102話 愛の告白ではありませんか
読んでいただきありがとうございます。
「本当に戻ってくると思ってんのか?」
「うーん、どうだろうねぇ」
「ヒバリは永遠にマスターのお傍に居りますよ」
「それは最早呪いの類だろ、ゲロ女」
変わらず引っ付いて来ようとするヒバリを引き剥がしながら「はいはい」と流すレイは、森での夜を綺麗になった洞窟の中で過ごし、朝を待っていた。
あの後、レイはブルーノの頼みを二つ返事で許可した。
呆けたブルーノを放置して昏倒した人たちを一人ずつ叩き起こしては洞窟から追い出していく。
すぐ隣で魔物も気を失っている光景を見て、第二第三のブルーノが出てもおかしくはない状況のため、それぞれに目隠しを施しパニックに陥る事を防いだ。それ故に、彼ら被害者の中でレイやシオ、ヒバリの姿を目撃した人物は一人もいない。
このまま無事に町に帰ることができたのならば、ブルーノは救世主として持て囃されるに違いない。
ヒバリが街道の魔女として襲い、昏倒させた人数はブルーノも含めて総じて二十名にも及び、村の住人も町の住人も拘わらずに町へと戻って行った。
ブルーノ曰く、傷や体力を戻すための休養を経てから、街道の魔女に関する取り調べを受けてから帰ることになるそう。
夜も近かった森の中を、体の弱った二十人近くの集団で歩いていては、魔物の恰好の標的になりかねない。いかにレイとシオから逃げられるだけの実力を持つブルーノだとしても、この数を守りながら魔物が息を潜める森の中を進むのはまず不可能。かすり傷でさえ致命傷になりかねない程に脆弱なお荷物は「騎士が来るまで待っていよう」だの、「朝になるまで待っていた方がいい」と保身のためにのたまう人々を見て、シオが苛立たし気に尻尾を地面に叩きつけると、目隠しをされた人々が全員、音の鳴った方を見て体を跳ね上げた。
『今、目隠しをしてもらっている理由として、周囲には我々よりも多くの魔物が、我々と同じように気を失っています。我々が目覚めたように、魔物達がいつまた動き出すか分からない状況の中、加えて、街道の魔女がいつまた戻って来るかも分からない中、来るかも分からない助けを待っていられますか?』
『幸いにも、俺は町へ帰る道が分かります。ですからどうか、大人しく着いてきてもらえますか?』
ブルーノの声掛けによって、一行はお互いの手を取り森の中を進む決意をした。
他にもブルーノと同じように身体強化が使える人がいないものかと観察していたレイだったが、中にはブルーノ以外にに誰一人として使える者はいなかった。
ちなみに、ブルーノのほかに一糸纏わぬ姿の人は見当たらなかった。
全員が着の身着のまま、襲われた時の恰好のままであったがゆえに、余計にブルーノが全裸であった意味が分からない。
余りにも謎が深まる一方であったためにヒバリに直接問いかけてみると、ブルーノが抵抗した際に全ての衣服が弾け飛んだのだとかなんとか。全くもって意味が分からない状況であるが、つまりはそう言う事なのだろう。考えても無駄なのだな、と。
ブルーノは最後、目隠しで余った布の切れ端を腰に巻き付けることで、少なからず人間社会に戻ることは可能な格好で帰路に向かって行った。
――そこからの道のりは、とにかく退屈だったとしか言えない。
当然ブルーノ一人では森の魔物達の襲撃から二十名近い人たちを守り切るなど不可能で、迫り来る魔物は全てレイとシオが駆除し、夜も更け始めた頃にようやく森を抜け街道にまで辿り着き、巡回中の騎士に見つけてもらっていた。
無事にブルーノが歓喜の輪の中心になったことを確認したレイとシオは、さっさと森の奥、ヒバリが待つ洞窟にまで引き返し、自分たちの寝床の確保に移る。
ブルーノ達が去った後、残されたのは同じように昏倒させられた魔物達。
だがそれも、大小さまざまな魔物が重なり合っている洞窟の中でシオが竜気を込めた気合の一喝を放つと、魔物達は瞬く間に飛び起き、状況の理解も追いつかぬまま恐怖を顔に張り付けて洞窟を飛び出していく。そうしてあっという間に森の中に散り散りになって去って行くのであった。
