トライアングルガーディアン
炎に包まれ、反逆者達が次々と城内の者を襲っていく王城を背に、護衛の少女は助け出した王女に必死に呼び掛ける。王女は何者かに斬られ、血を流していた。
「寧輪様!寧輪様!どうか目を…!」
「……?…ここ…は…?」
「寧輪様!よくぞご無事で…!」
「…寧…輪…?それが…私…?」
「…え…?」
「…貴女…は…だ…れ…?」
「寧輪様!」
1度目覚めた王女だったが、気を失い、再びその目を閉じる。
こうして、クーデターにより、爽雅王国響王朝は滅びたのだった。
ーーー
3年後。
「ねえ見て春蓮!あれすっごく美味しそう!今晩のおかずにどうかな?」
「今晩のご飯を作るための食材はすでに調達済みでしょう。この間の稼ぎもあまり多くないのに、余計なものを買う余裕はないわ」
「…そっか。そうだよね、ごめん…」
「…別に謝ることじゃないけど。稼ぎを増やせばいいだけの話よ」
「あ、ごめん…!春蓮、頑張って稼いでくれてるのに…」
「だから謝らなくていいと言ってるでしょう。働いているのは私だけじゃないし。さあ、帰るわよ麗羅。料理するんでしょう?」
「あ、うん…!」
王宮から離れた地方の村·鎧蘚。2人の少女が、話しながら歩いていた。
春蓮と呼ばれた少女は、色素が薄く長い髪を上の方で1つにまとめている。一方、麗羅と呼ばれた少女は、淡い茶髪を肩の辺りまで伸ばしているおっとりとした少女だ。左手には料理をするための食材を入れた袋を持っている。
響王朝の崩壊後、クーデター主導の一派·静一族が国を治めるようになってから早3年。国はすっかり落ち着き、平和が築かれていた。といっても、鎧蘚のような田舎の村では、王宮での話は村人達が楽しむ物語のようなものだ。それでも、国全体にとって、確かに大きく変わったことが1つあった。
ヒュッと春蓮の耳元を風が横切る。それを合図に、春蓮はピタリと足を止めた。
「血を寄越せぇ!血…、…っ?!」
突如草むらから現れた男が、村人達に襲いかかろうとする。そんな男に向かって、春蓮が右手で空を斬ると、男の顔が氷に覆われた。顔に纏わりつく氷を両手で取り払おうとする男。その氷は、思いの外早く溶けた。
「ゲホッゴホッ。…なんだ一瞬の子ども騙しか…?」
「一瞬あれば上等よ」
「?!」
いつの間にか男の後ろに回り込んでいた春蓮。手刀で男を気絶させた。
「ああ、春蓮さん!助かりました…!」
村の警護を担当する役人達が、騒ぎを聞きつけ集まってくる。そして、春蓮に礼を言うと、倒れている男を縛り上げ、連行していった。
「まさかこの村を襲う吸血種がいるなんて…」
「春蓮さんがすぐに対処してくれてよかったよ…」
そんな風に人々がざわめく中、一連の様子を見て、青ざめている女性がいた。
「あ…私…は…」
女性の様子に気付き、はっとしたように口をつぐむ村人達。女性に駆け寄り、優しく肩を叩く者もいた。
「大丈夫だって、アリーシャ!お前がいい奴だってことはみんな分かってるんだから」
「そうよ。吸血種がみんな悪い存在だなんて、この村の人間は誰も思っちゃいないわ」
「…は…い…。ありがとう…ございます…」
アリーシャと呼ばれた女性は、村人の言葉に少し落ち着きを取り戻したようだった。
『吸血種』。それは、ヒトでありながらヒトの血を好む種族。対して、その他の人間は『純血種』と呼ばれている。吸血種の中には先刻の男のように純血種に襲いかかる者もいるが、そのような者がすべてではない。ヒトの血を食しはするが、純血種に苦痛を与えず、生命力に支障をきたさない程度の吸血でも生存可能なため、純血種と共存することもできるのだ。
