第4話 ネルヴァス教団
冒険者ギルドに向かって、再び足を動かす事数十分。
『何だ…あいつ?』
不審な人物が目に映る。
木の後ろに隠れて、用心深く観察する。
天秤の様な紋章が刻まれた赤いフードに、動物の骨で作ったであろう仮面。
それに、手に持っているのは…銃だ。
この国で銃を持つには許可が必要な筈だが、こんな格好した奴が律儀に許可を貰っているとは思えない。
『あまり干渉しない方が良さそうね。気付かれない内に逃げましょ。』
サラナの意見に賛成して、その場を離れようと足を踏み出した次の瞬間。
悪趣味な仮面がこちらに振り向き、木を睨みつける。
『まずい、こんな些細な音で気付かれるとはな…』
『落ち着いて。私の能力を使えばやり過ごせるわ。』
『そうだったな。』
ありったけの息を吸って、力を発動する。
世界の時間が止まったその隙に、奴の背後まで接近し、そのまま走り去った。
「ハァ…ハァ…」
能力を解除し、呼吸を荒らげる。
たったの3秒程度でもかなり息が苦しい。
使い所には気を付けないとな。
何はともあれ、奴を撒けたと安堵していると、
バァァァン!
突如、銃弾が唸り声を上げ、寄りかかっていた木に突き刺さる。
「何だと!?」
奴からは20メートル以上離れたというのに、奴は俺の位置を正確に把握しているようだ。
『ラジアス、こうなったら戦う以外に道はないわ!』
ピューパの状態となっていたサラナが俺のポケットから飛び出し、再び人型へ変化した。
「さあ、始めるわよ。」
「全力で行かせてもらうぞ。」
剣を抜いて構えたが、敵の姿が見当たらない。
何処に隠れた?
「奴がいない!手分けして探すぞ。」
森林を駆け回り、血眼になって索敵したが、何処にもいない。
バァァァン!
そして唐突に、静寂を切り裂く弾丸が襲って来た。
銃声の方角に目を向けると、ようやく奴の居場所が分かった。
「あそこだ!アイツ、木の上に立ってやがる!」
細い木の枝に足を乗せ、一切のブレ無く銃を構えている。慣れた手つきで俺たちに弾丸を浴びせるその様は、さながら狩人のようだった。
「うっ!」
「撃たれたのか!?」
「私はシビルだからこれ位平気よ!それよりも自分の身を守る事に集中して!」
能力で鎖を生み出し、弾丸を受け流す。
そして、弾を込めている隙に狙いを定めて… よし!鎖が命中した。
これで奴は少しの間動けなくなった筈だ。さて、この貴重な時間をどう使うか…
「私に策があるわ。貴方のダガー、ちょっと借りるわね」
サラナはダガーに鎖を巻きつけ、鋭い鷹の目をして敵を睨んでいる。
そして、「やったわ!」数十メートル離れたターゲットに向かって、致命的な一刺しを加えた。
敵は木から転げ落ち、鈍い音を立てた。が、奴はまだ余力が残っているようだった。
「クソッタレ… お前らの様な下衆はネルヴァス様の思召し通り、このローギルが消し去ってやる…」
「ネルヴァス?誰だそいつ?」
「口を開くなガキ!お前には一生分かるまい!」
ローギルは袖を捲ったかと思うと、腕に鋼鉄の如き、妖しく艶めく鋭い羽が生えた。
「コイツもシビルを持ってるのか!?」
「宵の狩人、ナハトーレ。お前ら如きには到底叶わない。」
「そいつはどうだろうな?」
鎖を構えた瞬間、俺の体は突風が走ったような感覚に襲われた。
「ぐあっ!」
一瞬にして腕に数多の傷が開き、血飛沫を上げる。
「まだ終わってない!」
痛む両腕に鞭を打って、鎖をローギルに伸ばす。
「甘いな。」
ほんの一瞬で、俺の鎖は粉微塵に断ち切られてしまった。
「これで分かったか?お前らのような青二才が、私を倒せる訳がない。」
カエルを睨む蛇の様な目つきで、羽を振り翳そうとしている。
まだだ、諦めるにはまだ早い。起死回生の一手が隠されている筈だ。
フクロウを模した能力でコイツは戦う。それを逆手に取れば…
「さてと、シビルの方も片付けるか。」
「いいのか?今すぐ俺にトドメを刺さないと、後で後悔するぞ?」
一旦挑発して、時間を稼がないとな。それでもって、コイツの弱点…
そういえば、俺が足を踏み出しただけで反応したよな?
