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four seasons  作者: 麻弥
7/8

第7話「モーニング・スープ」

この家政婦(ハウスキーパーさんはいろいろな物語に出てきます。

もう全部ひっくるめて藤城家物語でいいんじゃないというレベル。

長男、長女、長女の息子の物語まであるんだから笑

 藤城家伝統の食べ物は多い。

 母が考えた物、祖母が母に伝えたものなど結構な数に及ぶ。

 食材ごとに多種多様のオリジナル料理があり、私もそれを受け継いだ。

 モーニングスープもその一つだ。

 夕食時に飲むスープはじゃがいもの冷製スープなど色々あるが

 モーニングスープはモーニングスープ一種類のみしかない。

 レシピノートには、食材として人参、玉葱、じゃがいも、豆腐、油揚げ、大根等が

 挙げられ、その中から数種類選び使用すること。

 調味料は合わせ味噌。

 注意書きとしてきちんと煮干からだしを取ることとある。

「平たく言えば味噌汁なんだけどね……」

 味噌汁は朝しか飲まない。

 逆に言えば朝飲むのは味噌汁と固く決められたルールがあった。

 嫁いだ今は別に守らなくてもよいのだが、慣れで朝は味噌汁じゃないと落ち着かない。

 その習慣は自然と夫と息子にも植えつけられていた。

 味噌汁の味見をしている頃、決まって夫の陽が姿を見せる。

 そのタイミングは新婚当初から数年たった今も変らない。

「おはよう」

「おはよう、陽。砌は起きた? 」

「ごそごそ音がしてたから起きてるんじゃないかな。

 昨日の晩からはりきってたからね」

「興奮して眠れないってタイプでもないわね」

「そうだね」

 賢いのにお馬鹿っぽく見える愛すべき息子への辛口の愛情表現だ。

「おはよう、よく眠れた? 」

 分かりきっているがわざと聞いてやる。

 ばたばたと走りこんできた我が子ににっこり微笑むとじとっと睨まれた。

 いくら睨まれても何の効果もない。

 本人はいっちょ前のつもりなのだろう。

 ただし、まだ4歳だ。 

「当たり前だろ」

 生意気盛りの息子は最近口が悪い気がする。

「何か誰かの影響受けてない?」

「……確かに似てるわね」

「月に一度会うか会わないかの叔父の影響? 」

「その叔父ってのかなり違和感あるよね」

「今更。それはそうと今更呼び方を直しそうにも思えないわね」

「思春期は扱い辛そうだしね」

「思春期の問題じゃない気もするわ」

 中二になった弟は幼い頃と違い、青い目の色を薄茶色のコンタクトレンズで隠している。

 色を変えても恐ろしいほど美しい顔立ちは同じだ。

「ごちそうさま」

 話しこんでいる間にどうやら食事を終えたらしい砌は、

 とてとてと走りキッチンから出て行った。

 むっとしていた口調だった気もする。

「そんなに長話ししてたかしら?」

「いや単に砌が早すぎるだけだ。きっとかき込んだんだね」

「しょうがない子」

 相手にしていなかったくせに棚にあげた。

 必要以上に構われたくないとアピールしながら、あまりに放置しすぎると拗ねて訴える。

 なんとも分かりやすい性格だ。

 誰に似たんだか。

 ばたばたと駆け出した砌の後を追い駆けると玄関で靴を履いていた。

「ハンカチとティッシュ持った?」

 エプロンのポケットに手を突っ込みながら尋ねると、

 砌は幼稚園カバンから取り出してみせた。

「いってきます」

「いってらっしゃい。頑張ってね。皆と仲良くするのよ? 」

 こくりと頷く砌の頭を撫でてやった。

 帽子を被って鞄を背負って、心なしか誇らしげな表情だ。

「ふう」

「溜息を声に出すか」

「私は出すわ……って陽も何のんびりしてるの」

 夫の陽は4月で内科医7年目になる。

 医師として着実に日々を重ねていた。

 本来なら私も医師になるはずだったが、

 医師の夫と結婚することで 父の想いに応えた。

 幼い弟に対する負い目は消えない枷ではあるけれど、

 現時点で医師になって病院を継ぐという医師はかたいようだった。

「今日オフなんだって言わなかったっけ」

「聞いてないわよ」

「というわけで、ゆっくりしよう」

「……そうね。砌が帰ってきたら実家でも行く? 」

「いいね」

 実家を訪れることを突然提案した私に陽は楽しそうだった。

 どうやらかなり乗り気のようだ。

「帰ってくるまでに準備しとかなきゃ」

「それまで洗車でもしててくるよ」

「あなたってマイペースよね。さすが私の旦那だわ」

「だろう?」

 私たち夫婦の変人振りは今に始まったことではなかった。

 自覚がある分マシってものよね。


 午後一時半、幼稚園バスから降りてきた砌を手招きし、強引に車に乗せた。

 訳も分からないと顔で語っている4歳児ににっこりと微笑む。

