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龍の腕は世界を抱く  作者: 萌葱クレイオ
第三章 想いの継承、世界と人の業
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83話 人の数だけ答えがある

読んでいただきありがとうございます。

本日六話目。

 


「風邪引くって、僕はもうそんなに体弱くないからね?」

「アホか、セリカを気遣って言ったんだよ。それに、レイだってあの時はヘロヘロになって風邪ひいてたくせによ」

「アホって……! アホって言われた……! 本当の事だから言い返せないけどさ……」


 毒気の抜けるような会話を繰り広げてみても、ジークを睨むセリカの目つきは和らぐことなく、変わらずに怒り心頭と言った様子のまま、無事だったソファと椅子に共に腰を下ろす。

 レイとシオなりの気遣いであると同時に、二人の心を落ち着かせる儀式のようなものであった。憤ったままでは、正確な判断も下せなくなると言うものだから。竜気の制御もまた同じ。軽口を言い合えるくらいリラックスしていないと、最高のパフォーマンスは発揮できないのだから。


 家は思いの外頑丈にできており、風穴が一つ空いた程度では崩れそうにも無い。

 普通に生活する分には、壁の穴を塞いで、玄関に倒れ込む木の魔道具を排除すればまだまだ生活できそうなものだった。

 けれども、家の中に漂う死臭、こびりついた血の匂いは嫌が応にもアイリーンの死の瞬間を想起させるもので、セリカにとっては苦痛に苛まれる日々が待っているはずだ。


 ――大切な人を亡くした苦痛は、当たり前の日常の中に見る。


 セリカがもしこの家でこれからも暮らしていくのだとすれば、それは想像を絶する寂寥感と自己嫌悪が無限にも思えるほど彼女の心を苛むことになるだろう。

 出来る事ならレイも手伝ってやりたいが、取れる手段は限りなく少ない。

 今こうしてジークに向き合わせているのも、セリカが少しでも傷付かないよう生きていくために出来ることの一つであった。


 泣いて怒って、非常に精神が安定しないセリカは、若干の幼児退行が目に映るようで、レイとシオが離れようとすると僅かに寂しそうな顔を見せるようになっていた。

 桃髪の少女は壁にもたれかけさせているし、ジークに至っては木の床に正座している。セリカが「やれ」と言ったわけでもないのに厳格な雰囲気を醸し出すジークは、それこそが覚悟の現れだと見せつけるように振舞っていた。


 今のセリカに何を言っても、ジークの声では届かない。それが分かっているからこそ、視覚で見て分かるように振舞う事で、セリカに許してもらおうと言う魂胆なのか。と、そこまで考えたレイがジークの目から悟ったのはまるで異なる、覚悟の表れだった。

 それまでの思考はジークの覚悟を笑う失礼なものだったか、と反省して、改めてお互いに向き直る。

 セリカだけは、ジークを視界に入れようともせずにそっぽを向いたままだったが。


 そんなセリカに対して、ジークは臆することなく額を地面に擦り付けて謝罪の言葉を口にする。


「本当に、ごめんなさい。謝って済むことじゃないのは分かっています。でも、謝らせてください。本当に、本当に……、ごめんなさい。ごめん、なさい……っ」


 ジークの顔は床に隠れて見えないものだが、嗚咽の混じった謝罪とその言葉の端々からは、真っ当な誠意が感じられる。もしこれが嘘であればジークは王都でも有数の演劇団にでも入ればいいと思うが、レイとシオにはジークが嘘を吐いているようには思えなかった。


 けれども、嘘を吐いていないからと言って、心の底から謝ったからと言って、アイリーンが帰ってくることはない。ゆえに、セリカがジークを許す道理もない。


 これから先、セリカは何があってもジークを許すことはできないだろう。例え彼が命を懸けて、人生を謝罪に費やしたとしても。

 彼の謝罪の気持ちが、本気で心の底から申し訳ないと思っているからこそ、セリカはジークの謝罪を拒絶しない。けれども受け入れもしない。


 ただ一言、「どうして」と呟き尋ねることが、セリカに出来る最大の譲歩だった。


 セリカの知るジークと言う男が、アイリーンを恨んでいた様子は無かった。セリカもまた、ジークとの仲は良好だと思っていたのだ。――昨日までは。

 それが突然の裏切りに会い、傷つき、本来ならばジークの口から聞かれる前に教えてほしいものだったが、問わずにはいられなかったのだ。


「それは――」


 一瞬言い淀む素振りを見せたジークだったが、横目で睨みを利かせたセリカの前でこれ以上嘘を重ねることはしたくない、と覚悟の現れを、自分の恥を包み隠さずに語った。


 様々な噂からセリカが浮気をしているんでは無いかと疑い、終いには両親の不貞を知って自身のコンプレックスを騎士に弄ばれた結果、騎士に踊らされ婚約者の母親を殺させる手引きに手を貸すまでの顛末を全て正直に語った。