中には、鈍臭い人間たちの子守りをしたせでシオには相応のストレスが溜まっていたからか、そのストレス解消に付き合わされる魔物も数体。
そうして綺麗さっぱりと他の何もなくなった洞窟の中は広々としており、洞窟内を抜ける風が心地よかった。
「時にマスター。ヒバリはマスターのお願いの通り、従順にも黙していたのであります。そんなヒバリにも分かるように手取り足取り教えてもらえますか、あの者たちをなんの制約も無しに無しに帰した理由を」
なんだかんだ言って会話に挟まって来ていなかったか? と思いつつも、何かと理由をつけてはくっついて来ようとするヒバリに腕をつっかえ棒のようにして必死の抵抗を試みていたレイであったが、ヒバリの問いに答えようと意識を逸らした刹那の瞬間を狙って、ヒバリはレイの首に腕を巻き付けると、敬愛してやまないマスターの、その愛くるしい頭部を自分の胸に抱き寄せるのであった。
むぎゅ、と心拍のない体から頭を浮かせて、シオに助けを求めるのだが、シオは「甘ちゃんだな」と言って笑うのみ。
絡め手に関してはレイよりも一枚上手なヒバリではあるが、敵意もなければ悪意も感じられないヒバリの行動は、レイにとっては不可避の行動であり、シオもまたレイに危害が及ばない限りはいちいち目くじらを立ててはいられないと割り切って見慣れるよう努めているのであった。半ば諦めていると言えば正しくその通り。シオの根気負けであった。
「特にこれと言った理由は無いよ。ただ単に、あの場で、あの状況で、僕たちが取れる最善の行動を取ったまでだからね」
レイの言う通り、レイ達が限られた選択肢をブルーノに迫っていたように見えたあの状況は、レイ達に迫られた限られた選択肢の中で最善のものに誘導するための演技。言うなれば、レイ達こそが本当に選択肢を迫られていた立場とも言えた。
あの場でレイ達が採れた行動は、大まかに数えて三つしかなかった。
実際に選んだ穏便に済ませる選択の他に、力で屈服させる方法と、魅了の魔眼に頼る選択があった。
力で屈服させる選択は悪くは無かったものの、時間がかかる割に、ブルーノの人となりによって大きく結果が左右されてしまう以上、ブルーノがどう言う人物でどういった立場の人間なのかを知らないレイ達にとっては大きな博打でしかなかった。加えて、そう言った荒々しい解決策は、必ず未来に禍根を残す種になる。大切な人を奪った幻想師や騎士と同じ行動を取ると言う行為は、レイにとって舌を噛み切って死ぬ方がマシとも思えるが故に、選ばれる事はまずなかった。
そして、ヒバリの魅了の魔眼に関しても、一つの懸念があった。
「ヒバリに頼って下されば、もっと上手く、マスターの望みのままに事を運べたはずでは……」
不服そうに、使ってくれ、頼ってくれと訴えるヒバリに、レイは体を離して抱えていた懸念を口にする。
「魅了の魔眼は、もしかしたら、一度かかった相手には効きにくいんじゃない? 耐性がつく、みたいな」
「そうなのですか?」
こてん、と可愛らしく首を傾げる様子のヒバリに向かって、レイは魔力の干渉を防ぐ指輪をおもむろに外して、魅了の魔眼を向けて欲しいと頼む。
それを受けたヒバリは「いいのですか!?」と興奮した様子で腰を浮かせるも、同時に警戒するようにシオの方に視線を向ける。けれどもシオは口を挟むことは無く、揺れる焚火の灯りに照らされながら佇むだけで、これからやろうとしていることを止めようとはしてこない。
今、レイが予想から導き出した結果の仮説をシオが納得していることの証であり、むしろ何も口を挟んでこない事こそがレイの仮説の正しさを裏付ける答えのようなものであった。
そんな事とは露知らず、目の前に愛してやまないマスターが自分を魅了してくれ、お前のものにしてくれ、と身を委ねている状況に興奮止まないヒバリは嬉々として魅了の魔眼を発動させる。
(そんなのはもう、愛の告白ではありませんか、マスター……!!!)
