暖炉に焚べる菓子の家
ショッキングな描写を含みます。
暖炉の火に照らされて、ヘンゼルとグレーテルの影がチラチラと揺れた。拳二つ分ほどの大きさしかない火では、厳冬に対するにはまったく力不足だった。忍び寄るような奥ゆかしさはなく、いっそのしかかるような暴力さでもって襲いくる寒さからどうにか身を守ろうと、ヘンゼルは隣のグレーテルを抱き寄せた。
「お父さん、まだ?」
「もうすぐ帰ってくるさ」
グレーテルが問いかけ、ヘンゼルが答える。もう何度も繰り返したやり取りだ。
父親は、「食べ物を探してくる」と言って家を出て行ったっきり戻ってこない。もう十日も前のことである。今も食べ物を求めて森を彷徨っているのか、あるいは……。ヘンゼルはその先をあえて考えないようにしていた。もし、父が死んでいれば悲劇である。だが、生きていてもまた悲劇だ。どうせ悲劇しか待っていないのなら、覚えているのは頼りになる父親のままであるほうがいい。
グレーテルは思い出したように父親のことを尋ねるが、けっして母親のことを話題に出そうとはしない。
母が母でなくなったのは二日前のことだった。それまでも何かを一人でつぶやいていた母は、突然グレーテルに襲いかかったのだ。ボサボサの髪を振り乱して包丁を構えたその形相には、まったく母の面影はなかった。だから、もしかしたら、グレーテルはあれを母とは認識できなかったのではないか。そんなふうにヘンゼルには思える。そうだったらいいのにな、とヘンゼルは願っている。
「いいかい、グレーテル」
二人きりになった家の中で、ヘンゼルはグレーテルの頭を撫でた。カサカサになった髪が数本指に絡まって、そのままなんの抵抗もなく抜けてしまった。グレーテルは、ただぼうっと火を見つめている。
「ここはお菓子の家なんだ」
「お菓子?お菓子ってなあに?」
「お菓子はねぇ、あまーい食べ物なんだよ」
「甘いの?ミルクより?」
グレーテルの目が細められる。ヘンゼルは、グレーテルの頭をまた撫でた。髪が抜ける。
「甘いさ。比べ物にならないくらいに甘いんだ、お菓子は。この家はね、そのお菓子で出来ているんだよ。だから、この家にあるものはみんなお菓子なんだ。いいかい、グレーテル。これはお菓子なんだ。さあ、お食べ」
ヘンゼルは暖炉に焚べていた腕を取り出した。軽く灰を払って、肉をむしり取る。それをグレーテルに食べさせてやると、自分も一口食べた。
「ここはお菓子の家なんだ」
ヘンゼルの優しい声が、暖炉の火に焚べられる。