83 約束された幸せ その2(*)
(*)引き続き少し怪談っぽいものになっております。
明かりも持たずに真っ暗な半地下におりて行く。
療養室のベッドに痩せ衰えた女が眠っている。その傍らに置かれた椅子に、顔に包帯を巻いたナトンが座って彼女の手を握っていた。顔色の悪いセーロが所在なさげにその隣に立っている。小さな蝋燭の炎が頼りなく揺れていた。
「生きていたのね」
フェリシティはナトンに向かってそう言うと、セーロをちらりと一瞥した。孤児だったセーロやウノは、聖眼教会の信者だった頃のナトンに拾われて一時期一緒に暮らしていたことがある。親代わりだった男の命を奪うようなことまではできないだろうなとは思っていた。
「船は帝国軍に拿捕されたそうだ。積み荷はすべて押収された。パーシュレティ商会は廃業する」
ナトンは静かな声でそう言って、悲しそうな目でフェリシティを見つめる。
「そうなの」
フェリシティは目を細めてほくそ笑んだ。
あの気持ち悪いくらい幸せそうだった家族も、自分の祖父母と全く同じ道を辿ったのか。エミリーは今頃嘆き悲しんでいることだろう。とうとう彼女から何もかも奪い取ることができた!
フェリシティの顔が喜色に輝く。達成感に胸がすくような思いだ。頭が少しずつはっきりとしてくる。
密告によって倒産に追い込まれた祖父母に代わって、優しくて愚かな従兄が海の向こうからラウダナムの原材料を運んでくれていたのだが、その従兄も帝国に捕まってしまったようだ。でも、焦る必要はない。まだ在庫はある。新しい船長などすぐに見つかるだろう。
「ねえ、ナトン。おかあさまのために薬をつくって? おかあさまとナトンは神様が結び付けた本当の家族なんでしょう?」
甘えた声でそう言ったフェリシティを見つめて、彼は力なく首を横に振った。ふたりは同じ聖眼教会の信者として親しくしていたとノーヴェたちから聞いている。
ナトンはラウダナムの精製方法に関してはあっさり口を割ったけれど、どれだけ痛めつけても原材料の割合に関しては教えられていないのだと言い張った。用心深い教祖は、技術が流出することを恐れ、それぞれの教会でひとつの行程しか担当させていなかったのだ。
――それは本当だろうとジョエルは言った。
神様は用心深く嫉妬深かった。秘伝と呼べるようなものはすべて隠し通して墓場まで持って行ってしまった。
「配合がわからない。彼は秘密が秘密でなくなることを恐れて、多くの信者たちを道連れにした。……幸せを約束した神様はもうどこにもいないんだ」
「ジョエルさまがいらっしゃる。聖なる瞳を引き継いだ御方が。聖なる瞳がわたくしたちを約束された幸せに導いてくれる」
死者を悼むナトンとは対照的に、フェリシティは難しい挨拶の言葉を諳んじているような子供のような口調でそう言った。
「わたくしたちが幸せになるためには、お金が必要なのよ」
聖ナル眼ノ教会が専売していた、最高品質のラウダナムであれば、いくらでも書い手はつく。しかし、製法が失われてしまった今、今のフェリシティたちには市販されている鎮静剤と同程度の品質のものしか作り出せない。ジョエルの実験には役に立っているようだが、余ったものを金に変えるのも一苦労だ。どうしたって付加価値をつける必要がある。
実験の失敗作の少女たちを引き取った『旦那様』たちに定期的に買い取らせる以外の方法を、常に考え続けなければならない。
