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手を引かれ来たのは、街の景色が見える丘上に立つレストランだった。
「窓側の席あいてる?」
「ロキ!久しぶりだねー!いつもの席ですか?
あいてますよ、デートですか?」
ニヤリとしながら茶化すように尋ねてくるフワフワな髪をした少年のような店員さん
「あはは、そうだよー」
『俺の彼女可愛いでしょ?』なんて会話しながらも、席に座る時に流れるように椅子を引いてくれる殿下は、女性の扱いに慣れ過ぎている。
「ここのランチメニューは、パスタがおすすめだよ」
少し丘を登ってきたので、スッキリしたくてレモンスカッシュを頼むと『俺もそれにする~!』と同じ物をオーダー。
食事メニューは、パスタとピザを頼んで、取り分けて食べることになった。
「ここにはよく来るんですか?」
「たまにかな?あ、女の子とは来てないよ!」
「聞いてないです」
「あはは、聞いてくれないの?」
私が第二騎士団に入る前の殿下は、女遊びが酷かったらしく、アポ無しで城まで女の子が来て『なんで連絡くれないの!』と泣きついてくる事件が度々あったとか。女の敵である。
「殿下はこのお店ではロキと呼ばれているんですね」
「そうなんだよね!だから殿下呼びもだめだよ?身分を隠してるんだ」
「....わかりました」
殿下とお呼び出来ないのなら、なんて呼ぼうかと顎に手を当て考えていると
「なんて呼ぼうか考えてる?」
「はい」
「ちなみに思いついたの言ってみて」
「若様、ですかね」
「はい、却下。」
速攻却下され、また顎に手を当て考える私
「2つ目のお願いしてもいい?」
「3つ目では?ドレスを着たじゃないですか!!」
「ドレスはカウント無しでー!」
本当にずるい殿下だ、今後はしっかりと『お願いに入りますか?』と聞こうと思う。
「......なんでしょう?」
「今は、ただロキって呼んで。あと、街以外ではルイって、せめて2人きりの時だけでも」
珍しく真面目な表情で私を見つめる、吸い込まれそうなくらい透き通ったアイスブルーの瞳。
いつものヘラヘラした軽いノリな殿下ではなくて、私は、ただ『はい』と答えることしか出来なかった。
「お待たせしました!海老と帆立のトマトクリームパスタと、本日のピザです!」
料理が届き、殿下がパスタを小皿に取り分けてくれた。
「食べよっか」
その頃にはいつもの彼に戻っていた。
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「お腹いっぱいだねー!」
お店を出てからブラブラと街を見て歩いている。
私の右手はルイ殿下の左手に拘束されていて、手汗が気になっている。
『気になるお店があったら寄っていこう』と言われていたので、『あそこに行きたいです』と指を差し、武器屋に入った。
殿下は呆れた顔をしながらも付き合ってくれた。
短剣などを購入後、お店とお店の路地に入り、ドレスをめくり、太ももに装備したら『俺以外の前では見せないで』と言われた。何をだろうか。
広場にはアイスクリームのキッチンカーがあり、座って少し休むことになった。
噴水があって、ベンチがある所は、人で混んでいたので少し離れた一本先の人が少ない所に腰をかけた。
「買ってくるからここで待ってて!ストロベリーでしょ?」
私は苺が昔から好きで、なんでも苺味を食べる。
私の好みを把握しているのは女たらしのスキルか何かなのだろうか?
待っていると、横にとても分厚いレンズの眼鏡をかけたお婆さんが座った。
「お姉さん、このブレスレット知ってるかい?」
「初めて見ました」
「まぁ!肩こりが治るからちょっと試しに付けてみない?」
真ん中に赤い宝石がついた銀色のブレスレット。
本当に治るのか?どれどれと言う気持ちでカチッとはめた瞬間、目の前が暗くなり、私はスッと意識を手放した。
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重たい瞼を薄らと開くと、鉄格子の馬車内だった。
ドンドンと御者の男達が座って居る方の小窓を叩くと、小窓から男が中を覗く。
「随分早く起きたな、ガス撒くか?」
「騒いだらでいいんじゃないっすか?」
見たことがない、ぽっちゃり体型な男と、鼠のような前歯が特徴的な男が前に乗っていて、馬車の手綱を握っていた。
どうやら私は誘拐されてしまったらしい。
私の他にも2人若い女の人が眠っていた。
一緒にいたお婆さんの姿はない。
「.....私と一緒にいたお婆様は?」
「あれは、俺たちの仲間だよ。本当はババアでも無いんだが、魔法薬で姿を変えている」
「私達をどこに連れて行くの?」
「答えてやる必要もないけど、教えてやろう。お前は隣国の奴隷市場で売られるんだ、最近は処女の綺麗な女が高値で売れるんだよ」
「優しい人に買われるようせいぜい祈っておきな!」
ハッハッハと楽しそうに笑う男2人組。
カルロス王国では禁止されている人身売買
だが、隣国のマーシェ国はまだまだ発展が乏しく、そういった取り締まりもしっかり出来ていない。
自国の人間を売れば、家族などが出てきて面倒になるので、隣の国の人間を攫い、売る。
大事にならないよう、一度で大人数は攫わず、年間50人程が行方不明になっている。
これは騎士団にも話が来ていて、調査中だった事件だった。まさか私が攫われるとは思ってなかったが.....
「そう、わかったわ」
「お?この女、やけに物分かり良いっスねー!こんなに早く目覚める奴は初めてっスけど、今まで攫った子供や女達は起きた途端、泣きながら『タスケテー』って喚いてるっスけどねー!」
楽しそうにガハハと下品に笑うと、窓をバンと勢いよく閉められた。
2人の女性はスースーと寝息を立てて眠っている
剣はルイ殿下に『ドレスに合わないから俺が持ってるね』と没収されていて、代わりに購入した短剣がドレスの下にしっかりあるのを確認し、また目を閉じた。
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馬車が止まったので国境に到着したのだろう、人が降りた音がした。
入国には入国審査と入国料がかかる、一応手荷物検査などはあるが、チップを渡せば馬車まで調べられない。
完全に金儲けの為の入国審査だった。
試しに鉄格子に蹴りを入れてみる。
ーーガンガンーー
うん、ビクともしない。
揺らしてみても外れそうな様子は全く無かった。
ーーーバキッ!ゴキッ!ドン!ボキボキーーー
「ギャァー!」
「助けてくれー!」
さっきの男二人組の悲鳴が聞こえてきて、短剣を手に身構える。
ーーズルズルーー
声が聞こえなくなり何かを引きずる音
「...やっと見つけた」
例の男2人を引きずる返り血を浴びたルイ殿下、鉄格子の鍵をしっかりと握っている。
「怪我してない?遅くなってごめんね」
「大丈夫です......面倒をおかけして.....」
その瞬間あっという間に身体を抱き寄せられ、気づいた時にはルイ殿下の胸の中にいた。
「少しでも目を離すべきじゃなかった、マリアが居なくなった時は震えが止まらなかった」
ギュッと私を抱きしめる手に力が入った。
「.....怖くは......なかったんですよ?」
強がってみたものの私の目からは大粒の涙が流れていて、私自身も数年ぶりの涙に驚いた。それを見たルイ殿下は『素直じゃないなあ』と微笑んだ。