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8.夏風邪と優しい嘘

 突然のことにマスターが驚きながら、瑠璃の方へ顔を向ける。心配そうな顔でいたが、瑠璃は優しく微笑んで頷いた。

 「全然大丈夫ですよ。私のことはお気になさらず。」

 マスターが分かったと言うと、二人の方へ向かった。瑠璃から少し離れた席の方へ案内する。男性の方が瑠璃の方をちらりと見て何か言いたげな顔をしたが、女性に腕を引っ張られ席の方へと向かっていった。それを横目に盗み見ながら、瑠璃が静かにコーヒーを飲む。ジャズの音楽が小さく流れ始めた。マスターが近くに来ると、再びコーヒーの用意を始めた。瑠璃が何気ない様子でノートを閉じる。

 「君もコーヒーおかわりするかい?」

 「いえ、もう十分頂いたので。やっぱりマスターのコーヒーは最高です。」

 「そう言ってくれると嬉しいよ。そういえば、最近息子が海外に行ったと言っていたが、手紙が届いてね。彼も不思議に思ったみたいで、少し調べてくれるらしい。」

 「本当ですか。すみません、いろいろしていただいて。ありがとうございます。」

 「良いんだよ。私も気になっていたところだったんだから。」

 マスターがコーヒーを淹れ終えると、二人の方へ運んでいった。瑠璃はその場をごまかすようにコーヒーを口へと運んだが、二人の会話が耳に聞こえて来た。

 「ひどい雨だったね~。傘持ってくれば良かったかも。せっかくお出かけしてたのに。」

 「マスターがいてくれて良かった。コーヒーも飲めるし、こうやってゆっくりするのも悪くないんじゃないかな。」

 「確かに。でも、出来れば目的の場所に行きたかったな~。次は絶対行こうね。」

 「うん、そうだね。」

 沈黙をジャズの音楽がかき消していく。外の雨はまだ止みそうになかった。マスターが次のコーヒーを淹れているのを見ながら、瑠璃はなんとなく二人の視線を感じて席から立ち上がった。まだ服は完全には乾いていない。けれど、なんだか変に五感が鋭くなった気がした。ここにいるべきじゃないと思った。

 「マスター。コーヒーごちそうさまでした。」

 「もう行くのかい?」

 マスターが心配そうな顔で窓の外へと顔を向ける。雨音は一向に止まず、かなりの勢いで降り続けている。彼女は静かに頷いた。

 「そろそろ家に帰らないと。用事があるので。コーヒー美味しかったです。」

 「そうかい。傘でも持っていくかい?」

 そう言って入口にある一本の傘を指差した。少し古いデザインの傘で、黒い布が張られている。それを見て、瑠璃は顔を横に振った。

 「いえ、大丈夫です。駅までですから、上手く歩いていけば濡れないので。そこまで遠くない場所に家があるので。」

 何か言いたげな顔をしていたが、マスターはそうかいと頷くと、優しく微笑んだ。

 「気をつけておかえり。いつでもコーヒーを淹れているから、またおいで。」

 「ありがとうございます。それでは、失礼します。」

 軽快なベルの音と主に、店から出た。二人の視線から逃れるように、店の窓になるべく映らないように、いつもと違う道で駅へと向かった。


 ものすごい雨だった。本当は彼女も傘なんて持ってなかった。駅に近いところに家があるなんて嘘だった。

 上手く歩いていこうにも、いつもと違う道だ。雨宿りできる場所は探してみたが、ほとんどなかった。流石にこの雨じゃ店の大半が閉まっている。いつもの道にならコンビニがあったが、こっちの道には全然ない。濡れながら、彼女は駅に向かって走った。別に悪い気はしなかった。

 (たまには濡れて帰るのも悪くは無いかな…なんて。)

 顔がずぶ濡れになりながら、小さくへへと笑った。寂しいけれど、良いことをしたと思った。

 (傘、一本しかなかったから、あの二人がきっと使った方が良い。私なんかが一人で使うより。)

 片足が水たまりに突っ込んで、大きく水しぶきをあげた。仕事服が大変なことになったのを察して、少し顔をしかめる。家に帰ったら洗濯は必須だろう。運が悪かったのを呪いながら、駅まで走った。


