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3.あの二人

 プルルル。プルルルル。

 「ん。」

 スマホを慌てて止めると、ゆっくりと布団から起き上がった。カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。目を細めてカーテンを開けると、眩しさが目を襲った。小さく悲鳴を上げ、その場を離れる。あくびをかましながら、トイレへと向かった。ぼーっとしながら、顔を洗い朝食を食べていると、昨日の出来事を思い出した。

 (そういえば…昨日の仕事帰りの、ショーウインドウ結局どうなったんだっけ…。)

 考えようとするとまつ毛が目に入った。ごしごしと目をこする。ふと向かいの席に誰かが座っている気がした。

 (?…なんか、誰かがいたような…。)

 一瞬、眠たそうにしている男性がちらついた。真っ白な王子服を着ていた、ショーウインドウの中の彼。

 「あ。そういえば、二人はどうしたんだろ。」

 自分の部屋でぽつりと呟くと、昨日の夜の出来事を思い出した。帰り際にすれ違った女性が、二人を結ばせないでねと言っていた。昨夜はとても疲れていたから、思考もきちんと回っていなかったと思う。ただ、鼻歌を歌っていたから、もしかして歌の台詞の部分でも言ってたのかな…なんてスルーをしてしまったが…。

 (まさか…ショーウインドウの中のことじゃないよね…。)

 そう考えた途端背筋がぞくっとした。嫌な予感がして、急いで支度をする。なんとなくショーウインドウの前に行かなければ行けない気がした。いつもの時間よりもはやく家を出ると、電車に乗って会社へと向かった。


 ショーウインドウの前へたどり着くと、昨日と変わりない様子だった。ガラスはきちんと触れることができるし、中の様子も二体のマネキンと桜模様の背景。なんだか安心して、思わずほっと溜息をついた。ただ、あの二人のことを思い出し、すぐにそわそわと周囲を見回した。

 (もう一度、この中に入れないかな…。確かあの時、ベルが鳴っていたはず…。)

 近くのショッピングセンターのベルに視線を向けると、昨夜の不気味さは消えていた。青い空の下、太陽の光を優しく反射しており、傍では小鳥が鳴いていた。

 (ベルが鳴る時間帯は大体会社にいるから、試すとしたら夜かな。今日こそは残業じゃないと良いけど。)

 仕方なく、会社へと向かう。道路の向かい側にある喫茶店にも視線を向けてみると、中から人が出てくるところだった。緑のエプロンを下げた、丸い眼鏡の五十代の男性が営業中の看板を出している。

 (あ、マスターだ。)

 いつもお世話になっている瑠璃は、静かに微笑んだ。

 (今日のお昼も、あそこの喫茶店に寄ろう。マスターの作るコーヒーが美味しいんだよなぁ。)

 昼食のことを思うと、自然と体が軽くなる気がした。近くの青信号を渡り、会社へたどり着くと、先輩や後輩に軽く挨拶を済ませる。自分の席へ着くとパソコンを起動し、今日のやるべきことを確認する。キーボードに手を乗せ、データへと目を走らせた。


 瑠璃は少し早めに仕事を切り上げると、ショーウインドウの前へ再び来た。もうすぐ十二時のベルが鳴る。

 (やっぱり気になって、仕事に集中できない。だったらいっそ確かめてみよう…。)

 荒い息と共に、片手をショーウインドウのガラスに添える。一部の通行人の視線を感じたが、そんなことを気にしてる暇は無かった。腕時計の秒針を見つめながら、じりじりとその時を待つ。

 ガラぁン。ガラぁン。

 即座にショーウインドウへと視線を移す。が、手はきちんとガラスに触れたままだった。強く押しても変わりない。ショーウインドウの中も変化は無かった。小さく溜め息を吐く。

 (やっぱりだめかぁ…。)

 ゆっくりとショーウインドウから離れると、もう一度変化がないか確認した。だが本当に何も起きてないのが分かると、そのまま喫茶店の方へ向かって歩き出した。お腹が今にも鳴りそうだ。道路の向かい側に行く信号が青になったので渡る。沢山の人とすれ違いながら、喫茶店に辿りつくとマスターが笑顔で出迎えてくれた。

 「いらっしゃい。空いてる席にどうぞ。」

 「ありがとうございます。」

 窓際の席もいくつか空いていたが、いつもより混んでいた。人があまり多いのは好きでないので、ガラガラのカウンター席の方へ座る。少し古いデザインの赤いクッション椅子に座りながら、メニュー表を見る。今日はスパゲッティ類が割引されていた。一人暮らしでお金もないため、割引はとてもありがたかった。

 「すみません、注文良いですか。」

 「はい、どうぞ。」

 「ナポリタンのランチセットで。」

 「かしこまりました。…ナポリタンのランチセット、おひとつでよろしいですか?」

 「はい。」

 「かしこまりました。ごゆっくりどうぞー。」

 店員がそそくさと厨房の方へ歩いていく。店内にはお洒落なジャズがかかっており、時折聞こえる誰かの会話やざわめきも丁度良い音量だった。リラックスしながら、机に肘をついてショーウインドウのことを考える。

