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山に住むクマ

作者: 市宵 千春

 茂みの中にひとつ、金属の光がボクの目に映った。ボクはそれに近寄りフサフサの手で拾ってみると、それはニンゲン製の鍵だった。見上げて前方には、持ち主らしき女の子が歩いていた。

「おーい、鍵、落としませんでしたか」

 ボクが大声をあげて女の子は振り向いた。しかしその女の子の顔は、一瞬にして青ざめた。

「きゃーーーーーーー!!」

 女の子は耳がはち切れんばかりの悲鳴をあげて、全速力でボクと反対方向に走っていく。明らかにボクを見て逃げているが、このまま彼女が帰宅してしまったら、家の鍵が開かなくて困ってしまうだろう。ボクは彼女を追いかけた。

「あのー、すいませーん、鍵がー」

「きゃーーーーーーーーーー!!!」

 女の子は僕の言うことなど全く耳に入っていない様子で、後ろを振り返ってもくれない。ボクは少し傷ついたが、止まらないのならば肩を叩いてみよう。ほとんど追いついていたボクは腕を伸ばした。

「こらっ、くま吉!」

 聞き覚えのある声に僕は立ち止まった。その声の方角に振り向くと、そこには貫禄を携えたクマが一匹仁王立ちしていた。やれやれ。女の子に鍵が渡せなくなってしまった。

「なぜ、ニンゲンを追いかけていたんだ?」

「鍵を落としたらしいので、渡そうと思って。でも、村長のせいで逃がしちゃったじゃないですか」

「俺のせいか?...それにしてもニンゲンに親切にするなんて、お前さんはよっぽど物好きだなあ」

「ボクはクマ族がなぜそんなにニンゲンを敵視するのかが分かりません」

「...お前さんは、最近別の集落からやってきたクマとはいえ、あまりにも世間知らずだな。いいか、ニンゲンは悪魔だ。あいつらは、土地が不足するとすぐ我々の生活場所を奪う。そのくせ、生活に困ったクマが食料を求めて下山すると騒ぐし、運が悪けりゃ殺されちまう。」

 村長クマは冷静を装ってはいるが、その言葉の裏には煮えたぎるような怒りが垣間見える。ボクはちょっと不安になった。

「だから、お前さんも気をつけれよ。お前さんからしたら親切かもしれんが、ニンゲンにとってはただ食われるために追いかけられてるって思われるんだからな。射殺でもされかねん」

 村長は言い終えるとボクの肩をポンっと叩いた。

「まあ、今日のところは帰ろうぜ」













「あらぁ、くま吉さん。今日はうちで食べてくの?」 

 くまくま食堂の看板娘がカウンターから声をかけてきた。

「クマなのに自分で狩りをしないなんて、最近の若者はダメねえ」

「ここ食堂なんだからいいでしょ...てか年齢(とし)ほぼ変わんないし!」

 看板娘はくすくす笑いながら葉の座布団に座るボクの手前に魚定食を置いた。なぜか彼女はボクの隣に腰掛けた。

「いやねえ、アタシのほうが二ァつ、お姉さんよ」

 看板娘がボクの食事の様をジロジロ見てくるので非常に食べづらい。しかし、夜も遅く閉店間際にやって来たボクを迎えてくれたのは、彼女が特別ボクを慕ってくれているからだ。ここは閉鎖的な村なので外からやってくるものに興味があるのだろう。時間が時間なので、食堂に他のクマはいなかった。

「くま吉さァん」

 看板娘がまだご飯をもぐもぐしているボクに擦り寄ってくる。

「アタシ、初めてくま吉さんとお会いした時から、ずっと思ってたことがあって」

「なに?」

「アナタ、不思議な匂いがするわ」

 ボクは彼女の方をちょっと見た。

「匂い?」

「そうよ。イイ匂い...森に捨てられた香水の瓶が元通りになったみたいな、華やかで、それでいて落ち着けるような...」

「肥大妄想しすぎじゃない?」

「まァ!ロマンチックの欠けらも無い回答ね」

「欠片も期待するな」

 看板娘はプリプリ怒ってカウンターに戻ってしまった。乙女心というものは分からない。














 その日、またボクは森を探索していた。ボクは川に行って魚でも釣ってみようかと思案しながら歩いていた。

 すると突然、森の植物が一斉に飛び上がるような大きな音が響いた。銃声だ。その後何発か発砲されたようで、ボクはただならぬ雰囲気に歩みを止めていた。今までも銃の音は聞いたことがあったが、いつもより回数が多いし、現場に近い気がする。

