視察ではない“命令”
研究棟の自動術式は、来訪者を検出してから三秒の遅延で封鎖を行う。
その三秒の猶予を、男は一秒で破壊した。
魔導顧問ヴァルディオ。
王都直属の紺碧の軍服は、礼装ではなく運用型。
胸から袖に沿って彫り込まれた魔術刻印は、戦時通信回路と同等の階層に属していた。
護衛魔術兵二名が、壁の一部のように背後へ佇む。
「研究棟 アクセス権限:制限B」
扉に刻まれた識別文が淡く点滅する――直後、その文字列が塗り替えられた。
王国紋章と軍階位の署章。
扉に刻んだ学院術式が、彼の認証に従属していく。
封鎖ではない。降伏だ。
ドアが音もなく開く。
研究班は反射的に振り向いた。
侵入者の魔力は威圧ではなく、制度の匂いをまとっている。
敵でも救援でもない。
答えを決めに来た権力だけが持つ静脈の鼓動。
ヴァルディオは立ち止まらない。
視線を室内に一度も巡らせず、中心の端末へ歩き続ける。
視察官ならば観察する。
彼には確認の必要がない。
足音が止まり、初めて声が落ちた。
「魔術科学は国家資産。」
その一言は、研究者の思想を切断する刃だった。
「君たちは魔導砲台の設計を行う。」
議論でも上申でもない。
曖昧な余白を持たない宣告。
魔術科学――それは彼らにとって未知へ伸びる梯子だった。
ヴァルディオにとっては、既に用途が保証された武装仕様の部品。
言い返す暇もなく、研究室の空気が変質する。
机上の資料が「成果」であるのではなく、
軍保管庫へ送られる生産物へと姿を変えた瞬間だった。
ラクシアが息を呑み、アルノが身じろぎし、
若手の誰かが思わず口にする。
「……視察なら、こんな権限は――」
ヴァルディオは振り返らない。
視察は観測者が行う。
命令は所有者だけが口にする。
研究班の誰ひとりとして理解していなかった。
彼らは今、国家の工房に立っている。
研究室ではないのだ。




