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注:全世界のオリオンファンの皆様、申し訳ありません!
この話では、オリオンがちょい悪役です。
かっこいいオリオンを御期待される方は、ご覧にならないで下さい(土下座)
…あと、アポロンも結構崩れています。(いつものことですが)
こちらの小説だけでも読めるとは思いますが、神々の名前が多く出て来るので、『登場人物。』を呼んで頂いた方が判り易いかと思います。
アルテミス、ああアルテミス、アルテミス。
その夜のアポロンを一言で表すと、そんな感じだった。
「あ~、もう鬱陶しい!酒が拙くなっちまう」
だば~と宴のテーブルに涙を垂れ流すアポロンを見て、赤毛のアレスはバン!と音を立てて杯を置いた。
「アルテミスに好きな人が出来ても~、仕方ないんじゃないのかなぁ?人の恋愛に干渉すると、馬に蹴られて死んじゃうんだよ~」
黒髪の美少年、ディオニュソスがほんわりとした笑みを浮かべながら、辛らつな口を利く。
「貴様らだって!アルテミスの異母兄弟だろうが!姉が余所の男に寝取られてしまうかもしれないんだぞ!少しは心配したらどうだ!!」
アポロンは立ち上がると、逆切れ気味に叫ぶ。
「…僕は心配してないわけじゃないけどね」
杯を傾けながら、砂色の髪のヘルメスが呟く。
「だけど、多分、アポロンとは違う心配だと思う」
「………。うわ~ん、姉上、あんな男の何処がいいんですか!!」
親友のツレない返事に、がばっとテーブルに伏して泣きじゃくるアポロン。
わ~うるせ~と耳を塞ぐアレスに、今日のアポロンは百面相だねぇ、と喜ぶディオニュソス。
その中で、ヘルメスの緑色の瞳だけが、やけに鋭く輝いていた。
男嫌いの処女神、アルテミスが、一人の男を狩りに連れ歩いていると噂になったのは、ごく最近のこと。
その男は大変な美男子であり、また狩りの腕も優れていたので、たちまち女神のお気に入りとなり、二人は恋仲だとさえ噂された。
それを聞きつけたアポロンがことの真偽をアルテミスに問いただすと、なんとほんのりと頬を染めて肯定したではないか。
それからアポロンは泣くわ怒るわ嘆願するわ、ありとあらゆる手段で彼女の気持ちを覆そうとしたが、上手くいかない。それどころか、「あなたにだって愛人が沢山いるじゃない。私は真剣に恋をしているのに、どうして止めなければいけないの?」と反論される始末。
呆然と白く灰になりかけた弟を置いて、彼女は今日も狩りに行ってしまった。
「許さない…絶対に許さないからな…その…なんとかという男」
「オリオン」
「ああああああっ、その名前は聞きたくない!!」
ヘルメスの言葉に過剰反応して身悶えるアポロン。
「へぇ、オリオンっていうのか~。俺、見たことないけど、どんな人なんだろうねぇ」
ディオニュソスは明らかに好奇心丸出しで聞いてくる。
「ポセイドン様の血を引いているって噂だね。真偽のほどは知らないけど」
と、ヘルメス。
「じゃあ、そんなに釣り合わないって訳でもないのかぁ~」
「だが、あの男は神のように不死ではない!!しかも、横暴で乱暴者で全ての地上の動物を狩ってやるなんて豪語しているそうじゃないか!!」
「…そいつは、ガイア祖母さんが聞いたら怒るな~」
アレスも興味がないふりをしつつ、何気に話に乗ってきていた。
「大体、姉上は処女の誓いをしたんだぞ!そうじゃなければ、とっくに私がプロポーズしている!」
「うわ~、シスコン~」
「ふっ、やっぱりおめーは変態だな!」
「…そういうアレスだって、姉弟のゼウス様とヘラ様の息子じゃなかったけ?」
「お、俺は……双子じゃないからいいんだよ!」
「うわ~、アレスの理論も強引~」
クスクス笑うディオニュソス。そっぽを向くアレス。泣きじゃくるアポロン。
ヘルメスはやれやれと肩を竦め、席を立ち上がった。
「お、もう帰るのか?」
「明日も仕事だからねぇ。君の父上は人使いが荒いよ」
「…おい、俺達全員の親父だろうが」
そうだったねぇ、とアレスに笑いかけるヘルメスは、じゃ、と帽子を被り直して歩き去っていく。
「…今日のヘルメス、ちょっと変だったね~」
