生存者Ⅰ 異国にて
ドキューン! ドキューン! ドキューン!
闇の中を数発の銃声が鳴り響く。
銃声が鳴り響いた方向から雪を踏みしめ、リュックサックを背負った男女が現れた。
男はリュックサックの他にショットガンを肩から下げ、右手に硝煙が棚引く拳銃を左手に懐中電灯を所持している。
周囲を見渡しながら男が連れの女性に声を掛けた。
「優花、大丈夫か?」
「ハアハア、大丈夫、ハアハア。
で、でも……ハアハア、見て、前からもくるよ」
持っていた懐中電灯で前方を照らす。
「チィ! 囲まれたか?」
懐中電灯で周りを照らし逃げ場所を探す。
自分たちと近寄って来るゾンビ共の間に、側溝に前輪を落した大型トラックがあった。
「あの上に避難しよう」
「うん」
最初にリュックサックを下ろした優花を運転席の上に押し上げ、続いてリュックサックとショットガンを引き上げてもらう。
それから周りを見渡し寄ってくる数体のゾンビの頭を撃ち抜いてから、バンパーを踏み台にして屋根に這い上がろうとした。
「グゥ!」
這い上がる途中、足にゾンビが齧り付く。
「糞が!」
片手で屋根にしがみついたままゾンビの頭を撃ち抜いた。
血が迸る足に齧り付こうとするゾンビ共の手を振り切り、何とか屋根に這い上がりそこから荷台に上がる。
「早く傷を見せて」
優花がトラックの荷台に横たわる俺のズボンを切り裂き傷を見た。
脹ら脛の肉が大きく抉り取られている。
傷の手当てを始めた優花に声を掛けた。
「俺はもう駄目だ、此処からは1人で行ってくれ。
ごめんな優花」
「嫌! 私は最後まで智君といる」
「でも、それじゃ……」
「いいの、智君と一緒なら」
「ごめん! ごめんな、俺の我儘でこんな所まで連れてきてしまって」
地球温暖化により年々小さくなっていく氷河が消える前に写真に収めたいと、真夏の日本から冬の南米に来る。
ガイドの案内で氷河の絶景ポイントを巡り写真を撮りまくったあと帰国まで数日余裕があった俺たちは、婚前旅行をしようと氷河以外の観光地巡りをする事にした。
それなのに3日前、観光地がある地方都市のホテルの部屋でマッタリしていた俺たちの下にガイドが飛び込んで来て、世界中で起きている異変を知らされる。
ガイドの案内で混乱している地方都市を脱出し、地方都市に隣接する町の警察署に逃げ込んだ。
しかしその警察署も危なくなったので、百数十キロほど南にある空軍の基地に移動する事になった。
警察官に護衛された百人程の民間人に混じり空軍基地に移動していた俺たちは、数百体はいると思われるゾンビの群れに遭遇してしまい散り散りになる。
偶々近くにいた警察官と共に道路脇の民家に逃げ込めたのだがその警察官がゾンビに噛まれていて、民家に逃げ込んだあと自分の頭を撃ち抜いた為に民家周辺にゾンビが集まってしまい、民家から出られた時には共に移動していた警察官や民間人の姿は皆無。
警察官が所持していたショットガンと2丁の拳銃で武装した俺たちは、空軍基地の正確な場所は分からなかったが取り敢えず南に向けて歩き出す。
それが今日の朝だった。
「そんな事言わないで。
1人で行くって言う智君に、無理矢理くっついて来たのは私なんだから。
それに……この騒動は全世界……日本でも起きている筈。
私1人日本に残ってたら、マンションの部屋で泣き叫びながら智君に助けを求めているか、ゾンビに追われて逃げ惑っていたと思う。
そんなの絶対嫌だ。
だから最後まで一緒だよ」
「そうか、ありがとう」
「うん!」
マットを荷台の上に拡げ1つの寝袋に2人で潜り込む。
「智君見て!
上だけ、空だけ見ていれば、中学生のとき冬の夜空を撮りたいって言う智君と一緒に、実家の田圃に寝転がって雪が舞うなか見た、チラホラと見えた星空と変わらないよ」
優花が雪が舞い始めた夜空を見上げながら話し掛けて来た。
「本当だな……」
返事を返し、俺の胸を枕に首を曲げて空を見上げる優花の顎の下に銃口を向ける。
優花は拳銃を握る俺の手を震える両手で覆う。
自分の顎の下にも拳銃の銃口を押し付け2丁の銃の引き金を同時に引き絞った。
2つの銃声が重なりあって雪の夜の静寂を破る。
雪雲が星空を覆い隠し落ちてきた雪が、2人の若者の骸を静かに覆い隠して行った。