「出すよ? 」

 そう言って陽はシルバーボディーの愛車をゆっくりと発進させた。

 実家までは車で30分圏内だ。

 ちょっとしたドライブ気分に浸っている私の隣で

 我が愛息は窓にべったりと張りついて、こちらを向こうともしない。

 その横顔は哀愁が漂っている。4歳児の癖に。

「幼稚園で何かあったの?」

「……」

 じっと顔を覗きこむと砌はうつむいた。耳まで赤い。

「図星なのね」

 面白がって肩の辺りを突っついてやった。

 どうやら沈黙を貫く気でいるらしい。

「あっちに着いたら聞かせてね。あなたの大好きな

 せい兄ちゃんもすぐ帰ってくるから」

「な……別に好きじゃないっ! 」

「あら、何でそんな過剰に反応するの? やっぱり大好きなのね。可愛い」

「……っ」

 むむぅと黙りこくった砌に微笑する。

「おいおい。いじめすぎじゃないか」

「これもお母様の愛なの」

「……ひねくれたらどうするんだ」

「大丈夫。引き際は弁えてるわ」

 陽の苦笑した気配が伝わってくる。

 運転席にいるから顔が見えなくても何年も一緒にいれば分かる。

(私って根っからのいじめっ子体質なのよね

 可愛いからいじめたくなるってやつ)

「着いたよ」

 車から降りた陽が、外から扉を開けてくれた。

 砌は彼に手を引かれて歩き出す。

 お彼岸に帰ってから一ヶ月。

 実家は何も変ってはいなかった。

 いつも知らない間にどこか増築されていたりする。

 チャイムを鳴らすといつものように、家政婦の操子さんが飛んでくる。

「まあ。翠さまに陽さま、砌おぼっちゃま。いらっしゃいませ」

「突然で驚かせちゃってごめんなさいね」

 操子さんは穏やかな笑みを浮かべて私たち三人を見比べた。

「青に用があるんだけど……帰るまでちょっと時間があるわね」

「ええ。三時くらいには帰られます。ですが16時に家庭教師の先生が

 いらっしゃるので、あまりお会いする時間がないかもしれません。

 折角来てくださったのに残念ですね」

「とりあえず待ってるわ」

「すぐにお茶をご用意しますので」 

「ありがとう」

 さあいらっしゃいと砌と手を繋いで屋敷内に入る。

 砌は何度来てもこの屋敷には慣れないみたいだ。

 リビングに入ると鼻をくすぐる芳香。

「いい匂い」

「ガーベラだね」 

 テーブルの上の一輪挿しにはガーベラが飾られていた。

 庭のを手折ったものではなく花屋で買ったものだろう。

 黄色いガーベラは鮮やかで可愛らしく見ていると和んだ。

 白い羊毛のソファーにすとんと座る砌。

 床につかない足をばたばたと動かす様子は何だか可笑しい。 

「落ち着きなさい。ね? 」

「じゃあ帰ろうよ。母さん」

「ママって言ってみて」

「もったいないから、やだ」

 まずい。大人気ないことにかなりむっとしてしまった。

 操子さんが運んできてくれた飲み物に砌はすかさず飛びついている。

 あまりの勢いだったので操子さんは一瞬、目を丸くしていた。

「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ」

 くすくすと微笑ましそうに砌を見つめ頭を撫でている。

 彼女にとって孫みたいなものなのだ。

 操子さんは父より少し年下だ。

 初老という年齢だがそれでも漂う品は隠し切れない。

 昔は相当綺麗だったんだという面影が感じられた。

 母はよく平気だったものだと思う。

 記憶に残るあの人はそんなこと気にするような人じゃなかったか。

 私なら絶対堪えられないわ。

 紅茶のミルクをスプーンでぐるぐる掻き混ぜる。

 白い渦巻が周りの色と同化して溶けていく。

 陽は、静かにカップに口をつけていた。

 オレンジジュースを飲み干した砌は、まだ足りないのかストローを噛んでいる。

「駄目でしょ。お行儀悪いわよ」

 すっと取り上げると恨めしげに睨まれた。

 まったりと一時を過ごしていた時、玄関の方で静かな音がした。

 壁の時計を見れば3時を少し回った辺り。

 操子さんは既にリビングから消えていて、向こうから声が近づいてきた。

 キィと扉が開く。

 憎らしいほど見目麗しい美少年がたたずんでいた。

 決して身内だから贔屓目に見ているわけではない。私はどちらかと言うと

 美意識は高く見る目は厳しい方だと思っている。

 彼は色も温度もない無表情でちらとこちらを窺うと、

「何、集まってるの。平日なのに暇してるんだね。気の毒に」

 矢継ぎ早に可愛げのない発言をした。

 小学生の頃なんて女の子に間違われるほど中性的な雰囲気だった。

 今も変わらないがあの頃より大分すり切れた気がする。

 見た目とのギャップって恐ろしい。

 声が変わりしかけの声は、独特の色っぽさを纏う。

(何となくだけど、同性にもモテそう。悪魔っぽいから)

