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2.告白の裏側

 「……えッ…?」

 一瞬思考が停止した。呆然として相手を見ていると、相手は照れくさそうに視線を逸らした。両者とも黙りこくって、静寂が部屋を包む。

 (え……そんな、そんな進んでたの?なんか親し気に話しかけてくるなぁとは思っていたけど…え?)

 必死に頭を整理しようとするが、上手くまとまらない。沈黙に耐えかねたのか、彼は慌てた様子で言った。

 「急な話だから…その、返事は全然いつでも良いから。」

 「ちょ、ちょっと待って。…ごめん、ちょっと聞きたいんだけど、結婚を前提にって…結婚を考えた上でってこと…?」

 なんとなく疑問に思ったので聞く。彼は静かに頷いた。

 「うん。そのつもりでいるよ。」

 「そ、そっか…。」

 (地位的には相手の方が上そうだよね…。そんな相手から結婚を前提にって言われるって…。こっちの世界の私は一体…?)

 紅茶を飲んで、少し気を紛らわす。すると目の前の彼が急に立ち上がった。

 「それじゃ、そろそろ俺は行くよ。次の予定が入ってるから…。紅茶ごちそうさま。違う日にまた会おう。あ、返事は本当いつでもいいからね。」

 慌てて頷くと、彼は優しく微笑んだ。小屋の入口へと向かい始めたので、彼女も慌てて立ち上がる。入口の扉を開け、お見送りすると、彼は手を振りながら芝生の上を歩いていった。彼女もそれとなく手を振り返し、姿が見えなくなると小屋へと戻った。誰もいない小屋の中で椅子に座り込み、一人静かに考える。

 (なんとなく悪い人では無さそうだったなぁ…。優しそうな人だった。こっちの世界の私はなんて答えるんだろう。…こっちの世界に私がいるってことは、あの王子っぽい人も現実にいるのかな…?そもそも私はどうやって現実に帰ろう…。)

 その時、小屋の扉が数回ノックされた。慌てて入口の扉を開けると、真っ白なドレスを着た瓜二つの顔があった。

 「あ!おかえり。」

 「ただいま。」

 安堵した様子の彼女とは打って変わり、相手は困った顔をしていた。取り合えず中に招き入れながら、新しいカップと紅茶を用意する。

 「その、彼?と会ったんだけど、告白されたよ。結婚を前提にお付き合いしてくださいって言ってた。返事はいつでもいいって。」

 そう言うと彼女は一瞬頬を赤く染めたが、すぐに不安げな顔になった。

 「どうしよう…。ベリー醸に変なこと言われたの。…私と彼が結ばれたら、この世界は消えてしまうって…。これは脅しじゃない、真実よって言われた。結ばれたはずの私達も消えてしまうって。どうしよう…。」

 うんうんと唸っているのを横目で見ながら、お茶菓子を一つ頬張る。

 「…ねぇ、そういえば彼は誰なの?」

 考え込んでいた彼女はその言葉にはっとした様子だった。その辺説明してなかったねと慌てて謝ると、少し辿々しくも丁寧に説明し始めた。

 「彼は王子だよ。少し離れたところにある城に住んでいるの。湖のそばで声をかけられてから、だんだんと話す機会が増えて、今に至る感じかな。」

 「名前は?」

 「名前?」

 彼女は不思議な様子で首を傾げた。

 「名前なんてないけど…。強いていうなら王子様としか呼んでいないかな。あっちも私を姫としか呼んでないし…。」

 思わぬ発言にしばらく動揺が隠せなかった。

 (名前がない……?)

 「…ちょっと待って。そしたら、さっきのベリー嬢っていう人はなんでベリーって名前ついてるの?」

 「それはあのお嬢様がそう呼びなさいって言ってたから…。」

 さっと視線を逸らし、じっくり考える。名前が存在する人としない人がいるのは一体なぜか。ショーウインドウの中の世界であるということから、ショーウインドウに映った人しか存在しておらず、名前等の声や音を通じて伝わるものはこちらの世界にまで伝わっていないのであれば分かるが…。しかしその場合は、全員等しく名前が無いはずである。一方で名前がこちらの世界に伝わっている場合も、全員等しく名前が無くてはならない。

 (もしかして…ベリー醸は自分で勝手に名乗ってるだけ…?)