 「……へっくしゅんっ。」

 翌日の会社のオフィスで、瑠璃はくしゃみをかました。すぐ傍に来ていた上司の松原が驚いた顔で言う。

 「大丈夫ですか、日比野さん。」

 「すみません、昨日の雨で少し風邪を引いてしまったみたいで…。」

 力なく彼女が笑う。パソコンをカタカタ打ちながら、松原が心配な様子で言った。

 「昨日の雨凄かったですもんね。僕も帰るのが大変でした。早く治ると良いですね。」

 「ありがとうございます。」

 机の上の風邪薬へ手を伸ばすと、水と交えて飲んだ。


 結局夏になるまで、風邪と格闘する羽目になった。どうやら疲れも溜まっていたらしく、途中何回か熱が出たり出なかったりもして、なかなか治らなかった。その間はショーウインドウのことなど気に掛ける暇もなく、気が付いた時にはショーウインドウの中の飾りつけが変わっていた。ひまわり畑を背景に、麦わら帽子を被ったマネキンが二体。空は快晴で、虫取り籠も一緒に飾られている。それを初めて見た時、瑠璃はすぐにショッピングセンターのベルに視線を移した。

 ガラぁン。ガラぁン。

 いつも通り、ベルが鳴る。今日は休日だから、そこまで時間を気にする必要は無い。風邪が完治したばかりだが、あの世界が気になって仕方が無かった。そっと手をガラスに触れさせてみる。ぐにゃりとガラスが揺れた。通行人は誰も彼女に気付いていない。そのまま体を傾けると、ショーウインドウの中へと入った。


 呻きながら顔をあげると、小さな小屋の中にいた。ゆっくりと立ち上がると、目の前のベットに見覚えのある顔があった。

 「姫?」

 瑠璃が驚いて声をかけると、彼女はこっちに気が付いたらしい。ぼんやりとした目で瑠璃の方を見ると、力なく笑った。

 「ごめん。夏風邪…ひいちゃったみたいで。」

 顔が赤かった。頭に置いてある布巾に触れると、だいぶぬるくなっていた。慌てて近くの水桶に浸して、布巾を冷たくし、再び姫の額に乗せる。息が荒く、少し苦しそうだった。

 「大丈夫…?ご飯は…?」

 「さっき食べたから大丈夫。少しゆっくりしていれば、多分大丈夫だよ。それより、随分前になっちゃうけど、苺のクレープありがとう。本当に助かったよ。」

 時折ゴホゴホとせき込む。瑠璃が心配そうな顔で見ていると、彼女は棚の上の風邪薬を指差した。コップに水を汲み、薬と一緒に手渡す。

 「ところでその…苺のクレープは何に使ったの?」

 「ベリー醸の機嫌を取るために使ったの…。まだ、私達が結ばれるとこの世界は崩壊するのよって脅してくる。」

 「ねえ、そのベリー醸って、どんな人なの?」

 今まで会った人を思い出す。もしかするともう既に出会っているかもしれないと思った彼女の予想は見事的中した。姫が私と同じ色の白いドレスを着た女性なのと説明した。前回ショーウインドウの中に入った時、部屋で最後に見下してきた女性が脳裏に浮かぶ。

 「元々、ベリー醸は彼と結ばれるはずだったの。だからこそ、私たちの関係性を知って脅しに来てる。」

 その言葉に瑠璃が驚いた顔をした。喫茶店にいた二人の顔が浮かぶ。

 (でも、現実の彼は違う人といたはず…。少なくともベリー醸のような人じゃない。一体どういうこと…?)

 真剣な顔で考え込んでいると、姫がでもねと言って笑った。

 「彼はベリー醸が嫌いみたい。何度も嫌だって言っても近づいてきて、結ばれてたまるかって、城を飛び出したんだって。そして、湖の傍で居眠りしてた。あの日、私は薬草を取りに湖の傍に行ってて、そこで居眠りしてる彼と会ったの。」

 本当、不思議な偶然だったのに、こんなことになるなんてと彼女は嬉しそうに言った。瑠璃も優しく微笑み返す。

 「あの告白の、返事はどうするの?」

 瑠璃の言葉に彼女はぱっと顔を赤らめると、少し照れくさそうに布団をぎゅっと掴んだ。

 「…本当は返事なんて決まってるけど、もう少し様子を見ようと思うの。ベリー醸のことも気がかりだから。そういえば、貴方の世界にも彼はいるんだよね。そっちの彼はどう?」

 姫の言葉に瑠璃は一瞬驚いた後、優しく微笑んだ。

 「うん。こっちと同じ感じだよ。」

 「そっか。」

 その時、再び耳にベルの音が鳴り響いた。意識が遠のいていく。気が付くと、いつものショーウインドウの前に立っていた。ガラスに映った瑠璃の顔は、どこか寂しそうな顔をしていた。

読んでいただきありがとうございます。

主人公の優しさが再び登場です。ただ、現実の王子と緑の女性の二人の関係は未だ分からず…。

せめて声ぐらいかけても良かったのでは…と思いますが、まあそういう私も人見知りなので、難しいところです。

さてさて…なんと次回から動き始めます。

なんとあのベリー醸が…!おっとここまでにしておきましょう。

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