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龍の腕は世界を抱く  作者: 萌葱クレイオ
第二章 儚き夢の旅路へ
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48話 行ってきます

読んでいただきありがとうございます。

本日三話目です。

 






「おはよう、グレイ爺。今日はいつもより遅くなってごめんね」


 毎朝、目が覚めてから朝食前にグレイ爺やモウちゃんの墓が並ぶ場所までやって来ては、朝の挨拶と共に昨日あったことを報告する。そんな朝の報告会がルーティーンと化した日が続いた中で、今日だけは天辺に日が昇る時間まで来られずにいたことを開口一番に謝る。


「……もう、グレイ爺の事で散々泣いたのが一か月も前になるなんて、あっという間だね」


 グレイ爺の名が刻まれた木の板の前で上を見上げて感慨深く呟くレイ。

 レイの言う通り、あの日から早一か月の時間が経っていた。


 そして、レイとシオはグレイ爺の言いつけ通りに、あの日以降涙を見せることはなかった。

 先日、一度だけヒジリの夢を見て夢の中で涙を流したことは、シオだけが知る事実であり、グレイ爺に報告をするレイの中では一度も泣いていないことになっていた。


 それもそのはず、この一か月の間は、レイが夢を見られるほど、見ていられるほど余裕のある生活をしていたわけでは無く、グレイ爺の優しさが骨身に染みる地獄のような一か月だったからだ。


「ギンってば、本当にひどいんだよ!」


 グレイ爺を亡くした翌日。

 どんなに強がっても心の傷がそう簡単には塞がらぬまま、気分を変えようと弓矢の鍛錬でも始めようかとしたところで、レイとシオの身柄はギンの風によって拉致られ、強制的に舞台に立たされる。





『一か月で、竜気覚醒をモノにして見せろ』





 湖に立ったギンがそう告げると、レイとシオが身構える隙も与えずに魔法を放ったのだ。

 それこそがギンなりの気遣い、実戦形式での稽古の付け方なのだろうが、気分が落ち込んだままのレイとシオにとってはいい迷惑だった。


 それでも、その怒りをギンにぶつける思いで全力でぶつかりに行った。

 気分の乗らない状態で挑んだ結果、竜気覚醒を発動まで持っていくことができずに惨敗。

 魔法で傷付けられた体を引きずって帰ろうとしていると、再びギンの風に乗ってギンの目の前まで運ばれていく。


『竜気が空になるまで終わらせんぞ。ほら、さっさと立て。我はグレイのように甘くはない。その有り余った竜気の全てを吐き出せ、絞り尽くせ。それを繰り返せば、いつかは竜気覚醒も使えるようになるだろう』


 理論もへったくれも無いギンの指導法は、とにかくスパルタ。






 ――出来るようになるまでやれば出来るようになる。






 確かに言っていることは間違いではないのだが、それを実践できるかと言われれば、どう考えたって無理な話。


 無理だ、と一戦だけでも傷だらけの状態で更に戦うだなんて、と抗議の声を上げたところ、ギンは容赦なく魔法を撃ち放ってくるのだった。


 結局その日は求めてもいない挑戦の機会を三回得ても、一度足りとて竜気覚醒を発動するには至らなかったのであった。


『敵が予備動作に入った時点でこちらが手を止める義理など無い。レイ、お前は我が魔法の溜めに入っているところも容赦なく狙うだろう? それと同じだ。要は、竜気覚醒の発動が遅すぎる。準備中は竜術も使えなくなるなど、無防備も良いところだ。敵を前にして無防備な体を晒すなど自殺行為に他ならない。初めの手合いでは三度、次の手合いでは八度、最後に至っては、数えきれないほどに殺せる瞬間があった。お前たちはその瞬間を提供している状態。百害あって一利無しな行動には意味がない。無駄を省くとなると今の竜気覚醒自体が無駄だ。竜気覚醒は使い物にはならないただのお荷物だ。我はグレイのように、ただ褒めてやるだけでは済まさん。明日もまた行うからな』


 この時、レイとシオは竜気を絞り尽くされたせいで言葉も発せない程に追い詰められた状態で地面に転がっていた。

 指一本すらも動かせない状態で意識を失わずに済んだのは、五年前と比べれば遥かな成長であるが、ギンを相手に手も足も出せない状況では、何一つとして喜べるものがない。


 この日、まともに動けるようになったのは、日が完全に落ちた頃だった。


 疲労困憊で、お風呂と夕食を食べて泥のように眠った次の日、レイは久しく感じていなかった筋肉痛に悩まされながらもグレイ爺の墓の前でギンの横暴さをぶちまける。

 グレイ爺なら、笑って話を聞いてくれるだろうと以前から溜まっていた不平不満を口にしていると、背後から殺気を感じて振り返ると、そこにはギンが立っていたことは、体中の痛みも忘れて飛び跳ねたのが昨日のことのように思い出せる。