粗方何を考えているのかわかりやすいヒバリの表情はいつにも増して恍惚としており、深い青の瞳はやがて魔力を帯びた桃色の瞳へと移り変わる。
「っ……」
魔力を感じ得ないはずのレイにも、自分の体の中に異物が入り込んだ感覚と共に、思考に靄がかかったかのように判断が曖昧になる。自分が自分でなくなる恐怖すらも感じなくなった状態で、ぼんやりと全てを受け入れてしまいたくなる。
――けれども、それを考える余裕があると言う状況こそが、レイの予想したものだった。
初めての邂逅時に受けた魅了の魔眼の強制力は、そんな感想を抱く間もなく自我を奪われ、ヒバリの意のままにされてしまっていた。
それが今や、頭の片隅に靄がかかる程度にまで抑えられるまでになっているのは、紛れもなく魅了の魔眼に耐性を得ているとしか言えない状態であった。
思った通りに魅了がかからない様子に怪訝な表情に変わるヒバリに対して、気を緩めない限りは魅了に落ちることは無いレイは、奥歯をぐっと噛み締めるかのように力を入れて靄を振り払う。
「ッ!?」
それと同時に、ヒバリの体はレイから弾き飛ばされたかのように頭を大きく仰け反らせる。
「ヒバリ、大丈夫!?」
「……ヒバリは平気ですが、マスター、今、何を?」
思わず駆け寄ったレイに、目元に走る激痛を堪えるように疑問を口にする。
痛覚を遮断しているはずなのに、何故か自己修復の魔術式が働かない、などいくつもの疑問が浮かんでくるヒバリの瞳の色は、いつもの深い青の瞳に戻っていた。
「反動、だな。俺も、ギン相手に幾度となくやられた高等技術だ。まさか魔力を感知できないレイにそれができるとは思ってもみなかったぜ。ま、大方他者に深く干渉する気味の悪い魔術だからこそできた芸当だ。それこそ、魔力の扱いに長けた魔法使いなんかに魔眼を向けた日には、もれなくその反動が返ってくると思えよ」
――反動とは、シオの言う通り、魔力によって生まれた干渉に別の魔力、もしくは魔力と同等の力でもって跳ね返された事象の事を指す。
本来ならば魔力でしか跳ね返せないところを、レイは魔力を明確に認知していないが故に竜気でもって跳ね返すことができた。そのような芸当、レイ以外の他の誰も真似できない、と言う事をシオは知らない。レイもグレイ爺もギンも、彼らの周りには常識外れの相手しかいなかったため、外の世界での基準がおかしくなっている節はあったが、魔法使いと呼ばれる相手であればヒバリの魔眼を跳ね返すことはそう難しい事ではなかった。
けれども、ギンのように、相手の発動する魔法を瞬時に見極めて発動動作に入ると同時に阻害し相手の行動を防ぐなどと言う反則級の技術は、王国屈指の魔法使いと言えども真似できる者はいないし、シオと言えどもそれほどまでの超高等級技術は再現不可能であった。
この結果を予想していたシオからは「いい勉強になっただろ」と悪戯心満載のあくどい笑みが返ってくる中、まさかヒバリに痛い思いをさせる事になるとは、とレイはオロオロと取り乱しながらヒバリの目元を優しく擦る。
反動を知らなかったとは言え、万に一つでも傷が残るようなら、と至近距離に顔を寄せて「ごめんね」と心底心配する様子で傷が無いかを再三確認をしていた。
そんなレイに対してヒバリは、こうして愛するマスターから接近してきて、あまつさえこうして撫でてくれるだなんて役得でしかない、と邪な思考を深めているとも露知らず、レイは心の底からヒバリの心配をするのであった。
「――とまぁ、魅了の魔眼に頼りすぎると、ヒバリに危険が及ぶかもしれないと思ったからだね」
ヒバリの抱擁を甘んじて受け入れたレイは、ヒバリの問いへの答えを口にする。
ヒバリには、戦闘能力がない。
もしも今のように反動が発動してヒバリが狙われた時、レイやシオだけでは守り切ることができないかもしれないのだ。であれば、そういった可能性も考慮してヒバリの魔眼に気付いていたブルーノに対して魔眼を向けることは有り得なかった。
