揺れる心
泣いている顔が忘れられなくて、更に弟を傷つけるんじゃないかって不安になって。それでもこのままではいけないと思い、一時間ほど経ってから様子を見に行った。幸い妹は今日は遅くなると連絡があったので、まだ粘るつもりだった。妹にはこんな泣きはらした顔は見せられない。
だが、部屋に行っても由紀はドアの鍵を開けてくれなかった。名前を呼んでも返事をしてくれなかった。
でも、ドア越しにすすり泣きが聞こえてきて……ドアの前で立ち尽くしていると、中から「ひとりにしてほしいから」と言われた。喉から絞り出すような声で。
結局俺は、その声から逃げるように自分の部屋へ戻った。
俺、本当に何してんだろ。どうしてこんなに弟泣かせてるんだろうって、もう何度目か分からない問いを自分自身に繰り返した。
どうしたらいいのか分からなくて、こんな意志薄弱な兄で、由紀には申し訳なくて仕方ない。俺が責任取らなくちゃいけない。一番辛いのはきっとあいつだから。
メールしたら見てくれるかな。そう思って、弟の携帯に送信してみる。
「出てきてみて。夕飯の支度一緒にしよう?」
するとほどなく返事が来た。
「顔崩れてるからヤダ」
きっと泣いてぐちゃぐちゃになった顔を見せたくないんだろう。そのままでも充分可愛いのに。
台所までおいでと打ってみたが、どうしても今は部屋から出たくないようで、断られてしまった。夕飯は牛丼でいいとメールがきたので、ひとまず近くの店まで買い物に行くことにした。
「ただいまー」
道中色々と頭の中で考えながらの外出だったので、気がつくとあっという間に家へと着いてしまっていた。
「おかえりー」
由紀は部屋から出てきて居間でテレビを見ていた。
「おっ、おう!ただいま」
「お腹あんまり空いてないから後で食べようぜ」
「あ、ああ」
俺はかなりどもって挙動不審になってしまったが、弟はいたって普通の反応だった。差し障りないってやつ?気丈な奴め……。
畳に転がりながらニュースを見ている由紀。こうして見てみると、体は細いし、可愛いし、なんだかんだ言って性格は良いし、恋人なんてすぐに見つかると思うんだよな。これでお互いに他人で、さらに由紀が女の子だったら……。そういう想像を、ついしてしまう。
弟や妹が泣くのは辛い。以前妹が失恋してきて泣いていた時は、由紀と二人でオロオロしていた。秋子を振った男を思い切り問い詰めてやりたいと思った。弟を傷つけた俺も同罪だが、もうこれ以上泣かせたくはない。
このままなかったことにした方がいいのかもしれない。前みたいに、泥酔した俺を弟が介抱してくれるような、あの頃の感じに戻れればいい。仲の良い兄弟だったあの頃に……。
だいぶ冷静になってきた俺は、そんなことを考え始めていた。