ディオニュソスがぽつんと呟いた。
神殿を出て、空を見上げると、一面の星がシャンデリアのように瞬いている。
ヘルメスは濃緑のマントを翻し、夜空を風のように走る。
やがて、とん、とキュレネ山の山頂に立つとケリュケイオンを腕に抱き、ほっと溜め息を吐く。
「……母上…」
ヘルメスの小さな声に、応えるものはなかった。
酒宴が終わり、アポロンはアルテミスの神殿へ向かった。
今朝の許しを請い、出来ればもう一度オリオンのことをよく話し合ってみたかったのだ。勿論、彼女の心を奪ったオリオンは憎い、憎くてたまらなかったが、アポロンの中にも姉の幸せを願う気持ちはある。どうしても、彼女がオリオンを愛すると言うならば、渋々ながらも認めざる得ないかもしれないという思いも皆無ではなかった。非常に不本意ではあるが。
しかし、神殿にアルテミスは戻ってきておらず、アポロンは彼女が狩りに出たという森の方へ行ってみることにした。
月光に、美しい金色の髪が煌きながら走り去る。森の動物達も、何事かと足を止めた。
やがて、どこからか高く澄んだ女性の声と、男の声が聞こえてきた。
「まだ、オリオンと一緒にいるのか…」
アポロンは渋い顔をしたが、元より彼女を探していたのは変わりないので、そちらに近付いていく。
しかし、木陰の二つの人影を見て、アポロンははっと足を止める。
そこに居たのは…アルテミスではなく…見知らぬ美しい少女だったからだ。
長い薄茶の髪は艶やかに結い上げて、残りを背中へと垂らし、象牙色の頬に長い睫が影を落とす。
その折れそうに細い腕を男に掴まれ、それでもキッと強い意志を点した眼差しが、男を睨みつけていた。
男の方は大層な美男子で、筋肉の盛り上がった肩と、逞しい足をしていた。胸板は厚く、剥いだ獣の毛皮をむざと掛け、顔は楽しげな笑みを刻んでいる。
「お離し下さい!私はアルテミス様の侍女、処女を誓っている身でございます」
「そんな誓い、さっさと反故にしてしまえ。どうせ、こんな夜は神だって酔い潰れているだろうよ。俺達も楽しまなければ損だ」
「厭です!どうか、離して下さい!!」
水晶のような声が懇願する、が、彼の手が緩む様子はない。
そのほっそりした顎に手が掛かり、自分の顔の方に近づけた時、少女は悲鳴のように叫ぶ。
「お止め下さい、オリオン様!!」
では、この男がオリオンなのか、と、アポロンは目を見開く。
確かに美丈夫、しかし、アルテミスとの恋仲が噂されている身でありながら、彼女の侍女にまで手を付けようと言うのか。
「止めろ、オリオン!!」
アポロンは思わず、二人の間に割って入った。
「ここは姉上の神聖な狩場だぞ?!そんな場所で何をしているんだ!」
「誰だお前は!」
「アポロン様!!」
少女と男の声が同時に上がる。
「お前が光明神…アポロン…?」
驚いた拍子に、男の手が離れる。少女はドサリと地に崩れ落ちた。
「美しい女と楽しむのは、どんな神々もしていることだ」
「……立ち去れ。私がこの弓を引かないうちに、早く!!」
殺気を孕んだ低い声に、男は仕方ないなという表情を浮べ、森の奥へと消えていった。
アポロンはふっと息を吐くと、少女の方に手を差し伸べる。
「…大丈夫か?」
「ありがとうございました」
少女は、細い指でアポロンの手を握り、ゆっくりと身を起こす。
ズキン、と胸の奥が痛んだ。
柔らかそうな髪も、薄紅色の唇も、ふっくらとした胸の膨らみも、何もかもがアポロンを惹き付ける。
何より、その美しい瞳が…吸い込まれそうなエメラルドグリーンだった。何かを思い出させるその眼差し。
「いや……お前のように美し過ぎる女性が、こんなところに一人でいたら危ない。私が送っていこう」
言いながら思わず視線を逸らす。頬が幾分か熱を持ったのを感じる。
「……。いや、君も結構気が多いね」
ぼそっと呟かれた言葉に、ぱっと視線を戻した。
クスクスと笑う緑色の目が、馴染み深いものに変わる。
「ヘ、ヘルメス!!」
「どうも。お陰で助かったよ」
完璧な美少女と化した彼は、掴まれていたのと反対側の手を表す。
「思わず、殺っちゃうところだった」
鋭い短剣が握られた手を見せて、ヘルメスは物騒な笑みを零した。