 クマは臆病な生き物だ。ボクは現場からできるだけ離れるため、静かに踵を返した。

 そうしてしばらく歩いていると、少し開けた場所に来てボクはギョッとした。そこには、たくさんのクマたちが血を垂れ流して倒れていたのだ。

「あっ、くま吉!」

 一匹のクマがこちらに走ってきた。

「お前も、銃声が聞こえてやってきたんだな」

「銃声が聞こえたら、逃げた方がいいと思うぞ」

 どうやらボクは、現場から遠ざかるつもりで現場にたどり着いてしまったらしい。我ながらマヌケだ。新しく来たところだから、仕方ないのかもしれないが。

「なあ、酷いだろ。こんなに殺されることなんて、今までなかった」

 檻の中で眠っているクマが数匹、それを助けようとしてやってきたであろうクマが数匹、合わせて十匹ほどやられていた。みんなもう、息絶えていた。血の海とはこのことか。確かに、この数分でここまでの数がやられているのは見たことがない。

「ああ、夢であってくれよ。クマ吾郎、クマ美、クッマー、マクマ、クマ太郎、クマ子...」

「待て、全員言うつもりか」

「俺たち、一体これからどうすればいいんだよ」

 クマはうずくまって泣き出してしまった。どうしようもない。もうみんな、いなくなったのだ。ボクは村長に報告に行くことにした。












「なんということだ。ニンゲンめ、一体我らが何をしたというのか」

 村長クマは絞り出すように言った。

 ボクが村長クマにこの事件を報告すると、この村のクマはすぐさま現場に向かい、みんながこの悲惨な現状を知ることとなった。集ったクマたちの間に嗚咽や怒りの声が駆け巡る。村が悲しみで埋められたようだった。

「村長。僕はもう耐えられません」

 悲愴の中、若いクマが立ち上がった。

「こんなに身内が殺されて無抵抗でいる必要など、もはやありません。僕は、村のみんなでニンゲンを倒すべきだと思います」

 彼の主張が、他のクマたちに勇気を与えた。打ちひしがれていたクマたちが、次々に叫び出す。

「そうだそうだ。これ以上、容赦してなるものか」

「うちの母ちゃんかえせ!」

「悪魔のニンゲンに天誅を下すのだ!」

「アイツら絶滅させてやる」

 濁流のように復讐の言葉が吹き乱れる。村長はひとり、両腕を組んで唸っていた。がしかし、その心は決まっているようだった。

「よォし。みな、聞いてくれ」

 村長クマが叫ぶと、急に静まり返った。

「今回は、若くして亡くなるクマが多かったな...彼らは、恐らくヒトの町に下山して食料を取ってこようとしたのだろう。ニンゲンにとって、それは脅威であるはずだ。しかし、我らにも生活がある。我らは我らの日常を送るため、今、憎きニンゲン共に抗わねばならないのだ!!」

 村長は拳を振り上げた。この場にいたクマ全員が立ち上がり咆哮を上げ、地響きが鳴り止まない。驚いた鳥たちは木々から飛び立ち、生温い風が後を追った。

 赫怒(かくど)の祭りとなったこの村を、誰も止めることが出来なかった。
















「ねえ...くま吉さん...」

 誰もいないはずの小屋の中で、ボクは背後から話しかけられた。ボクは振り返らなかった。声からして看板娘だろう。

「なに?」

 彼女の声は、遠慮がちだった。

「こんな所で何してるのよ」

「戦の準備」

 彼女が俯いた気がした。

「アナタ、前線へ行ってしまうんでしょう。ニンゲン討伐のために...」

「そうだよ」

「...アタシ、姉さんを殺されたわ」

「...そう」

「だから、ニンゲンが憎い」

「...そう」

「殺し返したいと思うわ。でも」

 看板娘は、泣きそうになりながら叫んだ。

「アナタまで死んでしまうのは、違う!」

 彼女の唇が震えている気配がした。

「こんな戦争、勝てっこないわ。みんな熱に浮かされてるだけ。みんな死ぬ。ねえ、行かないでよ。アナタは行かないで」

 彼女の荒い息使いが聞こえて、ボクは胸が酷く締め付けられたようだった。ここに来てから、一番ボクを慕ってくれた彼女。ボクは彼女をこの悲しみから、解放してあげたいと思った。

 ボクはやっと彼女を振り返って、そして自分の首を持ち上げた。

「......え?」

 看板娘はクマ特有のまるい瞳を見開いた。

「...えっ、えっ、なんでニンゲンの」

 ボクは叫ばれる前に、彼女の呆気にとられた口にナイフを突っ込んだ。血が飛び散って彼女は動かなくなった。ここが全く人っ気のない小屋でよかった。いや、クマっ気か。











 ボクは隠しておいた通信機を取り出して、手袋を外した白い指で通話ボタンを押した。

「ご苦労。状況はどうだ」

「そろそろクマ軍団が人間の集落へ押し寄せてきますよ。それにしても、はあ、あっちい。クマの着ぐるみ着てクマの動向調査とか、一体どうなってんすか。熱中症になりますよ」

「仕方ない。我慢してくれ。クマの脅威から、人間の生活を守るためだ」

「...分かってますよ」

 ボクは再びクマのぬいぐるみを着た。人里に下りたとき、本物と間違われて銃撃されないといいな、と思った。


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