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12.お別れ

 彼女は急いで席に座った。驚くマスターの前でホットサンドを勢いよく食べ始める。

 「どうしたんだい?」

 「あっちにちょっと、用事が!あるのを思い出して!」

 説明してる暇などなかった。ちらと店の時計を見ると、もうすぐ正午になる。ショッピングセンターのベルが鳴るのも正午。うまく間に合えば、あのショーウインドウの中に入れるかもしれなかった。せっかく美味しいホットサンドを早食いするのは悲しかったが、そうもいってられない。頭の中で思考がぐるぐると回る。

 (ベリー醸はショーウインドウの前から入れるのを、あの時初めて知ったはず。確か…記憶が正しければ、ショーウインドウの飾りつけをしている時に間違って入ってしまったと言っていたけど…。もしそれ以外に他の入り口があるのなら、あの世界に今でも出入りしている可能性はある。一緒に出てこなかったというのが奇妙…。まだあの世界に居続けている可能性も十分あり得る。)

 ホットサンドを片付けると、スープを一気に飲み干した。王子がもう二度と来ないでくれと言い放っていたのを思い出す。

 (王子の方はあんだけはっきり言っていたから、多分彼女も来ないはず。問題は…姫の方。あの時ベリー醸がもう一人の私とかいろいろ言ってたけど、王子はまだ私が二人いるのに気づいているのか気づいていないのか…怪しい。姫から説明があれば別だけど、もし説明される前とか、とにかく王子がいない時に…もしベリー醸が姫に手出ししてたら…。事態は最悪なことになってるかもしれない。とにかく一刻も早くショーウインドウの前にいかないと…。)

 最後にコーヒーを一気に飲み干すと、マスターにごちそうさまでしたと言った。慌てて荷物を掴み、店を飛び出す。後から軽快なベルの音とマスターの声が飛んで来た。

 「またおいでー。」

 ありがとうございますと口でつぶやきながら、急いで信号を渡る。ショーウインドウの前まで行こうとして、咄嗟に周囲を見渡した。

 (ベリー醸が近くにいるかもしれない…。)

 通行人を用心深く見るが、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。小さく安堵のため息を吐きながら、ショーウインドウの前へと駆け寄る。するといつものガラスに小さく張り紙がしてあるのに気が付いた。近くで見て、思わず声をあげた。

 「嘘…この建物の改装…?」

 赤字で書いてある文の下の、詳細へと目を走らせる。このショーウインドウのある建物の耐久年数が越えており、非常に危険な状態であるため、一度建物を壊して作り直すらしい。日付を確認すると、次の春が来る頃にはこの建物はもう壊されてる。一瞬で頭が真っ白になり、恐る恐るショーウインドウの方へ目を向ける。今はクリスマスの季節の飾りつけになっており、サンタとトナカイの衣装が飾られていた。背景には三日月とクリスマスツリーが描かれており、雪も降っている。近くのプレゼントへ目を走らせると、一個だけ紙が挟まれてるのに気付いた。そこには筆記体でメリークリスマス、プリンセスと書かれている。背筋がぞくりとした。瑠璃がぽつりと呟く。

 「改装して…また入れるとは限らないよね…?」

 突然ベルの音が鳴り響いた。彼女がそっとガラスに触れると、すぐに中へと引きずり込まれた。


 頭が床に触れている気がして、ゆっくりと目を覚ました。ここは…なんてぼんやりと考えていると、すぐにはっとした。慌てて立ち上がり、叫ぶ。

 「姫は?姫っ。もう一人の私はどこ?」

 途端に小屋の中にいることが分かった。そして、後ろから視線を感じた。瑠璃がそっと振り返る。そこには泣きはらした姫がいた。真っ白な地味なドレスを着て、暖炉の横に座り込んでいる。瞼は赤く腫れていた。瑠璃を見ると、彼女は少しだけ安堵した様子だった。

 「来てくれたのね。ありがとう。」

 「……大丈夫?ごめんね、来るのが遅れてしまって。どうしたのっ。何があったの?」

 慌てて瑠璃が駆け寄ると、姫は再び泣き始めた。ポケットからハンカチを取り出し、彼女の顔を軽く拭いてあげる。窓の外には雪が降っていた。部屋の中は暖炉の傍でないと少し肌寒い。姫は時折嗚咽を漏らしながら説明し始めた。

 「ベリー醸に呼ばれているの…。私、もうどうしたら良いのか…。もう誰も巻き込みたくないの。どこか遠くへ行かなくちゃ、ここにいたらベリー醸が来る。でも、そしたら今度は彼が大変な目にあってしまう…。」

