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1.ショーウインドウ

 「マスター、今日のサンドイッチも美味しかったです。ご馳走様でした。」

 「そろそろ仕事に戻る時間かい?」

 「はい。お昼休憩がもうすぐ終わってしまうので。」

 「そうかい。またおいで。」

 

 道路沿いにある、少し古風な喫茶店。ベルの軽快な音と同時に、お店の扉が開いた。仕事服の女性が一人出てくる。

 「午後の仕事も頑張ろう。」

 今日の空は快晴。気温は少し暖かく、春風が頬をかすめていく。彼女は道路沿いをゆっくりと歩き始めた。歩道に植えられている桜は散り始めている。近くの歩行者信号が青になったのを見て、慌てて交差点を渡る。会社まであと少し。腕時計で時間を確認しながら、頭の中で午後の予定を考える。どこかでメジロが鳴いているのが聞こえた。

 

 パソコンに向き合って、データの処理や打ち込み。キーボードをカタカタ叩く音が部屋中に響く。肩を数回叩かれ、彼女が振り返ると一人の男性が後ろに立っていた。四十代くらいで眼鏡をかけている。彼女の上司の松原という人だ。

 「あ、お疲れ様です。」

 「お疲れ様です。日比野さん、申し訳ないんだけど、この書類も今日中にやってくれる?」

 「今日中ですね、分かりました。」

 書類を受け取り、男性が去ってから時計を盗み見る。すぐに視線を資料へ移し、心の中で苦笑する。

 (今日もまた…残業だなぁ。)

 ほぼ間違いない未来に、心が溜め息で埋め尽くされる。嫌がる自分を無理やり動かして、資料を見ながらパソコンへと向き直った。こうなったら、もう出来るだけ早く終わらせよう。机の上のコーヒーを一口飲むと、新たな仕事に取り掛かった。


 仕事を終え会社を出ると、人々の間をすり抜けながら、重たい足を無理やり動かして歩いた。頭上の空は真っ暗だ。星は見えるが、月は出ていない。ふと立ち止まり、腕時計を見る。

 「もうこんな時間…。」

 家に帰ってからやらなければいけないことを考えて、うんざりする。頭を横に振って、再び歩き始めた。空腹に耐えながら、帰路へと向かう。道路の向かい側に喫茶店が見えた。今日は店をもう閉めてしまったらしく、明かりは見えなかった。そのまま歩き出そうとした時、すぐ近くの店がなんとなく気になった。道路を挟んで、喫茶店の向かいにある洋服屋さん。個人経営なのか、有名な店名ではない。けれど、そこにあるショーウインドウがいつも綺麗だった。

 (今は何を飾っているのかな…。)

 季節ごとにショーウインドウに飾られているものは変わる。彼女が視線を向けると、二体のマネキンが目に入った。一体は薄い桃色のワンピース。もう一体は、ジーンズ生地のスカートに、淡い黄色のシャツ。どちらのコーデもお洒落に見えた。背景には、青い空に桜の花びらが散っているような風景が中に作られている。

 「綺麗…。」

 思わず立ち止まって、じっとショーウインドウを眺める。通行人の邪魔にならないように、ショーウインドウにもっと近寄った。そっとガラスに手を触れる。その時、近くのショッピングセンターのベルが鳴った。驚いて、思わず視線を腕時計の方へと向ける。針は九時を指していた。

 「やばい。そろそろ帰らなきゃ。」

 名残惜しそうにもう一度ショーウインドウの方へ視線を向けたとき、息を飲んだ。ガラスに触れていたはずの手がめり込んでいる。ガラスは水面のように波打ち、見えているはずのマネキンとかがぐにゃぐにゃと変形する。

 「え、これって…。」

 周囲の人を見るが、通行人は誰も彼女に気付いていないようだった。手をひっこめようとした途端、ものすごい力で腕を引っ張られた。

 「わっ?!」

 ショーウインドウの中へあっという間に引きずり込まれた。彼女が消えたと同時に、近くのショッピングセンターのベルが鳴りやんだ。


 恐る恐る目を開けると、真っ青な空が見えた。桜の花びらがどこからか吹かれてきては、近くに落ちていく。手や足首にちくちくとした芝生の感触があった。ここは…?小さく呻き声をあげながら体を起こそうとする。その時、一人の女性の声が飛んだ。

 「…ああ、一体どういうこと?でも、これなら逆に助かるかも…。」

 ふにゃふにゃとした、奇妙な声だった。どこかで聞いたことがあるような気がしたが、思い出せない。声のした方向へゆっくりと顔を向けると、白いドレスを着た女性がすぐそばに座り込んでいた。少し不安げな顔でこちらを見ている。

 「お願い、手伝ってくれる?起きて早々申し訳ないんだけど…。」

 思わず目を見張った。見たことある顔がそこにあった。恐る恐る口を開ける。

 「…嘘……私…?」

 相手の女性は静かに頷いた。

 「そう。…実は、今とても困っているの。取り合えず、近くの小屋まで一緒に行こう。ここで話すより、そっちまで行った方が手っ取り早いはず。」

 「……わ、分かった。」

 半ば戸惑いながらも、慌てて立ち上がる。仕事服に着いた芝生を叩き落とし、近くに転がっている鞄を取る。中をざっと確認すると、仕事帰りの荷物がそのまま入っていた。何も紛失していないのが分かり、少し安堵する。スマホを起動してみたが、圏外と表示されていた。

