第4話「solitude」
寂しいから抱いてほしい。
寂しくなるから抱かないで。
そう言って彼のシャツの背中を掴むと小さく震えていた。
抱かれたい。
抱き合いたい。
いつだって繋がっていたいけれど、体を重ねるたびに失う気がして、
どうして欲しいのか分からなくなる。
(あなたなら私の迷いに気づくでしょう)
シャツに唇を押し当てると赤い色が移る。
唇の形がくっきりと浮かび上がる。
沈黙を破らない彼へのきまぐれな悪戯。
少し離れていただけで寂しさが募るのは、それだけ激しく愛を交わしているから。
静かに想いを伝え合えば後で、孤独なんて抱えないのに。
抱いてと抱かないで。
両方が本心でもあるけれどどちらか一方に傾いているのは確かだ。
マニキュアを塗った爪を立てれば、微かな声が背中越しに聞こえてくる。
「翠、どうしたい」
答えない。
こちらを振り向かないで。
振り向くくらいなら私ごと振り向かせてよ。
我儘な願いを唱えながら、私が愛し焦がれた最初で最後の男を試す。
「翠……」
ごくりと息を飲んだ。
彼の声に艶が含まれていたからだ。
そっと背中に頬を寄せて、腕を回すとぐいと腕を引かれた。
正面から向き合う形になった私は目を逸らさず陽に視線を送る。
「翠は我儘だな」
端から分かりきっているでしょうに。
わざわざ口に出して言うのは仕返しのつもり?
溜息混じりに呟かないでよ。
見上げる私の顎を些か強い力で掴まれる。
真摯な眼差しに射抜かれて目を見開く。まさかの行動だった。
陽は私の唇に自分のそれを重ねて、舌を絡ませる。
「ん……っ」
零れ落ちる熱い雫さえも掬い取り何度となく舌と舌を縺れさせて。
体を押し返そうとしても適わず、されるがまま。
悔しい。
陽は私を大人しくさせる方法を知っていた。
体の力が抜け、バランスを失うが彼のシャツの袖を持って何とか止まる。
唇が離れると自然と視線が交わる。
「目、潤んでる」
はっとした。深い口づけで、上気した頬と潤んでしまった目元。
覗き込むようにこっちを見てくる陽は結局私と同じ同類。
「肌を重ねなくても、寂しさなんて拭えるじゃないか」
確信に満ちた言葉に、頷くしかない。
「寂しかったら言えよ。翠の寂しさなんて簡単に削ぎ落としてやるから」
「……ええ」
肩に手を伸ばし掴むと今度は私から口づけた。
舌を差し入れると陽の方からも絡めてくる。
体が火照っても、キスだけで構わない。
孤独を忘れさせてくれるのは甘くて刺激的な口づけ。
肌を重ねることも素敵だけれど、離れた時寂しさを感じてしまうから。
離れたくなくなるから、 たまには別の方法でもいいのだ。
度が過ぎると理性の抑制が効かなくなりそうだが。
「言えば」
「は? 言わないわよ」
「強がり」
「我儘がエスカレートするわよ。いいの?」
言葉遊びじゃなくて行動に移したらいいのに、強引になりきれない男。
「望む所だ。僕も君に対して我儘((わがまま)になればいいんだから」
「10年後は年に一度くらいしかしなさそうって言ってたのに、
4年経ってもまだ飽き足らないから、よくないのよ」
「10年経ってないが」
「限界を知らないあなたが悪いわね。節操ないんだから」
さらりと聞き流せば相手の反撃が来る。
「君も僕を離さないだろ」
「大人しく抱かれるのは嫌だからよ」
「君みたいな女は」
「僕にしか相手は務まらないって?」
最後まで陽に言葉を紡がせず続きを奪うと首筋に唇を滑らせる。
痕が残るよう強く口づけると、陽から声が漏れた。
私は彼の感じている顔も好きだった。
首を少し逸らして艶めかしく頬を上気させている姿を見るとたまらなくなる。
「寂しくなったらキスして」
「ああ」
「私もしてあげるから」
「もっと寂しい時には抱いてくれる?」
「分かってる」
寂しいから抱いて。
寂しくなるから抱かないで。
そしてキスだけじゃ足りないほどに寂しい時には抱いて。
陽は私のこの上なく身勝手な欲を望むだけ満たしてくれるのだろう。
「幸せなのに寂しさを感じるなんて本当に贅沢ね」
「ああ。たまらないだろ」
「ええ、少し足りないくらいでちょうどいいの。
また隙間を埋めることができるからね。満たされるのは駄目」
「一筋縄じゃいかない所が好きでしょう。私もだから」
言葉を紡ぎ続ける私に、静止の合図の口づけを降らせる陽。
舌を絡ませると二人の間に橋ができる。
首筋に零れ落ちる雫までも舐め取って、お互いに不敵に笑う。
一度も目を逸らさない。
懲りない二人のゲーム。
どちらも負けず嫌いだから先に音を上げるのは嫌で仕方ない。
音を上げるとは、深いキスより先に進むこと。
どこまで耐えられるかお互いに試してる馬鹿な私とあなた。
楽しいから、止められない。
「私に孤独を与えていいのはあなたで
あなたに孤独を与えていいのは私しかいないわ」
強気に微笑む。
「結局、僕が負けると決まってるのか」
「そうよ」
ワンピースの金具が外されてゆく。
下ろされた柔らかな場所で見上げるともう陽しか見えなくて。
「君のせいで無駄に熱が高まったよ」
肌蹴たシャツに指を差し入れると陽の体は激しい熱を持っていた。
「一緒に焦がしてよ」
「ああ。そのつもりだ」
焦らすような動きをする唇がもどかしい。
仕返しをされている気がした。
耐えられないが言葉にはしない。
「翠、愛してる。君が欲しい」
情欲の色が濃くなっている瞳。
陽、あなたの方が寂しさに耐えられなくなったんじゃない。
流されている自分を棚に上げて、苦笑する。
(あなたの激しさを早く教えて)
一緒にいるのに孤独だとうそぶいて笑う。
他人には理解できない駆け引きはこれからも終らないのだろう。