にも関わらず、すべての吸血種を純血種の敵とみなして迫害し、強制的に王都から離れた地の施設に収容しようとしてきたのが旧響王朝だ。先のクーデターは、このような政策をとってきた王家に対する吸血種及び吸血種に好意的な者達の反乱、という側面が大きい。そのため、現静王朝下では吸血種というだけで隔離されるようなことはなく、純血種と混ざって生活することができる。吸血種のため、安全に採血された純血種の血が売られるくらいだ。もちろん、危害を加えようとする吸血種は罰せられるが、純血種の罪人と扱いは変わらない。
アリーシャという女性は静王朝への政権交代後、施設を出て鎧蘚の村で暮らすようになった吸血種だ。温厚な性格ゆえ、村人達からはすぐに受け入れられた。それでも、先程捕らえられた男を見て、自分も同じようにみなされるのでは…と恐れを抱いたのだろう。幸い、村人達の態度が変わるようなことはなかった。
自分もアリーシャを慰めようと、彼女に近づこうとする麗羅。春蓮はそんな彼女の手首をぎゅっと握ると、小さく首を横に振った。
「行くわよ、麗羅」
「でも…」
「いいから、早く」
「…うん…」
まだ騒ぎの熱が冷めきっていないなか、2人はひっそりとこの村で滞在している宿へと戻る。戻り次第、春蓮の説教が始まった。
「いつも言っているでしょう?吸血種に安易に近づくな、って」
「でも、アリーシャさんは優しいし…」
「それでもいつあの男みたいになるか分からない。もしそうなったとき、あなたをいつも守りきれるとは限らないのよ?」
「それは…!…守ってくれてる春蓮には感謝してる、けど…」
「自分でも危険から遠ざかるよう気を付けて。…夕飯を作る前に、お風呂にでも入ってらっしゃい」
「…わかった…」
宿泊している部屋の中にある浴場へと、麗羅はとぼとぼと歩いて行った。
「ちょっと春蓮?あんたホンット寧輪様に対して失礼すぎる!」
麗羅の姿が見えなくなると、突然、天井の一部を開けて褐色の肌の少女が逆さまの姿勢で春蓮の前に姿を現した。ツインテールにした黒髪が、プランと垂れ下がっている。
「『友達』ってこんなものじゃないの?というか、寧輪様に対して思い切りため口で話していた貴女に言われる筋合いはないわ」
春蓮は全く動じることなく、会話を続ける。褐色の少女は、天井から降りて床に足をつけた。
「春蓮の言い方はきつすぎなの!友達いないでしょ」
「確かに、貴女くらいね」
「え、私春蓮に友達って思われてるの?やだー」
「そうね。私も疲れて変なことを言ったみたいだわ」
褐色の少女の言葉に、春蓮は静かに苛立ちを表した。
「…で、さっきの男は?明確に寧輪様を狙っていたわけではなかったようだけど」
「うん。あいつはこの辺の気性の荒い吸血種集団の1人。集団で鎧蘚を襲おうとしてたから村に入るまでに全員やっつけようとしたんだけど、1人逃しちゃった。……ごめん」
「別にいいわよ。事前に風で知らせてくれたし、貴女1人で集団の相手をやれなんて思ってないわ」
申し訳なさそうな相手に、春蓮は表情を変えることもなく淡々と返す。
男の襲撃の前に春蓮の元に届いた風。それは、少女の魔法によるものだった。この世界の人間は、純血種と吸血種と問わず、魔法を使うことができる。生まれもった魔力量の違いにより使えるようになる魔法のレベルは変わり、一般に、吸血種は純血種に比べ魔力量が少ない。練習すれば誰もがあらゆる種類の魔法を使えるようになるが、人によって向き不向きや好き嫌いがあり、春蓮は氷雪系の魔法、褐色の少女は風を使った魔法を得意としていた。
「それで、その集団というのは貴女が倒したので全部なの?」
「いや、まだいる。地方にしては数の多い集団みたいだから…」
「分かった。それなら、寧輪様の存在に気付かれる前に、ここを出た方がいいわね」
「うん、それがいいと思う」
いつの間にか、2人の少女は互いに真剣な表情で会話をしていた。
旧響王家が吸血種を迫害していたのには、理由がある。響王家の者の血はすべての吸血種にとって極上の味がするとされ、代々狙われてきたからだ。クーデターの際には、すべての王家の人間が吸血種の餌食となったとされている。