 「行こう。」

 歩き出した彼女に着いていく。しばらく歩くと、木造づくりの家が見えてきた。大きさは一部屋しかないほど小さく、一階建てである。そのまま家に入ると、席に着くように勧められた。部屋の中央にある小さなテーブルと二つある椅子のうち、一つに腰を下ろした。見る限り、部屋の中には飾り気が無く、必要最低限のものしかない。貧乏層ではあるが、清掃は行き届いていた。この小屋を大切にしているのだろう。近くの暖炉に火をつけると、彼女は棚を漁り始めた。しばらくすると、真っ白なドレスを取り出した。

 「これ、私が今着ている服と同じ服――。…これを着て、少しの間だけで良いから、私の代わりをしていて欲しいの。」

 「え…?代わり…?」

 彼女は静かに頷いた。

 「実は、これからベリー醸に面会しに行くんだけど…予定が被ってしまって。これから、ここに彼が来るの。どちらかの予定を違う日に変更できないか考えたけど、あのベリー醸は一方的に約束してくる上に変更なんて一切受け付けないし…彼はやっと、今日だけ少し時間を作ることができたみたいだから…それに大事な話があるって言ってたから、変更できなくて。」

 半ば戸惑いながらも、頭の中で情報を整理する。

 「…なんとなく分かったよ。そしたら、私がどちらかの方に行けば良いんだね?ベリー醸とか言う人の方が良いかな?」

 「ありがとう。話が速くて助かる…。私がベリー醸の方へ行くよ。ベリー醸には詳しいことをいろいろ聞かれるだろうから…。貴方には彼の方を対応してほしいの。多分、私だから普通に話していてバレることは無いと思うけど、一応気を付けてね。そしたら、いそいでこの服に着替えて。私もそろそろ出発しないと、ここに来る彼と鉢合わせたら意味がないから。」

 言われるがままに、急いで着替える。鞄や仕事服は棚の中に隠してくれた。やかんや紅茶のパックの場所などを教えると、彼女は急いで小屋を出て行ってしまった。その背中を見送りながら、一人ぼーっと考える。

 (まいったなぁ…。多分ここはショーウインドウの中なのかな…?元の世界に戻るにはどうしたら良いのだろう…。それに、この世界の私は一体なんでこんな飾り気のない、地味で真っ白なドレスを着てるのかな。不思議なことばっかり。)

 悶々と考えながら、仕方なくやかんを手に取り、お湯を沸かす。その間に、近くの棚から食器とお茶菓子を取り出した。机の上に並べ用意をする。水蒸気の出る音が部屋に響き、お湯が沸きあがった途端、小屋の扉が数回ノックされた。

 「はいー。」

 コンロの火を消し、入口へ向かう。扉を開けると、一人の男性が立っていた。

 「ごめん、少し遅れた。騎士団長の話が長くてね。」

 「…う、ううん。大丈夫だよ、とりあえず…どうぞ中へ…。」

 「ありがとう。お邪魔するよ。」


 向かいの席に座りながら、彼女は必死に考えていた。

 (どう見ても…王子っぽい…。)

 相手がリラックスした様子で紅茶を飲んでいるのを盗み見る。真っ白な服に、金の装飾と赤い帯。ふわふわとした髪。眠そうな目をしていて、たまに瞼が落ちかけている。うっすらクマが見えるような…。声もどこかふわふわしていて、はっきりしていない。

 (なんか…疲れてそう…。)

 じっと見るのも失礼な気がして、たまにちらちら見ていると、相手は笑った。

 「…あはは。眠そうだよね、俺…。ごめん、せっかく来たのに…。最近面会する人が多くて。」

 「そ、そうなんだ…。全然大丈夫。むしろその…全然あの、ゆっくりしてって…。」

 しどろもどろになりながら、慌てて紅茶を口に入れた。視線をあちこちへ向け、その場をしのぐ。

 (どうしよう、全く距離感が分からない…。そもそもどこで知り合ったんだろう。年齢は同じくらいみたいだけど。)

 緊張で手が汗ばんできた。すると相手の男性は少し不思議そうな顔をした。

 「……何か、あった?」

 「えッあ、別に…何も…。」

 (バレてる?…違う人だってバレそう…どうにかごまかさないと…。)

 必死に思考を巡らせ、どうにか言い訳を作ろうとする。こっちの世界の自分が言っていたことを思い出す。

 「そ、その…。大事な話があるって言ってたから…。」

 すると彼はああ…と言って、視線を一度下に向けた。が、すぐに顔を上げると少し真剣な声で言った。

 「本当はまた別の日に話そうと思っていたんだけど、やっぱり今日話すことにしたんだ。時間も無いし、単刀直入に言うよ。」

 紅茶を一口飲んで緊張を和らげていると、彼はその様子に気付いたのか、少しだけ微笑んだ。ただ、声は先ほどよりも真剣な声をしていた。


 「好きです。結婚を前提にお付き合いしてください。」

読んでいただきありがとうございます。

ここでは今回が初投稿でして、まずは完結済みの作品を投稿させていただきました。

無断転載、自作発言等はご遠慮下さい。

普段はバトル系やギャグ系の軽いものに加え、かなり長編などのしっかりとしたファンタジーを書いています。

今回は読みやすさ重視で、文章量も少ないロマンスファンタジーを目指して書いてみたのですが…あまり恋愛系を書いたことが無いので、正直…この物語が第三者から見てどんな部類になるのか…分かりません。そのため、あらすじにはロマンスファンタジーの後ろに疑問符がついてます。

この作品が投稿し終えたら、他のジャンルの物語もいくつか投稿出来たら良いなと思っております。

多忙のため、投稿頻度や時期は安定しないと思いますが、よろしくお願いいたします。

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