「あの日は本当にキツかったなぁ。カウちゃんのところに隠れたシオが咥えられてて、捕食でもされてるのかと思ってびっくりした話は、何回聞いても面白いよね」


 その日は、筋肉痛に苦しみながら昨日よりもパフォーマンスが落ちている中でも、ギンが手加減などしてくれるはずもなく、いつもより長い説教の後、解放された。


「……カウちゃんは、グレイ爺の元に行けたかな。そっちでも、元気にしてる?」


 穏やかな声音で尋ねるレイは、傍に並んだモウちゃんのお墓のその横に視線を向ける。


 あれは、グレイ爺が亡くなってから一週間が経ったころだったか。

 ギンの厳しい扱きにようやく慣れ始めた頃、カウちゃんもまた、グレイ爺の後を追うようにして亡くなった。

 その数日前から乳の出が悪く、自分の足で立ち上がるのも苦しんでいる、とはシオに聞いていたものの、連続する「死」に、心が追い付かなかった。


 その日だけはギンも鍛錬を一回で切り上げ、カウちゃんの弔いに集中した。


 だが、グレイ爺の言葉を思い出して、いつまでも泣き続けるわけにもいかず、カウちゃんの最期の命は、レイとシオ、それからギンの三人で頂いた。




『それでも、前に進んでいかなくちゃいけねぇんだ……』

『もう、僕たちは夢に向かって踏み出しているから……』




 これは、カウちゃんが死んだ日の夜、ベッドの中でレイとシオが語り合った言葉。

 悲しみに暮れる事だけが、死者に対しての弔いとは限らない。グレイ爺のように、その身の糧とし、死を乗り越え、前に進むことこそ、今のレイとシオにできる弔いの形なのだと自分たちに言い聞かすように。


「それからかな、ギンの鍛錬にきちんと向き合うようになったのは。それまでは本当に、ギンの人でなしー! とか、思ってたんだけどね。あ、これはギンには内緒だからね」


 カウちゃんが息を引き取った翌日から、レイとシオは自らの足でギンの元へと顔を出すようになった。


 しがらみがなくなったかのような顔つきになった二人を見て、ギンは小さく笑う。

 尊き生命に触れ、奪われないための力を本気で身に着けるべく覚悟を新たにして目の前に姿を現す若者を目にし、鍛錬の厳しさを一層苛烈に設定する。


 それでも、死に物狂いでギンにしがみついて、竜気覚醒をものにしようと奮闘した二人に、努力が応える。


 日に日にギンとの継戦時間は伸び、レイは竜気を纏う行為も息をするように流麗な動きでできるようになり、シオは竜気覚醒の竜気の制御を一人でもできるようにするレイの傍らでサポートする魔法を伸ばし、レイとシオは遂に膨大な量の竜気を制御しきる程の実力を得た。


 レイの成長度合いも信じられないスピードであるが、ギンから言わせれば、成長速度に加えて無限に伸び続けるような伸びしろがあるシオの方がずっと恐ろしい存在だった。

 自分の地位を脅かすから、などという人間的な価値観を持ち合わせていないギンにとって恐ろしいと感じるのは、このままシオが竜気の制御に特化し続ければ、世界の掌握など容易いという話だった。