「ですが、ヒバリでしたらいつだってマスターの盾になる覚悟はあります。ヒバリはもっと、マスターのお役に……」
「勘違いするなよゲロ女。レイはお前の魔眼が使えねぇから頼らなかったんじゃねぇ。お前を守るために使わなかったんだ。役に立ちてぇなら、自分で自分の価値を見つけることだな」
「――っ!」
シオの辛辣な言い回しを受け、背後から腕を回すヒバリの体が跳ねたのを感じ取る。
いつもであれば、下品な名前を向けてくるシオに噛みついていくはずのヒバリが沈黙を選ぶと言う事は、シオの言い分に返す言葉が見つからないからか。
「ありがとうね、シオ」
「はっ、俺はただ、レイが安く見られてんのが気に食わねぇだけだ。仮にもマスターだなんだと慕うんなら、レイを疑うような真似は絶対にあり得ねぇって言っただけだ」
それはそれでどうなのか、と対等な関係を望むレイは、口には出さないがシオとヒバリはなんだかんだ言って相性は悪くないと思っていた。どうしてそう思うのかは自分でも分からないが、二人ならきっとうまくやれるんじゃないかと思う節が根拠もなく浮かんでくる。
「……それではマスター、あの全裸の変態男を信じたから、逃がしたのですか? あの男がヒバリ達を売る可能性も十分にあるはずですが」
シオの言葉を受けてより一段と密着度と疑問が増したヒバリが、改めて問いの答えを求めてくる。
自分が想像しているよりもずっと思慮深く、それ故に更に敬愛するマスターの考えを知りたいという欲求が、背中越しに伝わってくる中で、シオはその答えを知っていながらも黙ってニヤニヤとしている。レイの口から聞きたいのがありありと分かる中で、そう言った気遣いができるのがシオの良いところなのだ。
「僕だって、馬鹿正直に誰彼構わず信用する程間抜けになったつもりはないよ」
「では、何か思惑があって……?」
「あると言えばあるけど、無いと言えば無い、かなぁ……。言うなれば、ブルーノは信頼に値する男だと、力になってくれると教えてくれた、セリカを信じているだけなんだけどね」
それが良いのか悪いのかは、分からない。
けれども、レイはこれまで、グレイ爺を信じてアイリーンを信じ、そしてセリカを信じてきたことを、間違いだとは思っていなかった。
だからこそ、騎士に抗うと決めたセリカが「力になる」と教えてくれた情報を、信じたからこそあそこまで手を焼いて送り出したのだった。
その言葉を聞くや否や、シオは上機嫌に尻尾で地面を叩きながら笑う。
「カカカっ、レイならそう言うと思ったぜ」
「……ではマスター、ヒバリも今後、マスターに信用してもらえるよう、心置きなく頼ってもらえるよう、誠心誠意心を込めて愛をお伝えしていきますね。お慕いしております、マスター」
それでも、もしも裏切られたら――、と口にしようとしたヒバリであったが、それを口にするのは憚られた。
――それではまるで、自分が裏切ろうとしているかのように聞こえてしまうから。
脳に当たる部分に刻まれた魔術式にノイズが走るような感覚を悟られないよう、ヒバリはいつもと変わらぬ様子でマスターに愛を囁く。
「や、それは……。あ、あー、もう夜も遅いからなー、僕はもう寝ようかなー」
「……さぁ、マスター。冷えては困ります。ヒバリの体温で温めて差し上げますからどうぞ」
「いい加減離れやがれ変態ゲロ女」
「ヒバリはヒバリと言う名が――、あぁ! マスター!」
一瞬だけシオからの訝しむ視線を感じながらも「ヒバリは布団です」と言いながらレイに巻き付くも、シオに突っかかった隙にレイは抜け出し、ちょうど良い岩を背もたれに、やいのやいのと騒ぐシオとヒバリの喧騒を耳にしながら、新しい旅立ちの夜に瞼を落としていくのだった。