しかし、密やかに生き残った者が1人だけいた。響王朝最後の王の1人娘·寧輪だ。護衛役の少女に助けられ、何とか一命を取り留めたのだ。
そんな寧輪王女を救出した護衛役の少女こそが、春蓮である。そして、今彼女と会話している褐色の少女は異国出身の者で名前はヴォーダ。春蓮と共に幼い頃から王女の護衛役を務めてきた。2人はクーデターのショックで記憶を失った王女に「麗羅」という新しい名をつけ、春蓮は友人として、ヴォーダは陰ながら、王女を守り続けることにしたのだ。
2人は寧輪王女の生存を誰にも口外していないが、吸血種の中には旧響王家の生き残りがいると信じている者や、王女の顔を覚えている者もいる。また、そのような者でなくとも、もし麗羅が血を流せば、旧響王家の人間と気付かれる可能性がある。そこで、彼女らは一ヶ所に長くとどまらないよう旅を続けながら、あらゆる吸血種から王女を遠ざけようとしていた。
「で、次どこ行く?ここからだったら…延座とかがちょうどいいかな」
「…いや、そこはちょっと…」
「なんで?あそこは確か未だに吸血種を受け入れてないみたいだし、春蓮も安心じゃない?」
「それは…そうなんだけど…」
言いたくない理由があるようで、歯切れの悪い話し方をする春蓮。だが、話す決意をしたのか、小さく息を吐く。
「…まあ、別に今更いいわね。…私の故郷なのよ、そこ」
「あれ?春蓮の故郷って確か布瑠村じゃなかったっけ?親に捨てられてたのを武道の先生に拾われたとか何とか」
「ええ。その話は全部嘘」
「嘘?!あのカタブツクソ真面目の春蓮がこんな大胆な嘘ついて王宮に入り込んでたなんて…」
「…。こっちにも事情があるの。村の人達から、絶対に延座の出身であることを明かすな、って言われてたのよ。で、村人がツテのある布瑠の先生に紹介状を書かせて私を王宮へ送り込んでくれたってわけ」
「なんでわざわざそんなこと…」
「嫌われてたからよ、とても」
「え、春蓮を嫌いになる要素はいっぱいあると思うけどそこまで?」
「いちいち嫌味挟むのやめてほしいんだけど。…私にも分からないわよ。父は私が生まれる前に、母は私を産んですぐ亡くなったみたいで、何人かの親戚に育てられたんだけど、物心ついた頃から、お前は王宮で騎士として仕えるために生まれてきたんだ、って言い聞かされて…。魔力量はさほどないからってひたすら密室で体術の特訓。挙げ句実力ついたら放り出されて絶縁、って感じよ」
「何それ…」
「…まあ、結局王宮に入れてよかったのだけれどね。寧輪様のような素晴らしい方にお仕えできたのだから。…とにかく、そういうわけだから、帰るわけにいかないのよ…。クーデターのときに死んでくれてたらラッキー、くらいに思ってるでしょうし」
「確かにその話聞いたらね…。じゃあ…摂棋は?わりと治安いいって聞くし」
「そうね。じゃあ宿の手配をお願いするわ」
「はいはーい」
次の行き先を決めたところで、浴場の方の音の変化に気付く。そろそろ麗羅が出てくるようだ。
「やば!じゃあ私そろそろ行くわ」
「…ねえ、前から言ってるけど、別に寧輪様から隠れる必要ないんじゃない?貴女の方が友達役向いてるんだし…」
「だーかーら、前から言ってるけど、私は陰ながら寧輪様を守りたいの!それに私が友達役だったら王宮で暮らしてたときとあんまり変わらないから寧輪様思い出しちゃう可能性高いでしょ?辛いこと忘れてもらって、のびのびと普通の人間として生きてもらおう、って決めたじゃん」
「…まあ」
「そういうわけだから、じゃーね!宿とれたら教えるから!」
そう言うと、ヴォーダは元きた天井の隠し入り口から戻り、宿を後にした。
