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4.出会い

 「運命の人とか、急に現れないかなー。赤い糸とか見えたら楽なのにね。」

 「確かにー。三年後出会うかもォとか言われても、出会いとかマジないわー。世間狭すぎー。」

 「あの占い師本物なのかしら。だったらすごいけど。あたしは二年後って言われたわー。」

 「うちらで検証できんじゃーん。でもどうも、胡散臭い奴だったけどねー。」

 女子トイレの化粧直しコーナーから響いてくる会話を小耳に挟みながら、瑠璃は手を洗っていた。流しの鏡を見る限り、今のところは化粧は崩れていなさそうだった。ハンカチで手を拭き、会社の廊下を歩く。

 (運命の人かぁ…。もしショーウインドウの中の世界が関係してるのなら…あの王子みたいな人なのかな。こっちの世界にも一応いるみたいだし。近くに住んでたりして。)

 そう思った途端、なんだか恥ずかしくなった。気を紛らわすように近くの窓へと目を向ける。大きなガラス張りの窓は、一瞬ショーウインドウを思い出させた。だが映っているのは、街路樹と会社の外を歩く人々、それと反射した瑠璃自身の顔だった。

 (…関係ないか。考えすぎだよね。)

 軽く頭を横に振った。ゆっくりと前方へ視線を向けると、再び歩き出す。会社のオフィスに着くと、自分の席に座った。途端に、上司の松原が近づいてきた。男性で眼鏡をかけているが、今日はマスクもしていた。少しガラガラ声で言う。

 「すみません、日比野さん。…前回の件なんですが、日比野さんのところに来る前に一部修正が必要だったみたいで。修正された物がつい先ほど届きまして、本当に申し訳ないのですが、もう一度この件やってもらっても良いですか?」

 「ああ、はい。大丈夫ですよ。やります。…その、大丈夫ですか。声ガラガラですけど…。」

 心配な顔をする瑠璃の前で、松原は力なく笑った。

 「いやあ…実は、花粉症で。何回も鼻を嚙んでいたら、遂に喉にまで支障が出るようになってしまって。」

 「そうなんですか。お疲れ様です。お大事になさってください。」

 「ありがとうございます。日比野さんも気を付けてくださいね。花粉症になると大変ですから。」

 「はい。ありがとうございます。」

 松原は花をすすりながら元の席へ戻っていった。渡された資料に目を通す。

 (この前やったやつだ…。あ、でも…そんなに修正しなくて良いみたい。これなら残業なしで帰ることができるかも。)

 そうと分かったら、即座に取り掛かった。机の上に置いたコーヒーはいつの間にか湯気が出なくなっていた。


 夜空には三日月が浮かんでいた。月の光が綺麗で、上空は空気が澄んでいるように思える。

 (綺麗な月も拝めて、定時で帰ることができたのは本当に良かったなあ…。)

 いつもより足取りは軽く、帰路を歩いていく。聞いたことあるメロディーが突然流れて来た。音のする方向に顔を向けると、キッチンカーが近くの建物の入り口に位置していた。苺のクレープと書かれている。値段はそんなに高くない。注文している人も多少いるが、とても混んでいるわけでもない。

 (クレープかあ…。美味しいけど、あんまり得意じゃないんだよな。完食できなかった思い出がある。それを昔お父さんに話したら、本当に美味しいクレープは食べきれるよって言ってくれたっけ。物にもよるってことだろうけど、どうしようかな…。)

 買おうか悩んで、やっぱり気になって買ってみた。キッチンカーの傍の旗には、苺はスカイベリーを使用しており、生クリームは北海道産って書かれている。これはかなり期待できそうかも…なんて考えながら、クレープをどこで食べようか考える。キッチンカーの斜め後ろの方で食べようかと思った時、ふと視界にキラっと何かが光った。驚いて視線を向けると、反射で光ったショーウインドウだった。よく見ると、一人の人影がこちらに向かって手を振っている。

 (あれは…姫?)

 クレープを持ったままショーウインドウの方へと向かうと、ショーウインドウの中に姫が立っていた。何かこちらに向かって叫んでいるが何を言っているか分からない。

 「何?なんて言ってるの?」

 瑠璃が言った途端、姫の方も聞こえないことに気が付いたみたいだった。慌てた様子で指を指した。その先を目で追うと、片手に持っている苺のクレープがあった。

 「…もしかして、これが欲しいの?」

 そう聞くと、伝わっているのかいないのか、姫は頷いた。そしてすぐに手を伸ばした。ただガラスは貫通できていない。

 (あっちはこっちの世界に来れないのかな…?)