 ギンは、風を支配し風を操る、風の神性精霊。

 対するシオはと言うと、空を操る神性竜種。


 (ゼア)の系譜に当たるシオにとって、やろうと思えば世界中の空、加えて空に付随する風を支配し、操ることも可能である。

 シオにとっての竜気の制御は、突き詰めれば世界中の空を我が物に出来る道に繋がっている。


 言ってしまえば、ギンにとってシオと言うのは、直系の王でもあったのだ。


 (ゼア)と言うのは、幻想種にとっての王。

 シオ本人にその自覚があるのかどうか不透明な感覚が、ギンの根源にある恐怖を疼かせる。


 だが、当人にとっては(ゼア)であること自体些事に過ぎないようで、ただひたすらにレイと成長できることが喜ばしいように戯れる姿を見詰める事しか出来ないのであった。


「――ほら、見ててね」


 墓で眠るグレイ爺に成果を見せるべく、全身に竜気を纏ったレイはさらに細かく、関節から指先まで全身を包むように強化を施す。


 だがそれも、すぐに気を抜いて竜気を霧散させると、レイは悲し気に顔を伏せる。

 外の世界に出ると決めてから伸ばし続けている前髪が影を落とす。


 レイが悲しい顔をするのには理由があり、昨夜ギンが口にした言葉が気にかかっていたからだった。


『もう既に、グレイのやつを超えているな。我にはまだまだ届かんがな』


 その場にグレイ爺がいれば笑えるような冗談だったが、グレイ爺はもう、隣にはいない。


 レイにとって、グレイ爺は唯一無二の憧れ。

 手合わせしている間は一度たりとも勝てたことのない相手。理想にして目標であり、超えられない存在として心に支柱を宿してきた。


 だというのに、死者を超えても何の意味も無い、と胸の内で叫ぶ自分がいて、自分の強さに自信が持てないでいた。持っていいものかと悩んでいた。


 どうすれば、と息を吐いたところで、草の匂いを運ぶ温かな風が吹き、苗木を揺らす。


 ギンが手向けとして植えた苗木の名は、ブレス・マルトゥス。古代の言葉で『死者に祝福を』と言うギンの粋な計らいであった。

 死者の言葉を代弁するとも言われるその木は、レイの悩みにグレイ爺が応えるかのように枝葉が風に揺れる。




 ――。




 それはまるで、風と一緒にレイの悩みも吹き飛ばすグレイ爺の笑い声のように聞こえて、レイは思わず顔を上げた。


「……、いいの?」




 ――。




 レイの言葉にもう一度風が吹くと、レイはにへら、と笑顔になって後ろを振り返る。

 その横顔に影が残る様子もなく、背後に近付いてきたシオに笑顔を向ける。


「レイ、もう出発だってのに。呼びに来る前に戻れよって言っただろ?」

「えへへ、ごめんごめん。グレイ爺と話が弾んじゃってね。……ね、ギン?」


『……何のことだ』


「ううん、別に? 何でもないよ?」

「別れの挨拶は済ませたのか?」

「あっ、まだ!!」

「なんの話をしに行ったんだか」


 この日、約束通りギンの力を借りて竜気覚醒を一か月で会得したレイとシオは、この日をもって六年と少し過ごしたこの家を出て世界を旅して周ることを決めていた。当然ギンはこの森に残るそうで、グレイ爺やモウちゃんカウちゃん達のお墓をよろしく頼むと『気が向いたらな』とだけ返ってきた。


 ギンとは五年と少し、しかも濃密な一か月も加わって過ごしたからか、これが照れ隠しであることもレイは理解していた。

 人が嫌い、と言って避けているのも、グレイ爺の時だったり、この別れの時が苦手なだけなような気がするのは、きっと気のせいだろう。


 別れの挨拶をしに来たつもりが、レイは長かった一か月に加えて、この六年間のことも振り返っていた。

 今度こそ、とシオに怒られながら二人で横に並んで首飾りを握りしめる。










「「――行ってきます」」










 短く、簡潔に。

 されども、これまでのどんな言葉よりも思いを込めて告げた一言は、シオと揃って口にする。


『……行くんだな』

「うん、もう支度は出来てるからね」

「なんだ、寂しいのか?」


 シオの言葉にギンはキッ、と鋭い目を向けるが、シオはカラカラと笑って冗談だ、と流す。


『多少使えるようになったと言えど、竜気覚醒はまだまだ甘い。使う場面は慎重に考えて使うのだぞ。帰ってきた時に成長していなかったら、前回よりも厳しい訓練を授けてやるからな。それと、額の傷は――』

「分かってるって。見せないように、でしょ? もっと強くなって帰ってくるから、楽しみにしててよね? お土産も持って帰ってくるから!」

『フン、期待しないで待っていよう』


 グレイ爺の家は、家具に埃が被らないよう全てにシーツを被せたし、厩舎も浴室も解体所も綺麗にした。

 畑も全ての作物は収穫して空にしたが、戻ってくる頃には雑草で覆われていることだろう。


 家の前に置かれた使い慣れた弓と矢が詰まった矢筒、それから野営用の荷物を担いで、レイは今一度世話になった家を眺める。




「――行ってきます」




 思い出が詰まった家に背を向け、レイとシオは未来へと歩み出して行く。











ブクマ、評価等ありがとうございます。


これにて第一章「旅立ち(仮)」は完になります!

今週末には第二章が始まると思います。これからもよろしくお願いします。


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