える。私をアゴで扱き使う数少ない人間であり、またある意味気の置けない仲でもある。
「でさ、そいつがまた臭いんだよ。もうさ、ドブ以下の匂いがぷんぷんするんだ」
「ほう。お前がそう評するとは珍しい」
「だろ? ホント酷いんだって。でまぁ、話は変わるとして」
眉目秀麗、見目麗しい大和撫子な外見を大きく裏切る高速言語。さらには多少下品にも聞こえるその口調。黙って微笑んでいるか、若しくは会話さえ聞こえなければ、様々な方面の人々から需要があるのだろうが、如何せんこの口と顔のギャップはいただけない。
「っていうことでさ、私としても断り辛かったのは断り辛かったんだけど、そこはそこ。漢女の中の漢女と自称している私ですから、きっぱり断ってやったのさ。私は既に付き合ってる人が居ますーってよ! びばっ、私!」
「流石と言っておこう」
「でしょ、でしょっ? ところがさー、またその男がさ。そーそー、そいつもまた臭いってんだ。何か香水だか何だか付けてんだか知らないけどさ、漢だったらそんなの付けるなっての。腐った肉に香辛料振り掛けてるんじゃないんだから」
「実は中身は腐ってるのかも知れないな」
「かー! 上手い事言うねぇ、たっちゃん! 確かに中身は腐ってるかも知れないよ、ははっ! で、で。未練がましく言う訳よ。じゃー付き合ってる奴を連れて来いーって。で、私が難色示してると、やっぱり嘘じゃないかって近寄ってくる訳よ。で、終に私に触って来たもんだからさ、思わず投げ飛ばして、肩の関節外しちゃったわ。びばっ、私!」
「お前らしいよ」
「だしょだしょ? やっぱりたっちゃんは私を解ってるわー」
それぞれの近況を語り合い――とは言うものの、一方的にコイツが話しているのだが――目的の場所へと歩を進めていく。まだ日は地平線から程ある位置に居た。
電柱とは電線を空中に掛け渡す為に間隔を置いて配置されている柱の事であり、また電信柱とも言うが、それらは決して人が身を隠す為に出来ている物ではない。誰もがそれを理解し、誰もがその行為を馬鹿げた行為だと把握しているのだが、世の中には常に例外が在る。例外なき法則は無い。
一般常識から外れた者達が確かにそこには居た。
「……」
「じょ、上品な笑顔ですねぇ。真似出来ないですよぅ」
「うーん、やっぱりこれは怪しい関係?」
「時期尚早。もう少し見極めるべき」
「だね……って、悟史君どうしたの? 難しい顔して」
「そう? そんな難しい顔してたか」
何処ぞのコントかギャグ漫画にしか登場しないであろう光景が其処には広がっていた。電柱に身を隠そうとしている、トーテムポールの如く観察位置の高さを変えて二人の動向を見守るハーレム一団。道往く人は彼らを視界にすら入れない。
「や、気にしなくて大丈夫。ちょっとした考え事だから」
「それなら良いけど」
「……標的移動中。急がないと見失う」
「ほら、行こう。態々ココまで来てるんだから、見失ったら面白くないでしょ」
「悟史君がそういうなら……」
トーテムポール状態を解除し、追跡を再開する一団。
傍から見ると、何処までも間抜けである。
その珍妙な集団の後方20メートルという至近距離に別の追跡隊が存在していた。言わずもがな、後藤と朝霧のクラスメイト二人組である。
「ねぇ。あれって警察に通報するべきだよね」
「見も知らぬ変質者なら健全なる一般市民としては通報すべきじゃねぇか?」
「だよねぇ。やっちゃう?」
ハーレムの危機は彼らの知らない所から接近していた。
「一応、クラスメイトもいるからなぁ。恥を忍んでここはぐっと堪えよう」
「お、優しいお言葉。ボクはしたいんだけど、本来の目的はりゅう君の追跡だしね。ここで見失うのは面倒臭いし。後で注意しておくだけにしよう」
「だな」
こうして仲間の好意により、人知れずハーレムの危機は去ったのである。