「――と言う訳なんだ。全部、全部俺が悪かったんだ……!」


 それを聞かされたセリカは、途中何度も何度も奥歯を噛み締め、腹立たしさを隠し切れないでいた。


「あの人は、ブルーノはただのお得意様……。それに、何度誘われても断っていたわ。それでもジークはあたしを信じてくれなかった。それも全部、あたしが魔女の娘だから、なんでしょ」

「ち、違う! 俺はただ」

「何が違うって言うの!? 婚約者のことよりも、一介の村人の言う事を、得体の知れない騎士の方を信じたのはあんたじゃない!! 村の人たちがあたしを魔女の娘として腫れ物のように扱うのは知ってたわ。あたしが魔女の娘だから、ママの子供だからあんたもそうやって疑った! それの何が違うのよ!? 違うなら何か言って――」


「――ストップ。セリカ、落ち着いて。アイリーンさんの前だから、喧嘩は無しにしよう、ね?」


 熱が入って、ジークに掴みかからんとばかりにヒートアップし始めたセリカの前に身を滑り込ませて一旦矛を収めさせる。

 このままでは話を聞くどころじゃなくなるかもしれないと判断したのに加えて、アイリーンの前でこんな悲しい口喧嘩は見せたくなかったからというのもあった。アイリーンは、裏も表も無くセリカとジークの婚約を本当に心から祝福し喜んでいた。そんなアイリーンが祝福した二人が自分のせいで最悪の形で別れることになったと知ってしまえば、一番悲しむのはアイリーンだろう。


 それが分かるからこそ、セリカも持ち上げた腰を下ろし、止めてくれたレイとアイリーンに感謝の言葉を述べる。

 同時に、完全に気圧されていたジークからも多少ばかりの感謝の目線を受け、レイはただ黙って頷きを返すのだった。


 お互いに一息ついたところで、居住まいを正したジークがセリカに向き直った。


「……もう、嘘は吐きたくないから、全部正直に言うよ」


 それでもセリカは横目で見るのがやっと。腕を組んでそっぽを向きながらも、耳を傾けているのは婚約し仲を深めた間柄という最後の砦が慈悲を見せているからか。


「確かに、セリカは魔女の、アイリーンさんの娘だから……。その先入観は捨てきれない」

「っ、やっぱり……!!」


「――でもっ!! そんなもの、君と接している内に、すぐに消えたんだ」


「今さら何を言ってんのよ。愛の告白? そんなのもう……」


「遅いのは分かってる。……遅すぎたんだ。だから俺は騎士様の口車に乗せられて、踊らされて。全てが手に入るなんて嘘だって、少し考えればわかる事だったのに。俺はただ、セリカが魔女の娘だから信じなかったんじゃない。一人の女性のして、セリカの事を愛していたから、俺は君の事を独占したいと思ってしまった。それは男として醜く、汚らしくて、弱い部分。それを見透かされて、入り込まれて、焚きつけられ、取り返しのつかないことをしでかしてしまったんだ。これだけのことをしでかして、俺はセリカからもう一度愛を向けられる資格はないし、許されていいはずがない。……でも、だからこそ、俺はもう弱いままなんてのは嫌なんだ。アイリーンさんの命を奪ったと言う罪は一生消えない。これから先ずっと背負っていく。だからこそ、強くならなくちゃいけないんだ。俺は、強くなるから! セリカを守れるくらい、強くなるから……! だから、もし、もしもその時が来たら……! 俺に罪を償う機会を、与えてくれませんか。……お願い、します」


 ジークはただ騎士に煽られ、その罪の片棒を担がされてしまった。

 言ってしまえば彼もまた被害者である。


 けれどもセリカからすればそんなものは関係なく、罪は罪だと断罪することももちろん可能である。

 だと言うのに、ジークの生まれて初めて自分で考えて行動した心からの反省。それは、何を言われようとも許す気はなかったセリカの心にもきちんと届いており、その胸中は複雑なものだった。


 一度は好いた仲と言う事もあり、セリカは非情になり切れなかったのだ。

 客観的に自分の心を見ても、ジークの事は好き()()()

 その感情は完全に過去のものとなっていて、今はただ許せないと言う感情に支配されていた。しかし、そこに再び芽吹いた微かな恋心。思い出したと言う方が適切か、契約上のものだと思っていた婚約者は思いの外心地良かったことを思い出して、情に絆されそうになっていた。