 少しパニックになっている様子だった。落ち着かせるように瑠璃がそっと背中に触れる。

 「…私に出来ることはある?」

 背中をさすりながら、瑠璃は優しく話しかけた。姫は顔を横に振った。苦しそうな表情で、静かに涙をこぼしていた。

 「あの人といたら、この世界が消えてしまうって…。全て、何もかも死ぬのって。私が彼からずっと距離を取っていれば、全員生きられるのよって説明された。だから、私はどこか遠くへ行かなくちゃ…。みんなを死なせるわけにはいかないよ。最後に顔は見せなさいって彼女は言っていたから、行かなくちゃ。」

 「……彼は、知ってるの?そのこと。」

 姫は静かに頷いた。

 「これから、彼と会う約束をしてるの。その後ベリー醸に会ってから、遠くへ行くつもり…。最後のお別れ。」

 瑠璃はすぐに姫から離れると、近くの棚をいじり始まった。泣き続けている彼女の前で、もう一着ある真っ白なドレスを取り出す。やることなんて決まっていた。完全に心が折れてしまっている姫に向かって、にっこりと微笑む。

 「私は優しすぎるって言われたけど……本当、優しすぎるって思ったよ。傍から見ると分かる。自分の利益より、他の人の利益を優先するんだもの。そんな短所を自分で気づくために、この世界に入れたのかもしれないね。」

 ばっとその場で仕事服からドレスに着替える。呆けた様子で見ている姫に言った。

 「彼女の話に確証なんてない。前に彼に会った時、言ってたよ?…自分たちには選ぶ権利があるって。だから、姫。私と見た目を入れ替わろう。そして、私が遠くに行く。貴方は上手く機会を狙って彼と一緒に逃げて。」

 「そんな…それは…。」

 止めようとする彼女を瑠璃は手で制した。優しく微笑みながら言う。

 「良いんだよ。彼は大切な人なんでしょう?同じ自分だから分かるよ。私がベリー醸に会いに行ってる間に、彼に会いに行って。まさか二人もいるとは思わないだろうし、仕事服の私が姫だとは思わないはず。出来れば見つからないように上手くやってね。ところで、彼との待ち合わせ場所はどこ?」

 「ごめんなさい。ありがとう。でも、みんなを死なせてしまったら…。」

 「…姫が死神なら、私も死神だよ。同一人物なんだから。一人どころか二人もいたら、それこそもうどうにもならないんだから、最後くらい大切な彼と一緒にいなよ。」

 そう言って瑠璃は笑った。その笑顔を見て、姫は少し安堵したのか、しばらくしてうんと頷いた。まだ涙はこぼれているが、先程より勢いは遅くなっている。

 「…一緒にいても、良いのかな…。」

 少し自信なさげに言う彼女に、瑠璃は優しく微笑んだ。

 「告白してきたぐらいだもの。きっと彼だって、一緒にいたいはずだよ。私の方も、姫が逃げてる間に誰も死なないような状況に出来ないか、少し探ってみる。とにかく、姫はベリー醸に見つからないように彼と遠くへ逃げた方が良い。」

 ところで彼とはどこで会うつもり?と聞くと、姫はハンカチを机に置いた。瑠璃が脱いだ仕事服に着替えながら説明する。

 「彼はここに迎えに来てくれるの。そして始めて会った湖で、少し話すつもり。その後、彼は用事があるから一度城に戻るの。私だけ湖に残って、ベリー醸の対応をするつもり。」

 「そしたら、とりあえずここにいれば良いんだね。」

 「うん。彼が城に戻る前に、私がこっそり彼に会うよ。服…ちゃんと着れてるかな?」

 姫が不安そうに仕事服を見つめる。瑠璃がさっと襟を直すと、完璧になった。おかしなところは何もない。大丈夫と彼女が言うと、姫は嬉しそうに微笑んだ。急いで鞄を手に取ると、小屋の裏口へ向かった。

 「それじゃ、私はベリー醸に見つからないように、行動するね。ありがとう、本当に。」

 まだ瞼が赤いということを伝えようとした時、入口の扉がコンコンとノックされた。二人とも目で察した様子で頷く。瑠璃が手を振ると、姫も嬉しそうに手を振り返した。彼女が出て言ったのを完全に確かめた後、机の上に置かれているハンカチをさっとポケットに突っ込む。少し涙で濡れていたが、気にしないことにした。もう一度入口がノックされたので、慌てて扉を開けた。

 「はい。」

読んでいただきありがとうございます。

なんとここで、時間制限が登場です。

建物の改装後…ショーウインドウにまた入れるとは限りません。

さて、どうやら姫を逃がして上手くベリー醸の目を盗み、王子と一緒にいられるように仕向ける作戦の様ですが、上手くいくのでしょうか。

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