番外編「中一の弟の夢、現在の家族」
不注意で流産してしまってから半年、
久しぶりに実家に帰っていた。
夜勤の陽は病院への出勤前に実家に送ってくれて、
明日も迎えに来てくれる。
実家と病院が近い位置にあるからできることだ。
たまに帰る実家には大事な家族が二人暮らしている。
普段と変わらず接してくれる父と、
不器用ながらも心配そうな眼差しを向ける弟。
中学一年、もうすぐ13歳になる弟は、
私の姿に困惑しているようだった。
家庭教師とピアノのレッスンで、
遊ぶ時間もほとんどないが不満ではないようだ。
それしかないと言わんばかりに、
彼は自分の役割を重く理解している。
今日は家庭教師が帰った後に息子と共に訪問していた。
三歳の砌は10歳年上の叔父によくなついていて
たまに会いたいと零している。
「せっかく青に会えるのに砌ってば寝ちゃって」
砌は車の中で眠ってしまい、来て早々
部屋で寝かせることになった。
実家で泊まる部屋(元々私が使っていた部屋)
のベッドでにんまり笑う顔はとても能天気に見えた。
体調が悪いわけではない。
こども園で疲れたのだ。
「翠姉さん……平日のこんな時間に
今日はどうしたの?」
「今日は陽が夜勤でいないのよ。
だから泊まらせてもらおうかなって」
「……いいよ。姉さんも寂しいし
たまには実家を頼りなよ」
「めっちゃ優しいこと言うわね」
「たった一人の姉だしな」
青が出してくれたノンカフェインの紅茶を飲んでいると
父が帰宅した。午後六時だ。
「今日、翠が来るって言ってたから」
「忙しいのにごめんなさい」
「いいんだ。今日は陽くんも宿直だと聞いてるし
ゆっくりしていきなよ。
砌は部屋で寝てるんだね?」
「そう。青がお茶を淹れてくれて飲んでたとこ」
「……お父さま、お帰りなさい。
ちょうど二人が揃ったし話を聞いてもらえますか?」
「いいよー! 夕食の前に聞こうか?」
照れた様子の青はいそいそと父にお茶を出している。
父お気に入りの狭山茶だ。
「お父さまとの待遇の違いが気になるわ」
「何でだよ。姉さんは紅茶が好きだっただろ?」
「……冗談よ。心を込めて淹れてくれたんだもの」
ありがとうとつぶやきながら後ろから羽交い絞めにする。
肩に回された腕を邪魔そうにするが払いのけたりはしなかった。
そろそろ身長を抜かれそうな気配がする。
「翠もいる時に話ってことは将来の話?」
「うん。医者になることは小さいころから、
意識してたけど具体的には決めてなかったんだ。
でもようやく見えたっていうか」
気恥ずかしそうにする様子は、
問答無用でかわいらしかった。
中性的な美貌は健在で未だに女の子と間違われることがあるらしい。
「産婦人科医になります。
色々考えて決めたんだ。
お母さま、叔母さまのことや、
姉さん。藤城家は悲しいことも多かった。
医者になってどんな病気も治したい。
それなら内科医や外科医でもいいけど、
お父さまが携わっている産婦人科の医者になりたいなって
僕はそう感じたんだ」
ちょっとだけよそ行きモードで僕を使った。
「……青」
「青っ……」
父は感極まった様子で青を抱きしめた。
「お父さんは感動したよ!
たくさん考えて決めたんなら、
全力で応援するからね。
勉強も、他のことも全部味方だから
なんでも相談するんだよ!」
「……お父様は少々オーバーです。
静かにしていただけませんか?」
「お父さまはうれしいのよ。
私も感動してるし」
「……一応ね。決意だけは聞いてもらおうと思っただけ。
きっとこの先、辛いこともたくさんあるよね。
でも、ドクターになるって夢を抱きしめてがむしゃらに
突き進むって決めてる。
何か大切なものを失くしたとしても……」
何か大切なものを失くす。
私は大人びた表情で語る弟の言葉の意味が、
分からなかった。
父はむせび泣いて食事もなかなか進まない有様だったけど。
(オーバーなのはどっちなのよ)
翌日、家に帰る際に青もついていくと言い出した。
ダイニングで朝食を摂った後のことである。
「お義兄さまに会いたいんだ」
「……そんなこと今まで一回も言ったことないわよね?」
「うるさい。俺だってそういう気分の時はある」
ツン、と顔を背ける弟の額を小突いたら、睨まれた。
女性に対しての態度をわきまえているので
やり返したりはしない。
小学校の頃、実家に立ち寄った時に
女の子と何人か付き合い適当にお別れした
話を聞いたがあれは大目に見ることにしている。
幼稚園の時、キスをして女の子を泣かせたことも全部。
「……姉さん、ありがとね」
砌は青の態度が優しいことに調子づいて
椅子の上にいる青の膝に乗っている。
下ろそうか悩んでいる様子だったが、
そのままにしているのは結局甘いということだ。
年の少し離れた弟のような甥に対して。
「……勉強はいいの?」
「たまにはだらけるのも必要でしょ」
「そうね。青はもっと遊ぶべきよ」
「遊ぶことを頑張る。とりあえずあと一年くらいは」
「……あーそうね」
屋敷の外に出る。
「翠、迎えに来たよー!
あれ。青はうちに遊びに来てくれるの?」
「陽、おつかれさま。陽と話がしたいみたいよ」
「ええと……帰りは電車で帰りますから」
(青がもじもじしている!
これは背中からはたきたい案件だわ!)
