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痛み

 泣かせてしまった日から一週間が過ぎたが、いくら考えても最適な言葉は見つからなかった。

 でも、色々と悩みぬいた結果、ゆうちゃんを大切にするし幸せになってもらいたい。そのためにはきちんと「もうやめよう」って言うべきなんだと……そう思うようになっていた。

 弟には普通の人生を歩んで欲しい。少なくとも俺なんかと付き合うよりも、他の男と付き合う方がよっぽどいい。ゲイであっても、自分よりはるかにまともな人生を送れると思うから。

 そして、お互いが休みで家にいるその日、ついに別れを切り出すことを決意した。


 部屋に入った時、由紀は読んでいた漫画を放り投げて俺に抱きついてきた。擦り寄ってきて、まるで子犬のように可愛かった。

 なかなか切り出すことが出来なかったけれど、意を決し、思い切って口にした。「もうこの関係やめよう」って。

 しっぽを振らんばかりに懐いて擦り寄ってきた弟の顔が、俺を見上げて、カッと目を見開いて、とても不安そうな表情を浮かべる。


「どうして」


 そう聞いてきた。そして後は何も言わず、ただこちらを見つめたまま……。段々と目が潤んできて。無言のまま、流れる涙を拭おうともせずにそのまま泣いていた。そして俺の胸にしがみついてきた。

 シャツ一枚だったから、涙が染み込んで濡れてきて、この肌で弟の気持ちを感じてた。……ずっと泣いているのを。ひんやりとした感触が、心の奥まで冷たくひやしていくようだった。


 覚悟してたけど、こんなに泣かせるとは思わなくて。でも、抱きしめたら駄目な気がして。視線のやり場に困って、ベッドの上に放り出されていた漫画を見つめてた。

 そしたら弟が、ふっと涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げた。目は真っ赤でまぶたも腫れぼったくなって、鼻まで赤くして。それを見て、本当に心が痛んだ。


「なんでさ、俺たち兄弟なんだろう。どうして……兄弟なの。それとも男だから?あーちゃんならいいの?」


 その問いかけに答えることができないまま、その場に立ち尽くしたまま、何も出来なかった。その時、俺はずっと心の中で「どうしてこんな可愛い弟を泣かせてるんだ」って自問してた。



俺、兄なのに、弟に、何も、してやれない。俺も一緒になって泣いたんだ。ごめんなって、ずっと馬鹿みたいに言ってた。

ごめんな、ゆうちゃん、ごめんな。俺が兄に生まれて本当にごめんな。

どうしたらいいんだろう。こんなに弟泣かせて、何したいんだろう。どうして俺ら兄弟なんだろう。

父親がいなくなって、家が貧乏になっても、生まれてきたことを恨んだことはなかった。

どうして、俺、生まれてきたんだろ。



 それからすぐに出て行ってと言われた。抵抗したが出て行けって泣きながら怒鳴られて、仕方なく自分の部屋へ戻った俺は、言ってしまったことをものすごく後悔した。始めにキスしたのも俺、こうして別れを切り出したのも俺。本当に自分本位で自己中なのは分かってる。

 それでも、できるなら弟にはまっとうな人生を歩いて欲しいし、普通に幸せになってもらいたい。そのために自分ができることを考えに考えた上での選択であり、行動だった。それなのに、これほどまでに泣かせてしまった。きっと深く傷つけてしまった。

 焦らなければよかった。来月から由紀が予備校に通い始めるから、切り出すなら受験前にと考えていたし、このままだともう戻れないところまで行ってしまいそうだったから、今しかない……そう思っていたけれど。

 もっと段階を踏んでから話をすればよかった。自分では時間をかけたつもりだったけど、もっともっとかければよかった。


 本当に本当に、悩んで、悩みぬいて……自分だけで抱え込んで。冗談抜きで、いっそ死んでしまいたいと思うようになっていた。

 自己嫌悪と罪悪感でいっぱいになっていた俺は、ポケットに忍ばせておいたビンをぎゅっと握り締めた。

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