ふわりと室内が明るく照らされる。ランタンを手に持って室内に入って来たのはノーヴェとウノだった。
「……戻って来たんだな」
向き合ったナトンとノーヴェは、肌の色と目の色が同じだ。
「誰かの幸せを奪っても、それは決して自分のものにはならない。当たり前のことだ」
「俺たちを捨てて逃げた人間が、今更何言ってやがる」
吐き捨てるようにそう言って、ノーヴェは恨みの籠った目でナトンを睨みつけた。
「信じて死んだ奴らは、今頃、天国に昇って約束された幸せとかいうものを噛みしめてんだろうな。本当に羨ましい限りだよ! 信じて死ぬこともできない俺らが、生きるために残されたものを利用して何が悪い」
「うそつきの神様を盲目的に信じて、そっちを選んだのは俺たちだろう? 約束された幸せなんて安っぽい言葉に縋りついて」
暗い笑みを浮かべて反論したセーロがベッドに歩み寄り、眠っているフェリシティの母親の顔を覗き込んだ。
「天国で未来永劫幸せになっているとかいう奴らは、あんなに明るくて優しかった人をこんなにぼろぼろになるまで利用した訳だ。……信じるだけで、それで本当に許されるのか?」
そして彼はフェリシティに向き直り、目を伏せたまま淡々と語りかけた。
「なぁ、約束された幸せなんてものどこにもないんだとさ。母親を見てればわかるだろう? 信じて騙されてそれでも信じて信じて……今のこれが、幸せなのか?」
「そうよ。この人はそう言ったの。旦那様に感謝をしてひっそりと生きていくのが幸せだと。だからわたくしのおかあさまは、約束された幸せの中にいるのよ!」
フェリシティは胸を張って声高に言い切った。老男爵の後妻として実家から売られても、そこで装飾品のように扱われても、すべては神様が与えた試練だと彼女は信じていた。耐え続ければ『約束された幸せ』がいつか必ず神様から与えられるのだと。
「本当に、哀れで頭の足りないバカな女!」
「そうか。……それがあんたの本心なんだな」
セーロは泣きそうな顔になって目を閉じ、ちいさな声で呟いた。もう手遅れなんだな……と。
『祈りましょう。感謝しましょう。神様、どうか聖なる瞳で私たち親子をお導き下さい』
不快な匂いと共に、母の声が頭に響く。フェリシティの真正面に座るナトンの背後に、いつしか顔のない亡霊が立っている。白いドレスの女が、先のない腕をフェリシティに向かって大きく広げた。子供が駆け寄って抱きつくのを待つ母親のように。
その姿が若かりし頃の母へと変わる。手を広げてフェリシティが抱きついてくるのを待っている。
冗談じゃない誰が行くものか。絶対に母親と同じ不幸な女になんてなるものか!
幸せでなければ生きている意味などない。幸せになるためならば、何だってやってやる。
「……その女とわたくしはちがう。望む幸せの形が全く違う。わたくしは銀の髪に水色の目をした王子様に恋をして結婚して幸せになると決まっているの。それが私の幸せだと、そうジョエルさまがおっしゃった。全部ぜんぶ取り戻さなければ。そのためには第二王子を排除しなければならない」
フェリシティは幽霊に向かって言葉を投げつけてゆく。認めない。あんな生き方は絶対に認めない。我慢して耐えて堪えて、幸せになれる日をただ待ち続けるなんて馬鹿みたいだ。
一日も早く誰かに奪われた幸せを取り戻さなければならない!