 一瞬苺のクレープへ視線を向ける。美味しそうな生クリームと苺がふわふわの生地に包まれていた。

 (スカイベリーに北海道産の生クリーム…。間違いなく美味しいし、仕事で疲れてる自分のために買ったやつ…。)

 このクレープは過去一美味しくて完食できるかもしれないと思うと、猶更食べたくなった。お腹もかなり空いている。おやつも今日はほとんど食べていない。

 (渡したくないなあ…。渡したら、多分返ってこない気がする。でも…。)

 一瞬悩んだけど、食べたい自分を抑えて、ガラスに向かって突き出した。自分の手がガラスを貫通して、姫の手と触れる。自分の手からクレープが抜き取られるのを感じた。

 (やっぱり…取るよね…。)

 食べたい自分が心の中でつぶやいたのを感じて、苦笑する。でも、後悔は無かった。姫の方を見ると声は聞こえないが、ありがとうと言っているのが分かった。瑠璃も微笑み返す。すると姫の姿は薄れていき、どこかに消えてしまった。ガラスから手を抜き取る。もう一度ガラスに触れてみると、元のショーウインドウに戻っている。なんの変哲もない。小さく微笑んで、再びキッチンカーの方へと向かった。もう一度苺のクレープを頼もうとしたが、値段が目に止まった。

 (高くはないけど…特別安いわけでもないんだよなぁ。もう一度買うのはお金かかっちゃうよね。…いいや、今日は我慢しようかな。)

 くるりと背を向けると、駅に向かって歩き始めた。お腹は空いていたけど、鞄の中の水筒の水を飲んで誤魔化した。


 それから一週間くらい、ショーウインドウの前を通ってもなんの変哲も無かった。仕事の無い日曜日に、やっぱり気になってショーウインドウの前に来てみるが、変わりない。仕方なく喫茶店に行こうとしたが、日曜日ということもあって割と混んでいる。そんな中に行くのも気が引けて、仕方なく家に帰ろうとした。その時、ショッピングセンターのベルが鳴った。家に帰るのをやめて、恐る恐るショーウインドウのガラスに触れてみる。だが、何も変哲なかった。

 「やっぱりだめか…。」

 小さくつぶやいて、その場を離れようとした。その時、誰かに腕を掴まれた。

 「え?」

 「あの…これ、落としましたよ。」

 差し出された腕時計を見て、驚きの声を上げた。慌ててペコリと頭を下げる。

 「すみません、ありがとうございますっ。いつの間にか腕から外れてたみたいで…。」

 「いえいえ、大丈夫ですよ。それじゃ、失礼しますね。」

 慌てて顔をあげて去っていく背中を見たとき、見覚えのある髪型が目に入った。自分よりも少し背の高い背中。腕時計を落としたってことに驚いて、気が動転したまま返事をしていたが、よく考えたら聞き覚えのある声だった。

 (もしかして…今のって…。)

 人ごみの中から一人の女性が出て来た。お洒落な服を着て、綺麗な緑色の髪飾りをしている。背は瑠璃より少し小さい。年齢は瑠璃と同じくらいだった。ハイヒールをコツコツと軽快に鳴らすと、先程拾ってくれた男性に駆け寄った。

 「ごめん。待った?…少し道を間違えたみたいで。今日はどこに行く?」

 聞いたことのある声がだんだんと遠ざかっていく。

 「大丈夫。そんなに待ってないよ。そうだ、最近できた駅近くの…。」

 離れていく二つの背中を見て、なんだか心が遠くに行ってしまうような気がした。何も言えずに二つの背中が人ごみに紛れていくのを最後まで見届けると、瑠璃はそっとショーウインドウの方へ目を向けた。何も変わりないショーウインドウ。なぜか今はこのショーウインドウの中へ行きたいと今まで以上に強く思った。

 (そうだよね…。ショーウインドウの中の世界で一緒でも、現実じゃそうとは限らないし…。それにあの女性が彼女とは限らないし…。でも、なんだか寂しい気がするのはなんでだろう。今まで彼氏なんて出来たこと無いからかな…。)

 ショーウインドウのガラスに映った自分が、あまりにも寂しそうな顔をしているのに気付いて、小さく笑った。ぶんぶんと顔を振り、家に向かった。片手に拾ってくれた腕時計を持ちながら。

読んでいただきありがとうございます。

投稿四回目です。

仕事後に買ったクレープを渡してしまう主人公。出費を考えてもう一度買うのを止める主人公。

どんなに自分が疲れていても他人に譲れる優しさって大事ですよね。

そういう私は…おっと、誰か来たようだ。

瑠璃(主人公)はショーウインドウの中で会っただけとはいえ、どうやら王子が気になってきてる様子。

まあ…ねえ…初対面で告白されてますからねぇ…気になることでしょう。

腕時計も拾ってくれて…その横の女は誰だてめええええ!!現実の王子、その女誰だ!

さては、お前っ…ショーウインドウの中の自分が好印象だからって…ちょっと手抜きし始めたな?!

はい、作者はこんな人です。

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