数日後。春蓮と麗羅、そして陰ながら付いてきているヴォーダは、摂棋村にいた。生活費を稼ぐために春蓮と麗羅はついた村で働くことにしているが、この村では春蓮は荷物の運搬、麗羅は薬師の手伝いをすることになった。なお、今回のように2人の職場が離れる場合は、ヴォーダが常に麗羅の側に付いている。
摂棋村での生活にも慣れてきたある日のこと。仕事中の春蓮の耳に悲鳴が届いた。何かから逃げているような人もいる。
「何があったの…?!」
「あ…何人かの吸血種が暴れて…無差別に人を…」
「なんですって?!」
逃げ惑う人物から事情を聞き、春蓮の表情が険しくなる。春蓮の仕事仲間も、荷物を置いて駆け出して行った。
「春蓮!」
春蓮の元へ、風魔法を使って飛んできたヴォーダが現れる。
「何やってるの!寧輪様は?!」
「仕事場の周りに風のバリア張ってきたから当分は大丈夫!それより状況!ヴィルサードが大人数の吸血種を指揮して村を襲わせてるの!」
「あいつが…?」
ヴィルサードは麗羅が旧響王家の者であることを知っている吸血種の1人だ。これまで何度か麗羅の血を狙ってきたが、そのたびに春蓮かヴォーダが撃退してきた。それでも、捕えることまではできず、毎度逃げられている。春蓮達が最も警戒すべき相手とも言える。
「場所はどこ?!」
「向こうの広場!」
「分かったわ!あなたはすぐに寧輪様のところに戻って!」
言うやいなや、広場の方へ駆け出していく春蓮。
「…気をつけてね、春蓮…」
ボソリと呟かれたその言葉は、春蓮の耳には届いていなかった。
「見つけた…」
途中、村人に襲いかかる吸血種を何人か気絶させながら、春蓮は村の広場の近くにたどり着く。周囲に村人はおらず、ヴィルサードとその仲間とおぼしき吸血種が10人ほど広場に陣取っている様子が見えた。春蓮は勢いそのまま、まっすぐ彼らの方へ向かっていく。
「?!」
春蓮が広場に足を踏み入れた、そのとき。突然地面から4本の鎖が伸びてきて、春蓮の両手足を捕えた。
「いやあ、いい格好だな春蓮!見事に罠に嵌まってくれてどうも」
「ヴィルサード…!」
派手な金髪の男が、愉快そうに春蓮に近づいてくる。
「抵抗しても無駄だぞ?その鎖は複数の吸血種の魔法を複雑に掛け合わせて作ったものだ。お前も純血種のわりには魔力は低い方みたいだからな。お前程度の魔力じゃ破れねえよ」
「…!」
ヴィルサードの言葉どおり、魔法で試してみても鎖はびくともしない。物理的に断ち切ろうともするが、どんなに力を込めても逃れることはできなかった。
「これまで散々痛め付けて俺らの仲間を監獄送りにしてくれたからなあ。たっぷりお礼しないと」
「黙れ…!寧輪様の元へは、行かせない…!」
「この状況で自分より寧輪の心配かよ!まあ安心しな。俺たちの目的はお前だ。場合によっちゃ、今後あの女を狙うことはしない」
「なんですって?」
必死に抵抗しようとしていた春蓮の動きがピタリと止まる。
「聞いたんだよ。響王家の真の生き残りは寧輪じゃない。お前だ、って」
「??!!」
信じられない言葉に、春蓮は大きく目を見開いた。
「な…にを…」
「俺らも半信半疑だけどな。ま、試せば分かる話だ」
「誰から、そんなこと…!」
「え、分かんない?お前をここに来させた奴がいるだろ?」
「……え……?」
「今日は風が強いねえ。それに、何だか外が騒がしいようだ」
「…そう、ですね…」
仕事場の薬師の言葉に、麗羅は小さく答える。やむ気配のない風に、不安を覚える。しばらく作業を続けていたが、ふと、手を止めて立ち上がった。
「すみません!宿に干してきた洗濯物が心配なので…一度戻ってきてもいいですか?」
「いいけど…。今は外に出ない方がいいんじゃないかい?もう少し収まってからでも…」
「いえ、今行かないと気になって集中できないので…。すみません!」
そう言って、麗羅は仕事場の扉を開いて外に出、後ろ手に閉める。風が吹き荒れており、進めそうになかった。
