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龍の腕は世界を抱く  作者: 萌葱クレイオ
第二章 儚き夢の旅路へ
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24話 近すぎては見えないもの

読んでいただきありがとうございます。

本日三話目!

 


 外の世界に暮らす亜人について学びを深めたあの日を境に、レイはより外の世界への興味を抱くようになった。

 短弓や筋力トレーニングの合間を縫ってグレイ爺から話を聞き出し、外の世界での一般教養から遥かにズレた教養を身に着けるレイは、様々な面において成長を見せる。


 そんな日々が一か月、二か月と過ぎていき、唯一成長を見せていなかったレイの体に成長の兆しが表れる。


「――見て見て、グレイ爺! 背! 背が、身長が、ほら!」


 朝一番。

 朝食の支度に励んでいたグレイ爺の腕を引いて自分の部屋に連れ込むレイの手は遠慮の欠片もなく、グレイ爺相手にここまで打ち解けたのはつい先月かそこいら。

 これだけ長く生活していてようやくか、とも思えるが、レイは元々自ら進んで人と関わろうとする性格ではなく、どちらかと言うと引っ込み思案な性格の持ち主だ。それをここまで明るく人格形成成し得たのは、他ならぬ姉ヒジリであり、彼女の影響がレイの人格の表面に現れるのは偏にヒジリの愛の大きさ故だろう。


 なんじゃなんじゃ、とレイの興奮に苦笑して腕を引かれていくグレイ爺。

 ようやく年相応の姿を見れるようになったグレイ爺は、まるで我が孫を見るような、困った様子で微笑みながらレイの寝室に入る。


 そこには「お前もか……」と同情する目を向けるシオが先におり、顎を向ける先に視線が集められる。


「ほら見て! 大きくなってるの! 昨日くらいから、なんか見える世界がいつもと違うなーって思って印をつけてみたらほら! 少しだけ大きくなってたんだ!!」


 扉横の柱にはいくつかの印が刻まれていて、それは段階ごとに上に伸びているようにも見えた。

 うしし、と笑いながらその印の横に並んで頭のてっぺんに手を置きながら見せると、ふふん、とどや顔をして見せるレイに対して、今もベッドに降り立って寝起きのダウナーな様子で声を上げるシオ。


「起きたと同時にこのテンションだ。なんか反応してやれよ爺さん」

「お、おう……。よ、良かったな、レイ。確かに大きくなっているの」


 確かに伸びている。

 伸びているのは確かだが、レイの年齢からして明らかに成長の幅が小さいことに気付いたグレイ爺が何とも言えない様子で頭を撫でてやると、レイはどれ見たことか、とシオに舌を出して挑発をする。


「ほら、グレイ爺は褒めてくれたよ! やっぱりちゃんと伸びてるんだよ」

「グレイの爺さんはレイを甘やかしてるからそう言うんだよ。そんなもん俺からすれば誤差だ誤差。グレイの爺さんくれぇでっかくなってから俺を驚かしてみろっての」

「~~~~ッ!! なんでそんな酷いこと言うの!? もうシオなんて知らない!!」

「後は頼んだぜグレイの爺さんよ」


 付き合ってられるか、と粗野に言い放つシオはいつもと変わらぬ様子でふよふよと光輪の翼を広げて窓から外に向かって飛んで行ってしまう。向かった先は恐らくカウちゃんのところだろうが、グレイ爺の体にはレイが抱き着いたままで後を追うことが出来ないでいた。


 霧の結界を抜けてからシオの成長速度は目を瞠るものがあり、レイやグレイ爺との生活に合わせて体を縮めているとは言え、本来の大きさは今やあのガリウスの牡鹿を優に超えるサイズにまで成長していた。加えて、特に成長著しいのが精神面。僅か一月や二月そこいらでシオの精神面は大人のように達観した物言いが出来るようになるまで成長していた。レイも知らない成長速度に、シオは「魔力が体に染み渡る感覚がある。……知らんけど」と言って、魔力の使えないレイを悔しがらせていた。