雑談の末に到着した所は案の定、コイツの自宅であった。突然の呼び出しと呼び出された時期から言って、こうなる事はほぼ想定内とは言え、私としては乗り気ではない。自分から好き好んで虎穴に入る馬鹿はそうそう居ないと考えられる。もし居るとすれば、それは特殊な性癖の持ち主に違いない。
白い塀と重厚感のある門に閉ざされて今は垣間見る事は出来ないが、この門を潜れば『立派』という言葉が非常にしっくりとくる武家屋敷が其処には存在している。
私をココまで連れて来た幼馴染の開けた門を潜り、記憶の中の武家屋敷と何ら変わりが無い事を確認し、少し安堵する。とは言え、ほんの数ヶ月前にも訪れているので、変わりがある事の方が稀ではあるのだが。
「……睦美。ここまで連れて来たという事はまたか」
「流石たっちゃん。良く分かったな。阿吽の呼吸って奴?」
「馬鹿も大概にしろ。お前が私をココに連れて来る用件と言ったらそれしかないだろう?」
「いや、分からんよ? ほら、私が両親にたっちゃんを紹介するとか」
「既知の間柄だろう?」
「例えばの話だよ。祖父ちゃんは未だに私とたっちゃんの縁談話を諦めてないからねぇ。ま、私としても大学卒業までに『良い人』が見つからなかった時には、たっちゃんを婿に貰う事は決定事項なんだけど」
非常に不穏当な話を聞いた気がする。何時の間に私はそんな後戻りの出来ないルートを選択してしまっていたのだろうか。コイツと幼馴染と言う時点であの『食えない爺さん』の頭の中では、そのような構想が練られていたのか。
「ちょっと待て。あの爺さん未だそんな事言ってるのか。そして何時の間に、私がお前を娶る事が決定事項になっている?」
「ホラホラ。時間は有限なんだから、さっさと仕度してくれないかなっ!」
「話を逸らすなよ、ムサシ」
「そうやって呼ぶなー!」
「家の中に入っちゃったよ」
「そうだな。これ以上は無理かな」
「お家の中に入って、な、何するんですかね! もしかして結婚の相談とか『お父さん、娘さんを私に下さい』とかやってるんですかね!」
「『お前に義父さんと呼ばれる筋合いは無い!』」
「夏木、夏木、夏木……」
「『お義父さん!』」
「『何処の馬の骨とも知れない奴に娘を任せられるか!』」
「夏木……む、む、む……」
「『お義父さん! 僕は真剣に娘さんの事を愛しているのです!』」
「『だから、お前にお義父さんと呼ばれる筋合いは』」
「そこら辺にしておこう。無限ループになってるじゃないか」
「というか、そもそもそういう集団ボケは他人ん家の前でやるなっ!」
鋭いツッコミが居ない、只それだけの為に無残にも散って逝くギャグ達。面識の無い方の邸宅の前でギャグの屍を綿々と連ねるボケボケの集団に、救世主の如く後ろからツッコミが入ってきた。
「おお、映子。こんな所で何やってんだ? それと後藤」
「おまけみたいに付け加えるなよ。俺と映子はさ」
「偶々この近くに来たら、不審人物が電柱にへばり付いていたから尾行してただけ」
無論、ツッコミ役は追跡別働隊の後藤と朝霧である。後藤の弁を遮る様に朝霧は言葉を被せ、稲川に返答する。
「で、何やってたの? 何時通報されてもおかしくない不審振りだったんだけど」
「そうだな、簡単に説明するとだな。道端で偶々りゅうの姿を見つけて、しかもアイツが美人と待ち合わせしてたもんで、日頃の仕返しを篭めて尾行してた訳だ。イキナリ家に向かうとは思っても無かったけど」
「そうです。でも、凄い美人でしたよね!」
「へぇ。ボクはりゅう君の姿もその女の子の姿も見てないけど」
その時、今迄沈黙を貫いていた榊が突如として声を発する。
「夏木睦美。高校生チャンピオンだ……」
「へっ?」
修羅場から帰還しましたので、Phase16投稿致しました。
続きを待たれていた方は本当にお待たせ致しました。とは言え、それ程いらっしゃらないとは思いますが…
次回は少し短めに。
感想等御座いましたら、遠慮無く書き込み・連絡してくれればと思います。宜しくお願い致しますね。