第2話 シビル現る
突然、草のざわめく音がした。
音の方向へ目を向けると、傷にまみれた焦茶色のローブを身に纏った人間が、俺の元に走って来た。
「お前は一体何なんだ!?」
俺の問い掛けには一切聞く耳を持たず、ただひたすらに迫って来る。
仕方無く剣を抜いて構えたが、それにすら臆さず、素手で俺に襲いかってきた。
「急に襲ってきたアンタの自業自得だからな!悪く思うなよ!」
両手で握りしめた剣を振るったが、目の前から謎の人物は消えていた。
焦って辺りを見渡したが、何処にもいない。
警戒をさらに強めた次の瞬間、足に何かが触れた感覚がした。
まさかと思って足元を見ると、大穴から茶色の袖をした手が伸びていた。
「お前バケモノか!?」
奴は俺が瞬きした刹那の瞬間に俺の背後へ移動し、大穴にしがみついていた。
そして、たった一本の細い腕で、俺を奈落に引きずり込む気だ。
こんな所でくたばって堪るかと必死に抵抗したが、コイツ、信じられない位に力が強い。
両手を使えば俺の骨をへし折れるんじゃないのか?
剣でコイツの腕を切ろうとしたが、無駄な足掻きだった。奴は足を器用に使って、斬撃を余す事なく受け止めてしまった。
だが俺も負けちゃいない。地面を踏み締め、少しずつ前進していた。
格闘すること数十秒。遂に振り解けると安堵した次の瞬間、俺は絶望する羽目になった。奴はまだ本気を出していなかった。
足を掴むのを辞めたと思った矢先、大穴から跳び上がり、俺の目の前に接近してきた。
そして俺の腹を目掛けて、回し蹴りを繰り出した。
「ぐはっ!」
成す術なく、ただ俺は大穴へと落ちていった。
「こ…こは…」朦朧とする意識の中、ゆっくりと目を開く。
かなりの深さまで落ちたにも関わらず、不思議な事に怪我をしておらず、痛みも全く感じなかった。
視界に映るのは、妙に清潔な部屋の一室だった。
壁やテーブルなど様々な物が白を基調としており、意匠として青と金色の紋様が刻まれている。
使い方は分からないが、様々な機械が並んでいた。どれもこれも見た事のない物ばかりだ。
部屋を調査しようと試みたその時、
「起きたみたいだね!」突然何処からか声がした。
「誰だ?」
「もう忘れのかい?さっき会っただろ?」
「お前か!こんな真似してタダで済むと…」
遮る様に奴が話す。「分かってる分かってる。タダで終わらせる訳ないよ」
「好きなだけ殴って良いって意味だよな?それはどうも」
「やっぱり皮肉が上手だね!流石だよ」
「早く要件を言えよ!」心底イライラしてきた。
さっさとコイツみたいな人間とおさらばして、冒険者ギルドに行かせてくれ。
「その部屋には小さな箱があるはずだよ。」
「これか?」手の平よりも少し小さい位の、白い箱を指差した。
「合ってるよ!」
「コイツを開ければいいのか?」
「その通り!今から開ける為のパスワードを教えるね!8467だよ」
「いや待てよ…お前俺を嵌める気だろ?」
冷静に考えて、赤の他人を突き落とすような人間を信じて良い訳がない。
「違うよ!俺はキミの味方だよ!信じてくれ」
「味方を蹴り飛ばすなんて随分と優しいヤツだな。尊敬するよ」
「褒めてくれてありがとう!そんな優しい俺のお願いを聞いてくれるかい?」
「聞く訳ないだろ!いい加減にしてくれ!」
「箱を開けなくてもいいけど、どうやってその穴から這い上がるつもりだい?気合い?それとも…シビルかな?」
「シビルとは契約していない。」ローシェ村は平和な場所だったから、シビルと無縁の生活を送っていた。
一部の戦いを職にしていた大人は契約していたが、大半はしていなかった。当時子供だった俺は尚更だ。
「じゃあ今が絶好のチャンスだよ!さあ開けて!」
「シビルが、この中にいるのか?」
「いるよ!きっと君の冒険を助けてくれる筈だよ!」
「分かった、アンタの指示に従うよ」用心深く、少しずつ箱を開ける。
すると、中から彫刻の様な物が出て来た。これもまた青と金の紋様が刻まれている。
暫く見つめていると、突如それが光り始めた。
慌てて机に置こうとしたら、「大丈夫だよ!宙に向かってそれを投げてみて!」と言うので試しに投げると、彫刻の周りに輝く線が現れた。
それらは人の形を形成し、より一層強く輝き始めた。
そして遂に、線の集まりが実体となった。
見た目は白い髪に青色の瞳をした、顔立ちの整った女性といったところだ。
「成功したね!少しの間俺は黙っておくから、シビルとお話ししてね!」
「あなた誰?」怪訝そうな目つきで問いかけてきた。
「ラジアス•ブルーノです。貴女と契約がしたいんです。」
「そういう事ね。全然構わないわよ。ただ…条件があるわ。」
「条件というのは?」
「私はシビル、要するに悪魔みたいなものよ。つまり私は人間と戯れるのが大好き。だから貴方には…私と決闘してもらう」




