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異世界物理  作者: 南蛇井


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20/110

責任の矛先

暴発から三日後。

学院議会は異例の速度で招集された。


豪奢な円形議事堂に並ぶ議員席は、まるで裁判官の列。

中央に立たされたケイは、被告であるかのように感じた。

足元の冷たい石床が、彼の呼吸を鈍く響かせる。


ディルトン・ヴァヌスは立ち上がった。

声は静かだったが、観衆の耳を確実に支配した。


「危険なのは術者ではない。

 術式そのものだ。

 ケイル・リヒトナーの研究が、我が弟子を死地へ追いやった」


議事堂にざわめきが走る。

被害者の名前を盾に取られた瞬間、論理は感情へ飲み込まれる。


「彼は己の知を誇示するため、未成熟の術式を漏洩した。

 詠唱は神霊との契約を守る“枷”であり、暴走を防ぐための鎖だ。

 それを外すならば、魔術は刃を剥くだけの怪物となる」


議員の一人が頷く。

別の議員は眉をひそめたまま沈黙し、第三の議員は無表情で書面を捲る。

決定事項はすでに水面下で整っているとでも言いたげだ。


ラクシアが席を立った。

白衣の裾を揺らしながら、毅然とケイの前に立つ。


「責任は式の不完全な模倣にある。

 彼は媒質Φの安定条件を示し、それを遵守した。

 弟子は理解なく、外形だけを盗った。

 その違いは“知”だ。彼を罰するなら、思考そのものを禁じるに等しい」


議員席に沈黙が落ちる。

だがその沈黙はケイを守るものではなかった。

決断を躊躇しているのではなく、体制の都合を整えているだけ。


議長は重々しく宣言する。


「決議案:ケイル・リヒトナー、停学処分寸前の最終勧告。

 研究室は即時閉鎖。未承認術式の開発を禁止。

 関連資料は学院の保管下とする」


一条一条、首に縄を掛けるように読み上げられる。

ケイは唇を噛んだ。

痛みはあったが、怒りよりも先に落胆が来た。


議員たちは恐れているのだ。

未知ではなく、未知を理解できる者を。


その夜、学院新聞の号外が寮に貼り出された。


 ――『理論魔術の暴走 詠唱は安全の枷である』――


紙面の中央には、暴発事故の一瞬を切り取った挿絵。

炎が人を襲う瞬間。

そこにケイの名は、加害者として添えられていた。


寮の廊下で、生徒たちの視線が突き刺さる。

好奇、侮蔑、恐怖。

かつて見向きもしなかった者たちが、今は距離を取りながら噂を囁く。


「やっぱり危険だったんだよ」

「詠唱を捨てたら魂が壊れるって言われてる」

「触るな。巻き込まれる」


ケイは何も言わなかった。

抗弁は可能だ。

理論はある。

再現性は提示できる。


だが――真理が敵に回る時、

証拠は恐怖によって踏み潰される。


ラクシアだけが、夕暮れの研究室前に立っていた。

鍵の封印をかける監査官の背を無言で見つめながら、

ジャーナルに記した数式の束を抱え、ゆっくりと振り返る。


「終わりではないわ、ケイル。

 ただ、ここからが本当の戦だ」


彼女の瞳は静かだった。

怒りではなく――理解する者の意志で燃えていた。

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