目を閉じ、意識を集中させる。そのまま、右手をさっと横に引くと、切り裂かれたように風のバリアが破られた。目を開けて、走り出そうとする。
「待って!」
「!」
麗羅の前に、褐色の肌でツインテールの少女が、両手を広げて立ち塞がる。
「あ、えっと…。私、サレンディ王国からの旅人なんだけど、この村来てみたら、何か吸血種が数人暴れてるみたいで…。危ないから、あっちは行かない方がいいと思うよ?」
「…それなら、私が止めなくちゃいけない。私のせいかもしれないから…」
「……え?」
「旧響王家の生き残りである私は、吸血種から狙われている。…そうだよね、ヴォーダ…」
「寧…輪…様…?まさか…」
「…うん。ごめんね、本当は1年くらい前には、全部思い出してたんだ。自分が何者なのか、春蓮が本当は自分にとってどういう存在なのか。そして、ヴォーダのことも」
「…じゃあ…」
「覚えてるよ。あのクーデターの日、私を襲ったのがヴォーダだってことも」
「…っ」
静かに紡がれた寧輪の言葉に、ヴォーダは唇を噛んで俯く。
「…でも、ずっと守ってくれてたんだよね?春蓮と2人で私のこと、王宮にいた頃と変わらず…。…私、それに気付いて本当に嬉しかった。それに、春蓮が友達みたいに接してくれて、一緒に旅するのも、楽しくて…。ヴォーダも一緒だったら…って思って、いつか、本当のこと話そうって思ってたけど、あの日のこと思い出したら、どんな顔して話せばいいか分かんなくて、ずっと言えなかったの。…だから、忘れたふりして2人に甘えてた。でも、いつまでも甘えてちゃ駄目だよね。私も、戦わなきゃ」
「いいの!寧輪様は、私が守るから!!」
「ありがとう。…でも、私は…2人に守ってもらう資格なんてない。私は…本当は、響王家の血を引いてないから…」
「…うん、知ってる」
「え…?どうして…」
「あのとき舐めた寧輪様の血、美味しくなかったもん…」
「血が、美味しくない…?ってことは、もしかしてヴォーダ、吸血種なの…?!」
「ううん。私は混血種。純血種と吸血種のハーフだよ」
「混血種…?」
「そう。この肌の色は異国人だからじゃなくて、純血種と吸血種の遺伝子が混ざって突然変異が起きたからみたい。吸血種を迫害してた響王家からしたら信じられないよね、吸血種と純血種が子ども作るなんて。だから、血を吸わなくても生きていける私は、スパイとして王宮に入り込んだの。革命派に王宮の内部の情報流し続けて、…寧輪様のことも…殺そうと…」
「…本当にヴォーダが私を殺そうとしてたなら、私は今、生きてないよ…?」
「だって、寧輪様のこと好きになっちゃったんだもん!!けど、計画は変えられなくて…。…でも、実際血を流して倒れてる寧輪様のこと見たら、私怖くなっちゃって…。逃げたの…。春蓮が助けてくれなかったら…」
「…そっか」
「寧輪様が記憶喪失で生き残った、って分かって、私、今度は絶対寧輪様のこと守るって決めた。でも、あいつらは寧輪様が王家の生き残りじゃないなんて話、信じてくれなかった。混血種だから味覚がおかしいだの、1人占めしたいんだろだの何とか言って…全然、寧輪様のこと襲おうとするの、諦めてくれなくて…」
「ヴォーダ…。ありがとう。そうやって守り続けてくれるの、すごく嬉しいよ。けど、やっぱりヴォーダ達だけに戦わせるわけにはいかないよ。私、行かなきゃ」
「ダメ!それなら、本当の王女をあいつらに差し出した意味がない!」
「本当の王女…?何言ってるの、そんなのいないよ!先王には子どもが生まれなかったから、私が代わりに…」
「…なんで王に子どもがいなかったか、知ってる?」
「え…?それは…王は女性を愛することができなかったから…」
「違う。女性を愛することができなかったんじゃない。たった1人の女性以外は愛せなかったんだよ」
「それって…」
