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Phase9: 災厄北へ -1st night 後-

「準竜師。既に全ての人員が予定位置につきました!」


「準竜師。今や我々は貴方の号令を待つのみです!」


「準竜師! 我ら五一二一部隊に号令を!」


「準竜師!」


「準竜師!」


「……吶喊とっかん


「時は来た! ニイタカヤマニノボレ!」


驚異のスピードで廊下を駆け抜けていく忍が二人。私にトランシーバを渡し、何故か号令を掛けさせて、彼らは星になった。それ以前に、私の事を『準竜師』と呼ぶのは止めて欲しい。『りゅう』の部分しか該当していない上に、私はあの様な、色々な意味で幅の利いた顔をしていない。そもそも、自分達の事を『五一二一部隊』と自称するのはどうだろう。精々、部隊の中に、中村と滝川と遠坂と来須と速水と岩田なる苗字を持つ者が居て、序でに靴下愛好家がいるだけ……否、十分に五一二一部隊と名乗ってもいいのかもしれない。


『引くな! 我らに残された道はただ一つ! 前進あるのみ!』


『滝川千翼長! 敵の弾幕が多過ぎます! このままではフォックストロット部隊は!』


『くっ! F部隊はそのまま突っ込め! そして死中に活を見出すのだ!』


『……F部隊・来須百翼長、了解した』


『く、来須ぅぅぅぅ! か、哀しいけどこれ戦争なのよね』


『ええい! 何故だ! 何故我らが今宵乗り込むとばれたのだ!』


『す、素晴らしい! 岩田がくねくねしながら前進してる!』


『行け! 岩田! そのまま奴らの前線を突破しろ! あ、前方に靴下が! まずい、それは罠だ! そんな罠に釣られるなぁ!』


『アーッ!』


『い、岩田ぁぁぁぁ!!』


トランシーバからもたらされるクラスメートの怒号と悲鳴。

彼らは気付いていないが、バスにて私に『マル秘計画』の見直しを依頼した際、横に座って私におやつを渡していた女子は風紀実行委員会の実行部隊の子であった。私は勿論それを知った上で、計画書を見直していたが、彼らは一向に気付く様子は無かった。私が委員会の盲点を付くであろうルートを示す度に、横から「そういう考え方もあるんだ」と感心した様子で覗き見をしていたのだが。もう少し、作戦を練る際は機密性と周囲に対する警戒が必要だと思う。

暫くの間、部隊は持ち応え、そして前線へと進めた様だが、止めを刺す刺客こと『防衛の後鬼』が背後から強襲したらしく、トランシーバの沈黙と白色雑音ホワイトノイズが彼らの最期を教えてくれた。

トランシーバを放棄しようとした時に、最後の通信が入った。


『やっほー、りゅう君。ご協力感謝するっす』


「私は何も関与していないし、協力した覚えも無いが」


『んーそういう事ならそれでもいいっすよ。でもでも、今回の借りはいつかお返しするんで』


「だから私は何もしてしてないぞ」


『またまたー旦那。そうですね、今度抹茶アイス奢るっすよ』


「……」


どうやら相手さんは私の嗜好品を的確に捉えているらしい。

一瞬返答に詰まり、付け入る隙を与えてしまった。


『迷ったねー迷ったねー旦那。じゃ、そういう事で、ちゃおー』


ぶつっと回線が切られる。交渉に関しては、あちらの方が何枚も上手であった。

トランシーバを廊下の隅に置き捨てて、すっかり遅くなってしまったが、目的地であるハーレム部屋に歩を進めることにしよう。知らず溜息が出てしまう。




そこかしこにクラスメートの残骸があったが、気にしては負けだと前だけを向いて進んでいく。しかし、一体何に負けるというのだろうか、という疑問はシコリとして残っている。

緊急事態と連絡を受け取ってから、既に十数分を経過しているのだが悟史は無事だろうか。無事でなくとも、別段どうと言う訳でも無いのが本音ではあるが。そんな複雑な心中を蹴散らさんばかりに、強めにドアをノックする。この扉の向こうに待つのは果たして酒池肉林の世界か、はたまた粘性の高いソープドラマの展開なのか。