 そんなシオからしてみればレイの小さな体の成長は確かに誤差と言える成長だろうが、レイにとってはこれ以上ないくらい喜ばしい成長であった。


 それを気だるげに「誤差だ」と言って切り捨てられては、さしものレイも頭にカチンと来るものがあった。


「あのわからず屋の蛇……!」


 シオが出て行った先、窓の方を睨むレイの口から悪態が漏れる。

 ムカムカと腹を立てるレイを宥めながらグレイ爺と二人の朝食を食べ終えると、レイは成長した体でトレーニングを始める。


 シオとレイがこうして長い時間離れているという状況にむしろグレイ爺の方が違和感を抱く。今までは、朝起きてから夜寝る間での一日の間で数時間も離れている瞬間が無かっただけに、見守っている側が余計な心配をしてしまう。

 時折シオが家と厩舎を行き来するのを見かける度に「仲直りしてくれ!」と心の中で祈るも、当の両者はお互いにツンケンとしたまま時間だけが過ぎて行ってしまう。どちらかと言うと、シオの方がなんとも思っていないような態度を取っているのを見て、レイが余計反発しているように見えていた。


 それでも、レイはすっかり慣れたハードなトレーニングで汗を流していく。むしろいつもよりやる気に満ち溢れているような希薄すら感じる勢いでトレーニングを終わらせた後は、この二か月でかなり上達したと自負する弓矢の練習に入る。


 グレイ爺としては、レイがシオに対して依存気味だった、寄りかかっていたように見えていた現状が正しいものに治る機会かと思うと、これもまた大切な時間、悩め若人とも思わないでもなかったが、余りにも仲直りをする気配を感じさせないためにグレイ爺が焦り出すという事態に。


 そんな親心に気付かないレイは、弓矢の練習に熱が入る頃には朝の出来事もすっかり頭から抜け落ちているようで、楽し気にグレイ爺に「見てて」と声をかけていた。


「この、木の板を投げれば良いのか?」

「うん、お願い」


 集中力を使うから最後にやるんだ、と息巻いていた通り、レイは極度の集中状態に入り込む。


 その場に居合わせた空気が凝縮されていくような、息苦しいまでの緊迫感が募っていく中でグレイ爺は驚嘆のあまり息を飲む。

 元より、レイが特異な集中力を持っていることは理解していた。物事にのめり込むとかそう言う次元ではない程の集中力は、日頃のトレーニングでも片鱗を見せており、グレイ爺も把握してはいたものの、まさかこれ程のものかと一瞬時を忘れて見蕩れてしまう。


 吐き出したい気が細い糸にすら見えてくるような極度の集中状態は、レイがこれまで置かれてきた環境で生き抜くために得た力であり、誰に頼ることもなく幼いながらに必死で藻掻いて生きてきた、努力し続けてきた成果とも言える。


 痛くて泣くことも、辛くて泣くことも許されてこなかったレイは、己すらも認識の外に追いやる集中状態を生み出すことで、心の安寧を守っていたのだろう。しかし、それすらも許されていない状況を、心が正常に動いていると言えたものではない。だが、それもまた、何が正しいのかを教えてくれる大人は居なかった。


 このレイの技量が、涙を流す代償なのかと思うと、その有様を目にしたグレイ爺は自分の生い立ちがどれだけ恵まれているのかを理解する。


 しかしいつまでも見蕩れているわけにもいかず、レイの願いの通り、手に持った五枚の木の板を宙に放り投げる。


 規則性もない、無秩序に宙に舞った五枚の木の板は、集中するレイの視界に確かに収められる。

 目で追いかけるのと同時に、肩にかけた矢筒から矢を番え、放つ。それが一射、二射、三射と紡がれ、木の板が全て地面に落ちるまでの間に五発の矢が放たれる音が聞こえ、遅れて木の板が地面に落ちる乾いた音が鳴った。




「――ふぅ」




 集中状態を解いたレイは息を吐いて玉のような汗を額に浮かばせながら辺りを見回すと、もう一度溜め息を吐いて肩を落とす。


 レイが肩を落としたのは地面に落ちた木の板を眺めたからで、結果は五枚中一枚にしか放った矢は突き刺さっておらず、刺さったのは一番最初に狙いを定めて放った一発のみ。


「昨日はもっと上手くできたんだけどなぁ……」


 そう言って木の板と矢を拾い集めるレイを見て、グレイ爺はほんの数か月前のレイの姿を思い出してしまう。


『弓の才能も、無いかもしれない……』


 その言葉を聞いた時、もし今のこの状況を伝えられたとしたら、なんてありもしない過去を悔やむ。

 そんじょそこらの物事では驚かなくなる程に人生経験を積んできたグレイ爺だったが、レイの急成長する弓矢の腕前にあまりにも驚き過ぎて言葉が出なかった。


 本来レイの持つような弓矢は、森の小型魔物なんかを狩るための狩猟用の武器。故にレイのように非力だが器用な者にとっては向いている武器種なのだが、まさかここまで器用に扱うとは思ってもみなかった。