「それが春蓮の母親。…この前、春蓮から本当の故郷の話を聞いてね。故郷を明かすなって言われるくらい村人達から嫌われてた、って言うから、ちょっと気になって、その村まで行ってみたんだ。春蓮はクーデターのときに死んだ、自分は春蓮と仲がよかったからこっそり故郷の話を聞いた、って言ったら、いろいろ話してくれたよ。かつて、王が巡遊で延座村を訪れたとき、1人の村娘と恋に落ちたんだって。けど、王が村娘を妃に迎えるなんて到底許されるはずもなく、結局2人は結ばれることはなかった。…ただ、そのときは誰も気付かなかったんだけど、後にその娘が王の子を宿していることが発覚したの。延座の人達だって、響王家の血が吸血種にとって至高とされてることくらい知ってたから、その子を狙って村が襲われることを恐れた。だから、生まれた子どもには真実を伝えず、武術を叩き込んで王宮に追いやったんだって」
「そんな話…」
自身が本当の王女でないことは知っていたものの、本当の王家の血を引く娘の存在がいることなど想像もしていなかった寧輪は、ヴォーダの話に動揺を隠せなかった。恐らく、王ですら知らなかっただろう。
「…それじゃあ、春蓮は?春蓮は今…」
「ヴィルサードっていう吸血種のところだよ。けっこうしっかりした罠が張られてるらしいから、たぶん捕まってる」
「そんな!それならすぐに助けに行かないと…!」
「だからダメなの!今のうちに私と一緒に逃げよう!春蓮が王家の血筋じゃなかったら、また私達のこと追ってくる…。あいつらどんどん力も仲間も増やしてるから、そうなったら私、1人で寧輪様のこと守りきれないかもしれない…!」
「ヴォーダはそれでいいの?!」
「!」
寧輪は、焦っている様子のヴォーダの両腕を両手でガッと掴む。
「クーデターで私を傷つけたこと、後悔してるんだよね?また同じことを繰り返すの?」
「それは…。…私、春蓮のことは嫌いだもん!だから…」
「本当に?」
「…」
「本当に、春蓮のこと嫌い?」
寧輪はヴォーダをまっすぐ見つめて、問いを繰り返す。ヴォーダはその瞳から視線を反らせなかった。やがて、ヴォーダの瞳から涙がこぼれ落ちる。
「…だって、寧輪様を守れるなら、って…。春蓮なんて、真面目で、つまんなくて、偉そうで…。だから、って思いたい、のに…!」
「行こう、ヴォーダ。2人で春蓮のところに」
「けど…」
「私のことなら心配しないで大丈夫」
そう言って、寧輪はキュッとヴォーダの両手を両手で包み込んだ。
「…何これ…。魔力が、体の中に流れてくる…?」
「私の本当のお父様の家系はね、代々膨大な魔力量を持ってるの。ただ、私は春蓮とヴォーダにずっと頼りきって、魔力行使の鍛練を怠ってたから、あのクーデターの日も、何もできなかった…。私も、もう後悔したくない。記憶が戻ってからちょっとは訓練したから、足手まといにはならないよ…!」
「寧輪様…!いつの間に…」
「…お風呂場。2人が内緒のお話してたみたいだったから」
「!…分かった。春蓮のところまで飛ぶよ!しっかり掴まって!」
「…まさか、そんな…」
ヴィルサードから自身の出生についての話を聞かされた春蓮は、衝撃のあまりすっかり鎖から逃れようとすることを忘れていた。信じられない話だが、完全な作り話とも思えない。
「可哀想な女だなあ。故郷の人間から厄介者扱いされて、本来守る必要のない偽の王女のために命かけて、挙げ句仲間に売られるとは」
「黙れ…!」
「まあそう睨むなって!俺らがその血、美味しくいただいてやるからさ!」
「…!」
ヴィルサードは友人にでもするかのようにポンッと軽く春蓮の肩を叩く。
「さて…。俺としてはその首筋にかぶりついて血を吸いたいところだけど。まずはこれまで痛め付けてくれた分のお礼をしないとなぁ!!」
ヴィルサードは腰に提げていた短剣を斜め下から振り上げて、服ごと春蓮の身体を前から斬り裂いた。
「…が…っ…ぐはっ…」
