可視化されない圧力:事務による束縛
翌朝、研究棟の廊下は異常なほど静かだった。
司祭団との戦闘の爪痕がまだ残るのに、誰もその話題を口にしない。
代わりに、机の上に積み上げられた文書が空気を支配していた。
封印刻印の入った封筒。
王国の紋章を押された複写認証。
魔術法務局の電子刻印。
それらは銃でも呪でもない。
だが、研究者の動脈を確実に潰す毒だった。
A:複製義務
最初の書類は淡々としている。
「研究成果は軍保管庫へ逐次送信。
中間データ・未検証試料・草案を含む。」
ラクシアは目を疑った。
完成形でもなく、観測途中の推論までもが対象。
つまり、研究は成果ではなく、軍のプロジェクト管理のための素材のストリームになる。
誰かが呟く。
「これでは私たちは……魔導砲台の開発ログ担当だ。」
反発の声は出ない。
反論の余地がない条項だからだ。
B:権限共有
次の文書はさらに酷い。
「研究権限は軍と学院で共有とする。
軍は必要に応じ、学院承認を待たずプロトコルを変更可能。」
共有。
その言葉には優しげな響きがある。
だが意味は一つだ――軍の優先権。
ラクシアは署名欄を見つめながら吐息を漏らす。
「共有じゃないわ。従属よ。」
魔術式の階層権限は軍が上。
学院の研究は軍の治具へ落とされる。
C:ケイの立ち入り制限
最後の文書だけは、たった一枚で研究班の胃を冷やした。
「研究員ケイ=アルベルト。
位相変質および魂相異常につき、解析区画への立ち入りを制限。」
理由は冷酷なまでに事務的だった。
魂鎖の逆相式を使った際に焼き付いたケイの魂位相。
それを軍は危険物と認定した。
ヴァルキオの署名の横に、付記された短い一文がある。
「再発性不明。制御下に置くこと。」
ケイは何も言わない。
ただ、紙を見つめている。
数字を読み取るように。
自分自身が統計的媒体として分類された事実を、淡々と受容している。
誰も銃口を突きつけられていない。
廊下に兵士もいない。
監獄の鉄格子もない。
だが、署名欄に震える手で名を書き込んだ瞬間、
研究の自由は死亡宣告を受けた。
魔術科学の発展は、探究のためではなく、
王国の戦略体系に接続された軍用エコシステムの一部へと矯正される。
紙の束が閉じる音だけが、
銃声よりも残酷に研究班の胸腔へ突き刺さった。