「……翠、送ってあげれば?」
「電車で帰ります」
青は私の運転を信用していない。
「陽、そういうわけだから
青も乗せてやって」
「藤城家の大事なご子息を乗せるんだから、
気をつけて運転しなくちゃ」
「……大丈夫です。陽兄さんが、
スピード狂でも酔ったりしませんから」
「何言ってるの。僕は安全運転だよ。
無事故無違反でゴールド免許を更新してるからね」
後部座席にいそいそと乗り込む。
私は助手席に乗り子供二人は座席だ。
「……初心を忘れるべからずです」
「わかってまーす!」
青のツッコミも意に返さない夫。
スムーズに運転準備をし車を発進させた。
「……安全運転の定義を教えろよ」
「車が少ない近道を通ってるよ?」
少々、荒っぽい運転をされ青はため息を吐いた。
陽の運転に慣れている砌は、はしゃいでいるだけでまったく気にしていない。
「……ああ。そうか勤務疲れのストレスなんだ。
俺はオンとオフを切り替えられる大人になろう」
「青が、何やら言ってるけど気にしなくていいよね?」
「……そうね」
家に着くまでにため息を三回ほど吐かれた。
「お仕事で疲れているところにすみません。
妻の実家よりもお腹を割って話せると思いまして。
連れてきてくれてありがとうございます」
「……気遣われてる!」
車を降りてリビングに向かう。
青は砌と一緒にソファーに座った。
「砌、テレビでも観てろよ」
「うん!」
元気よく返事をして砌はテレビの前に向かう。
床に座りテレビのリモコンを操作しテレビを見始めた。
幼児向けにクッションフロアを取り入れているので、
マットの上に直で座っているわけではない。
「……本当にすぐ帰ります。
陽兄さんにも僕が産婦人科医を目指す話をしたかっただけなんだ」
ソファーの上に座った青は正面に座る義理の兄に真摯な眼差しを向けている。
「青が僕を認めて話をしてくれるだなんて、
感激して仕方がないよ」
「初めて会ったのはあなたが医大の五年の頃です。
今は医師としてキャリアを積んできていて
多忙を極めている。
憧れの存在には伝えておかな……口が滑りました」
「口が滑ったって」
笑ってはいけないのに笑ってしまう。
「ありがとう。
君と藤城総合病院で同僚になれる日を
楽しみにしてるよ。
僕ももっと頑張らなくちゃ」
青は表情を緩めた。
あまり表情は変わらないが喜んでいるのだろう。
「志高い青は立派な後継者だよ」
「まだ、そんなことを言わなくていいです」
「そうだ。抱きしめてもいい?」
「……いつかの未来でなら」
陽はお父様のように豪快なハグはできないようだった。
「陽兄さん、これが一番伝えたかったことなんだけど」
「何だい?」
「姉さんのそばにいてくれてありがとう。
二人が交際を始めた頃から伝えたいと思っていました」
「……うん。最高の人と出逢えてとってもかわいくて優秀な弟ができた。
僕は幸せだよ」
青は電車で帰って行った。
それから10年少し経った頃。
あの時の言葉の意味を理解し、私は泣いてひそかに謝っていた。
(何か大切なものを失くしたとしても……)
大切な青春時代を共に過ごし、深く愛しあった人と別離する選択。
(いつかはそんな日が来ると、知っていたけれど)
父が遠回しに提案したことをやんわりと
断り東京で医師を目指すことにした弟。
地方でも医師として生きていけるとは、
私も感じたことだが、弟の決意に水を差すことはできなかった。
私は医師や医療関係の仕事に
つくことをしなかった。
父との約束で医師を目指す人と
結婚することはできたのだけれど。
後継者としての枷を弟一人に背負わせた。
(長女の私が、弟にすべて放り投げて
逃げたみたいだった)
そんな悔いを抱えていたのは、
青も知らないだろう。
四年余りがたち青は、
大学病院の医師として頑張っていた。
恋愛でのパートナーを見つけず
一人でいた彼が、離れない運命を見つけてくれてよかった。
ちゃんと道を違えず進んでいても
いつも一人だったから気になっていた。
出逢いまで詳しく知らないし、
干渉するつもりはない。
青が選んだ人だから、間違いはない。
陽と共に実家の病院で働くのも
遠い未来ではないだろう。
最高のパートナーが側にいてくれて、
私は彼女に感謝しかない。
隣に座る陽は、不思議なことをつぶやいた。
「青の知り合いっていう男の子が胃カメラを受けに来たんだよね。
先週の診察に続いて僕が担当医でさ」
ちょっと気になって耳を傾けてみる。
「先週、会った時にブライダルチェックで
大学病院に行ったって話してた。
今時、立派な若者だよね。
歳は青より少し下だった。
顔は結構な男前でね」
「……患者の個人情報をしゃべりすぎじゃないの」
「ここだけの話だから」
「同年代の同性と親しくしてて驚いたわ。
個人的に患者と雑談したってことでしょ?」
「……ああ。多分、彼がぐいぐいいったんだよ。
青からは無理でしょ」
なんて話をしていたら、砌が帰ってきた。
「……ただいま。ゴールデンウィークは
明梨を呼んで家で勉強するから」
「……了解。ちゃんとしなさいよ」
あの頃の青より擦れた所はないが、
きわめて直情径行で素直な息子は軽く受け答えしリビングから消えた。
「コミュニケーション能力は高いわよね」
「俺と翠の子だからね」
砌も祖父や父、叔父の姿を見て
医師を目指すことにしたと
中学の頃に聞いた。
藤城家の血脈は医師として生きる。
天国の母も皆を見守っていてくれるはずだ。
青に「僕」と言わせたかったんです笑
ラストのところは極上dr最新話の一週間前です。
最近更新したPleasureTreasureの番外編とも同じ時間軸。
普段は僕口調の人が、
不意に俺って言うの好き。
翠さんの想いは、極上Drの方では書ききれない(出せない)から
ここで、幼き日の青と絡めつつ出そうかなと。




