32話 満月が如き輝かしい幻想の花
読んでいただきありがとうございます。
本日六話目。
白銀の獣が去った方角を見ながら、改めて頭上の満月を見上げる。
今宵が満月とは露知らず、のんびりと昼寝をして時間を無駄にしてしまってことを後悔しながら竜鳳花の咲く範囲を記憶する。月夜には花弁を閉ざして夜風に揺れる姿を見て、明日以降でもまだ問題ないと判断して満月草の捜索に乗り出す。
満月の夜にしか花開かない満月草。
普段は通常の草花と同化して見分けるのが非常に難しい。
グレイ爺の図鑑にはそう書かれていたため、満月の日までに入念な準備を整えてから臨もうと考えていた。のだが、昨日までのレイの状況からして満月草採取のための準備など贅沢の極みであることを知り、半ば諦めていた。
実際に、竜鳳花を見つける前にレイは一度全てを投げ出してしまおうとすら考えていた。
シオンフロップタケを持って帰って、シオとグレイ爺に「よく頑張ったな」と褒めてほしかった、安心して眠れる場所が欲しかった。
そんな心折れそうなレイの前に現れたのは、ヒジリの夢と、白銀の獣。
それはまるで、ヒジリが励ましてくれているかのよう、見守ってくれているかのように見せた夢に対して、レイは再び立ち上がるチャンスを得たのだった。
限界を迎えて気絶するように眠りに落ちただけのレイだったが、思いの外良く眠れた。
そのおかげか、魔物が目を覚まし活発化する深層の森でも、淀みなく軽い足取りで進めることができていた。
「ここも、違うか……」
満月草は、森の中でも開けた場所に生えることが多い。
その注釈を信じて、森の中で手当たり次第に開けた場所を探して回るも、どれも満月草の姿は見当たらない。
そして、今も魔物が通り過ぎるのを隠れてやり過ごす。
開けた場所は場所だけに魔物と鉢合わせしやすいのだが、毎回こうして時間がかかっていては満月の夜が終わってしまうだろう。
とは言え、無暗に魔物の前に姿を現して徒に追いかけっこをする必要なんてない。体力は残せれば残せるだけ良いのだから。
とは言え、ここまで魔物が集まる深層のそれも霧の結界のすぐ傍、開けた土地で昼寝をする行為がどれだけ自殺行為なのかが良く分かると言うものだ。
昼過ぎに眠りについたとはいえ、目が覚めた時には既に森は魔に満ちていて、それでも無事でいたのは、もしかしなくともあの白銀の獣のおかげなのではないだろうか。
レイは、実際に白銀の獣と対峙したからこそ分かる。あの目は、自分を捕食しようと、襲うために現れたのではないと。
寝入った自分を見守るように寄り添っていてくれたように見えたのは、夢で見た姉が乗り移ったのではないか、と言うありもしない希望を抱いての事。それは少し考え過ぎかもしれないが、あの白銀の獣には湖で見た魔物だったり、双頭の魔物、シアンフログのような、誰彼構わず襲い掛かるような魔物独特の狂気は感じられなかった。
むしろ、あの落ち着き払った眼差しからは、魔物には有り得ないはずの理性すら感じられた。
まるでシオのようだ、という感想を抱くのも無理はない程に、白銀の獣に何かを感じ取るものがあったのは確かだろう。
咄嗟に見せた幻視を生むプレッシャーだって、レイが弓矢を構えたことに対する防衛反応だと思えば何もおかしくはない。
――そこまで考えたところで、レイは頭を横に振って余計な思考を振り払う。
今はただ満月の夜にしか咲かない満月草を探し求めなければならないというのに。
余計な思考を挟む余裕なんかあるはずもないのに。
白銀の獣に関しては、この深層で過ごしていればいずれまた会えるだろう、と考えて思考を切り替えていく。
あれだけ疲弊していた体がすっかり元通りのパフォーマンスが出せるまでに回復するほどたくさん寝たせいか、既に頭上の満月はてっぺんから傾き始め、少しずつだが確実に夜の時間が終わりに向かい始めていた。
満月草が花開く時間は、もうそう多くは残されていないのだ。
手がかりはグレイ爺から手渡された図鑑の切れ端のみ。
『月の光を浴びやすい開けた土地が目印』
一度見つけてしまえばその情報で満足できるくらいには頷けるのだろうが、初めてこうして森の中を彷徨って満月草を探し求める身としては、圧倒的に情報不足である。
――森の中に、どれだけ開けた土地があるか分かって書いてるの!?