 グレイ爺にとっては、この森に蔓延る魔物相手に牽制できる程度に扱えるようになればと考えていた。実際森の外で弓矢を使う人間は魔道具の鏃を用いたりして支援に回るのがポピュラーなため、レイが危険に足を踏み入れないための予防策として弓矢を勧めたというのもあった。それが、今や支援武器どころか、単騎で魔物と渡り合うような鍛え方をしているレイに、グレイ爺は開いた口が塞がらない状態だった。


 今の木の板も、一枚のみ命中して貫通しているが、他の四枚もまた矢が掠ったり、すれ違いを果たしたりして、群れで襲い掛かってくる魔物であれば全て命中していただろう。


 確かにレイに弓矢の才能は無い。

 だがそれはグレイ爺の知る弓使い、狩人の才能なだけで、今のレイが求める必要な才能ではない。


 言うなれば、新しい時代の弓使いになりうる才能は十二分に持ち合わせていることが分かった。


 その後も、レイの集中力が続く限り弓矢の鍛錬に付き合ったものの、一番初めの成果を超えることはないまま日が落ちて行った。


「……シオ、なんかしたでしょ」

「――あ? なんの話だよ」


 新たな才能の発見に満足げなグレイ爺とは裏腹に、レイとシオの中は相変わらず険悪なまま。むしろ悪化の一途を辿っているような気配すら感じさせていた。

 険悪なムードが漂う食卓で、レイがシオに苦情を叩きつけると、その空気がより一層重苦しくなる。


「昨日まで出来てたのに、今日は出来なかったのは、シオがなんかしてたから……、それ以外考えられないし」

「だからなんの話だっての。俺にはさっぱり理解できない話なんだが」

「だから、弓の練習中に、今まで何かしてたんでしょ!? だから今日、僕はなんにも上手くいかなくて……。昨日と違うところなんてシオしかないじゃん!」


 一日の終わり際、一人で風呂に入るのも、一人でトレーニングするのも、初めてだった。

 それはまるで幻想の森で、一人だった頃のような物悲しさを思い出すようで、ずっと胸が騒めいていた。


 その不安が何かを見つけないと、レイは落ち着いて食事に手を付ける事すらできないでいた。


「なんだよそれ……。なんで俺のせいになんだよ。そもそも、最初に知らないって言ったのはレイの方だろ? それで俺に責任を転嫁するのは話が違うだろうよ。それに、ただ単に集中できていなかったのはレイ、お前の不注意なだけだろうよ」


 結局、不安の在処は見つけられず、シオの真っ当な正論がレイを襲う。

 否、既に何が原因かは分かっていた。レイも、シオも。

 それでも、長い間ずっと一緒に居たからこそ、本当に言いたいことを正直に言えないもどかしさが、特にレイには顕著に表れていたため、シオの言葉に黙り込んでしまう。


「……もういいっ」

「あっ、おい、レイ! ……ったく、なんなんだよ」


 分かっているからこそ、その六文字が出てこないもどかしさに耐えられずに、レイは逃げるように自室に引きこもってしまう。

 そしてシオもまた、不躾な事しか言えない自分の口が恨めしかった。


「分かっているんだろ? 何が悪かったか、何が原因かは」

「……グレイの爺さんの、その何でも見透かすような態度、俺は嫌いだぜ」


 グレイ爺は、二人の喧嘩を止めることなく、間に入ることもせずに見守っていた。時間が解決するであろうことも、お互いが歩み寄れば解決することもわかっているから。


 だからこそ、今も夕食に口をつけないシオに小さく問いかける。どちらかの味方をするでもなく、ただアドバイスをするに留める。


「……シオ、お前は確かに成長して大きくなった。肉体が成長すると同時に、精神も伴って成長を果たしている。だからこそ、一歩引いた目線で物事を語れるし、視ることが出来ている。それは何も悪い事ではない。……だが、レイもまた同じだと考えるのはまだ早い」