 かと言って感情に流されるがままに許してなるものかと言う自分が居るのもまた事実であり、そのような男女の関係に疎いレイとシオは、ただセリカの答えを待ち続けた。


「……レイ、シオ。ママの体を運ぶの手伝って」


 答えを選択し、立ち上がったセリカは、今も尚頭を下げたままのジークに目を向けることなく、アイリーンの首を大切そうに持って玄関に向かって行く。


 頭を下げた体勢のまま、ジークは肩を震わせる。


 ――泣くな、泣いちゃだめだ。涙を流す権利は、俺には無いから。


 下唇を噛んで必死で声を押し殺して溢れる涙を止めようと自分に言い聞かせるジーク。

 だが、続くセリカの言葉でジークの目からは更に涙が溢れて止まらなくなる。



「……あんたも。早く手伝って」

「――ッ!! うんっ、うんっ!!」





 そう言って外に駆け出すジークを見て、レイとシオは見合わせる。

 てっきりセリカはジークの事を処断、ないし顔も見たくないと突き放すとばかりに思っていたから、セリカが導き出した答えに驚いていた。何せ、レイならばそうする、と考えていた事だったから。


「人の数だけ答えがあるってことだ。目指すゴールも、違うんだから、答えが変わるのは当たり前ってことだな」

「そっか……」


 そうして外に出た面々は協力して壊れた家具だったり瓦礫だったり、分解された木の魔道具を川辺の開けた土地に積み上げる。

 そこに最後に加わるのは、最後までセリカが語り掛けていたアイリーンの遺体。


「弔いは、まだしない。殺された場所に埋めてなんて、あげないんだから……」


 最後までアイリーンとの、母との別れを惜しんでいたセリカはそう言って目に一杯の涙を溜めていた。けれども決して俯かずに、前だけを見つめていた。


 グレイ爺同様に墓を建てるものとばかりに考えていたレイは再び予想が外れる。

 セリカが手に持った火種が木の魔道具に点火されると、それはやがて煙を発して天まで昇っていく。

 始めは遺体を燃やすなんて、と反対したレイだったが、これもまた弔いの一種。鎮魂の形だと教えられ納得するに至った。


 天を衝く火柱の中で、アイリーンの遺体が燃えていく。


 火に包まれていく最後まで、アイリーンは穏やかな笑みを浮かべており、それがセリカに向けられたものだと分かるからこそ、親の、母親の愛の強さを思い知る。レイにはそれが、とても羨ましいと感じると同時に、ヒジリもまた同じ思いだったのかとレイは炎立つ陰に涙ぐむ。


 川の腐臭も気にならない程に燃え盛る火柱を見上げ続け、結局レイ達は全てが燃え尽きるまで目を離すことは無く、黙ってアイリーンが天に昇っていくのを眺め続けていたのだった。


 夜を超え、空が白み始めてきたころ、アイリーンは燃え尽きた灰の中からアイリーンの骨を拾い集めていた。


「それは、骨?」

「えぇ、ママの骨よ」

「集めて、どうするの」

「こんなところにままを置いていくわけにはいかないから、あたしが然るべき場所……、ママの思い入れのある場所を探してそこに撒くつもり。……その思い出の場所も、聞く前にいなくなっちゃったんだけどね」


 これが、あたしにできる唯一の親孝行だから。

 そう言って灰に塗れるのも厭わずに骨の一欠片も見逃さないように真剣な様子で母の、アイリーンの骨を拾い集めていくセリカ。

 レイもまた、シオと共に分かる範囲で拾う事に集中し、セリカが満足する頃には夜空が白み始めているのだった。


「……俺にできることがあれば、何でも言ってほしい」

「あんまりあたしの視界に入らないでくれるかしら」


 許された、とも思ってはいないが、それに一歩でも近づいたかと思い込んでいたジークは、これまで以上の拒絶を前に項垂れた様子で離れていく。


 そうして燃え尽きた母の遺骨を抱え、レイ達は再び家に戻ってくる。項垂れたままのジークは後からとぼとぼと着いてきているようで、今は掃除の傍らで片付いた物置を好きに使っていい、と言われたためそこに入っていった。


「……これからのこと、考える時間をちょうだい」


 セリカもまたそう口にして、アイリーンの研究部屋に閉じ籠る。

 残されたレイとシオは、応急処置で塞いだ壁の穴から漏れる隙間風を感じながらソファに寝転がる。

 アイリーンの部屋から漏れ聞こえるすすり泣く声を耳にしながら、シオと二人、いつにも増してくっついて眠るのだった。


 そうして、悲劇の一日は終焉を迎えるのだった。









ブクマ、評価等ありがとうございます。


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