プロローグ
正直、親友と呼ぶには色々と己の感情が許せなくなる友人が居る。
そいつと友人となったのは中学入学時であるので、
かれこれ五年間強青春時代を共にしている事になる。
確かに、自他共に認める程、私達は仲が良いと思う。
だがしかし、男として私は奴が許せない。
そう。
奴こと、稲川悟史は我が高校のアイドル達を一手に抱える、
『稲川ハーレム』の主なのである。
「なぁ、りゅう。放課後、買い物に付き合ってくれないか?」
昼食時のハーレムっぷりを目の当たりにし、毎日恒例の事だと理解はしているが、
納得は出来ない我が胸の内を知りもしないだろう悟史が私の席へとやって来る。
どうやら今は美少女達から解放されているようで、
ハーレム住人の方達は奴の周辺には確認されない。
「……何が買いたいんだ?」
先程の光景を思い出し、少々目の前のこいつを殴りたくなったが、
そこは培ってきた忍耐力で必死に拳を収める。
これで、誰々ちゃんのプレゼントを買いに行きたいんだけど、とかぬかした時には
血達磨にしてやろうとは思ってはいるが。
「えっとよ、最近ジーンズが破れちまってさ。で、新しいの買おうと思うんだけど、
ほら、お前ってセンスあるからさ。一緒に見繕って欲しいんだ」
「分かった。……今日は助っ人稼業もないから付き合える」
本当は「ハーレムの住人に見繕って貰え」と言いたい所だが、他ならぬ親友の頼みである。
突っ慳貪に突き帰すのも自分のポリシには合わない。
一応、予定が無い事を確認した上で了解の意を示した。
「助かるよ。いやぁ、今度愛ちゃんと出かける時に着ていくもんが無くて、焦ってたんだよ
じゃ、また放課後な」
と自分の教室へと帰っていく。
矢張り、血達磨にしておけば良かったか。
教室を出て行った親友の背中を見ながら、思わず溜息を吐く。
その後、クラスメートが口々に「友人の鑑だな」とか「良く出来た人間だよ」とか「師匠!」
とか「良く耐えた!感動した!」とか言いながら、私の肩を叩いていく。
皆も殴りたいのを我慢していたらしい。
うむ、殴っておくべきだったか。
何事もなく授業は終了し、珍しい事にハーレムの住人にも幸いにして遇わず、
私は悟史と共に近くの量販店へと出向き、御所望の品を購入した。
そして、その帰り道。
「りゅう。前」
それは何処かで見た風景。
もう何度と無く、この男と一緒に居ると遭遇した状況。
二度とこんな場面には遭いたくないと思っていた厄介な一場面。
どうしてコイツと居ると厄介事に巻き込まれるんだろうと、小一時間ばかり
悟史を振り回してぶん回して殴り倒してスタンピングの嵐をお見舞いしたい所を必死で抑えて
このデジャビュとも取れる展開を予測し、最良の方向へと導く。
「悟史。あの娘はお前が確保しろ」
「お前はどうするんだ? 流石にあの人数は」
「忘れたか? 私を誰だと思っている。さて、行くぞ」
「ああ!」
可憐な美少女に纏わり付く男共五人。
中心に据えられている彼女が嫌がる素振りを見せなければ素通りするべきだが、
生憎彼女は嫌がって周囲に助けを求めていた。
それを見過ごせる程、厭世している訳でもなく、腐ってもいない。
私は声を掛ける事すらせず、囲んでいる彼らの一人に飛び蹴りをかましておく。
「キョウヘイ! てめぇなにしやがる」
「てめぇぶっころすぞ」
知性を感じさせない言葉遣いに使い古された脅し文句。
彼らの関心の矛先が私に向けられた瞬間に、中心の少女を引っ張り救い出す。
どうやら、同じ高校の生徒だったらしい。
まだハーレムに加えられていない美少女が存在したか、と変な事に感心しつつ、
その子を後にいる悟史に預からせる。
「てめぇ、勝手に何しやがる」
「何かしゃべろよ、てめぇ!」
正直、「てめぇ」という単語に聞き飽きていた所。
相手が拳を振り上げてくれて、本当に助かったと思う。
彼らには可哀想だが、ここ最近溜まっていた鬱憤を晴らしておくチャンスでもあった。
突き出された拳を掴み、捻り潰す。
痛みに絶叫した男の鳩尾を爪先で突いて黙らせる。
仲間の姿に唖然としている隙に、一人二人と顎を強打しておく。
我に返った残り一人が逃亡しようと見せた後頭部に上段蹴りをかまして終了。
何てことはない。
ものの数十秒で片付いてしまう。
とりあえず、警察のご厄介にはなりたくないので、後の二人を引き連れて私達はその場を後にした。
そして、逃げ果せて来た商店街近くの公園。
目の前の光景に思わず頭を抱えたくなる。
そう。彼女の目は助けてくれた悟史の顔を凝視している。
「あの、稲川先輩!」
「何かな? えーと」
「原杏子です!」
「うん、杏子ちゃんね。俺のことは悟史って呼んでくれて構わないよ。で、何かな?」
何かな?、じゃ無いだろ、と突っ込みたくなる。
お前は何度もこういう言い方とこういう表情に出会ってるだろ、と突っ込みたくなる。
絡まれている所を助けてもらって、しかも助けてくれた人は憧れの先輩でしたって
売れなさそうな小説を地で行く展開がここで綿々と行われている。
「助けて下さって有難う御座いました! そちらに居る先輩も有難う御座いました」
「礼なら助けようと最初に言った悟史にしてくれ」
「はい! 悟史先輩有難う御座いました!」
「うん。でも無事で良かったよ」
ゲームや小説なら途中で飛ばしても誰も文句を言わないだろうが、
生憎目の前の遣り取りは現実であり、展開を飛ばす事も出来ない。
私はその後も行われる、背筋が痒くなる様な二人の遣り取りを適当に聞き流しつつ、
明日からのこの二人の関係を思い描くのであった。
そして翌日以降の話。
漏れなく、彼女もハーレムの住人となる。
これで、ハーレム住人は悟史を除き、七人となった。
こうして『稲川ハーレム』は今日も美少女人口と男達の嫉妬を増やしていくのである。
神が居るならば、一つお願いがある。
この親友を心行くまで殴り倒してもいいでしょうか、と。