 シオの体は、肉体の急成長に引っ張られるようにして精神面もまた大人になっているようだが、レイは違う。体も心も歪んだまま成長を続けているため、今のように子供の意地を張る場面もあれば、大人顔負けの冷酷な判断を見せる場面もある。グレイ爺と暮らすようになってからは積極的に前者の面を引き出すようにしているが、復讐へと繋がる後者の考えもまた、レイの中に見える心だった。


「……そんなの、分かってんだよ」

「そうだな。レイと一番長くいたシオが分かっていないはずは無かろう。だが、近すぎては見えないものも、時にはあるやもしれんぞ?」

「ねぇよ、そんなもん」


 夕食は明日の朝食にしよう、と言って片付けを始めるグレイ爺の傍で、シオはずっと隣にあったレイがいないことの寂しさから、溜め息を吐くのだった。











「うぅ、グス……。ぇぐ……」


 グレイ爺も誰もが寝静まった夜。

 森から聞こえてくる魔物たちの息遣いが、夜の支配者が誰かを知らしめる。


 薄らと見える夜の暗闇の中を、すすり泣く声がひたひたと何かを探すように彷徨い歩いている。


 その小さな影がある扉の前に辿り着くと、ゆっくりと扉を開いて中に侵入していく。

 当然部屋の主は感じ取った異変に目を覚ましており、その小さな影が自分の元に駆け寄ってくるのを警告することも拒むこともなく迎え入れた。


「ぐれい爺ぃ……!」

「おうおう、泣くな泣くな。一人は怖かったか?」


 小さな影、レイはグレイ爺の腕の中でえんえんとすすり泣く。


 レイは暗闇が苦手だ。

 正しくは眠りにつく瞬間が恐怖に囚われやすく、レイは特に怖がることが多かった。それは姉ヒジリを奪われた時を思い出すからで、目が覚めた時に誰もいなくなっていたら、また奪われてしまったらどうしようかと言うトラウマが蘇るからであった。いつもならシオが寝付くまで添い寝をするのだが今日は一人だった故に、こうしてグレイ爺の寝室にまで駆け込んできた次第だった。


「――しお、シオは、どこ?」


 泣き腫らした目でシオの所在を問うレイの目には、今日一日張っていた意地も消え、ただただシオの身を案じるレイがそこにはいた。

 そしてグレイ爺が居場所を伝えるよりも早く、レイの目はシオの姿を捉える。


 自分の命よりも大切な相棒、天色の鱗と自分と同じ琥珀の瞳を覗かせるシオをグレイ爺の肩越しに見つけると、レイはその手で、その腕で、その体で「もう離さない」とばかりの勢いで申し訳なさそうに顔を覗かせたシオを捕まえるのだった。


「ごめんなさい! 僕が、変な意地を張ったから、だから、ごめんなさい! シオがいないと、僕は、ぼくは……」

「ぐぇっ、く、苦しい、苦しいって、お、俺も悪かった、俺の方こそ冷たいこと言って悪かったから、そろそろ離してくれ、レイ……! レイ?」


 口火を切ったレイの体で示す謝罪の嵐に、シオが押され、お互いの謝罪が成立する。

 ように見えたのも束の間、シオの謝罪の言葉にレイは反応を示すことなく、激しく抱き着いたまま眠りについてしまうのだった。


「……なぁ、グレイの爺さんよ」

「くかか、今日一日レイを傷付けた罰じゃな。むしろ褒美か?」


 抜け出せない力で抱き締めるレイは、何をしても起きないだろう。安心しきった様子で眠る少年を、誰が無理やり起こそうと思うものか。


 けたけたと笑うグレイ爺がレイを抱き寄せて眠りに入ったことで、シオがレイの手から抜け出すことは不可能であることが決定づけられる。


 はぁ、と溜め息を吐きながら、どこか嬉しそうにして諦めるシオは、結局朝になるまで解放されることはなく、シオの体にはレイの手形と、レイの頬にはシオの鱗の痕がくっきりと残った印象深い朝に笑顔が生まれるのだった。








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