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番外編 第一王子の話

復旧しました。遅くなって本当に申し訳ございませんでした。


 どどどどどっという足音が戻って来る。……意外と早かったなという話ではない。

 また面倒なことが起きたに違いない。どうしていつもすんなり就寝させてもらえないのだろうか。このやるせないような気持ちは一体どこにぶつければ良いのだろう。


 蒼白な顔をしたリリアとキースが、先を競うようにして家政婦室に駆け込んでくる。二人はルークの右腕と左腕にしがみついてぎゅっと目を閉じた。これはうっかり幽霊に遭遇してしまった時の反応だ。一体何を見てしまったのだろう。

 二人に続いて、リリィを肩に担いだアレンが息を切らしながら家政婦室に入ってきた。……明らかに全員何かから逃げてきたといった様子だ。

 床に下ろされたリリィは頭に血が上って真っ赤な顔をしている。アレンは肩で息をしながら、何の感情もこもっていない声で「来客だ」と一言告げた。


「俺、無理です。ルークさん、何とかして下さい。あのひとこわいし、それに、ふつ、ふつま……」


 キースは可哀想なくらいガタガタ震えている。舌が上手く回っていないため、後半何を言っているのかわからない。ふつ? ふつま? 


「私も無理です。帰ってもらってください。というか、ヒューゴお兄さま持って帰ってもらってください。それに、ふつましこわい」


 ふつまし……祓魔師。悪魔祓いの聖職者。


「亡霊が祓魔師連れてきたんですね。……昼間会った時には何も言ってなかったんですけどね……」


 残された僅かな気力を必死にかき集めてため息とともに呟く。リリアとキースはちいさく頷き合うと、ルークの背後に回り、兄妹で力を合わせて背中をぐいぐいと押しはじめた。


「……いい加減にしろ。客を玄関に放置して逃げるな!」


 廊下の方から、今は聞きたくない声が聞こえてきた。あれこそまさに、地の底から這い出してきた亡者の声……

 しかも、昼間より確実に機嫌が悪くなっている。


「こわいからむり……帰ってもらってください」


「こわいからむりです……持って帰ってもらってください」


 背後を振り返ると、リリアとキースが半泣きになっていた。


「だから、誰なのよ? こんな夜遅くに突然訪ねてきたくせに、なんであんなに偉そうなのよ!」


 何も告げられないまま突然連れて来られた様子のリリィは、血が下がるにつれてだんだん腹が立ってきたらしい。床にぺたんと座り込んだまま、相手が誰かもわからないのに喧嘩を売り始めた。言っていることは何一つ間違っていない。でもそれは、相手を知らないから言える台詞なのだとしみじみと思う。リリィの隣に立っているアレンの顔は真っ白で、立っているだけで精一杯といった様子だ。


「とってもえらいひとなんです。おれじゃなんともできません。ふつましこわい」


「すごくえらいひとなのです。……むり。ふつましこわい」


 リリアとキースはルークの背中を力いっぱい押し続けている。抵抗するつもりはないが、率先して歩くつもりもない。……でも、体は少しずつ前に前にと進んでゆく。


「……一応聞きますが、トマスさまとイザベラさまと、あと、ヒューゴさまはどうされていますか?」


 ルークは顔だけ振り返って背後の二人に尋ねた。


「イザベラさま着替えてます。トマスさま逃げました。ヒューゴさま閉じ籠ったまま」


「じょーじおじいちゃんはねました」


 二人から『何とかしてくれ』と潤んだ瞳で訴えられるが……昼間相手をしたから、しばらく会いたくない。


「だから誰よっ」


 一向に質問に答えてもらえないリリィが焦れたように叫んだ。


 ……何故だろう、名前を口に出すと何か悪いことが起きるような気がする。


 リリアとキースもルークと同じ事を考えていたようで、誰が名前を声に出すかで無言の擦り付け合いになった。


「…………第一王子のハーヴェイ殿下です」


 結局、アレンが何もかも諦めたような暗い声で、来客の名前を口にした。


「はぁ? なんで深夜に王子様がうちに来るのよ。王子様ってそんな暇な……」


 駆け寄ったキースが、暴言を吐こうとした口を慌てて塞ぎ、真剣そのものの顔で首を横に振った。さすがのリリィもその切羽詰まった表情から何か感じるものがあったらしく素直に頷く。キースが口から手を離した後もリリィは沈黙を守った。


「ハーヴェイ殿下は、日に当たると灰になるんです。だから夜にしか活動できません。夜になると美女の生き血を求めて徘徊…………すみません。そういう噂が騎士団で流れているんですよ。相手はまだ生きてますから大丈夫です。二人とも泣かないで下さい……」