「悟史、達者か」


『りゅう〜今行くからちょっと待て〜』


ドアの向こうからくぐもった悟史の声が届く。まだ精神も気力もゲージの底を着いていない様だ。悟史の声だけではなく、女の姦しい声とどたばたとした物がぶつかる音が聞こえていたが、数秒して悟史がドアから身を乗り出してきた。しかも即行ドアを閉めるという不審な行動。後手に閉めたドアからギャアギャアと叫ぶ声とドアを叩く音が響いている辺り、無理矢理抜け出してきたのだろう。


「……いいのか? 後の連中」


「まぁね……かなり疲れたかな」


乾いた笑いをあげる悟史。確かに心なしかやつれた印象を受ける。

暫くドアを押さえていると、観念したのか先程までの喧騒が嘘の様に静まり返っていた。


「りゅう。ちょっとロビーまで付き合ってよ」


「了解」


悟史の背中が少し煤けて見えた。




「自分でもさ、良く分かんないんだよね。どうして彼女達が俺なんかに構うのか。俺はたださ、自分のしたい様にして、ただ自分が楽しければいいって。そんな自己中な事ばっかしてるのに。彼女達に優しくしようとかそんな事微塵も思ってないんだぜ? 確かに美人だなーとか綺麗だなーとか思うけどよ、だからってどうこうしようって訳じゃないし……あーもう、自分でも何言ってんだかわかんねー」


ガシガシと頭を掻き毟る悟史。フケが出ないので洗髪はしっかり行われている、等と話の本筋に関係無い事が頭に浮かんだ。


「と言ってもさ、別に今の関係が嫌だとか言ってんじゃなくて、だからと言って誰かと彼氏彼女になるつもりもなくて。周りから見てると滅茶苦茶嫌な野郎に見えそうだな、俺」


少なくとも自覚はあったのか、と感心する。そこまで鈍感な男では無いとは信じてはいたが、信頼が裏切られなくて少し安堵する。


「……で、悟史はどうしたい?」


「どうしたいか。今のままで良いとは思ってないけど」


持っていた缶珈琲を口に含む。薄い、如何にも缶珈琲らしい味わいが口の中に広がった。

空港に引き続き、私らしくもないが少しだけ彼の背を押す事にしよう。それが如何作用するのかは、私如きには想像も及ばないが。


「きつい言い方をすれば、私は単なる傍観者であって当事者ではないから、関係ない話ではあるが」


「それは確かにきついわ、りゅう」


「今の悟史達の関係は傍で見ている人間からして見れば、目障りと言える。それは承知してるか?」


「……ああ。俺だって馬鹿じゃないさ」


「それは僥倖。とは言え、だからどうこうしろって訳じゃない。只、このまま放置していけば、益々中途半端に深い関係を持つ女が増えていくのは目に見えている」


口には出さないが、悟史は『自分が楽しければいい』とは言うものの、それは周囲の人間が楽しんでいるという前提の下での行動原理だ。従って、自己中心的というよりは寧ろ他者優先的である事に、悟史自身は気付いていない。その無意識の優しさに惹かれて、捕らえられている状態が今のハーレム状態なのだと私は勝手に解釈している。


「俺そこまで節操無いかな?」


「悟史。親友として尋ねるが、また傷付くのが怖いか?」


悟史の顔色が変わる。


「ヤマアラシじゃないんだ。人間だろう? 近付いたって早々傷付かん」


「……簡単に言ってくれるね」


「他人事だからな。きつい事を言えば」


缶を片手で捻り潰して、屑籠へと放り投げる。放物線を描いて綺麗に籠の中へと収まった。

これ以上揺さぶっても精神衛生上良くないかも知れない。私は立ち上がり。自室へと戻る。目の前に置かれている缶を凝視して立ち上がろうとしない悟史に、一言だけ残しておく。


「あと四日は旅行だ。陰鬱な調子で過ごさない方が良い」


「分かってる。あと少ししたら、いつもの調子に戻るよ」




残された悟史は独り、渡された缶飲料を飲みつつ、溜息を吐く。


「他人事じゃねーんだけどな」


誰の耳にも届かず、その声は静かに空間へと融けていった。




扉を開けて、厄介事から目を背けていた事に気付かされた。


「りゅうちゃん! バスタオル一枚だよ! 興奮する?」


さて、どうやって今晩をやり過ごそうか。





次回更新は来週になります。申し訳御座いません。

取材旅行へ行って来ます(ぇ

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