 (夢じゃなかったはず…。入れる時間帯があるのかな?夜の間とか、もしくは九時とか、割と限定的な感じで…。)

 しばらくすると、目の前に一杯のコーヒーが置かれた。顔を上げると、マスターが優しく微笑んでいた。そっとコーヒーを受け取り、ゆっくり味わって飲む。

 「何か考え事かい?」

 「ええ…まあ。」

 あまりにも露骨に考え込んでいたかも…なんて思い、ごまかすように笑った。マスターが他の方のコーヒーを作りながら、なるべく気にならないような雰囲気で言う。

 「社会人は大変だからね。私の息子も出張先が海外に決まったらしくて、今から英語を学ばないといけないって焦っていたよ。そんな息子を見て、私はつくづくこの喫茶店を開いて良かったと思った。自慢じゃないが、私は、どうにも勉強が嫌いでね。他国の言語なんて、まっぴらだと思っているよ。…おかげで一生海外には行けないのだがね。」

 困ったもんだとマスターは笑った。瑠璃も笑い返しながら、なんとなく聞いてみる。

 「……向かいにあるショーウインドウで…この間、ちょっと不思議なことがあって。」

 マスターはすぐにピンときたみたいだった。丁度持っていた角砂糖を掴むトングで、窓の向こうを指す。

 「ああ、あのショーウインドウかい?」

 瑠璃が返事と共に頷くと、マスターは私も聞いたことがあると言い始めた。

 「何度か、この喫茶店で、あのショーウインドウについて話してくる客がいてね。みんな誰しもが、あのショーウインドウの中に入れたと言うんだ。中にはもう一人の自分がいるんだと。ただし、全く別の格好で。…そして、そのもう一人の自分を助けるために、ショーウインドウの中に入っていくんだと言っていたな。おかしな話だと思って、最初の頃はあまり本気にしていなかったが、次々と現れるものだから気になっていてね。…まさかと思うが、君も入ったのかい?」

 瑠璃が静かに頷くと、マスターは驚いた様子だった。少し目を輝かせて、小さく言った。

 「そこに私はいたかね…?どんな格好だった…?」

 「えと、すみません…まだ、出会っていません…。」

 申し訳なさそうに彼女が言うと、マスターは慌てた様子で両手を横に振った。

 「良いんだ、良いんだ、気にしなくて。ちょっと気になっただけだから。…実は、海外に出張する息子も、以前ショーウインドウの中に入ったことがあると言っていてね。少し気になっただけなんだ。」

 「息子さんもですか?」

 瑠璃が聞き返すと同時に、注文していたナポリタンのランチセットが届いた。マスターもコーヒーを作り終えたらしく、カウンターの横のテーブルに置き、近くの従業員に声をかける。そのまま従業員とマスターの注文のやり取りが始まったので、瑠璃はしばらく食事をしていた。ケチャップと程よい具材の甘さと触感を楽しみながら、ナポリタンを頬張る。途中で水を飲んでいると、再びコーヒーを作り始めたマスターがごめんね、話の途中だったねと小さく謝った。瑠璃もいえいえ、大丈夫ですよと言って、手を横に振りながら再びナポリタンに手を付ける。

 「数年前のことだと思うんだが、確か入ったと言っていてね。中にすごい好みの女性がいたと騒いでいたな。何回か入ったみたいなんだが、ある日突然入れなくなったみたいで。今はどうだか…。もうすぐ海外に出張に行くから、しばらくこっちにも帰ってこれないだろうし…。まあ、機会があったら息子に話してみようか?」

 「あ、ありがとうございますっ。」

 その後マスターは他のお客様の注文に追われ、結局それ以上話さなかった。瑠璃もランチを美味しく食べ終えると、お会計を済ませ、喫茶店を出た。仕事へ戻らないと…そう思いながら信号を待つ。瑠璃と同じように、昼時はどこかへランチに行っていたのか、沢山の人がここの信号を利用する。青信号と共に、人ごみの中を抜けながら信号を渡る。その時、聞いたことのある声がどこからか聞こえて来た。

 「返事は全然…いつでも良いから。」

 思わず足が止まった。即座に周囲へ目を走らせるが、人が多すぎて分からない。だが、瑠璃は確信していた。

 (今の…あの王子の声だ…。間違いない。現実に…あの人もいる。)

読んでいただきありがとうございます。

投稿三回目です。

この物語にはコーヒーがよく出てきます。

私はコーヒーは大好きなのですが、飲むと胃腸の調子が悪くなります。

たまに飲んでも大丈夫な日があるのですが…外ではあまり飲めません…。

そのため、この主人公が羨ましい限りでございます。

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