 昼間に騎士団本部でそんな話をしていたため、うっかり口に出してしまった。恐怖で固まってしまったリリアとキースに気が付いて、慌てて弁解するがもう遅い。


「本当に不敬罪で、拘禁するぞ貴様! 余計に怖がらせるな」


 開け放たれた家政婦室のドアの前に現れたのは、フード付きの黒いマントで顔と全身を覆い隠した小柄な人物だった。顔はフードに隠されているため口元だけしか見えないのだが、僅かに見える肌と青白い唇は、生きている人間のものとはとても思えない。


 リリアとキースが声にならない悲鳴をあげた。

 引きこもりのリリィは、これが第一王子との初対面ということになるのだが、リリアとキースは、フードの下の素顔を見たことがある。幽霊嫌いの二人は第一王子の見た目を大変苦手としているのだ。キースはルークの背中に突進してきて頭突き状態で震えているし、リリアは腕にしがみついて泣いている。もう全く身動きが取れない。


 第一王子の背後には、非常に申し訳なさそうな顔をしたクリストファー・ハリスが控えていた。彼は夕食会以後、ヒューゴの様子を確認するために何度か伯爵家を訪れている。


「お帰りはあちら……」


 もう本当に何もかもが面倒になって、ルークは裏口を手で差した。


「王宮の地下牢にでも入ってみるか?」 


 こういう脅し文句を普段から使ってくるが、実は第一王子は本当にはやらない。短気な第二王子は本当にやる。


「……暇なんですか?」


 リリィに代わって真顔で尋ねると、第一王子は唇の端を持ち上げるようにして意味ありげに笑った。


「最近仕事を押し付けられる相手ができたものでな。おかげでゆっくりできた」


「……え? おしつけ?」


 クリストファーが呆然とした様子でそう言った。信じられないというような顔をして、黒いフードを見つめている。


 ……やはりそうか。ルークは内心ため息をついた。クリストファーが毎日騎士団本部に届けてくれる書類の中には、どう考えてもこれはヒューゴの仕事ではないだろうというものが混ざっていたのだ。文句を言う時間が勿体ないので、届けられた仕事は無心になってすべて片付けていたのだが、明日からは、明らかにヒューゴの仕事でなさそうなものには手をつけないと心に決める。


「殿下、ヒューゴお兄さまを、持って帰って下さいっ」


 突如、ルークの腕にしがみついていたリリアが、勇気を振り絞って声をあげた。


「言葉は正しく使うべきだぞ。人間の場合は、持って帰れ、ではなく連れて帰れ、だ」


 第一王子は少し考え込むように首を傾げた後、子供に言い聞かせるような口調でそう告げた。……第一王子は取扱い方法さえ間違えなければ、見た目ほどは怖くない。


「いらないので、持って帰って下さい!」


 一度目よりも強い口調で、リリアがもう一度繰り返した。


「……いらないと言われてもな」


 そこに彼女の本気の怒りを感じた第一王子は困惑したように呟く。


「私も今の生活に満足しているので、特に連れ帰る必要性を感じない……」


「つまり、侍従いらないと……」


 キースがぼそりと呟いた。第一王子は肯定も否定もしなかった。クリストファーが遠い目をして、疲れたような笑みを浮かべている。確かに今の状態でヒューゴに仕事に復帰されても、彼が苦労させられるだけだ。


「……で、何か用ですか?」


 ヒューゴを連れ帰るつもりがないということは良く分かった。このままだと全員の睡眠時間が削られてゆく一方なので、話を先に進めることにする。


「ヒューゴが拾って来た子爵令嬢の顔を確認したい。役人と母方の従兄を連れてきた。トマスも同席させる。例の詐欺事件の被害者が証言している『エルナセッド子爵の娘』と完全に別人であると証明する必要がある。茶もいらん。安心しろ、終わったらすぐに帰る」


 意外とまともな訪問理由だった。……でも何故この時間にという疑問は残る。


「腕輪の呪いを確認するために祓魔師も連れてきた。医者の許可は取ってある。……子供に夜更かしをさせるんじゃない」


 第一王子は「さすがにこの時間なら寝ていると思ったのに」などとぶつぶつ言っている。色々気を使った結果、黒いフード付きマントで深夜に訪問ということになったようだが、しかし、見事に全部裏目に出た。


 祓魔師という言葉に、リリアとキースが気絶しそうになっている。

 この二人は今夜寝られるのだろうか……と、ルークは不安になった。怖くて眠れないから添い寝だ何だと言われるのは本当に困る。


 ――夜に徘徊して血を吸うという話が余計だったなと、今更ながらに後悔した。

次は第二王子の話です。

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