「今日は僕がオフで、砌が帰ってから久々にお邪魔しようかって話になったんだ。

 遊びに来たら迷惑だったかな」

 陽は穏やかな顔で優しく言った。

「いえ。ゆっくりしていって下さいね。それじゃ俺は忙しいので失礼します」

 丁寧に頭を下げるとその場を去ろうとした青を

「せい」

「……せい兄」

 砌が呼び止めていた。

 律儀に訂正を入れる辺り生真面目だ。

「せいにぃ……あのね」

 無駄に名前を連呼する砌。

 もう馬鹿な子なんだから。

 相手の反応を見極められるようにしっかり教育しなきゃ

 青は付き合いきれないという表情をすると今度こそ早足で去っていく。

「ちょい。そこのクールビューティ坊や!」

 表面上は変わらないが内心はきっと不愉快なのだろう。

「だって坊やもつけなきゃ変でしょ」

 いけしゃあしゃあと言うと彼は黙り込んだ。

 陽はとなりで口元を押さえている。

 声が漏れているので笑っているのはばればれだ。

「……何だよ」

 不承不承の態で青が立ち止まった。

「あなたのお口の悪さが砌に影響しているみたいなんだけど?」

「悪かった……俺の責任だな」

 青の素直な言葉に陽は頷いている。

「姉貴、ゆっくりしていけよ」

 涼しげな目元を覗かせた青は、そのままリビングを後にした。

「大人になったね」

「根は素直ないい子だし、父がいる場では呼び捨てることはなかったのよね」

「なんてったって私の弟だもの。聞き分けがいいに決まってるでしょ」

 続けざまに言った私に陽は傑作とばかりに笑った。

 砌はいつの間にやら肘置きを枕にして寝こけていた。

「あどけない寝顔ね」

 柔らかな頬を指でつまんでいると自然と笑みが漏れる。

 陽は砌の頭を撫でていた。

 流産してからというもの陽は、更に優しくなった。

 弟か妹を欲しがっていた砌は、残念そうにしたけど、

 お星様になったきょうだいのことを知り私を気遣った。

 実はとても聡い子だ。

「そろそろ帰りましょうか」

 声を掛けると砌をおんぶして立ち上がる夫の行動に胸が温まる心地がした。

 途端に首に腕を回してしがみつく。

 ちゃっかりとした我が子は、寝ているんだか起きているんだか。

「もうお帰りですか。もっとゆっくりなさったらよろしいのに」

 廊下を歩いている時、遭遇した操子さんに声を掛けられた。

「この子も寝ちゃったし、久々にあの子と会えて楽しかったから充分よ。

 操子さん、父と青のこと頼みます」 

「ええ。それは勿論」

「そうだ。聞かなきゃいけなかったことがあったわ。

 モーニングスープって、どうしてお味噌汁なの? 」

「藤城家では元々朝は味噌汁と決まっているんですが、

 いつも味噌汁じゃお洒落じゃないとゆかりさまが仰って呼び方を変えられました。

 それからモーニングスープと呼ぶようになったのです」

発端ほったんはお母様か」

 しみじみ納得した。

「裏メニューで洋風味噌汁もありますよ。私が考えたんですけれど」

「材料は?」

「お味噌ではなく牛乳を入れるんです。他は豆腐、油揚げ、大根は使用しません」

「今度作ってみるわ」

 要するにポタージュのことなのだと見当はついた。

 特別変わったメニューでもないが。藤城家は朝だけ一般的すぎておかしい。

「それじゃまた」

 陽が操子さんに軽く頭を下げて、私たちは藤城の屋敷を後にした。

 おねむの砌は、当分目を覚ましそうにない。

 車に乗り込むとすかさず陽に

「適度に飛ばして」

 と号令を出した。

「はは……分かった」

 言葉通り陽は適度に飛ばして家までの距離を半分に短縮した。

 帰宅すると子供部屋に砌を寝かせて、二人でソファでくつろぐことにした。

 久々にいちゃいちゃするのもいいんじゃない?

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