金魚鉢の空を泳ぐ
なろうラジオ大賞5参加作品です。
ヒューマンドラマです。
「おばあちゃんが死んだら、ヒロちゃんが金魚の面倒を見てくれるかい?」
ベッドに横たわるばあちゃんが俺にそんなことを言ってきた。
「……分かってるよ、ばあちゃん」
それに対して、「そんなこと言うなよ」と言うほど高校生になった俺は子供じゃなかった。
「ありがとねぇ」
俺が頷くと、ばあちゃんは目を細くして笑った。
そして、今度はその微笑んだ目を窓辺に向ける。
「良かったねぇ、金ちゃん」
金ちゃんというのは、窓辺に置かれた金魚鉢の中で漂っている金魚のことだ。
真っ赤な体の少し大きな金魚。
何年か前にばあちゃんと一緒に夏祭りに行った時に金魚すくいで俺が取ったものだが、俺がすぐに興味をなくしたものだから結局ばあちゃんが面倒を見ることになった。
お祭りの金魚はすぐ死ぬ。
だけれども、こいつは今も金魚鉢の中を泳いでいる。
きっとばあちゃんが甲斐甲斐しく世話をしていたからだろう。
「こっからだとね、金ちゃんが空を泳いでるみたいに見えるんだよ」
「ホントだ」
ばあちゃんは余命宣告をされていた。
最期は家で、というばあちゃんの願いを受けて、自宅で介護を受けながら残りの時間を過ごすことになった。
「ヒロちゃんがたくさん会いに来てくれるから、おばあちゃんちっとも寂しくないよ。金ちゃんもいるしねぇ」
「……そっか」
「ありがとねぇ」
俺の家はばあちゃんの家から近かった。母ちゃんがばあちゃんの世話をするのを俺は手伝った。
ばあちゃんは本当に優しかった。俺はばあちゃんが大好きだ。
だから、俺は残された時間を精一杯一緒に過ごそうと思った。
「ありがとねぇ、ありがとねぇ」
体を拭いていると、ばあちゃんはいつもそう言った。
俺は日に日に細くなっていくその体を拭きながら、目元が潤むのを懸命に堪えた。
程なくして、ばあちゃんは穏やかに息を引き取った。
『ありがとねぇ』
それがばあちゃんの最期の言葉だった。
そして、俺は結局金魚を引き取らなかった。
ばあちゃんが亡くなってすぐ、後を追うように金魚も死んでしまったから。
「待ってて、くれたのか」
お祭りの金魚はすぐ死ぬ。
それでもこいつは、ばあちゃんが寂しくないように何年も生きていてくれたのだろう。
そしてその役目を終えたから、今度はばあちゃんが向こうで寂しくないように追いかけていったんだ。
「……ありがとな」
何も入ってない金魚鉢を空に透かす。
その果てしない向こう側では、ばあちゃんと金魚が楽しそうに空を泳いでるような気がした。