春蓮の身体から血が飛び散る。周囲の吸血種達は、歓声を上げながらその血に向かって行った。そして、血を舐めると、一段と大きな声が上がる。
「…ははっ、間違いない…。これが響王家の血…。こんなにも美味いものは生まれて初めてだ…!」
「………」
「すぐくたばってくれるなよ?もっとじっくり味わいたいからな…!」
「…!」
口からも血を吐き、目も虚ろな春蓮。そんな彼女の身体に舌を這わせ、ヴィルサードは満足げにその血を舐める。
「ちょっとお頭!ズルいですよ!」
「そうですよ!俺達だって王家の血がもっと欲しいです!」
「はあ?さっき分けてやったんだからもういいだろ!」
いつの間にか、ヴィルサードと仲間達が春蓮の血を巡って乱闘を開始した。その間も、春蓮の血は流れ続けている。
意識が遠のきかけた中、ふっと春蓮の肌に、馴染みのある風が感じられた。春蓮は、重い頭をゆっくりとそちらに動かす。すると、視線の先に2人の少女が現れた。
「春蓮!」
「……」
「春蓮!今助けるから!」
寧輪が春蓮を縛っていた鎖に触れて力を込めると、鎖がバラバラと砕け散る。鎖から解放された春蓮を、寧輪が受け止めた。
「春蓮!しっかりして!」
「…ねい…り…さ…ま…?」
「そう、私だよ!大丈夫、必ず助けるから!」
寧輪は自身が膝枕をする形で春蓮を寝かせると、必死に治療魔法をかける。春蓮がまだはっきりしない意識のまま視線を動かすと、寧輪と共にきた少女が近くに立っていることが分かった。
「…ヴォーダ…」
「!…春蓮…あの…」
「…よく…寧輪様を守ったわね…」
いつもと変わらない春蓮の口調に、ヴォーダは涙を流し、膝をついた。
「春蓮のバカァ!なんで責めないの?!クソ真面目!堅物騎士!春蓮なんて嫌い!!」
「…知っ…てる…わよ…」
「もーーー嘘だから!!だから助けにきたの!死ぬなバカ春蓮ー!!」
「…どっちが…バカ…よ…」
2人の会話を聞き、寧輪は嬉しそうに微笑んだ。
「よーし、待たせたな、春蓮!…って、ヴォーダじゃねえか。お前何してんの?」
乱闘を勝ち残ったヴィルサードが、ようやくヴォーダ達の存在に気付いたようだ。
「…春蓮のこと、助けにきたの」
そう言って、ヴォーダは一歩前に出ると、小さな鎌のような武器を両手に構えた。
「おいおい、お前が俺達に春蓮を差し出したんだろ?」
「そうだけど!やっぱりあげない!!寧輪様も春蓮も、どっちも大切だから!」
「はあ…。そんなこと言われてはいそうですか、って引き下がると思うか?寧輪はもういいよ。お前の話信じてやる。…だが、春蓮は譲れねえな。あいつの血はホンモノだ。ご丁寧に止血してくれたみたいだし、残りは一滴残らず俺がいただく」
「…あんたなんかに、くれてやる血なんてもうないわ」
春蓮がややふらつきながら、ヴォーダの隣に立った。
「ちょっと春蓮!まだ治療の途中でしょ?!大人しく寝てなよ!」
「傷は塞がったし、問題ないわ。それに、寧輪様が魔力を分け与えてくださったし」
「でも…!」
「私の方が強いんだから、私がいた方がいいでしょう?」
「はあ?!捕まって死にかけてたくせに!」
「誰のせいよ!」
「春蓮が油断したからでしょ?!」
「もうしないわよ!」
「ちょっと2人とも!喧嘩は後で!」
寧輪の言葉に、2人は言い争いを止めて構え直した。
「あくまで引く気はない、ってわけな。はいはい。…おいお前ら、まだ起き上がれるだろ。あいつら倒せ。そしたら数滴くらいは春蓮の血分けてやるよ」
ヴィルサードの言葉で、乱闘に敗れた吸血種達が起き上がり、春蓮達3人に向かっていく。だが、乱闘で弱っているうえに元々戦闘センスでは春蓮やヴォーダに劣る者達だ。春蓮を捕らえていたような複雑な魔法を使う余裕もなく、さらに、寧輪のサポートを受けた2人を魔力で圧倒することもできない。吸血種達はみるみる敗れていき、とうとう、ヴィルサードまでもが地面に転がされ、風魔法で拘束された。