 ぼーっと考えていると、彼女が言った。

 「あなたは、名前があるの?」

 「え、あ。うん。私は日比野 瑠璃。るりって言うの。」

 真剣に考えていたため、少し返答が遅れてしまった。が、相手は全く気にしていない様子で、嬉しそうに笑った。

 「良い名前!そしたら、私達互いのことを区別しようよ。貴方のことは、これから瑠璃って呼ぶ。」

 「分かった。そしたら私はあなたを姫って呼べば良いかな?」

 「うん!」

 突然、ベルの大きな音が響いた。どこから聞こえるのか探ろうと、慌てて周囲を見渡す。そんな様子の瑠璃を見て、姫は驚いた顔をしていた。

 「どうしたの?」

 全く分かっていない様子だった。姫にはこのベルの音が聞こえていないように思えた。

 「ベルの音が…大きなベルの音が……鳴ってる…。」

 「ベル?」

 いぶかしげな顔で聞き返す彼女を見ながら、必死に頭の中で考える。なんだか聞き覚えがある気がした。その途端、脳裏に大きな建物がちらついた。

 (ショッピングセンター…のベル!…ショーウインドウの近くにあった…。)

 思い出すと急に視界が薄暗くなり始めた。景色がぶれてきて、ベルの音がだんだんと大きくなっていく。体が後方へとゆっくり倒れていくのを感じた。姫が何か叫んでいるのが分かったが、ベルの音でかき消され聞こえない。仕事服を持ち帰らないと…なんて思いながら、意識が薄れていく。最後に一回だけ、今までで一番大きなベルの音が鳴り響いた。


 「……っ……。」

 瞼の裏がほのかに明るく感じて、そっと目を開ける。視界には明るい照明と綺麗な服が飛び込んできた。

 「あれ…?」

 何度か瞬きすると、ショーウインドウが目の前にあることに気が付いた。ガラスに伸ばした手がきちんとガラスに触れたまま、硬直している。驚いて下を見るが、着ている服も鞄も全て仕事帰りに戻っていた。信じられない思いでショーウインドウをもう一度見る。桜の花びらが舞っていて、青空の下にマネキンが二体。とってもきれいな服を着ていて…。最初に見たときと何も変わらない。ガラスに触れている手にちらりと視線を向け、何度かショーウインドウを軽くはたくが、特に何も起きない。近くを歩く通行人へと視線を移すが、皆通り過ぎていくだけのいつもの光景。小さく呟いた。

 「戻って…きた…?」

 不思議に思いながら、彼女が腕時計を見る。その途端、んげっと小さく声をあげた。

 「やばいっ。電車に乗らないとっ。もうこんな時間?!」

 慌ててショーウインドウの前から走りだすと、急いで駅の方へと向かった。人と人の間をすり抜けつつ、近くのショッピングセンターのベルを走り際に見る。暗い夜空の中にポツンとあるベルは、少し不気味に思えた。そのまま視線をすぐに外し、前方へ向かう。なんだかいつもより走りづらく、どっと疲れていた。荒い息と共に駅に辿りつくと電車に飛び乗った。


 カタンカタン…。カタンカタン…。

 電車の座席に座り、外の景色をぼーっと見つめる。遅い時間のせいか、同じ車両に乗ってる人は少なかった。通り過ぎる夜景の光は少ないものの、見ていて綺麗だった。ショーウインドウの中で起きたことが脳裏に浮かぶ。

 (なんで…私が姫なんだろう…。もっと適役が他にいるはずなのに…。それにあの王子は一体…。ベリー醸って…。)

 考えれば考えるほど頭が痛くなってきた。仕方なく思考を停止させると、お腹が小さく鳴った。

 (そういえば、晩御飯まだだった。近くのコンビニで何か買って帰ろうかな…。自炊はまた今度。)

 疲れきった体を一刻もはやく休めることを考え、いつもの駅で電車を降りた。重たい足を動かし、近くのコンビニでグラタンを買う。そのまま家に向かって路地を歩いていく。ふと頭上を見上げると、真っ暗な空に星が瞬いていた。

 (綺麗な空…。明日も仕事だっけ。今日は一刻もはやく寝よう…。)

 ふああ…とあくびをすると、どこからが風が吹いてきた。グラタンが入ったビニール袋が、手元でガサゴソと揺れる。視線を前方に戻すと、路地にはおばあさんと白い服を着た女性が歩いていた。何気なくその二人とすれ違い、家に向かおうとした。が、女性とすれ違った時、小さく、だがはっきりと聞こえた。

 「二人を結ばせないでね。」

 一瞬で空気が張り詰めた気がした。すれ違った後に振り返って見たが、女性はなんともない様子で鼻歌を歌いながら離れていく。瑠璃はしばらくその場に突っ立っていたが、首をかしげると再び家へと歩き出した。

読んでいただきありがとうございます。

投稿二回目です。

今回初めての試みとして、予約投稿をしてみました。

まだ勝手が分からないので、本当に投稿出来ているのか何度も確認したり、なんか変なところタップして見たことのない画面に飛ばされたりしてますが、作者は無事です。

多忙でも隙間時間に、投稿する日時が設定できる…!予約投稿って素晴らしい機能ですね。

これなら投稿時間も少しは安定しそうです。

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