『これは試練なのよ。神様は私たちが幸せになるに相応しい人間なのか試していらっしゃるの。大丈夫。私たちには幸せになれると約束されているのだから。今は苦しくても大丈夫。必ず私たちは幸せになれる』
頭の中で繰り返される言葉を鼻で笑い飛ばす。違う。神様はただ大人しく待っているばかりの人間に、幸せを与えてくれたりはしない。手違いで別の人間の手に渡ってしまったものは、自らの手で取り戻さなければならないのだ。『約束された幸せ』を手に入れるために手段を選んでいたら、他の者に奪われてしまう。
白いドレスの幽霊がフェリシティに近寄ってきている。しかし、足を縫い留められたかのように体がその場から動かない。恐怖を振り払おうとするかのように声はどんどん大きく強くなってゆき、最後にはほとんど叫び声のようになった。
「わたくしはまだ負けていない。わたくしは自分の力で幸せになってみせる!」
幽霊はもう鼻先にまで迫っている。不快な匂いがどんどん強くなる。両腕を広げた彼女はまるでフェリシティを抱きしめるようにして……するりと何の抵抗もなく体の中に入っていった。
その瞬間に感じたのは歓喜だった。奇妙な高揚感が腹の底からどんどん湧きあがってくる。
「欲しいものはすべて、今持っている者から取り返せばいい。聖なる瞳を持つジョエルさまはすべて許して下さる」
高らかにフェリシティはそう宣言した。やり切ったというような、そんな達成感で心が満たされてゆく。もう白いドレスの女もなにも怖くない。
「セーロ、おまえだって、こちら側の人間だわ」
『おまえだってこちらがわのにんげんだわ』
やっと調子を取り戻した。もう大丈夫。やらなければならないことはすべてわかっている。フェリシティは光を取り戻した目でセーロを睨みつける。
「その女と同じように、私たちに騙されて売り払われた娘たちは、今頃不幸のどん底で泣いて暮らしているでしょうねぇ」
『ないてくらしているでしょうね』
にいっと口の端を引き上げて、挑発的に笑ってやる。自分の声に誰かの声が重なっている気がするが、徐々に違和感は消えてゆく。
「私はすべてを手に入れて幸せになるの」
『しあわせになるの』
一度目を閉じて、フェリシティは大きく息を吸って吐く。ああ、やっと手に入れた。あの奇妙な屋敷の中に閉じ込められて、自由に外に出ることもできなかった。あそこは居心地が悪った。遥か昔から受け継がれた強すぎるまじないが体に纏わりついて身動きが取れなかった。
ああ、ようやく、ようやく外に出られたのだ!
『「やっと手に入れたの。邪魔はさせないわ」』
今までのセーロだったら、罪悪感に怯えきった目をしてフェリシティに許しを乞うただろう。しかし、今目の前に立つ彼は、真っ向からフェリシティの視線を受け止め動揺する様子もない。
おもしろくない。つまらない。こんなものはいらない。
「もう、そいつらはいらない。ノーヴェ、片付けておいて。わたくしの幸せには必要ないものだわ。消してしまって」
フェリシティは楽しそうに笑いながら、まっすぐに母親を指差す。
「……お嬢さま?」
フェリシティの様子がおかしいことに気付いたノーヴェが訝し気な声を出す。そして、目をぎらぎらと輝かせている彼女を見て、思わずというように身を引いた。ウノが真っ青な顔をして部屋から飛び出してゆく。躓きながら階段を駆け上る音が響き渡る。
「そうよ、神様なんていない。幸せなんて約束されていない。自分の好きなようにすればいいのよ。私を縛り付けるものはいらない。指図するものもいらないわ。逆らうものは全部消してしまいましょうね。必要なのは忠実な下僕だけ」
フェリシティは大口を開けてけらけら笑い出す。明らかに常軌を逸した様子の彼女を、ノーヴェとナトンとセーロが茫然と見つめている。
とても、とても気分がいい。今なら何でもできる。倫理観も道徳心も他人に対する思いやりも、自分が幸せになるためには全く必要ないものだ。結局、ためらわずやりたいようにやった人間が一番幸せになれる! 罰を恐れていたら何もできない。幸せにはなれない。
フェリシティは笑い続けながらノーヴェを振り返り、彼が持っていたランタンを奪い取った。