という事は、フクロウの鋭い聴覚も兼ね備えてるって訳か。
これは…使えるな。
「いいだろう。これで終わりだ。」
羽が耳をつんざく音を立てながら、俺の首を斬り落とそうと迫り来る。
もっとだ、もっと引きつけるんだ…
よし… 今だ!
呼吸が乱れる中、最後の力を振り絞り時間を止める。
そしてローギルの腰に飛び込み、決死の覚悟で銃を奪い取った。
「何のつもりだ?まあ良い、たかが銃弾だ。一瞬で捌ける。」
こちらの魂胆を知らぬまま、余裕に溢れた薄笑いを浮かべている。
「サラナ!一時撤退だ!」
「面白い。私の寝首を掻けるとでも?」
鎖を駆使して、木々の間を飛び回る。あたかも疾風の様にローギルを翻弄した後、木の後ろに息を潜めた。
『ラジアス、何か策が?』
『奴はフクロウの聴覚を手に入れる能力を持っている。それで俺たちの居場所を特定してるんだ。だから、これを逆手に取れば勝てる。』
『要するに、アイツの耳元で大きな音を出せば良いって事?』
『ああ。だが闇雲にやれば良い訳じゃない。奴はさっき、銃を平然と撃っていただろ?つまりこの作戦は、奴が聴覚を研ぎ澄ましている最中にしか通用しない。』
『なるほどね。でも一体どうやって接近するつもり?アイツのいる場所に辿り着くのは無謀だと思わない?時間を止めたところで、間に合わないわ。』
確かに、ローギルと俺たちは40メートル以上離れている。息を止めながらあそこまで行くのは、飛んで火に入る夏の虫としか言いようがない。ここは…腹を括るしかないな。
『俺が息を止め続ける。サラナはその間に、ローギルの所へ…』
『無茶よ!貴方ただでさえ重症なんだから!』
『死にはしない。大丈夫だ。ほら、これを持って早く行くんだ。』
ローギルから奪った、漆黒に光り輝くライフルを託した。
『…分かったわ。無理だけはしないで。』
『よし、作戦開始だ!』
死に物狂いで息を止めた。
それと同時に、サラナが電光石火の様に駆け抜け、間合いを詰める。
まずい、意識が朦朧としてきた。駄目だ、俺は…まだ…
『もういいわ、ラジアス!成功よ!』
サラナの言葉を聞いて、途端に意識が引き戻される。
息を荒らげ、ローギルに目を向ける。
バァァァン! 激しい銃声と共に、断末魔が聞こえた。
「ヴァァァッッ!!」
酒にでも呑まれたかの如くふらつき、仕舞いには地に伏せのたうち回った。
「残念だったな、地獄耳野郎。」
「この俺が?『鴉の手』のこの俺が?」
「何だ、それ?」
ネルヴァス教団とやらに関係があるのだろうか?
「いや…まだ…」
最後の足掻きと言わんばかりに、何かを取り出そうとしている。
「ナハトーレ!早く俺を館に連れ戻せ!」
ローギルがピューパを投げると、灰色の光と共に、普通のよりも数十倍の図体を持つ、怪鳥とでも呼ぶべきフクロウが現れた。
「これが、コイツのシビル…」
まずい、今の俺達は完全に燃料切れだ。このデカブツを相手にするのは無理がある。
何か策は…
絶望に包まれたその瞬間、ソイツの瞳を目掛けて、燃え盛るナイフが宙を裂いた。
「ネルヴァス教団… 他者を虐げる事しか能のないクソッタレ…」