こうして、摂棋村での吸血種襲撃事件は終幕した。吸血種達は近くにあったかつての吸血種収容施設に一旦捕らえられた。
春蓮達3人は、事件当日は宿で休息をとり、翌日、村を出ていくことにした。宿の部屋に着くと、春蓮は寧輪の前に跪き、頭を垂れた。
「寧輪様!これまでの数々のご無礼、大変失礼いたしました!また、このたびは命をお救いいただき、なんとお礼を申したらよいか…」
「や、やめてよ春蓮!私の方こそ、ずっと記憶喪失のフリなんてしてごめんね。私がもっと早く本当のこと話してたら、春蓮が大怪我を負うこともなかったのに…」
「いえ!すべては私の未熟故です。寧輪様が気にかけられることではありません」
「…と、とりあえず顔上げて!私は王女なんかじゃなかったんだから!むしろ春蓮が…」
「血筋など関係ありません!寧輪様は立派な王女で、私の仕えるべき主です…」
「…春蓮…」
頭を下げ続けている春蓮を、寧輪は嬉しさと申し訳なさが入り交じったような表情で見つめる。やがて、ふっと微笑むと、春蓮と目線が同じ高さになるようにしゃがみこんだ。
「春蓮にそんな風に思ってもらえること、すごく嬉しい。…でも、響王家が滅んだ事実は変わらないから…。だから、『王女の寧輪』じゃなくて、『友達の麗羅』として、接してくれないかな?…私、これからは友達として2人で対等でいたい。もし、春蓮のことがバレたとしたら、そのときは私が春蓮を守るよ」
「!……そう、ね。…ありがとう。…麗羅」
ようやく顔を上げ、春蓮は麗羅に微笑み返す。その様子を見て、ヴォーダは嬉しそうに2人に近づき、両手で2人の背中をポンッと叩いた。
「よかったよかった!…私も、もし2人が狙われたら、絶対守るから。私以外には春蓮の血は奪わせないよ!」
「え?」
「ん?」
ヴォーダの言葉に、眉をしかめる春蓮。一方のヴォーダは、首をこくんとかしげる。
「…貴女、今変なこと言わなかった?」
「え?何、同じ護衛役だった私に守られるの嫌?春蓮は自分の方が強いとか思ってるみたいだけど、私だってけっこうやれるんだから。遠慮せず守られなよ」
「それも引っ掛かるけどそうじゃなくて。『私以外には』って、何?」
「そのままの意味だけど?」
「え…?」
春蓮は後ろに手をついてヴォーダから遠ざかろうとする。
「待って違うから!春蓮が王家の血筋だからとか関係なくて…。…吸血種はね、好きな人の血を吸いたいって思うものなの。私は混血種だから血を吸わなくても平気だけど…。…でも、春蓮の血は欲しい。春蓮のこと、好きだから」
「……麗羅のは?」
「寧輪様…じゃない、麗羅のはあんま美味しくないから、別にいいかな…」
「ひどい!」
「あ、ごめんね!大丈夫、麗羅には吸血以外の方法でいっぱい愛を伝えるから!」
「そう…?分かった、じゃあお願いね!」
「うん!」
笑顔で見つめ合う麗羅とヴォーダを、春蓮は1人冷めた目で見ていた。
「まあ、そういうわけだから、春蓮…」
「どういうわけよ」
「痛くしたりしないから!あいつらみたいなことは、絶対にしない!!…けど、春蓮が本気で…心の底から私のこと拒むんだったら、やらないよ…」
「…。そういう言い方は、卑怯なんじゃないの…?」
「分かってて春蓮の真面目さにつけこんでるんだよー」
「嫌な性格してるわね…」
「…で?どうなの?」
「…分かってるんでしょう?別に多少はかまわないわ」
春蓮は諦めたようにため息をつく。
「春蓮…!じゃあ早速…」
「待って。今は貧血気味だから無理」
「えー…ケチ」
「だから誰のせいだと…!」
「ちゃんと謝ったでしょ?!」
「謝られた記憶ないけど…?」
「…まったく。2人とも、喧嘩はほどほどにね?」
嗜めながらも、麗羅はそんな2人を見て嬉しそうに微笑んだ。これからは、3人で楽しい旅ができる。そんな期待を、胸に抱いて。