「いらないものはみんなみんな燃えて灰になればいいのよ!」
上機嫌でそう言ってベッドが接している壁に向かって投げつける。
「なっ!」
ガラスの割れる音と共に。ベッドの上に炎が落ちる。布の上に落ちたオイルが大きな火を上げて燃え上がった。
そのまま部屋を出て階段を駆け上り地上に出ると、ドアを閉めて鍵をかける。
これでもう誰も外には出られない。ノーヴェはまだ下僕として使えたかもしれないけど、まぁいいやと思う。
「最後くらい兄弟仲良く一緒にいればいいわ」
ああ本に当本当に最高の気分だ。口元に手を当ててくすくす、くすくすとフェリシティは笑い転げる。その時背後のドアをドアを滅茶苦茶に叩く音がした。
「お嬢さま、開けろ。いるんだろう開けてくれ」
ドアの向こうから切羽詰まったノーヴェの声がする。
「あらあら。あなた一人なら助けてあげてもいいけど、他はいらないわ」
「俺一人だ。だから鍵を開けてくれ」
「嘘だったら突き落とすから」
フェリシティは歌うようにそう言って鍵を開ける。ドアの向こうに立っているのはノーヴェ一人だ。空気の流れができたせいで炎が階段を駆け上がってくるのが見える。ノーヴェは地上に飛び出すとすぐにドアを閉めた。
「自分の幸せのために、家族を見捨てたのね。それとも、家族よりわたくしを選んでくれたのかしら?」
ノーヴェはそれには答えず、フェリシティの手首を掴んでそのまま走り出す。
「船に移動する。ナトンの話が本当なら、ここにもすぐに帝国の奴らが雪崩れ込んでくる。地下が全部燃えてくれるなら丁度いい……あの二人も一緒に燃えちまえばいい」
そうは言いながらも、その目は落ち着きなく揺れていた。
「お互い過去との決別ね。船に戻って新しい門出に乾杯しましょう!」
いらないものを思い切って処分してしまえば、こんなにすっきりする。
全部全部排除してしまおう。自分に必要なものだけ残せばいい。捨てる事なんてこんなに簡単なのだ。どうしてもっと早く実行しなかったのだろう。
心の中にずっとあった苛立ちが嘘のように消えている。
好きなように生きればいいのだ。いらないものは全部こうやって燃やしてしまえばいい。
そして、あとはどこまでも闇に堕ちて行くだけ――
誰かが泣いている。頬を叩いている。まだ抜歯した傷が癒えていないのに。
結局全部で六本も奥歯を抜かれた。おかげで流動食しか食べられない。口の中に物を入れるのも正直嫌なのだが、急激に痩せるとよくないとか、皮膚が弛んで余るとか言われて無理矢理口の中にスプーンを突っ込まれる。これは最早病人に対する虐待ではなかろうか。
そんなことを考えながらぼんやりと目を開ける。頬に生暖かい水が降ってくる。涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔をしたエラの顔が、焦点が合わないくらい近い。
声を出そうとしても、喉がヒューヒュー鳴っただけだった。体がうまく動かせない。何度か瞬きを繰り返す。エラが肩に額を擦りつけるようにして泣き始めた。
「痩せて、下さいっ! 重くて、運ぶのが、大変で。皆さん、大変苦労して、ここまで、引きずってっ」
嗚咽の合間に、くぐもった声で非難される。それでようやく状況が理解できた。
壁に投げつけられたランタンが割れて、ベッドは一瞬にして炎に包まれた。それでも一気に燃え広がらなかったのは、上掛けが燃えにくい羊毛製のブランケットだったせいだ。しかし、密封された空間で炎が燃えれば、息ができなくなって人は死んでしまうのだとセーロは自身の経験から知っていた。
一人で逃げろとナトンは言ったのだ。自分は彼女とここに残るからと。ふざけるなと叫んだことは覚えている。でも同時に思ったのだ。きっともう二度と彼は彼女を置き去りにはできないだろうなと。
目が動く範囲で周囲を確認する。セーロが横たわっているのはユラルバルト家の中庭だ。丁度左手側の茂みの影に、今は使われていない枯れ井戸がある。実はそこから地下室に出入りできるのだ。本物の当主だけが知っている緊急避難用の隠し通路。今回侵入にはそれを利用していた。
