秘めた思い
兄貴は昔から優しいだけの駄目人間だった。優しさだけじゃ世の中生きられないもんな。
兄貴が大学入ってすぐだったと思う。ふられたーって泣いて帰ってきた。ふられたぐらいで泣くなよなって慰めてたんだけど。
恋に落ちる瞬間ってあるよな。今まで見ていた世界が、急に鮮やかになる。同じ場所にいるはずなのに、一秒前とは全く違った世界になる。
兄貴がさ、俺を見上げたんだ。涙と鼻水まみれの汚い顔で。……その時から、ずっと好きだった。
俺はゲイだと思う。兄貴を好きになってからは女が駄目になった。
兄貴を好きなのが嫌で仕方なくて、彼女を作った。一緒にいて和む女子と、一度だけ付き合った。でも、キスをした時に思わず吐いてしまった。もう女をそういう対象としては見られない。
ちなみに本当のファーストキスは小六の時だったということは兄貴には秘密だ。
高校は男っ気の多い学校だったから、五人くらいから告られた。なぜか兄貴みたなタイプにばかり惚れられて、それがなんだか悲しかった。
図書館で高い本棚から本を取り出す姿を見たときはきゅんってなった。ぐでんぐでんに酔っ払った姿を、寝ぼけてだらしがない顔を、可愛いと感じた。体が大きいから抱きしめられるとほっとした。
でも、兄貴は女が好きだからというためらいがあったから。まさかキスされるなんて夢にも思わなかったし……。
だから酔ってキスされた時はチャンスだと思ったし、二度された時にはもう止められなかった。
兄弟で恋愛なんてありえないし、やめるべきだと思った。報われないし、人間やめたくなる。たとえ俺たちみたいに上手くいったように見えても、たとえばキスをして兄貴が吐きそうになった時は本当に辛かった。
兄貴から別れたいって言われた時は、もう恋人どころか兄弟にも戻れないって死にたくなった。三リットルくらいは泣いたと思う。あのままでは、無理やり襲っていたかもしれない。
兄貴は優しいから、すぐに流される。きっと俺に好きって言ってくれるのだって、ずっとじゃない。泣きたい。引き止められるならなんでもするよ。
始めは普通の人生を送って欲しいと思ってた。なんにも障害のない、ごく当たり前の人生。来年からは兄貴も社会人になるわけだし、身を引けるなら引きたい。俺なんてどうなってもいいからさ。次男は男遊びしててもいいかもしれないけど、長男だから結婚とか大切だろう。
俺は兄貴の道を踏み外させてしまったから、駄目かもしれないけど。でも妹には良い旦那さん見つけて子供作って、幸せになってほしい。
沢山悩んだし、本当に苦しかった。今だって本当にこれで良かったのか分からない。
だけど……せめて今だけは、こうさせて欲しい。