失くした闇
短い現代ホラーです。気軽にどうぞ。
<序章>夜と闇
様々な事情から、使用電力量に気を遣うようになった昨今。
それでも都市部の夜は明るい。
都市部の闇--暗部の意味ではない方の--は文字通り、見る影もない。
ヒトが恐れた闇、それはもうレッドデータブックに掲載してもおかしくない数なのかもしれない。
<1章>闇の覇権
とある公園、行政の死角にあったその公園には、闇が未だに残っていた。
26時。界は薄く、そして曖昧になる。
かつては「草木も眠る」などと言わしめられ、恐れられた時刻。
そんな闇の中に、二つの影。
「話がある」
「どーした。ようやく俺様に明け渡す気になったか、ええ?」
「そのことだが、私とお前で勝負をして、勝った方がこの闇に棲む。
それでどうだ?」
どうやら二体の影は、この公園の覇権を、いや闇の覇権を争っている様だ。
くどい様だが、闇とは暗部の意味ではない方の、だ。
「で、勝利の条件は?」
「…バズりだ」
一瞬の沈黙。
「あ?」
「バズりだ。知らんのか?
SNSや動画サイトのアレ。”いいよな”とか押すアレだ。
…お前、本当に知らんのか?」
「いいから、早よ言え」
スマホを取り出して見せる。
SNSは『アンスタクラム』、『EEEX』。そして動画サイトの『MyTube』。
「我等、『怨可視鬼』(えんかしき)の能力を以て、どちらがこの闇を統べるに相応しいかを争う。
投稿、閲覧、ポスト、リポスト、”いいよな”等の集計値で」
「なるほどな(全然わからん)」
『怨可視鬼』
闇に潜み、そこを通るヒトの心の表層に浮かぶ『見たいもの』、『見たくないもの』を、察して見せる妖である。
見せたときの感動と言っていいのだろうか、動いた心の大きさを糧としている。
「集計と勝敗の判断は『さとり』の『さとちゃん』が行う。
安心しろ、公平な第三者だ。
『さとり』一派は、闇の覇権などにはもう興味は無い」
どこにいたのか、小柄な影が進み出る。鼻は長め、耳は大きめだ。
普通の『さとり』とは異なる姿。
その姿が個体差によるものなのか、隠蔽によるものなのかはわからない。
いまや『さとり』一派はヒトの中に紛れて暮らしている。ヒトへの擬態もお手の物だ。
彼らの持つ能力については、今更説明する必要は無いだろう。
それほどにヒトの世に馴染んでいるのだ。
「『さとちゃん』です。当然、プロフ名ですよ。コワいので。
普段は総務関係の仕事をしていますので、集計はお手の物です。
念のため言っておきますが、闇とか全然興味が無いので。
あと、ちゃんと彼氏もいます」
はいはい。いいから。
「集計は彼女にまかせて大丈夫だ。ではルールだ」
ルールはこうだ。
1)ひとりずつ行う。
2)最初の1か月4週間のうち、1週目には『見たいもの』、3週目には『見たくないもの』を見せる。
3)『見せる』対象は、一夜で最大3組までとする。
4)次の1か月間は最大で5日、自分のペースで見せる。
5)その後、『見せる』ことはせずに、3か月経過後までを集計対象とする。
6)次の一人が2から5までを行う。
先攻が確実に不利なため、準備も兼ねて3か月ほどをウォーミングアップ期間とする。
『さとり』一派も、ネットでの情報のバラ撒きやら何やらに協力してくれる予定だ。
「ひとりめの後、3か月空けてふたりめってのは、何でだ?」
「ヒトには、『ヒトの噂も七十五日』という習性があってな。それを利用する。
流行り廃りは七十五日間だけ、それを外して騒げば死、という意味の諺でもある。
念のために半月ほど足しておいたが。
…これでいいか? 何かあれば準備期間に調整しよう」
「まーいいや。じゃあ…」
「「最初はグーっ、じゃんけん…」」
<2章>闇の覇権、その行方
結論から言えば、その闇は、覇を唱えたいずれの者の手からも零れ落ちた。
当初は、目論見通りに動いていた。
ヒトらは、彼らの闇に対する本能的な連想としての『見たいもの』、『見たくないもの』に慄いた。
SNSや動画サイトの投稿、閲覧、ポスト、リポスト、”いいよな”の数字も右肩上がり。
しかしその後、数値は急速な停滞を見せる。
ヒトの心の『見たいもの』、『見たくないもの』は、ただただエスカレートしていった。
『怨可視鬼』のふたりは見せることに腐心し続けたが、ヒトの心の動きはそれに見合わぬほどに小さくなっていく。
「あーあ、期待外れ」などと漏らす溜息からは糧など得られるわけもなく、勝負の最中で彼らは急速に消耗していく。
そして、ヒトの心の『見たいもの』、『見たくないもの』は遂に、『怨可視鬼』の能力を易々と超えていってしまう。
そうして、闇は暴かれ、汚され、醜く晒されていった。
「俺は、もう、ダメだ。
この闇、惜しいが貴様に譲ろう。…大事にしてやってくれ」
「ふっ、らしくないな。いつもの『サマ』はどうした?」
「貴様に負けたんじゃねーよ。
あれだ、本当のバケモンってのは…」
「まあ、そうだな。我々、二人ともが敗者だ。
あの美しかった闇は、もう無い」
この場に勝者の姿は無い。二人の敗者だけが、茫と立ち尽くしでいた。
「で、どうします?」
その声は、『さとり』一派の通称『さとちゃん』。プロフ名だ。
どこにいたのか、小柄な影が進み出る。
「見ていただろう。勝負は引き分けだ。
…いや、勝者はいなかった。これでお仕舞にしよう。
ご協力に感謝する。『さとり』一派にも伝えてくれ。
ありがとう」
「わかりました。お疲れ様でした。
報酬の件、よろしくお願いしますね。
では、失礼します」
一礼すると、そのまま『さとちゃん』の気配が消える。
「で、どーすんだ?」
「昔はよかった、か。
あの頃の闇は、もっと静かで、もっと深かった。
変わったのは私達なのか、それとも…。
さて…帰るか」
「そっかー。それもいいかもな。
あっちにはまだ、あるかもしれんし」
やけに澄んだ声で言う。
互いに見合うのは、百何十年振りかの険の抜けた顔だった。
<終章>闇は今…
『出る』と恐れられていた公園、そこにかつての闇はもう無い。
SNSや動画配信者によるオカルト騒ぎ。それに対し、治安を求める地元の声が高まり、行政は動いた。
LED照明の街灯や監視カメラを設置、明るく整備された公園は人通りも増えていった。
その灯りの下に時々、よく当たるという辻占い師が出る。
まるで心を読めているかの様な鑑定は、界隈をバズらせ始めている。
読んでくださり、ありがとうございました。