炎から逃れるために自力で必死に縄梯子を登った記憶はある。井戸の上にいる人間に手を掴まれて地上に引っ張り上げてもらったところで力尽きた。そこから後はエラの言う通りなのだろう。
「ああ、よかった。気が付いたね。水を持ってくるよ」
男性にしては柔らかい声がして、エラの背後から帝国の軍服を着た女性が顔を覗かせる。額から右目かけて巻かれた包帯と頬に残る青あざが痛々しい。
「起き上がれるかな? エラや今の私の力じゃ起こすのはちょっと無理だね。誰か呼んでくるよ。セーロは痩せなくちゃいけないし、私は体重を戻さなくちゃいけないし、足して割ったら丁度いいかもね」
そう言って彼女は泣いているエラの肩を優しく摩る。縋りついて泣き出したエラを抱きしめながら、彼女は冗談めかしてそう言った。
「羨ましい?」
まるでセーロがただ午睡から目覚めただけとでもいうように、日常の延長であるかのように彼女は振る舞う。そのお陰でだいぶ気持ちが落ち着いた。
聞くことが恐ろしかったが、でも聞かない訳にはいかない。
包帯で隠されていない彼女の目をじっと見つめる。木版画職人の姿の方が見慣れているので違和感がぬぐえない。名前もケニーではなくカルラ。
「……二人とも君の後に救出された。火傷もそんなに酷くはないんだけどね、意識が戻らないんだ」
カルラは落ち着き払った声でそう言った。
安堵と絶望が波のように代わる代わる押し寄せる。最悪の事態だけは回避されたのだと、そう思うべきなのだ。セーロは必死にそう自らに言い聞かせる。
目を閉じた瞼の裏に壊れたように笑う女の姿が思い浮かんだ。
その姿を見ても、もう恐怖に心が畏縮したりはしない。ただただ、深い悲しみを感じるだけだ。
あんな優しかった人の娘がどうして……と。
月に一度、教会で暮らす孤児たちのためにお菓子を持ってきてくれた、金の髪に緑色の目をした美しい女の人。あの頃はまだナトンとノーヴェは仲が良くて、ウノも顔に怪我をする前で、全員が神様と約束された幸せを無邪気に信じていた。
受け止めきれない悲しみを持て余して、高い空を見つめる。泣きたいのに涙も出ない。
ウォルターは、催眠状態にあっても意識は本人のものだから、倫理観や罪悪感が植え付けられた暗示を拒み、命令通りに行動しないことがあるのだと言っていた。
勿論催眠にかかりやすいかかりにくいもあるが、必ず自我というものは残っているのだと。
だから、療養室に火を放ったのは、フェリシティ本人の意思なのだ。
――倫理観が邪魔をするならば、その倫理観を失わせるように行動させ続ければいい。
セーロは目を動かして、泣き続けているエラに視線を向ける。
あのままユラルバルト家に捕らわれ続けていたら、エラもいずれああなったのかもしれないのだ。
どうして、どうしてこんなことが許される?
悲しみと不快感と怒りが入り混じって腹の底からせり上がってくる。喉の奥に何か大きな塊が詰まっているような感じがする。
「水、置いておきます」
帝国の軍服を着て、目深に軍帽を被った男が駆け寄って来ると、横たわっているっセーロの顔の横に水筒を置いて去ってゆく。その男の瞳の色を見て、セーロははっと我に返った。咄嗟に声をかけようとして息を吸った途端に激しく咽る。
――間違いなく水色だった。
見つけたらすぐに捕まえろと命令されている。げほげほ咳き込みながら男が去っていた方角に向かって手を伸ばす。その必死の様子にエラを抱きしめていたカルラがばっと背後を振り返った。
「……もういない」
深いため息と共に顔を戻して、彼女は片手を伸ばして水筒の横に置かれていたちいさな瓶を拾い上げる。
それはそれは、小さくて可愛らしい、花のラベルのついた香水瓶だった。
風が吹いてふわりと香りが立つ。不思議そうな顔をしてエラがカルラから体を離して香りの元を探すように周囲を見回した。
そして、どこかぼんやりとした目をして笑う。
「私は水色の瞳をした方と結婚して幸せに…………なるリリアさまの姿を近くで眺めて幸せになるの」
……ん? と、セーロとカルラは思わず首を傾げた。
絶対に何かおかしなことになっている。というのはさすがにセーロにもわかった。
暗示や催眠に関してはあくまで創作です。