深層の木々が退くように草花が顔を出す開けた土地は、それこそ小さいものから大きいものまで無数に存在していた。最早、道中目を付けた開けた土地と言うのも全てハズレであったために、今は開けた場所を見つけ次第一つ残らず、しらみ潰しに探し回る事しか出来なかった。
けれどもそれをするだけの時間が残されていないこともまた事実であり、レイは今とにかく焦っていた。
開けた土地に魔物が集まるのを見て、遠くから矢を放つ。
日の光と同等かと思えるほどに強い月の光のおかげで、夜でも問題なく矢が放てる。
放った直後に、着弾を確認するまでも無く場所を移し、また違う角度から矢を放つ。
シアンフログが使ってきた戦法を真似した結果、こちらの動きを悟られない限り、見つからない限り、こうして死角から一方的に魔物を射ち落とすことができると気が付いた。
いかに卑怯と言えども、命がけのこの状況では自分にできる最良を導き出したに過ぎず、グレイ爺だって努力の方向性は人それぞれ、ずる賢い者が生き残ると言っていたことを思い出して魔物を夜の闇に紛れて始末していく。
この立ち回り方とレイの目とはかなり相性が良く、身を隠す場所が多い森の中では深層の魔物相手にも通じるほどだった。
ただ、この戦い方にも弱点はあるもので、それこそがレイ自身を相手にするような死角の少ない相手、勘の鋭い魔物には見つかって余計な目に逢うことも多々あって苦労した。レイ自身が天敵とも言えるだろうが、そんな魔物は滅多にいないだろう。
他にも、純粋に矢の通らないような魔物相手には手も足も出なかった。ただ逃げることで精一杯だったが、そう言った魔物は基本的に鈍足で、逃げに徹してしまえばなんとか逃げ切れるだろう。道中他の魔物にばったりと遭遇しなければの話だが。
例外として、あの白銀の獣が挙げられるだろうが、白銀の獣程圧倒的強者の貫録を放つ魔物には出会うことは無く、深層においてもあの白銀の獣は特別なのかと決定づけた。
「――もう、矢が……」
息を切らして木の陰に身を隠すが、ついに矢筒の中身が心許なくなる。
森の中に潜れば潜るほど、一発では倒せない魔物が増えるにつれて必然と矢の消費も多くなってくる。
大型の魔物が徘徊する道は避けて道を変え、満月の光が導く森の中を縦横無尽に駆け抜ける。
それでも、時折満月が雲の中に姿を消して完全な夜の闇が森を覆い隠すと、慎重に慎重を重ねて動かねばならない。
このまま夜が明けてしまうのではないか、という不安に駆られながらも、再び満月が顔を出すのを待ってから動き出す。
最早通った道など複雑すぎて覚えておらず、来た道を思い出すことなど余程の記憶力の持ち主にしかできないことだろう。当然レイにそんな記憶力はなく、竜鳳花のことも今は頭から消し去るほどに満月草を求めていた。
そうして夜通し森の中を満月草を求めて彷徨い移動し続けること数時間。
矢筒の中身がカラン、と音を立てるまでに数を減らしたその時、レイが探し求めていたものと対面する時がようやく訪れた。
「これ、が……、満月草……!」
既に巨大な満月は反対側の空から顔を出した朝日に照らされて薄らと姿を消しつつある状況で、レイは遂に満月草と対面することができた。
既に朝と呼ばれる時間になっても、微かに残る月の光に呼応するかのように光り輝く台地に近づいていく。
夜通し森の中を駆けずり回って、生傷と汚れに塗れ、疲労が重なったレイの目に映った満月草が光り輝く姿は、言葉に言い表せない程に美しかった。
『大地に降り立った、満月が如き輝かしい幻想の花』
実際の名は満月草とはまた異なるようだが、グレイ爺の図鑑に書かれた文言と合わせても、正しく地上に現れたもう一つの満月と言っても過言ではない。
たおやかに咲き誇る満月草の花弁は、満月の夜が終わるに合わせて閉じていっているのだが、それでもなお失われることのない神々しさは、レイが今まで目にしてきたものの中で一位二位を争う程に荘厳なものだった。
その美しさに思わず見蕩れていたレイだったが、時間も無いことを思い出して我に返るとそそくさと満月草の採取に動き出した――刹那。
「――ッ!?」
背後から冷水を浴びせかけられたかのような殺意に反応を示し咄嗟に身を屈めるも、背負っていたリュックに大きな衝撃と肩にのしかかる重みに、心臓が跳ね上がる。
右からも、左からも、両方の耳から聞こえてくる激しい吐息と、狂ったかのような暴威。
いや、狂っていない魔物と言うのもまたおかしな話だが。
暴威に晒されながらも、肩紐を抜いてリュックを手放すと、前方に転がって即座に矢を番えて弦を引き絞る。
リュックに対して並々ならぬ執着を見せる魔物に振り返った瞬間、レイは思わず目を瞠ったものの、躊躇なくその魔物の首元目掛けて矢を放った。
片方の首が先に反応を示して矢を躱す。
大きく後ろに飛び退る魔物は、興味の対象をリュックからレイに移して、頭を低くして唸る。
真っ赤に充血したような四つの目は相も変わらずこちらを食らう事しか考えていないようで、口端から垂れる涎は大地に咲く満月草を汚していく。
満月草の花弁が閉じていくのを止めることは出来ずに、レイは魔物と対峙せざるを得ない状況に陥らせる。
奇しくも、あの日と同じ、明け方の再開にレイの胸はどこか踊るように跳ねる。
「――会いたかったよ、クソ犬っころ」
見たことも無いくらいに腹を立てた様子のレイは、口にもしたことのない言葉でもって目の前の魔物――双頭の魔物に向けて弓矢を身構える。
あの日、深層に来て早々にレイに対して絶望を植え付けたトラウマのような存在の魔物に対して、レイは消えることのない腹立たしさを抱えて森での日々を過ごしてきた。
そんな相手が目の前に現れたとなれば、あの温厚なレイだって口の一つや二つ、悪くなるというもの。
挑発的に言葉を口にするレイに対して、意味が通じたわけでもないのに、双頭の魔物は腹を立てた様子で地面を執拗に蹴る。
あの日の恨みを抱えたまま、レイは因縁の相手とリュックを挟んで向かい合うのであった。
ブクマ、評価等ありがとうございます。
ペロスタブ、は幻想の森、下級区で主に使われるスラングの一つです。
スタブが、「クソ」としてよく用いられていて、当然レイは言われる側でした。
ヒジリの教育もあって使う機会は無いと思われていましたが、あの日の出来事は乗り越えることができるトラウマとして怒りに、立ち向かう力に変えることができたようです。
以上、補足説明でした。
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